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9.偽装工作

 子どもが3個目の保存食を食べ終えたところで、腕組みをしたジークが渋面で言った。


「問題は、どうやってそいつを連れていくかってことだよ」

「このままじゃだめなの?」


 いろいろ話をしたことで慣れてきたらしい子供が、首をかしげてジークに問いかける。


「普通の魔物ならそこまで問題ないけどな。泥人形は従魔術が効かないって言われてるやつで……まあ簡単に言えば目立つんだ。目立つと色んなヤツが寄ってくる。もちろん悪いやつもだ」

「わるいやつ……」


 子どもが顔を顰める。いやいやをするように首を振った。


「だよなあ。だからできるだけ目立たなくしたほうがいい。けど……さすがに荷物に収納できるモノじゃねぇからなあ……」


 俺を見て、今度はジークが首を振る。

 そこらをうろつく鼠や蛇ならば、確かに荷物に隠すことも可能だろう。大人しくしているかはともかく、人目につかないところまで移動させるのも難しくはない。

 だが俺は、どう頑張っても巨体である。縮められるものでもないので、まあ荷物に入ることは無理だ。

 ジークが平均的な身長と仮定した場合、俺は彼よりも頭ふたつぶんほどデカいのだ。

 こうして近くで落ち着いて観察してると、自分の化け物的な大きさに気づかされる。しかもこれで背を伸ばした状態ではない。常に前傾姿勢である。ちなみに伸ばせるかどうかはわからない。腕も長くて重いし、足に至ってはもはや土の柱といってもいい状態だ。下手に伸ばしたら腰あたりで折れそうな気もする。


「いっそ人間ぽくしちゃうのは? ダンジョンで会った冒険者って設定で連れ出せば良くない?」

「ローブなら予備がありますよ~女性物ですけど~」


 アリシアの提案に、エレンが己の腰のポーチから何かをずるりと取り出した。明らかにポーチの容量を超えるそれに、ぎょっとする。

 何かの魔法だろうか。


「まあ隠すよりは……いやでも、届け出からバレるんじゃ?」

「すぐにはバレないでしょ。要は騒ぎにならなきゃいいんだからさ、ダンジョン出たらその足でギルドにいけばいいのよ」

「ウィンさんがいらっしゃればいいんですけどね~」


 エレンからローブを受け取ったジークは、手元と俺を交互に眺めたあと、やや複雑な顔で子どもに視線を向ける。


「ノア、悪いけどコレ、あいつに着せてみてくれるか?」

「うん」


 頷いた子どもが、両手にローブを抱えて俺に近づく。地面すれすれに垂れた布に、足が絡まりそうでヒヤヒヤした。


「これ、着てって」


 子どもはローブを掲げて渡そうとしてくる。

 いや普通に無理では?

 想像の段階で着られる気がしない。単純な動き――腕を振り回したり、子どもを抱き上げるまではギリギリ可能だが、袖に腕を通したり自ら羽織ったりなどという細かな動作は難易度が高い。この身体には骨も筋肉も、当然ながら関節もないのだ。まあ面倒なパーツは全て壊して、服を着た後に再構築するというやり方なら可能かも知れないけれど。

 どうすべきか悩んでいたら、子どもだけでなく三人も問題点に気付いたらしい。

 険しい顔のジークがおっかなびっくりといった様子で近づき、「動くなよ」と呪文のように繰り返しながら伸び上がって俺にローブを羽織らせてくれた。


「着せた……は、着せたけどこれは……」

「足とか全然隠れてませんね~」

「でもこれ、ローブが大きくてもやっぱり不自然になりそうなんだけど」


 "女性用"の言葉通り、俺には小さい。足はほぼ丸見えだし、袖を通していないとはいえ腕は余裕ではみ出している。頭部もフードでは隠しきれなかった。

 手のひらにひっそりと「目」を開いて改めて姿を確認してみたが、被害者のローブが引っかかっているようにしか見えなかった。つまり惨劇後である。真っ先に討伐隊が組まれてしまうやつ。

 せめてローブに隠れるくらいの大きさにできればと思うが、いまいちやり方がわからない。足や腕などの露出しているところの土を削って、頭部も削って――いっそ頭部はなくても……いやそれは化け物度があがるだけだ。

 思考が迷走しはじめたところで、無言のまま俺を見上げていた子どもが口を開いた。


「けいび……じゃなくて、えっと、どろにんぎょう、さん? お名前なあに?」


 首をこてりと傾げて、名前を聞いてくる子ども。

 うん、自由だな。

 大人たちが俺の処遇に悩んでいる時に、おそらくは原因の子どもは全く関係ないことが気になっているようだ。

 とはいえ、尋ねられたところで俺に答える術はない。さきほどからこちらの意思はうっすらと伝わっている気がしているが、さすがに名前は無理だろう。


「え、名前あるの?」


 俺の代わりに反応したアリシアが子どもを見遣り、次いでエレンに問いかける。


「どう? あいつ名前持ち?」

「ええと……名前はないですね~……ただ、種族名もランクも空欄なんですよねぇ……壊れたんでしょうか~」


 薄い板のようなものをこちらにかざして、エレンが答える。彼らのやりとりがさっぱりわからない。あの板はなんだろうか。


「特殊個体ってわけでもねぇのか?あー、ノア? 友達になったんならお前が呼び名をつけてやれよ」

「ぼくが? いいの?」


 驚いた表情の子どもが、ジークと俺の間で忙しく顔を動かす。


「えっと、えっと……おなまえ……」


 ふらふらと揺らされたその手が俺の手を握ってきた。俺が抵抗せずにいると、目に見えて子どもの態度が落ち着く。


「……ルーチェ?」


 自信なさげにつぶやかれた単語は、女性名のように聞こえた。

 元の姿ならともかく、この魔物の身体で女性判定を受けるとは思わなかった。この魔物に雌雄はないようなので、あながち間違いでもないのかもしれない。

 どうみても繁殖とかしそうにみえないもんな、泥人形。


「だめ? いなくなったおねえちゃんのお名前なの……大好きだったから……えっと、じゃあハンナとかリリー?」


 やはり女性名だった。

 そしてついでに微妙に拒絶しづらい理由が語られた。他の候補も恐らくだが「いなくなった」誰かの名前だろう。どこかに貰われていったのか自立したのか、或いはもっと不穏な理由かもしれないが、子どもには身近な人物だったようだ。

 そして何故女性しかいないのか。いなくなったお兄ちゃんはいないのか。

 内心でささやかな抵抗をしてみるものの、俺に選択肢は殆どない。俺の名を伝える方法はないし、同様に抗議も希望も伝えようがないのだ。

 それに、今ここで提示されているのは「仮の呼び名」のようなものだ。そこまで拘るものでもないだろう。子どもが呼びやすい名前であればそれでいいのでは。

 半ば諦めてそう納得すれば、子どもがぱっと顔を輝かせた。


「ルーチェでいい? よかった!」


 途端、先ほど感じたひっかかりが、強くなったような気がした。

 服を捕まれているのではなく、手を握られているような感覚だ。まあ実際に握られているのだが。

 これが従魔術とやらの効果なのかはわからない。子どもと出会う前と何が違うのかと問われても答えられない程度には、微妙な変化である。

 ただ、この子どもを守らなければという気持ちは少しだけ強くなったように思う。

 ダンジョンから出て子どもの安全を確認したら、折を見て彼らから離れるつもりだった。彼らへかかる迷惑を考えないではなかったが、何より俺は村に帰りたかったから。帰れないまでも、遠くから村や家族の姿を確認したかった。彼らにしても、こんな化け物が傍にいるよりは行方知れずとなってくれたほうが良いに違いないと。

 けれど、それが揺らいだ。

 帰りたい気持ちは変わらない。人間の姿を取り戻したいとも思う。だって俺は人間だ。

 ただ――もう少し、付き合うのも悪くないのではないか。

 このままダンジョンから出られたら、それは子どもを含めた彼らのおかげだ。

 ならばその恩返しくらいは。或いは、俺をダンジョンから出したことで起こるであろう騒動の、片がつくまでは。

 そして、どうやら俺の()()となるらしい子どもを少しの間守ってあげるくらいは。


「……!? えっ、待て待て! 何したんだノア!」

「新手の……じゃない!? えっ、あれっ泥人形は!?」


 にわかに外野が騒がしくなる。

 ぐらりと身体が揺らいだと思ったら、急に子どもが近い位置にいたので驚く。子どもも驚いたらしく、手を繋いだまま呆然と俺を見つめている。

 大きな緑の目に映り込む影は俺のものだろう。よく見るために少し屈んで、顔を近づける。

 大半がフードに隠れた顔は、口元だけが外から見える状態だ。人らしい鼻と唇。意識的に唇のあたりを動かすとぱかりと口が開く。口の中には舌も歯もなく、真っ暗な(うろ)のようだ。普通に不気味。


「ルーチェ……?」


 目の前の緑が瞬いて、僅かに浮かぶ困惑の色に我に返った。

 勝手に鏡扱いしてしまっていたが、子どもにしたらわけがわからないだろう。

 笑って安心させようと思ったものの、そもそも筋肉などないため動かし方がわからない。口は動かせたのに。

 仕方なく、繋がれていない方の手を伸ばして、慎重に頭を撫でてやった。

 (かさ)が減ったおかげでうまいこと加減ができるようになった。これまでのやらかしは図体のでかさが原因だったようだ。人間が、足元の蟻を潰さないように歩くことが困難なように。


「えっと、ちょっと小さくなった?」


 大人しく撫でられながら、子どもが不思議そうに言う。

 確かに、随分と小さくはなった。

 子どもと目線が近いし、足元にはこんもりと泥の山ができている。どうやらあの一瞬のぐらつきは、身体の泥が減ったせいだったようだ。

 とはいえ、元があれだけの巨体だ。小さくなったといっても標準的な人の大きさである。……ジークよりは目線が低いので、成人前後の15歳かそこらだろう。

 そう自分の状況を分析して、ふと「目」を使っていることに気付いた。

 もしかしなくても、フードで隠れた頭部に「目」が配置されているのではなかろうか。

 意識すれば、視界の大半を布の影が覆っているのに気付く。思えば子どもの目を鏡にしたのも、「目」からの感覚に引きずられた結果だろう。

 泥人形の特性のおかげで、狭い視界でも周囲の状況はまるっと理解できるのは有り難い。


「……お兄ちゃんと同じくらい?」


 寂しそうな気配を感じたので、握った手を引き寄せて、そのまま抱き上げる。

 俺は「お兄ちゃん」を知らないので判断は任せよう。今の俺と同じくらいの背丈ならば、「おにいちゃん」も成人前とみた。

 今でこそそれなりに伸びた俺だが、成人する頃はまだ成長期がきていなかった。周囲の女性たちより背が低く、よく少女と間違われていた時期である。

 その頃だったらこのローブで隠れたな、と何となく思いはしたのだ。

 布で隠してしまえば多少の造形の(まず)さはどうにでもなるのに、と。

 そうなりたいと願ったわけでも、しようと思ったわけでもない。ただちらりと思っただけだった。

 それがどう作用したのか、子どもの様子からみるにそう悪い状態ではなさそうだ。


「お姉ちゃんと同じくらいだ」


 この子どもには「お姉ちゃん」と呼ぶ人物もいたらしい。名前候補にあがった誰かだろうか。まあ、馬鹿デカイ図体に抱えられるよりは、幾らか馴染んだ視界のほうがいいだろう。


「ちゃんと名前がついてますね~」

「え、術者が名前つけても進化とかすんのか……?」

「進化はちょっとわかんないです~相変わらずランクも種族も空欄ですし……やっぱりコレ壊れてるのかもしれません~」


 薄い板をくるくると弄りながら、エレンが溜め息をつく。そんな彼女の隣で、アリシアはまじまじと俺を見つめている。


「すごい人間っぽい……なんだっけこういうの、擬態型だっけ?」

「そういやギルドの資料にあったよな、擬態型泥人形。もうちょっと泥人形っぽいのを想像してたんだけど、思ってた以上にヒトだな。これならローブで誤魔化せそうじゃねぇ?」

「いけそういけそう。あ、でも足元が……あたしのコレ入るかな?」


 アリシアもまた、腰に装着していた小さなポーチから革靴を取り出した。明らかに質量がおかしいが、疑問に思っているのは俺だけのようだ。やはり俺の知らない魔法の可能性がでてきた。

 ジーク以上に及び腰のアリシアが、慎重な動きで革靴を持ってきた。そんなに怖いなら無理に手渡ししようとしなくていいのに。

 子どもを片側に抱え直して、空いた手で靴を受け取る。

 足首までの長さの革靴。革は全体的に柔らかく、底が厚い造りになっている。


「わ……ね、ねぇ今あたし、泥人形と意思疎通できたんじゃ!?」

「渡しただけだろ。ソレ言うなら俺だってローブ着させたし! 俺の方が近づいてますけど!?」

「張り合うとこおかしくないですか~?」


 エレン、ごもっとも。

 二人の元に戻って興奮気味の声をあげたアリシアに、ジークが謎のマウントを取っている。意思疎通というならば、最初から会話は大体理解している。ただ一方通行に近いだけで。

 子どもを降ろして靴を履いてみる。元が土なので調整は簡単だ。ちょっとふらつくがそのうち慣れるだろうと気楽に考えていた俺は、靴を履いた途端に起きた変化に思わず硬直した。

 周囲の音と映像が、突然ブツリと切れた。

 何事だと慌てたのも束の間、視野の端にちらちらと映る風景が、「目」の視界だと気づく。

 そうしてよくよく集中すれば、ジークたちの騒がしい声も聞き取れた。

 どうやら、地面との間に靴を挟んだことで、得られる情報が減ってしまったらしい。

「目」を使わずとも周囲が把握できる状況に慣れてしまっていたが、思えばこれが当たり前の光景だ。

 目を覆えば視界が狭まるし、耳を覆えば聞こえにくくなって当然なのに。

 いやまあ、目はともかく「耳」は存在すら怪しいのだが。探してもみつからなかったのに普通に聞こえている不思議。

 人間は慣れるものだと知っているけれど、泥人形の身体に慣れてしまうのはよろしくない。俺はいずれ元の体に戻るのだから。


「うん、人に見えるな。見えるけど、こう……」

「不審人物ですねぇ~」

「違う意味で目立ちそうね」


 三人から散々な評価をいただいた。

 足元まで隠すローブと長めの革靴に、顔の大半を覆うフード。防具もなければ武器もなく、露出もほぼない。「冒険者です」という設定で彼らに同行するには、確かに不審である。せめてそれっぽい装備がいるだろうか。


「ルーチェ、お顔みてもいい?」


 くい、とローブを引っ張った子どもが、遠慮がちに尋ねてくる。

 その位置からなら見えそうなものだがと考えて、光源がカンテラと青い光だけだったことを思い出した。

 ここまで深くフードを降ろしていればさすがに暗くて見えないか。

 ならばと屈み込んで子どもに目線を合わせたところで、はたと気付く。

 俺の顔、どうなっているんだろう。

 ふんわりと想像したのは「ローブに隠れる体格」だった。そこに顔の形までは入っていなかったし、むしろ隠れさえすれば多少適当でもいいかと思っていた。

 だからこれといって作り込んだ意識はない。この魔物自体の「顔」は、素人の粘土細工とどっこいの代物だったから、恐らくはそこから大きく進歩はしていないだろう。

 問題は、この魔物が「目」をひとつしか持っていないことだ。

 頭部に「目」が配置されているのは感覚的に間違いないけれど、その位置は?

 万一、顔面の中心に配置してしまっていたら化け物である。

 顔かたちが多少拙くても、目の位置がずれていても、隠せたらそれでいいとわかっているけれど。

 さすがに、あまりに人とかけ離れた顔をさらすのは躊躇われた。

 この緑の瞳に恐怖の色が浮かんだら。


「……えっと、嫌?」


 こちらの躊躇いが伝わったのか、こどもが首を傾げる。こういうとき、詳細を伝えられないのは困る。

 顔をさらすのが嫌なわけではなく、怖がらせやしないかと危惧しているだけだ。

 それをどう伝えたものかと首を捻って、結局面倒になった。

 よく考えれば、魔物に友達になろうなんて言ってくる子どもだ。今更、ひとつ目くらいでは怯えないだろう。たぶん。

 もっと化け物じみた泥人形の姿でも「いいひと」と言い切っていたことを思い出し、まあいいかと考え直した。


「……ん? いいの?  わかった、外すね」


 まあいいかと思ったところで、ちょうど良くこどもが頷いた。なんとなくで伝わっているらしい。

 子どものちいさな指がフードにかかる。


「ノア、もしかして言葉通じてるの…?」

「従魔術士は従魔と意思疎通ができると聞きますよ~」

「意思疎通なあ……傍からみると”見てるな”って程度しかわからん」


 フードが取り払われると、わずかに明るさが変化するのを感じる。フードに覆われていたせいで暗く感じていたようだ。完全に「目」からの視覚に切り替わったのはつい先ほどだったのだが、順応が早い。

 広がった視界に最初に映ったのは白っぽい髪だ。

 恐らくは自身の前髪と思われるそれと、首のあたりから胸元へと落ちるやはり白い髪。やはりふわっと想像した程度では細部まで人らしくはならなかったらしい。白い髪など、老人くらいだろう。


「おめめキレイだね」


 俺を見上げていた子どもが、目をキラキラとさせて言う。

 カンテラの灯りを反射して輝く緑の目は宝石のようで、お前に言われてもなという気持ちになる。

 そもそもちゃんと両目があるのだろうか。この身体には「目」はひとつきりな筈なのだが。


「えっ……擬態型ってあんな……?」

「目がある……なんか一気に人間っぽい」

「色違いなんですねぇ~」


 三人があれこれ言っているが、土から離れたせいかはっきりとは聞き取れない。

 頭部が人らしく装えているならばいいのだけれど。まあ、上手く装えていようがいまいが、不審者の恰好で行動するつもりではある。うっかりでボロをだしそうで怖い。

 鏡になるようなものはないかと周囲に視線を巡らせるが、無機質な土壁しかなかった。「目」を移動して確認するのは最終手段である。下手に動かしたら余計に化け物じみてしまいそうだ。


「? ルーチェはかいぶつじゃないよ?」


 俺の思考の断片が伝わったらしい子どもが、手を握ったまま不思議そうに言った。

 俺は人間だし、それは確かにそうなのだけれど。

 その事実を知らない子どもが、泥人形の手を取ってその認識なのはどうなのか。もうちょっと危機感仕事しろ。泥人形は正しく化け物だ。


「まあ……ある意味で怪物だなあ……こんなのに出くわしたら騙される自信ある」

「違うよ! ルーチェはルーチェだもん!」

「あーごめんごめん。そうだな、怪物じゃない。見た目は……その、普通に人間だよ」


 子犬が威嚇するような激しさで抗議する子どもを、ジークがどうどうと宥める。

 ちらりと俺へと向けた表情は微妙なものだった。言葉通りに受け取っていいのか判断に困る。


「うん、人間っぽく見える。多少フード浅くても問題ないかも」

「……やはり表情は仕方ないのでしょうね~」


 微妙な顔の理由は、俺の表情にあったらしい。

 言われて、子どもに握られていない方の手でぺたりと顔に触れる。見た目はともかく感触は土だ。粘土をこねるように表情を作ればいいのかもしれないが、芸術方面のセンスは皆無なのでどうなるかわからない。元に戻せる自信もない。

 もう表情筋が死んだ人間ってことで押し通せばいいのでは?

 同意を求めて子どもを見遣ると、子どもは「うん」と頷いた。

 俺の言葉自体が通じてるのだろうか? それともなんとなく頷いた感じだろうか。


「ノア? そいつなんか言ってるのか?」

「んっと……これでいいのって?」


 完全には伝わらないものらしい。しかも意図と違う感じで伝わっている。まあ、拘る部分でもないので放っておくことにした。


「うーん、どうにかなるだろ。ダンジョンから出る前にフードはしてくれ。色違いの目ってのは人間には珍しいからな」

「確かに綺麗ではあるんですけどね~でも不思議ですね、どこからその色になったんでしょう~?」

「コアの色なんじゃない? 泥人形の落す魔石って、コアって言われてるんでしょ」

「コアと魔石は別なんじゃなかったか? コアは素材っつーの? 材料になるって聞いたぞ」

「材料って何の?」

「なんだったかな~。フィルマが言ってたんだよ、コレクターに高く売れるって」

「へぇ~」


 そこでじっとこちらを見ないでほしい。そっちがその気なら抵抗はするぞ。

 それにしてもコアか。

 思い浮かぶのは泥人形を倒した時のアレである。赤くつるりとした石。確かに魔石とは違うなと感じたが、特殊な素材だったらしい。確か、結構収拾したような。そして体の中に埋もれているような。

 俺自身のものもあるとしたら、今この体の中には10個以上のコアが埋まっていることになるのでは?


「こうしているとお人形みたいですね~」

「そりゃ泥人形だしな」

「それはそうなんですけど~こう……作り物めいた感じがします~」

「? 作り物だからじゃないの?」


 不思議そうに首をかしげるエレンに、ジークとアリシアがもっともな突っ込みを入れている。

 話題となっている俺としても二人の言い分の通りだと思うので、エレンが言いたいことがいまいちつかみきれない。


「うーん、不自然さというか……ああ!  わかりました~! まばたきがないから~!」


 瞬き。

 指摘されて合点がいく。その発想はなかった。瞬きなんて意識したこともなかったから、まさかこの身体になって()()()()()ことも気付かなかった。

 当然だ。どこにでも移動可能なパーツに、瞼なんてものが付属している筈がない。

 とはいえ、「目」自体は開閉ができている。いちいち「開ける」「閉じる」と認識しているわけではないが、目を移動させる際には一旦閉じている気がする。

 それを応用すれば瞬きは可能だろう。

 ただ、傍目にどう映るのかがわからない。「目」を閉じた瞬間に「目」自体が消失したら洒落にならないわけで。

 口は先ほどできたはずと、再度口を動かして見る。開閉は難なくできた。ちなみに、顔にある口は本来の「口」とは別物だ。形を模しているだけでただの真っ暗な穴になっている。

 同じ要領で「目」を開閉してみる。

 子どもを見下ろしたまま、ぱちり。ぱちぱち。

 瞬きっぽくなったかな、と首を傾げてみせたら、子どもが「じょうず!」と笑った。上手くいったようだ。あとはこれを定期的にやるようにすればいい……結構めんどうだな……


「え、学習能力、たか……」

「これ完全に私たちの言葉も理解してますね~」

「泥人形ってそんなに知能高い魔物なんだ……? なんかもう、中層でやってける自信なくなってきたあ」


 何故かしょんぼりし始めた三人を前に、子どもと一緒になって首を傾げた。

 頑張って魔物の身体を「人らしく」したのに、何が不満だというのか。さすがに表情は簡単にはいかないが、そのうち出来るようになるはずだ。何しろ中にいる俺は人間である。

 ひとまず久々の"不便さ"に慣れるところから始めるとしよう。

 まあ、この年齢で子どもに手を引かれて歩行の練習をする羽目になるとは思わなかったけれど。




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