恋の結晶 後編
お菓子言葉ってご存知ですか?
讃
またまた昏巳館にて、僕と繰蜜はお高いフルーツ食べ合う。うーん、やっぱ高いもんは美味いな。
「被害者本人には会えなかったが、なんとなく今回の過五文字について分かったな。」
「そうですね。では、ここで一旦整理しましょうか。」
怪奇解剖部ノートに繰蜜が情報を書き込んでいく。
「今回の過五文字の対象者は"愛を返してくれなかった人"。」
「あぁ、多分それで合ってると思うぞ。鳥栖玉鳴喩が愛を囁き続けてたってことは、多分愛を伝えないと死ぬ状況だったんだろうかな。」
噂話にあった対処方法が元々分かってたってのもこれだろうな。
ただそれは、一時の安寧だったわけだが。愛を囁やけば恋の結晶は静まるが、その後またすぐに愛を乞う。
それは想い人をどんどんと追い詰めていったのか。
「皮肉なことに、そのせいで栄養失調になってしまったようですが。」
「過五文字なんてそんな奴ばっかだろ。悪趣味、アイロニー、アンハッピー!」
カミサマより多くを望んだから、本末転倒するんだ。間抜けが過ぎる。
しかも、個人的な恨みじゃなくて大衆の思考が意識を持つから、生まれた時の歪んだまま行動しやがる。
とはいえ、今回はレアケースだけどよ。
「法則は"自分が作った傷を相手を移す"ですかね?」
「多分な。まぁ、腹が裂かれてるってのは誇張されたイメージだとしても、自傷したってのは共通してるんだろう。」
そう、とどのつまり僕たちは勘違いをしていたのだ。
想い人に腹を裂かれたからやり返してるのだと。
だが実際は逆で、腹を裂いたのは自分の方。
心が引き裂かれそうとは、よく言ったもんだよ。まったく。
想い人の為と思って身を削った人間達の思慕。
『貴方のためにここまでしたのに、どうして愛してくれないの?』
突き詰めると、今回の過五文字は___、
「恋の結晶ってところか。」
「おや、伊灯さんにしては良いネーミングセンス。」
「一言余計だ阿呆野郎。」
睨むが繰蜜はどこ吹く風。
「しかし伊灯さん、法則は分かりましたが、対象者にしか見えないというのは厄介ですね。」
「そこなんだよな〜!あ、お前なら対象になれるんじゃね?よっ、百合薔薇中のモテ男!」
「真っ先に錆留先生に行った時点で、此方には来ないでしょう。」
「確かに。つーか、なんでお前の所来なかったんだろな?」
「さぁ?」
繰蜜は肩を竦めた。ま、恋する気持ちなんてこの野郎には分からないか。ギャルゲーをやれ、ギャルゲーを。
「そういえば、錆留先生の意識が戻ったらしいですよ。お見舞いにでも行きますか?」
「いいな。ぶっちゃけ対策も浮かばねぇーし、現被害者に会いに行こうぜ。」
「了解です。」
「あんな大口叩いてたのに、重傷負わせちまうとはなー。怪奇解剖部の名入れじゃねーの?」
「それは本当に恥ずかしい限りです。」
「お、やけに素直だな。」
「えぇ、こんな解決になるとは。」
なんてことないように繰蜜が述べる。
解決???
さっき、対象者以外見えないからどうするかって話したばっかだよな?
「は?え…、はぃ?解決ゥ?倒し方が分かったのか?」
「いえ…これは倒し方というよりかは裏技みたいなものです。多分、錆留先生だから大丈夫なのでしょう。」
「…精神科行こうか?」
「次から珈琲でいいですか?」
「すみませんでした。」
「馬鹿な事を言ってないで、病院に行きますよ。」
「うーい。」
というわけで、病院にゴーだ。ちょうどよく高い果物があったので持っていく。いや〜、全部食べないで良かった良かった。
病院のベッドに倒れ込む錆留は腹を裂かれたってのに、妙に血色が良い。
「あぁ…君たちか…。」
熱でもあるのか、ぼけっとしている。浮かれてるとも言えるな。なんでだ?
「すまない…だが私の生徒だからな。一分で済ますよ…。」
ぶつぶつと愛おしげに話す錆留。
そう、宙に向かって話している。
…マジかよ。
「錆留先生。」
いつもよりひんやりした声で繰蜜が問いかける。
「もう我慢しなくて大丈夫?」
「あぁ。」
「これで満足なのですね?」
「勿論だとも!ありがとう、昏巳君、涼夏君。」
「愛しの彼女とお幸せに、錆留さん。」
あぁ、と錆留は返したのかもしれない。
だが最後の問に答える前に錆留の意識は宙に向かう。もうこちらを見ていない。あーあ、完璧に狂っちまった。
愛してるだのなんだの呟やく錆留をBGMに僕は繰蜜を問い詰める。
「おい、これはどういうことなんだ?」
「どう、とは?」
指さす僕に繰蜜はこてんと首を傾げる。
「とぼけんな、錆留のことだよ。過五文字にやられてこうなっちまったのか?」
「いいえ?違いますよ。錆留さんは元々こうでした。最近多い未解決の殺人事件の一連の犯人、それが錆留さんなんですよ。」
「なっ!?う、嘘だろっ?」
あの法定速度で一般道を走るような錆留が、連続殺人鬼?
おいおい、どんなジョークだ。
「嘘ではありません。」
「ど、動機は?」
「推測ですが、髪の長い女子生徒が好きだったのでしょう。」
「…付き合おうとして駄目だったから殺したのか?」
「違いますよ。」
繰蜜は甘く笑った。
「腹がくっぱりと裂かれた長髪の女子生徒が好きだったのでしょう。」
「はぁーーあっ!?んなことあるかぁ!どんな特殊性癖だよっ!」
依頼者が犯人でしたって、下手なミステリー小説じゃねーんだぞ。
「いえねぇ、錆留さんの職歴を調べると件の噂の発端となった女子生徒のクラスに教育実習生として来ていたらしいんですよ。」
ふぁっ!?
「え、じゃあなんだ噂の発端の事件も錆留が起こしたってことか?」
「そこまでは分かりませんでした。ただ、それが彼の人格に大きな歪みを与えたことは確かでしょう。実際、この地域で数年おきにですが腹が裂かれた遺体が見つかるようになりましたから。」
ベッドの上で譫言を呟く錆留を見る。もうこいつは正気に戻ることはない。
つまり、こいつに昔何があったのか、もう知る機会は失われたのか…。
「美しいね君の長い髪も白い肌もとても細やかだあぁ勘違いしないでくれ私は君の外見だけじゃなくてその空っぽな中身も愛おしいんだ最初見たときは愛したくて愛おしくておかしくなりそうだったでもね反省もしてはいたんだだから遠ざかろうとしたけどこれは君が嫌いなわけではなくて愛しすぎて一般生活やら正気やらを喪失してしまいそうだからなんだ本当に愛しているんだ今思うよなんて阿呆だったのかと正気も一般生活も君と死ねるなら価値のないちっぽけなものだったんだねどうしてあんな馬鹿な真似をしたすまない自己語りなんかではなく愛を語るべきだよね私が死ぬまで君の空っぽな身体に全てを注ぎ込んで満たして汚してあげたいよ教科書を見ているだけで君を想い出して勃起してしまって本当に大変立ったよでもそれも君が愛おしすぎるが故なんだよ君が私以外の誰にも見えないと知った時の喜びと言ったらもう天にも昇りそうだったよそれにしても私の腹も裂いてくれるなんて君も愛してくれているんだねペアルックというやつかな私として子供も欲しいところだけどそれは別に私が君の胎内に収まればいいから解決だよね君の熱くてドロドロで空っぽの中に私がずっしりと収まるなんて至高だよね君の中は締め付けがあるのかなとても気になるよ異形の存在なのだろうなら私ともお似合いだよねだってこんなにも愛しているのだからどうして早く私に会いに来てくれなかったのは少し寂しいけどそれもまた愛のスパイスだったんだよね死んだら私も君の一部になれるのかな他にも男がいたそうどけど何も問題ないよ私は純愛主義者だからどんなに君が汚れていても私だけは肯定してあげるよどんな奴よりも君も気持ちよく幸せにしてあげるからねそれにしても初恋の人に似ているなんて運命だよね安心して君の方がもっと惨めでぐじゅぐじゅで熱くて麗しくて愛おしくて愛おしくて愛おしいからねそうだ異形になっても素敵だでも浮気は駄目だよ私から離れるのも目を逸らすのも拒否するのも逃げるのも駄目だよ怒っては居ないけど私たちは愛しあってるんだから互いが一番であるべきだろうそれが愛の美しい形なんだと思うんだよね押し付けじゃないけど君は分かってくれるよねだって私にずぅーーーっと取り憑いて来てくれたってことは私を愛しているんだろうなら付き合ってくれるよねありがとうとても愛おしいよそれからその髪も愛おしくて食べてしまいたいんだけどいいかな胎児のためならばできるよねお母さんこれは別に差別とかじゃなくて君は私の妻であり母親故の呼称だから嫌だったら言ってねあぁ嫌じゃないのか本当に君は理想的で愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしく」
気持ち悪ぃ…。
まっっったく残念じゃねぇな。むしろ、知りたくねーわ。うん、一生狂っててくれ。
それにしても、どっちが狂ってんのか分かんねぇなこれ。
ひたすら理想を押し付け合う同士だからお似合いかもな。まぁ、地獄でもランデブーしてたらいいんじゃないか?
「おい繰蜜、これって解決って言えるのか?」
「…この様子でしたら恋の結晶もそのうち消えるので解決と言えるのでは?」
「あ?なんでだよ。」
見えないのに、どうして消えるなんて分かるんだ?
僕の視線に気づいたのか、やれやれ、といった風に繰蜜は冷ややかに笑う。
「恋は愛に殺されてしまうからですよ、伊灯さん。」
この世の全てを見下して愛している悪魔みたいな顔で、繰蜜は口角を上げる。
「ほーん。…ギャルゲー、止めるかぁ。」
「その方がいいですよ。」
「精神的に?」
「貴方の場合は肉体的に。」
「こんにゃろ!」
お見舞い品の林檎を僕は繰蜜に投げつける。繰蜜は林檎をじっと見つめて、僕にこう提案したきた。
「帰ったらアップルパイでも作りましょうか?」
「賛成!」
/恋の結晶 終
後日譚
「それにしても、今回も手がかりはナシでしたねぇ。」
「まったくだ、僕はいつになったら元に戻れるんだか。」
「イピスみたいでいいのでは?」
「はっはっは、ぶん殴るぞ。」
「まぁ、確かにイピスは合っていませんね。」
「あ?」
「貴方はカイネウスのようですからね。」
「誰が馬に押しつぶされて殺されるってぇ?」
僕は繰蜜をぶん殴った。




