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その従魔おかしくないですか?~ダンジョンボス(元人間)ですが、主人の平穏な生活目指して頑張ります~  作者: 東風 晶子


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43.森淵猪 下

 

 ノアは先日、7歳になった。

 特に何かが変わったということはない。

 孤児院で寝起きして、日が高いうちに冒険者として活動する、相変わらずの日々。

 俺はといえば、そんなノアの後ろを不審者スタイルでついていくだけである。一年近くも過ごしていればさすがに周囲も慣れたらしく、仮面を二度見されることもじろじろと見られることも減った。

 強いて変化をあげるならば、討伐依頼を積極的にこなすようになったくらいか。

 とはいえそちらを主体にするつもりはない。ノアには堅実な冒険者になってほしいのだ。大きな怪我をしそうな依頼は除外し、近距離且つ、安全性が高そうな討伐依頼だけを選んでいる。

 今もメインは町なかの危険度の低い依頼である。

 あとは、ノアの杖を手に入れたことか。

 討伐依頼をこなすことでいくらか収入が増え、思ったより早く目標額に到達した。ただ、以前目星を付けていた杖ではなく、工房に魔石を持ち込んでノアの手に合った杖を作って貰ったのだ。

 材料、それも一番に値が張る魔石が持ち込みになったことで、費用もだいぶ抑えられた。

 見た目のデザインはこれといって飾り気のないシンプルなもの。杖の上部に魔石を使用した魔力収集器が埋め込まれている。完全に埋め込んで外から見えないようにもできるらしいが、ノアは魔石が見える形状を選んだ。

 そのため、ノアが魔術を使うたびに魔石がきらきらと金色に輝く。

 ノアの髪色とあいまって、まるでノア自身が(きら)めいているようにも見える。俺のなんちゃって土妖精(グノー)などよりもよほど妖精らしい。

 杖の出来映えにご満悦なノアが楽しげに魔術を使うから、更に妖精っぷりに拍車がかかっている。そのうち、妖精と間違われる日がくるのではなかろうか。

 ちなみに、魔石にはそれぞれ色によって適性があるそうだ。

 あくまで「そういう傾向がある」という程度であり、魔道具や魔石の性能によって簡単に変わるものらしい。まあ(こだわ)るひとは拘る、というやつだ。

 職人から説明を受けたノアは、手持ちの魔石から迷わず琥珀色のものを選んだ。

 琥珀色は土属性、ノアの適性の火属性は赤の魔石である。

 完全に色の好みだけで選んだ模様。

「ルーチェの色ですね」と笑ったのは購入のために同行してもらったアンジェリカだ。言われてみれば確かに、俺の片目の色に似ていなくもない。これほど綺麗な色はしていないけれど。


 当座の目標だった杖を手に入れ、着々と冒険者の道を進むノアを前に、他の子どもたちもまた良い刺激を受けているようだった。

 エルシーとソフィアは、ノアと同じく冒険者志望。エルシーは水魔術の呪文を幾つか使えるようになり、ソフィアは弓の腕が上達した。ユーグは彼女たちに付き合わされている感はあるものの、邪魔をしたり嫌がる素振りはない。本人の目標は定まっていない様子だが、いずれここを出て行かねばならないことは理解しているようだ。

 マリード唯一の孤児院とはいえ、辺境に近い田舎町だ。幼いうちに引き取り手がみつかることは殆どなく、多くは成人と共に孤児院を出て行く。孤児院はあくまでも、ひとりで生きられない子どもに「最低限」生きられる場所を提供しているだけであり、彼らの面倒をみる義務も義理もない。生きる術があれば未成年でも出て行く必要があるし、そうでなくとも成人すれば出なければならないのだ。

 そのため、孤児たちは「最低限」が確保できるうちに、生きる道を探す。

 今年12歳になったルッツは、以前から時々下働きとして通っていた雑貨店で本格的に働くようになった。ノアも討伐依頼を受けるようになってから、割と安定した報酬が得られるようになっている。

 これで住む場所さえあれば孤児院を出る機会となるのだが、双方未成年のために宿は借りられず、更には()()()()生活するにはさすがに無理がある。

 結果、ルッツもノアも、これまで通り孤児院で生活している。そのかわりに孤児院への「宿代」として一日あたり銅貨5枚を支払うことになった。大体一食分くらいの金額なので、町の宿などと比べれば破格の安さだ。

 アンジェリカは俺の分は不要だと言ったが、元人間、しかも成人していた身としてはもやつくのでノアと同じだけ支払っている。もうすこし余裕ができたら俺の分の防具代だけでも返したいところ。


「森淵猪って、大きいね……」


 横たわる首なしの巨体を見下ろして、ノアが呆然と呟いている。

 現在地はマリードの町の外に広がる、森の中。

 町からはそう離れていないものの、簡単に見つけられそうにないほどに緑が濃い。処狭しと伸びる木々に、縦横無尽に走る枝葉、蔓性の植物。鬱蒼(うっそう)とした周囲には、獣道すら見当たらない。

 俺たちがここにいるのは、いつものごとく薬草採取の依頼を受けたからだ。

 依頼人はもはやお得意様となったエリアーテである。

 エリアーテはギルドを通して『指名依頼』をしている。『指名依頼』は文字通り、依頼をうける冒険者を依頼者側から指名することだ。指名であれば依頼はほぼ達成されるし、指名料ということでギルドにも幾らか入るそうで、受付嬢の機嫌がとてもよかった。

 エリアーテからの依頼は相変わらず緩く、「急がないから」と言ってくれるので有り難く甘えさせてもらっている。

 当初よりはだいぶマシになったが、薬草の判別が難しいのだ。

 修道院には薬草園があるし、生前は薬草を扱ったこともあったのに、エリアーテが依頼してくる薬草はどれも見知らぬものばかり。毎回ノアと額を突き合せて唸っている。

 そんなわけで、「たぶんこのあたりにあるはず」というふわっとした情報を頼りに森の中を探索していたのだが。


 まさか、あんな巨大な魔物に遭遇するとは思っていなかった。


 大物に遭遇することもあるが、滅多にないとも聞いていた。

 今でこそ何も見えないが、少し移動すれば町を覆う壁もすぐに目視できる範囲。

 ほんとうに、森としては浅い場所なのだ。せいぜいがメランと同種の白氷狼くらいかと思っていた。

 居合わせた冒険者たちの話によれば、通常、この近辺には出没しない危険な魔物らしい。群れる習性はなく、一応の危険は去ったとみていいらしいが、念のためギルドに報告しておくと言っていた。

 先に戻るという話だったので、報告のための証拠用の素材とは別に、売却用の素材を分配した。彼女たちはしきりと受け取れないと言っていたが、ある程度は受け取ってくれないと困るのだ。

 なにしろこの巨体である。雷兎などとは違って、そのまま魔術鞄(マジックバッグ)には入らない。解体の技術などないし、仮にできたところでやはり魔術鞄(マジックバッグ)に入りきらないわけで。

 邪魔だし、折角の獲物だがこのまま埋めてしまうかとノアと相談していたら、もったいなさ過ぎると懇々と説得されてしまった。なんでも、森淵猪の素材は高く売れるらしい。特に角や牙は高額になるそう。

 報酬に釣られて、ひとまず角は持ち帰ることにした。まあ大きすぎて鞄には入らないのだが、抱えられないほどではないので。

 困惑顔の冒険者たちにギルドへの報告を頼み、その姿が見えなくなってから(むくろ)を埋めることにする。


「どうやって止めたの? 剣?」


 牙と角を取るために別の場所に置いていた森淵猪の頭を持ってきたら、ノアがふと尋ねてきた。

 突進をとめた時のことかと思い至り、簡潔に「腕で」と答える。

 俺の冒険者としての職業は今のところ『戦士』のままだ。魔術を使うフリも練習していたのだがどうにもうまくいかないため、対外的には剣をメインで扱っていることにしている。

 元兵士のローレンとは違い、俺に剣の腕やきちんとした訓練の経験はない。父が剣を使っていたから多少基本を知っているがそれだけである。なので渋るローレンをつかまえてあれこれ指導して貰い、普段はまるで剣士のような顔をして剣を使っているのだが。

 やはり咄嗟に出るのは剣ではなく手なのだ。


「すごい勢いだったよ。角も刺さりそうだったし……」

「こうやって、服が破けないように気をつけたよ」


 腕を(まく)ってみせる。当然ながら傷はない。


「あのくらいなら大したことないよ。石人形のほうがもっと強いと思うし」


 対峙した感覚だと、Cランクの森淵猪より、Dランクの石人形のほうが『強く』感じた。

 とはいえ、石人形は頑丈な()()木偶(でく)である。攻撃パターンに変化はなく、慣れてしまえば避けることも倒すことも容易い。

 森淵猪は、恐らくそう簡単にはいかないはずだ。相手は「生きている」魔物だ。こちらの行動を学習して対応してくるに違いなく、そこにあれだけの力が加わると考えれば、確かに脅威だと言える。

 単純な力押しだけでいえば石人形のほうが上だが、「考える頭がある」ことを思えば、森淵猪のほうがずっと厄介な魔物だろう。Cランクというのも納得である。

 まあ、今回はその森淵猪のあれこれを感じる前に倒してしまったのだが。

 もちろん、森淵猪の意識が完全にノアに向いていたからこその結果だ。俺の存在に気付かれていればまた変わっていたかもしれない。

 俺はあくまで突進を止めただけで、ぶん殴ったのはある意味「ついで」のようなものだった。

 ノアが標的になったことで、多少なりとも動揺していたことは否定しない。角と牙が厄介だからなんとかしなければと思った――かどうかは記憶にないが、気付いたらもう殴った後だった。

 突進を受け止めるためにかなり強めに硬化させた、そのままの腕で。

 勢い良く吹っ飛んだ森淵猪の頭部に、内心もの凄く焦った。

 流れで胴体を転がしたのは半分くらいは意識の外だった。頭の中はこのやらかしをどうやって誤魔化すかということで一杯だったので。

 何しろ、あの場にはノアだけでなく他の冒険者――『楽園の蛇』のメンバーがいた。常識で考えて、素手で森淵猪の巨大な頭を殴り飛ばせる人間はいない。

 だが、ノアのおかげでこれといって言及されなかったのは助かった。

 きっとノアの魔術だとか、既に負傷していたとか、それらしい理由で納得してくれているだろう。まあ証拠はこれから埋めてしまうので闇の中である。なんの問題もない。


「そっかぁ、ルーチェは強いねぇ」

「ノアもね。助けに入るなんて、なかなかできることじゃないよ」

「……うーん、でも、助けたのはルーチェだよ」

「どうかな。俺はノアに手を貸しただけだよ」

「同じことじゃないの?」

「違うよ。ノアがいなかったら俺は何もしない。あの冒険者たちに何があってもそのまま知らんふりするよ」

「……助けなかった?」

「そうだね。俺はノアの護衛だから。ノア以外は助けないし、力も貸さない」


 まあ例外はあるけど、とは内心にとどめておく。

 良識ある善良な大人ならば、助けると答えるところかもしれない。綺麗ごとかもしれないが、そういうのが立派な人間というやつだろう。子どもが手本にするタイプの。

 今の俺は人間ではない。

 見た目は生前と変わらずとも、魔物で、ノアの従魔だ。

 手本となるべき善良な大人ではないし、むしろ手本にならねばならないのは人間のノアのほうである。

 なぜなら俺の手綱(たづな)を取るのがノアだから。


「もしまた、こうやって魔物に襲われているひとがいたら。ノアはどうする?」


 今回は運よく俺でも勝てた魔物(あいて)だった。

 ノアは転倒はしたものの怪我もない。俺も無事。冒険者たちも無事。

 だが、毎回そうだとは限らない。

 俺の問いかけに、ノアはゆらりと瞳を彷徨わせる。


「……助けたい」

「どうして? 知らない人だよ」

「だって、怪我しちゃうかもしれないし……死んじゃうかも」

「知らない人なのに死んだら困るの?」

「困らないけど……なんか、嫌だから」

「ふうん。じゃあその知らない人を助けようとして、ノアが怪我したらどうするの?」


 命の大切さはそれなりに理解しているらしいが、行動に伴うリスクまではまだ考えが及んでいない様子。

 今回だって、俺が一瞬でも遅れてたらどうなっていたか。

 俺も、彼らの存在には気付いていた。追われているらしい複数の人間と、それを追跡しているだろう大きな魔物の存在は、恐らくノアが気付くよりずっと前からわかっていた。

 それでも何かしようと思わなかったのは、追われているのが冒険者だと判断したから。複数いて、助けを求める声もなければ、まあ自分たちでなんとか対処するだろうと思った。

 彼らの狩りにこちらが巻き込まれないように、或いは邪魔をしないようにしておけばいいかと、その程度にしか考えていなかった。

 事態に気付いたノアが、すぐさま助けに入るとは想像もしていなかったのだ。

 ノアの正義感――善性といってもいいかもしれないが、それを甘くみていた俺の落ち度だ。

 悪いことではない。人としては良いことだけれど、これを繰り返せばいつか取り返しの付かないことになるかもしれない。


「……ルーチェが助けてくれるんでしょ?」


 不思議そうに首を傾げられて、思わず言葉に詰まった。

 確かにその通りなのだけれど。現実は現実として、ノアには自分の安全を最優先にしてほしいわけで。

 あと俺は万能じゃないので、行動前になにか一言ほしい。合図でもいい。

 なんの相談もなく、いきなり魔術をぶっ放したノアを援護しろというのは難易度が高すぎでは。


「……そうだね。けど、もしその魔物が俺よりずっと強い魔物だったら、」

「ルーチェが怪我しちゃう……!」

「……うん、まぁ……」


 食い気味に言うノアに、どうかなと思いつつも頷いておく。

 そこはノア自身の危険を想定してほしいところなのだが、まあ対峙するのは俺が先だろうし、俺が負傷するのは間違いでもない。

 そういえばダンジョン以外で倒された場合、この身体はどうなるのだろうか。ダンジョン内同様に消滅するのか、それとも土の塊という骸が残されるのか。


「だめだよ。そんなの、絶対にだめ。怪我しちゃ嫌だ……」


 俺が余所事を考えている側で、ノアは今にも泣きそうな顔をしていた。

 思わぬ反応に困惑する。腕や足をぽろぽろ落してもケロリとしていたのに、負傷となるとまた違うのか。どちらにしろ血が出るわけでもないし、どこからが「怪我」の範囲なのかわからない。ノアは俺のどんな状態を想像してそんな顔をしているのだろう。


「俺は簡単に怪我しないよ。でもそう思うなら、次からはちょっとだけ考えて」

「考える……?」

「そう。怪我してでも、助けたいかどうか」

「ルーチェが……」

「うーん、俺というよりノア自身が、ね。俺はノアが怪我するほうが嫌だから」

「怪我……ぼくと、ルーチェが……」


 ノアが、思案するように忙しく瞬く。


「もし、またこうやって強い魔物がいて、襲われているひとがいて。俺より強そうな魔物だったらどうする?」

「……隠れる」


 悩んだ後に、ぽつりと答える。自分ひとりでも助けに行く、なんて言われたらどう説得したものかと思ったが、きちんと伝わっているようだ。


「じゃあ俺より弱い魔物だったら? ノアはどうしたい?」

「助けたい」

「そう。なら、ノアは俺にどうしてほしい?」

「……僕と一緒に戦って」


 本当は、俺を上手く使()()ことを覚えてほしいけれど。

 まあ、「一緒に」と言っているから、今回のように突然の行動を取ることはないだろう。事前に相談ないし指示をしてくれるはずだ。……そうだと思いたい。

 少なくとも、俺が「自分の意思」で人助けをしないということをノアは理解しただろう。

 その上で救助したいならば、相手の魔物を見極めなければいけないことも。

 相手によっては見捨てるという選択肢が出てきただけでも及第点か。

 前提に俺が登場するのがちょっと疑問だが。そのうち、ノア自身の安全を前提にできるように学習してもらわねば。


「うん、わかった。その時は、絶対に俺から離れないでね」


 大きく頷く金色の頭を、そっと撫でる。

 ノアはまだ、主従という概念がよく理解できていないと思う。

 振り返れば最初に言われた言葉も「友達になって」だったし、彼の中では従魔と護衛と友達はすべてイコールで繋がっている可能性が高い。

 こればかりは一朝一夕でどうなるものでもないし、成長と共に理解が深まっていくことを期待するしかないだろう。

 ちなみに俺は、主従の概念は理解できているが、実感として全くわからない。

 従魔術の拘束力、もとい強制力もさっぱり。繋がりにしたところで「俺の言ってることがなんとなく伝わる」程度の機能しかないのだ。

 しかも最近は、その機能も鈍くなりつつある気がする。こうやって口にすることが増えたから感じるのかもしれないが。


「さて、それじゃあコレを埋めてしまうから、少し下がって」

「全部埋めちゃうの?」

「もったいないけどね」

「ルーチェのお口にも入らない?」


 ノアが言うのは、俺の『口』の中にある謎の空間のことだ。

 銀貨の袋やコアの件もあって、検証がてらノアには色々と手伝って貰った。

 最初はさすがにどうかと思って遠慮したのだが、ノアのほうが興味をもってしまった。元々俺の『口』に興味津々だったし、まあ当然といえば当然である。

 検証の結果、銅貨や袋、本、食器などのモノは、なんら瑕疵(かし)なく出し入れができた。

 芋などの食材は、食器などと同様にそのままの状態で取り出せる。ただ、パンやスープ、干し肉などは取り出せなかった。消化、もとい『捕食』してしまったらしい。

 明確な線引きはわからないが、なんとなく俺の認識に左右されているような気がする。もしかしたら「食べ物」だと思えば食器も『捕食』できるのかもしれない。やらないけれど。

 ちなみに、町の外で倒した雷兎を袋に入れて放り込んでみたところ、そのまま取り出せた。袋の中の雷兎は倒した時のまま、毛皮を汚す血すら乾いていなかった。良くも悪くも、入れた時の状態が維持されるらしい。

 その場には当然ノアもいたので、単純にこの森淵猪も持って帰れないかと言いたいのだろう。


「ノアの魔術鞄(マジックバッグ)と一緒だよ。小さく解体すれば入るかもしれないけど……うーん、あんまり入れたくないなあ」


 解体の技術がないため、肉を雑にぶつ切りするくらいしかできない。それでは何の素材にもならないだろう。もしかしたら食糧くらいにはなるのかもしれないが、そもそも食べられる魔物なのかどうか。

 そして持ち帰る予定の角は、長すぎてさすがに『口』には入らない。


「そっか、袋もないもんね」


 納得して頷いたノアは、どうやら肉が血まみれのまま放り込まれることを嫌がっているのだと解釈したようだ。鮮度が維持されるのだから、それは確かにそうなのだけれど。

 ただ、俺の『口』は便利な魔術鞄(マジックバッグ)もどきではなく、本来は攻撃手段である。既にただの肉でしかないそれだとしても、滴るほどの血を感知したら『捕食』してしまうような気がしている。

 俺自身の認識が「食べ物」ではなくても、この身体の本能が反応してしまいそうだ。


「角を持って、後ろに。もう少し下がって」


 ノアに森淵猪の角を預け、下がるように指示する。

 頷いたノアは、言いつけ通りに離れた場所で足を止める。その腕には、杖と角。どちらもノアの身長と同じくらいの長さである。二本とも抱えている様子から、重量はさほどないようだ。

 その様子を横目で確認して、片手を地面に付け、馴染ませ、操作する。

 ぼこぼこと音を立てて地面が掘り返され、沼に沈むように森淵猪の骸が土の中に沈み込む。周辺の植物の根を支配して更に深く押し込めば、あっという間に血の跡すら消えた。

 踏みしだかれた植物や剥き出しの土が、ここで「何かあった」ことを示していたが、まさか森淵猪が埋まっているとは誰も思うまい。

 出来映えに満足して、薬草の探索を再開する。

 「たぶんこのあたりにあるはず」と想定した範囲を、まだ探し終わっていないのだ。

 角はそれなりに良い収入になると聞いたが、やはり依頼はきちんとこなしておきたい。

 堅実に稼ぐのは大事である。



書きすぎた後編です。

固有名詞(森淵猪とか)は敢えてルビ振ってないので、良い感じに心の中で読んであげてください。

英語風かドイツ語風か、それとも造語にするかとか迷走した果てに、もう漢字でいいやとなってるのが現在です。特に拘りはありません。

ちなみに、私は心の中でフォレストボアと呼んでます。入力するときは「もりふちいのしし」って打ってますけれど。

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