第5話|父の処遇
ベルナール伯爵家の大広間で、かつての威厳を失ったヴィクトルは、重い足取りで椅子に向かった。
そこにはすでに宰相ディートリヒが書類を整え、静かに彼を待っている。
「ヴィクトル、これより爵位と資産に関する処遇を通達する」
ディートリヒの声は冷静だが、逃れられぬ決定の重みを帯びていた。
ヴィクトルは微かに咳をし、視線を床に落とす。
かつての伯爵としての自負は、今や縮こまった体に残るのみだった。
「まず、あなたの爵位は剥奪される。シュヴァイン公爵家の婚約者にとっても、ベルナール家の秩序が最優先である」
ヴィクトルは唇をわずかに動かすが、声は出ない。
「なお、今後の生活や資産については、最低限の管理権を残すにとどめる。
ベルナール家の秩序は、当主であるアデリーヌ殿及び、後継者であるリリアーナ嬢の周囲が支える」
ディートリヒの視線は、全ての書類を覆い尽くすように、ヴィクトルを貫いた。
かつて伯爵だと思い込んでいた爵位も、実際は子爵に過ぎなかったことを思い知らされる。
その誤認もまた、彼の心に小さな屈辱と虚しさを刻む。
椅子に腰掛け、重厚な机や整然と並ぶ書類、窓から差し込む淡い光に目をやる。
かつての威厳は失われ、目に映る秩序はもはや自分には届かない別世界のもののように感じられた。
“これが……私の、今の立場……か……”
自らが信じてきた誇りと、世間から称された伯爵の名誉。
それらは全て、幻に過ぎなかったことを突きつけられる。
椅子の背もたれに肩を預け、手は机の縁にかろうじて置かれる。
指先は微かに震え、視線は床から逃れられず、身体のすべてが重苦しい現実に押し潰されていることを示す。
書類が手渡され、処理が終わると、ベルナール家の家門は、後継者リリアーナ嬢と宰相ディートリヒの掌に完全に収まったのだった。
静まり返る大広間。
光は窓から淡く差し込み、重厚な家具と書類が、整然と並んだ空間に静かな威厳を与える。
家門の秩序が揺らぐことなく確立されたその瞬間、空気は凛と張り詰め、誰もがその冷徹で揺るぎない支配を、無言のうちに認めるしかなかった。
ヴィクトルは椅子に座したまま、肩を落とし、掌を机に置き、視線は虚ろに床を這う。
かつての威厳も誇りも、今は完全に消え失せ、ただ冷徹な現実と自身の無力さが胸に圧し掛かるだけだった。




