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恋の結晶 前編

こりゃあ、マズイことになった。

数メートル先で倒れ伏す担任。どくどくと容積を増やしていく赤い水溜り。かっぱりと空いた腹部の裂傷。さっきまでへべれけだった担任の赤ら顔は、物理的に赤みが無くなったのか青色へと変化している。風に乗って聞こえる繁華街の煩わしさが死体と妙にマッチしててやがるのが最悪だ。

クソっ、なんてことない尾行の筈だったのに…!なんでちょっと目を離したら死んでやがるんだ。巫山戯けんなよ、ここで通報したら僕のワクワク学生生活がおじゃんになるじゃないか。というか、突発不審死してるってことはもう呪い(・・)にやられたのか?

想像よりも早いな。ちゃっちゃと元凶を殺さないと呪いの拡大は免れない。あぁ、これだから目に見えないタイプは大変なんだよ。そもそもこっちは法則性を掴むだけで一苦労だってのに!


クソほど忌々しい過五文字(トペンデグラマトン)め!


Pu Lu Lu Lu Lu Lu Lu Lu…

直ぐに通話ボタンを押す。

『尾行は順調ですか、伊灯(イトウ)さん。』

いつもと同じく溶けかけた繰蜜(クルミツ)氷の様な声。ミントガムみたいなアルトの声が今は無性にムカつく。

「順調?あぁ順調だよクソったれ!今担任が腹かっぴらいてお陀仏してるからなぁ!」

『おや、錆留先生は逝ってしまわれましたか。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。』

「南無でもアーメンでも何でもいいが祈ってる場合じゃねーだろ!どうすんだよこれ、あいつが死んだ以上呪いは拡大すんだぞ馬鹿野郎!」

『まぁまぁ、それでも故人のご冥福はお祈りしなければいけませんよ。』

「TPOを考えろっ、このマイペース野郎!」

ダンッとアスファルトを踏み潰す。その音が聞こえたのか、繰蜜は真面目に語り出した。

『伊灯さんが窮地に陥っていることは分かりました。とりあえず、一旦こちらに戻ってきてください。対策を練り直さなければなりませんからね。』

「了解。あ、ジュース用意しとけよ。」

繰蜜が何かを言う前に通話を切る。ぐちぐち文句を言われると面倒くさいからな。間に合うかは分からないが救急車も呼んでおく。一応、人としての最低義務だ。

死体(仮定)に背を向けて、近くに停めてあった自転車のペダルをグンッと強く踏み込む。

もちろん、ノーヘルメットで。


頬を撫でる涼しい風、軽やかにたなびく髪。夜のサイクリングは最高だ。しいて憂鬱なことといえば、終わる筈だった呪いが終わらないってことだ。FAKKU!

ぐんぐんと山奥に入っていくと文明の象徴である街灯は少なくなって、月の光が眩しくなってくる。目が月の光に慣れ始めてくるとその館はぬぅっと現れていく。

数世紀タイムスリップしたようなレンガ造りの洋館。赤茶のレンガはメルヘンで優しい色だが、意外にも暗い森にマッチしてる。殺人事件が起きそうな変な館は、ここに住む一族の名前から昏巳館(クラミカン)と呼ばれている。

僕こと涼夏伊灯(スズナイトウ)の友人、昏巳繰蜜(クラミクルミツ)の住処であり、奴に支配されている哀れな家である。

自転車を停めて、古めかしい玄関のチャイムを鳴らす。ベルの音が鳴り、ドアが勝手に開かれる。

我が家と比べものにもならないくらい広い玄関ホール。赤いカーペットが引かれた床に、剥製が掛けられた壁、高い値が付きそうなシャンデリア。

そして真ん中に立つ学ラン姿のギリシャ彫刻。もとい繰蜜。

「おかえりなさい、そしてお疲れ様です伊灯さん。」

「仮にも"お疲れ様です"なんて言うなら表情筋の一つや二つ動かせよ繰蜜。」

繰蜜はギリシャ彫刻みたいな顔で口を開いた。

「嫌です。」

「死ね。」

「元気なようで何よりです。さ、飲み物を用意しておきましたよ。」

くるりと大広間に歩いていく繰蜜。僕も横に並んで歩いていく。

「林檎ジュース?」

「アップルティーです。」

「………うげぇ。」

「この前珈琲が嫌だと仰ってたので、わざわざ茶葉を取り寄せたんですよ?」

「林檎ジュース取り寄せる方が楽だろ、それ。」

此方(こなた)の美学に反するので。」

昏巳館には林檎ジュースは似合わないってか?

別に僕が飲むだけなんだからいいだろうが。美学とやらを僕に押し付けんな。まぁ、言っても無駄だってことは嫌というほど分かってるけどな!

「はぁ〜、あの泥水寄越さないだけまだマシか。」

「珈琲の美味しさが分からないとは、子供舌ですね伊灯さん。」

「うるせー!子供で何が悪い。それに、苦くて酸っぱいならそれは泥水なんだよ。砂糖入れるならいいけどな。」

「貴方の飲み方は珈琲に砂糖を入れるんじゃなくて、砂糖に珈琲を混ぜているだけじゃないですか。」

「何が悪い。本場のイタリアのエスプレッソの飲み方だぞ。」

「そういうことにしておきます。」

整った溜息を零した繰蜜が大広間の扉を開けた。

玄関の何倍も豪華な部屋の真ん中には大理石で出来たテーブルとふわふわのソファが置いてある。

テーブルの上にはコップが二つ。珈琲とアップルティーだろう。僕はアップルティーを一口飲んで、ソファに体を沈み込ませる。あ〜、疲れがとれる〜!最高〜!

横に座った繰蜜が呆れたように口を開いた。

「だらしないですよ伊灯さん。それでも14歳ですか?」

「うっせー。僕は僕だ。年がどうとかは僕の行動決定権に何の影響も及ぼさないんだよー。」

アップルティーを一口。…さっきも思ったけど、美味いなこの茶。

「それでは、報告をしてもらっても?」

珈琲の香りを楽しみながら、繰蜜はそう尋ねてきた。


そもそも、だ。

件の呪いの噂が我らが母校、私立百合薔薇学園にやってきたのは一ヶ月も前のことだった。時代錯誤なアナログな伝承ゲーム、デジタル社会の敗北者。けれどその噂はゆっくりと、しかし確実に根を張っていった。

「"腹裂きの呪い"らしいですよ。」

「腹裂きぃ?」

怪奇解剖部の部室で珈琲を飲みながら、繰蜜は語りかけてきた。僕はソファに寝っ転がり、中古店で買ったアメコミを読みふけっていた。いつもの放課後、素晴らしいかな平穏な日常!…こいつがおかしなことを言うまでは、な。

「最近流行ってる呪いの名称です。呪いのルールを破ったものは腹を裂かれて死んでしまうから、らしいですよ。」

「最近多い変態にぶっ殺されてるだけじゃねーの?ここらへんの子供なら誰だって噂についてぼんやりは知ってるから、ランダムに殺されても学校じゃ呪いを破ったから死んだんだーって言われるんだろ。」

「えぇ、此方もそう思ってたのですがね。どうも人間業ではないようです。」

「は?」

アメコミから顔を上げる。

「最新の被害者は授業中に(・・・・)腹を裂かれた(・・・・・・)ようですよ。」

「…マジ?」

それは、人間ごとじゃねーな。

「えぇ、マジです。」

繰蜜はポケットから出したスマホを机の上に乗せる。

「協会からも僕らに依頼届けが来ていますよ。腹裂きの呪いを退治せよ、と。」

「またかよ!?過五文字(トペンデグラマトン)はそうそう出ないものっていう定説は何処に行ったんだ!ボイコットか?」

「さぁ?」

困ったように繰蜜は眉毛を下げた。

「ほら、一応此方たちも協会に所属しているのですから解決しなくては。」

「特別派遣員なんていう面倒事押し付け係りだろ。僕たちは円環者(サークル)じゃないのにな!クソが!」

中学生に面倒事押し付けるな!と抗議してやりたい気分だ。無念なのは、奴らの本拠地が何処にあるのか知らないこと。場所が分かったらレビューサイトで星1評価にしてやるのに。

「まぁまぁ、落ち着いて下さい伊灯さん。此方も少しだけですが噂に関する情報を集めてきましたから。」

ヒューと口笛を吹く。

「さっすが繰蜜、有能〜!じゃ、話してくれよ。一体全体、どんな内容だったんだ?」

「面白そうな話でしたよ。」

繰蜜が滔々と語り出した。


「十年くらい前に、中学生くらいの女の子が死んじゃったんだって

「いじめか、虐待か、それとも若気の至りか理由は分からないけど自殺したんだよ

「有名女子校の子だったからニュースとかでも話題になったんだけど…

「でも、一番注意されたのはその死に方!

「なんとね…、自分でお腹を裂いて死んでたんだってさー!

「信じられる?自分でだよ?気が狂ってたとか、キチガイだとか色々言われたけど真相は不明

「というか、そもそも自殺なのかも怪しいって話なんだー

「ちょっと前から女の子と不審な男が居るのを見たって子がいるんだよ。自分でお腹裂くっていうのも、不自然だしー

「仲いい子とかはその男が犯人だ!って叫んでたりしたけど、結局自殺ってことで片付いちゃった

「…でも、本場はここから

「ちょうど女の子の十回忌が終わったあとくらいから、変な噂が流れ始めた

「どうにも、後ろめたいことがある人の所に女の子が現れるんだって

「死んだときの、お腹がパックリと空いた時の姿で

「最初はデマとか、幽霊とかって言われてたよ。あ、幻覚ってのもあったね。

「でもこれは方向性が違った。呪いだったんだよー

「女の子を見たって人がバタバタ死んでいったんだよね

「お腹をパッカリと裂けた状態でね、失血死だよ

「噂をしてった人、男女関係なくバタバタと死んでいったんだよ。稀に助かったって人も転校したり、失踪したり…どこかへ消えちゃうんだよねー

「でも、去る前に口を揃えて言うんだ

「『呪いを解く方法は、分かっていた』ってね。

「え?じゃあなに、呪いを解く方法が分かってたのに解けないってこと?

「一休さんもお困りだよ、そんなトンチキ!

「そんこんなで、噂は広まるばっかり

「お腹を裂かれる、腹裂きの呪い

「解けるのに解けない不可避の謎

「あーしが知ってるのはここまでだよ。」


「と、こんな所ですかね。」

語り終わった繰蜜は珈琲をコクコクと飲む。

「いや、なんでアフレコしたんだよ。」

普通にきしょいわ。無表情でギャルの口調をアフレコするんじゃねぇよ。あと、なんか思ったより似てるのが嫌すぎる。

「失礼、此方の遊び心が出てしまいました。」

「いや別に謝る必要はないけどさ、やるならもうちょっと表情筋動かしてくれよ。劇の人形だってもうちょい顔動くぞ。」

「それは嫌です。」

「僕、お前の琴線が分からねぇよ。…で、その腹裂きの呪いは今誰に取り憑いてるのか予測はついてるのか?」

「校内の噂では錆留先生です。」

「ほぉ、あの頭ガチガチ男が?呪いとか信じねータチじゃん。なんで憑いてるって思ったんだ?」

「噂を話していた生徒達に詳細を聞きただしたそうですよ。」

「そんだけか?なんか、確信に至るだけの何かがあったんだろ。」

「えぇ、その日の授業が全て自習になったそうです。」

ほぉ、そりゃおかしいな。

頭の硬さは仇だが、その代わりに授業だけは真面目にやる性質(タチ)なのによ。

「ある生徒が言うには、教科書を見れなくなったとか。」

「なるほど、腹裂きの少女を見たなら保健体育の教科書は大ダメージだよな〜。元々少女が見えていて、それで噂を聞いたらもう無理!ってことで教科書すら見えなくなったのか?」

「さぁ?今回は被害者以外には姿が見えないタイプですから、もしかしたら錆留先生ではないという可能性も捨てきれません。単に、授業をボイコットしたかったのかも。」

「まーなー。」

ソファーにまた寝っ転がる。

「タラレバ話しか出来ねぇっていうのは、進んでんのか分かんなくてキツイんだよなぁ。好感度が見えないギャルゲーかっての。」

「…貴方またギャルゲー始めたんですか?」

繰蜜がジト目で私を見つめる。なんだよ、別にいいだろうが。

「徹夜でギャルゲーをクリアした時の快感はお前みたいなリアルモテモテ野郎には分かるまい!」

「夜はちゃんと寝てください。子どもなんですから。」

「お前は僕の保護者か!」

同年代だろうが!

「そんなわけないじゃないですか。僕は伊灯さんの友達ですよ。」

「へーへー、そーですかそーですか。」

と、僕が適当に返事をしたところで部屋がノックされる。

顔を見合わせる。

「どうぞお入り下さい。」

アイコンタクトを交わした繰蜜が訪問者に向けて声を放った。

「…失礼する。」

ヒュウと口笛を鳴らす。

おやおや、まさかこんな形でターゲットがやってくるなんてな。

「こんちにちは、錆留先生。此方らに何か用ですか?」

入ってきたのは件の話の中心人物、錆留だった。


中学生と教師ってのはやっぱりどうしても力関係がある。教師が上で、生徒が下。その法則に従うとするならば、錆留の行動はまさに例外だった。

「助けてほしい。」

憔悴しきった顔で、錆留は部室に入ってくるなりそう言い放った。

「おやおや錆留先生〜?僕らに何用ですか?物理的助けが欲しいなら、交番に行ったほうがいいですよ。」

茶化してそう言うが、錆留の顔は渋いまま。ほぉ、冷やかしではないか。

「いや…信じられないと思うが、私自身もまだ理解できていないのだが…警察では解決出来ない問題なんだ。君たちにしか解決出来ないと思う。」

「精神的な問題なら病院をお勧めしますよ。」

繰蜜の提案を聞いた錆留は頭を振った。

「もう行ったが、あてにならなかった。神社や寺にも足を向けたが…効果はなしなんだ。最近あれが迫ってきて…、あ、ああ…あああ!!!」

頭を掻きむしった錆留は土下座をする。こいつ、躊躇なく行きやがった。相当追い詰められてんな。

「どうか頼む!生徒である君たちに頼るなんて、教師失格だ!でも、もう耐えられない!あれと向き合うなんて!」

…真面目な人間こそヤバくなると怖いというが、こりゃマジだな。ホラー映画オーディションで一発合格しそうだ。

「伊灯さん、先生へお茶を。」

「ういうい。」

烏龍茶でいいよな。うまいし。

「た、助けてくれるのか…?」

「勿論ですとも。先生は椅子へどうぞ。床は冷たいし、汚いですから。」

「あ、あぁ…取り乱して、すまない。」

「いえいえ、追い詰められた人間を見捨てるほど僕は悪人ではないだけですよ。」

背後から繰蜜がそんな風に宣う声が聞こえる。

嘘つけこの野郎。お前は困ってる人間につけ込んで骨の髄まで利用する極悪非道だろうが!

「あ、ありがとう。」

椅子に座った錆留に茶を出す。スーパーで売ってる安い茶を一口飲むと随分とほっとした顔になる。こんなのでも気が楽になるなんて、よほどお疲れのようだ。

「それで、助けてほしいとは?」

少し落ち着いた様子を見計らってか、繰蜜が本題に切り込む。辛そうな顔をした錆留は目を彷徨わせたが、一度大きく息を吸って語り始める。

「少女が見えるんだ。」

「始まりは、去年の二月の末あたりだった。」

「あの日のことはよく覚えてる。見回りをしていた時に、生徒が一人残ってたから注意しようとしたんだ。」

「だが、近づいたところで異変に気づいた。」

「恥ずかしながら綺麗な黒髪に見惚れて見落としていたが…、彼女の服は真っ白いワンピースだった。この学園指定の服じゃなかったんだ。注意しようとしたら、彼女は振り向いて…。」

「泣いていたんだ。」

「しかも、その腹は赤く染まっていた。」

「反射的に近づいたよ。」

「…これはとんでもないことだと思って、すぐに保健室に連れて行こうとしたら…。」

「彼女、が、笑って、はっ、腹が、ひ開いて。」

「まッ、真っ赤な腹に手を入れて、自分で広げるんだ。」

「わけがわからなかった。」

「その行為も理解不能だし、なにより彼女の臓器がないことも一目瞭然だった。」

「はは…その時気づいたんだ。」

「とんでもないことに巻き込まれてるのは自分の方だってね。」

錆留は茶をゴクリと飲んだ。

「逃げたよ。恥も外聞もなく。」

「あれを見続けたら…多分私はどうにかなっていた。」

「気がついたら家に帰ってきていて、彼女の姿は消えていた。」

「ほっ、としてテレビでもつけようとリモコンを探していたら、」

「部屋の鏡の端に彼女は居たんだ。」

「にっこりと笑って」

「どこに行っても消えなかった。百回はお祓いをした。オカルトなんかにも手を出してみた。」

「でも彼女は消えない。」

「…こんな日々がもう三ヶ月も続いてる。最近、仕事も満足に出来なくなってきて…限界なんだ。」

錆留は頭を抱えて、悲痛な声をあげる。

…ふーむ、話を聞く限りはさして付き纏われる理由は無さそうだが。まあ意図的に隠していたり、本人には気にも留めない事が理由なんてこともザラだ。今回は後者だろうな。

「君たちは…、解決出来るのか?」

「できますとも。」

弱々しい錆留の問に繰蜜が即答した。

「錆留先生の問題、此方たち怪奇解剖部が解決して見せましょう。」

自信満々に言い切る繰蜜。まったく、どこからその自信が湧き出てくるんだって言うんだ。

「……本当、なのか?…いや、頼みに来ている私が疑うなんてあってはならないことなのだが…。」

これまで散々騙されて来たんだろうし、そりゃあ疑いたくもなるわな。

「本当ですとも。此方たちは今までドッペルゲンガー事件や逆さ天事件を解決してきた実績があります。」

どん、と胸を張る繰蜜。

深夜四時にやってる怪しげなネットショッピングか?

「その怪奇、解剖せしめてみせましょう。この此方と、伊灯さんがね。」

「ま、貴重な昼寝時間を奪われるのは嫌だから手伝ってやるよ。」

残念ながら、僕もショッピングアドバイザーだけどな!


「で、結局錆留は一命を取り留めたけど全治半年の重傷。過五文字(トペンデグラマトン)に着け狙われて命があった分、幸運だな。」

尾行翌日、つまりはハッピー土曜日にやって来ましたは昏巳館。本日の飲み物はアールグレイ。渋い。

「やけ酒していたせいで出血が酷かったらしいですよ。ただ、医師の方々が長時間手術してくれたお陰で一命を取り留めたとか。伊灯さんが救急車を呼んでくれて助かりました。」

「人としての義務だっつーの。…なんで錆留の状態知ってんの?」

運ばれたの昨夜だぞ。というか学校からも連絡来てないのに、何故知ってやがる。

「あぁ、昏巳の一族が出資してるので色々と知れるんですよ。」

「うわぁ。プライバシーどこ行った?」

「"取り敢えず尾行しようぜ!"って言っていた貴方が言えることですか?」

「きーこーえーなーい!」

「はぁ…、それで何か情報は掴めましたか?」

「んー、錆留が超真面目ってことくらいだな。酒も飲み慣れてなさそうだったし、援交の線は消えたな。」

女と男、ぱっくりと割れた腹。

そりゃもう考えつくことは一つだ。

「水子関連だと思ったんだが、微妙に違うっぽいな。」

「此方も同意見です。これは中々に面倒くさいことになりましたね。漫画やゲームのように単純にはいかないものです。」

「うーん、考え方を変えた方がいいのか?」

ズズッとアールグレイを一口飲む。

「噂によると被害者は男女関係なし、でもって情関係の絡みっぽいが…。」

「しかし、妊娠やそういう行為がトリガーではないですね。」

過五文字(トペンデグラマトン)は人の思念から生まれたナニカ。つまり、人の思考をなぞっていけば行動原理も見えてくる筈だ。

「そもそも、なんで腹を裂くんだ?猟奇趣味か?それとも…復讐とかか?」

「何に対する復讐なんですか?仮に堕ろしたとすると、腹を裂く必要性はないでしょう。」

「…だーっ!無理だ!」

ソファに寝っ転がると、横に座った繰蜜が露骨に眉を潜めた。

「もう少し考えましょうよ、伊灯さん。」

「無理なもんは無理!恋愛なんてしたことねーもん!」

「今回の件は男女関係なく襲われているのですから、むしろ貴方向けでしょう。」

「理解不能だ!そもそも、過五文字(トペンデグラマトン)だって腹が裂かれてるのは何なんだよ?」

「誰かに裂かれたのでは?」

「だとすると、やっぱ想ってた相手に裂かれたから、おりゃあ復讐じゃあー!ってことじゃねーの?」

「そしたら錆留先生や他の被害者は全員犯罪者になりますよ?此方たちではなく、警察が動くでしょう。」

僕の冴えてる推理を繰蜜は一蹴しやがる。

「そ〜なんだけどよ〜。」

過五文字(トペンデグラマトン)は思念の集合体、つまりは穿った潜在イメージのカタマリだ。とどのつまり、多くの奴らが今回の"ナニカ"を作り出したときに、腹が裂かれてることをイメージしたってことである。

ワンチャン、情関係じゃなくて殺人関係か?殺人事件の被害の復讐という潜在集合意識が作り出した…、いやないな。

「裂かれるねぇ〜。」

「一旦、生き残った被害者達に話でも聞いてみますか?」

「転校したんだろ?」

「電車に乗れば行ける距離です。」

「オッケー、それじゃ家凸と洒落込むか。」

「ご迷惑をおかけしないように、何か持っていきますか。」

「果物とかでよくね?スーパーで買ってこうぜ。」

「賛成です。」

昏巳館から歩いてスーパーに行き、フルーツを買う。万超えのお高いのをさらりと買えるんだから、羨ましいったらありゃしない。

「そういや、お前ん家の資産ってどこから来てんの?株とかか?」

「知りたいですか?」

繰蜜が蜂蜜みたいな笑みを浮かべた。うん、これはヤベェな。

「やっぱいいわ。」

「賢明です。」

電車に揺られること一時間、駅から15分歩いてはい到着!…ってのはいいんだが。

「空き家じゃね?」

「ですねぇ。」

がらんとした家に、元気に生えてる雑草。極めつけは赤いテープで張られた空家の二文字。裂かれた少女の腹の中と同じ、もぬけの殻に来てしまったことだ。

「え、もう引っ越したのか?」

「恐らくは。」

「骨折り損の草臥れ儲けじゃねーかっ!」

地団駄を踏む僕と対照的に繰蜜はのんびりとしてやがる。

手がかりゼロ、振り出しに戻ってんだぞ?もうちょい焦れよ。

「あらぁ、あなた達鳥栖玉(トスタ)さんの家に何か用?」

と、そんな僕たちの様子を見かねたのか、小金持ちっぽそうなおばさまが声を掛けてくる。

すかさず、繰蜜が愛想笑いを浮かべる。

「えぇ。此方たち、転校した鳥栖玉さんに久々に会いに来たのですよ。」

「もしかして、鳴喩(ナユ)君のお友達?」

「友達…というよりかは、クラスメイトですかね。たまたま用事があって来たので、顔を出そうと思いまして。またお引っ越しされたのでしょうか?」

繰蜜がそう尋ねると、おばさまは顔を曇らせる。

「それじゃあ二人とも、あのこと知らないのね?」

「あのこと?」

「鳴喩君…つい数週間前に亡くなったのよ。」

「えっ?」

驚いて、つい声が出る。マジかよ、呪い関連か?それとも普通の死に方か?

「死因は何ですか?」

「栄養失調ですって。」

おっと?

腹裂きじゃないが…、何かおかしいな。

「その、栄養失調とは?具体的に何があったのでしょうか?」

繰蜜や私の顔を見たおばさまは少し焦りながら話す。

「あぁいや、ネグレクトとかではないのよ?それだったら、私も通報したし…。鳴喩君が自分からご飯を食べないのよ。むしろ、ご両親はご飯を食べさせようと必死だったわ。」

「食べないとは?ハンガーストライキのような?」

「そうじゃないんだけど…。」

ここで、おばさまは少し言葉を詰まらせる。

「…こんな事を言ってしまうのはあれだけど、あの子様子がおかしかったのよ。」

様子がおかしい?

過五文字(トペンデグラマトン)との遭遇経験から狂ったのか、それとも…。

まだ呪いは終わってなかったのか。

「私も直接見たのは一回だけなんだけどね?反対側の道から鳴喩君が歩いてきたから挨拶でもしようかと思ったの。引っ越し以来、顔を合わせてないし、夜だったからちょっと心配でね。でも、あの子一人でぶつぶつと喋ってたのよ。ほら、最近のワイヤレスイヤホンとかってあるじゃない?最初はそれで電話でもしてるのかと思ったのよ。」

でも、とおばさまは続ける。

「違ったの。あの子、宙に向かって喋ってた(・・・・・・・・・・)のよ。しかも…愛してる(・・・・)愛してる(・・・・)愛してる(・・・・)って何回も何回も。」

あー…こりゃあ完全に過五文字(トペンデグラマトン)だな。この悪趣味さだけはどいつも共通だ。

「気味が悪かったわ。…それで、その数日後に亡くなったんだけど。」

おばさまは空家をチラリと見る。

「申し訳ないんだけど。正直ねぇ…、ほっとしちゃったわ。ごめんなさいねぇ、こんな話しちゃって。」

心配御無用だぜおばさま。なんてったって、別に死んだ奴とはクラスメイトでもなんでもないからな。

「いえ、こちらこそお話してくださってありがとうございます。まさか、そんなことになっていたとは。」

繰蜜が頭を下げる。

「いいのよぉ。それにしても、愛って怖いわね。」

本当にその通りだ。

それで何人も死んでるんだから、笑えねーわ。

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