第六話 エールガーデンのいざこざ
“カラナギ”を出た三人は、次の日の朝には“エールガーデン”に着いた。
すぐ南で魔物が暴れているにも関わらず、静かで落ち着いた雰囲気の村だった。
ミレット「…少しグリーンベルに似てるね」
オルタ「そうかもな… 教会はあるかな?」
オルタとミレットが住んでいたグリーンベルには教会がなかったので、ひやりとした。
まず、教会に行き神父様に、カラナギの男達の呪いを解いてもらうようお願いするつもりだった。
村人に道を聞き、小さな教会に辿り着く。
オルタ「…あった…!」
オルタとミレットは教会に入る。
ミレット「すいません」
奥の部屋から神父が現れる。
神父「旅の方ですか? どうしました?」
オルタ「隣のカラナギに、今すぐ行って下さい…!」
神父「はい?」
ミレットは事情を説明する。
神父「なんと! カラナギの男達が呪いにかかってしまったとは…!」
オルタ「全然、知らなかったのか」
ミレット「…ベロニカの山を挟んだ、南部の村が、もう魔物に支配されたことも、知らないんですか?」
神父「!? 何ですって!」
ミレット「…そんな」
神父「このことを村長にも知らせたい。 申し訳ないが、少し待っていて下さい」
神父は慌てて教会を出る。
オルタとミレットは話す。
ミレット「まさかこんな大事件を知らないなんて…」
オルタ「魔物の狙いは、北部と南部の分断…?」
二人も外に出る。
ヴィネア「どうやら、この村の住人は全然知らなかったんだね」
ヴィネアがどこからか現れる。
ミレット「ヴィネア! どこ行ってたの?」
ヴィネア「ちょっとね。 村長の家はこっちよ」
ヴィネアの案内に続く。
村長の家は、大騒ぎになっていた。
村長「まさか、南部が支配されたのを、少しも知らなかったなんて…」
神父「村長! 私はまず、カラナギの呪いを解きに行きたいと思います」
村長「神父様… 神父様、お一人じゃ危険だ。 誰か神父様を守るものはいないか!」
村の男二人が手を挙げる。
村長「よし。 では、よろしく頼む」
神父「早速行きたいと思います」
村長の家にいた者は、全員外に出る。
神父「ああ。 君達!」
神父はオルタ達を見つける。
神父「村長、この方達です!
私は早速、カラナギに向かいます。 君達のおかげです」
村長「では神父様、二人共、お気をつけて。
旅の三人方、もう少し詳しい話をいいですか?」
神父達が出発したのを見送ると、村長は三人に話しかけた。
村長「…それで、南部が支配されたというのは、本当なのですか?」
オルタ「…俺達を疑っているの?」
村長「い、いえ! そんなこと、は… ただ、信じられないだけです。
山に住んでいる者も、そんな気配はなかったと言うし…
あなた方も、実際に見た訳ではないのでしょう…?」
ミレット「それは…」
ヴィネア「魔物が私達に幻覚を見せているのよ。 実際は山が燃えたのが見えたはずよ」
村長「そんな、まさか… 私達、一人一人に…?」
ヴィネア「一人一人じゃないわ。 …南部のエリア全体を魔力で囲っているのよ。
囲いきれなっかった、カラナギみたいな村には、男達に呪いをかけ、女達が看病して動けない状況にしているの。 だから、情報は隔離されている」
村長「だとしたら我々も守りを固めなくては……」
村長はぶつくさ言い、家に帰る。
ミレット「ヴィネア… 今の話本当?」
ヴィネア「ええ。 敵はそれだけの力の持ち主…
流石、魔王直属の精鋭……」
オルタ「……」
三人は先に進もうとしていると、村の青年に話しかけられる。
服装から見て農民だろう。
ザジ「あの俺はザジと言います。 あなたは魔法を感じることができるのですか?」
ヴィネア「…ええ。 まあ」
ザジ「あの! 少し見て貰いたい物が!」
オルタ「?」
三人はザジに着いて行く。
ザジの家は村はずれで小さかった。
外で待っていた三人に、ザジは小さな箱を持ってやって来る。
ザジ「これです」
箱を開ける。中には腕輪のようなものが入っていた。
ヴィネア「これは…!」
オルタ「なに?」
ミレット「綺麗な宝石…」
その腕輪には紋様が彫られており、真ん中に赤い宝石がついていた。
全体的に磨かれていて、綺麗だ。
ザジ「そうなんです。 俺が畑を耕していたら見つけまして。 何か不思議な力があるような気がして… どうですか?」
ヴィネア「…これは、サンストーンのバングル。 魔力が強まる物よ」
ザジ「本当ですか!! …でも俺には、魔力が無いし……
そうだ! もし良かったら、差し上げます! あなたの力にして下さい」
ヴィネア「えっ!いいの!? 売ったら、高く売れるのよ!?」
ザジ「いえ。 僕には荷が重すぎる物です。 どうか、使って下さい」
ヴィネア「…私が持ってもいいのか…」
???「それなら、アタシにくれない?」
突然声をかけられた三人は、驚いて振り返る。
フードを被った、女の子がいた。
オルタ「…お前、誰だ」
???「そんなのどうでもいい。
…アタシにくれたら、この村を一生守ってやる」
ザジ「!?」
???「アタシで力不足だと思うなら、そこのアンタ。 戦いな…!」
謎の女の子はヴィネアに殴りかかる。
それをオルタが前に出て止める。
ミレットとヴィネアは後ろに下がり、ザジを守る。
オルタ「…なんのつもり…だ!」
オルタは拳を跳ね返す。
女の子は後ろに飛ぶ。そのはずみで被っていたフードがめくれる。
ロータスピンクの癖のある短い髪。 挑戦的な目がオルタを見る。
???「…アンタでもいいよ!」
謎の女の子は一瞬で間合いを詰める。
二発のパンチをオルタはガードしたが、三発目の重い拳を頭にくらう。
ミレット・ヴィネア「オルタ!」
オルタ「がっ! …く…」
一瞬、何も考えられなくなる頭。 額から血を流し、オルタは倒れる。
???「こんなもんかよ」
オルタは倒れていたが、意識はあった。
オルタ(この力は…)
オルタは立ち上がる。
ミレット「…オルタ」
オルタ「……この力…お前…魔物か…?」
???「……」
オルタ「なら、渡せない。 腕輪も…この村も… おおおおおっ…!」
オルタは渾身の力で、女の子に拳をぶつける。
女の子はびくともしない。
???「…弱いな」
女の子はニヤリとすると、拳を上げて止めを刺そうとする。
その瞬間ヴィネアが立ちふさがる。
???「アンタが戦ってくれるのか!?」
??「やめろ!! マルギッタ!!」
???「!!」
男の声がして、謎の女の子は拳をおさめ、後ろに飛び下がる。
女の子の隣に、長いコートを羽織った男が現れる。
??「マル、こんなところにいたのか。 ダメじゃないか」
マルギッタ「……フン」
??「君達も悪かったね。 しばらく、この村は襲わないから安心して。 それじゃあ…」
謎の男と女の子はその場から、フッと消える。
ヴィネア「オルタ……」
オルタは額から血を流し、かろうじて立っていた。
ヴィネアは布で出血をおさえる。
ミレット「オルタ! 今、僕が…」
駆け寄るミレットを、オルタは手で止める。
ミレット「どうして…?」
オルタ「……今、奴らに…ミレットの存在を明かす訳には…いかない」
ミレット「…ッ!」
オルタはその場にしゃがみ込む。
ヴィネア「…オルタの言う通り… ミレット、傷薬と包帯を」
ミレットはカバンから、傷薬と包帯を出し、ヴィネアに渡す。
ザジが心配そうに声をかける。
ザジ「うちのも使いますか?」
ミレット「いえ、大丈夫です… 井戸はありますか?」
ザジはミレットを井戸に案内する。
黙々と薬をつける、ヴィネアにオルタは話かける。
オルタ「人間の姿をした、魔物もいるんだね…」
ヴィネア「……うん」
オルタ「……そっか」
ミレットとザジが水を汲んで戻って来た。
タオルを濡らし、オルタの顔の汚れをとる。
オルタ「もう大丈夫。 ありがとう」
オルタは立ち上がる。
顔の包帯を隠すように、バンダナを巻いた。
オルタ「俺はやっぱり、ヴィネアに守られてばかりだ」
ヴィネア「ううん。 私でも、あの魔物は強く感じた…」
ザジ「あの、やはりこの腕輪を貰って下さい」
ヴィネア「……」
ザジ「少しでも、役立てて欲しいんです!」
ヴィネア(…今の私も強くならなきゃ、いけない…!)
「サンストーンのバングル、貰います。 ありがとうございます」
ザジ「こんな時間に旅に出るのですか?」
夕陽が沈もうとしていた。
オルタ「俺達がいると、またあの魔物が襲って来るかもしれないから」
ミレット「お世話になりました」
三人はザジに別れを告げ、村を出る。
ヴィネアは左手首にサンストーンのバングルをはめた。
村からしばらく離れ、三人は野宿の準備をした。
真っ暗だったので、十分な準備は出来なかったが、歩きながら拾った枝に火を点けた。
ミレット「…静かだね」
オルタ「ああ」
南では恐怖の夜を迎えているのが分からないほどの、静けさだった。