10.★泥人形とルーチェ
前回ちょっと長すぎたかなと反省したので、5000文字くらいに調整しました……
最後の方に主人公の見た目イメージ画を置いておきます。
(※他視点/ジーク)
それは、これと言って特徴のない少年の姿をしていた。
身に纏うのは足元まで覆う長いローブと、革のブーツ。灰色がかった白い髪は長く、胸元まで垂れている。長めの前髪の奥には、青金石と琥珀の色違いの瞳が宝石のように煌めいていたが、なんの感情も窺えなかった。
当然だ。
どこからみても成人前の少年にしか見えないコレは、迷宮怪物――魔物である。
「いまいちこう、人間ぽさがないよな」
ノアに手を取られて、歩行の練習のようなことをしている姿を見ながら、ジークはぽつりと零す。
包み隠さずに言ってしまうと「不気味」でしかないのだが、さすがに口にするのは自重した。
「人間じゃないからね」
仕方ないよ、と頷くアリシアの表情も渋い。アリシアは昆虫が嫌いなのだが、以前巨大な蜘蛛型の魔物の討伐に行った時と同じ顔をしていた。ジークが飲み込んだ言葉がもろに顔に出ている。
「瞬き、頑張ってるみたいなんですけどね~慣れない感じですねぇ」
エレンは首をかしげておっとりと笑っている。彼女が何を考えているのか、いまいちジークにはわからない。おおらかというか、大物というか、大抵のことは「あら~」と流してしまいがちなところがある。このおおらかさがなければ、修道女にはなれないのかもしれない。
三人の視線の先では、話題に上っている魔物、もとい『ルーチェ』がよろよろと歩いていた。重心がうまくとれないのか、頭がふらふらと無駄に揺れている。倒れこそしないが、不安しか感じない足運びだ。
そして時折、思い出したようにぱちりと瞬きをする。
その間は歩行も止まるので、監督しているらしいノアがその度に「がんばって!」と声援を送っていた。
ひとつに集中していると他がおろそかになるのは人も魔物も変わらないらしい。
『ルーチェ』は泥人形という迷宮怪物だ。
その名の通り、本来は泥や土を捏ねたような醜悪な見た目の魔物である。ダンジョンの中層、それも割合奥まで進んでから現れ始めるモンスターで、ギルドではDランクのモンスターに分類されている。
一般的に『雑魚』扱いのモンスターだが、接近戦は非推奨とされていた。戦闘になったらなるべく距離を取り、泥人形の攻撃範囲には入らないようにと言われている。
接近戦が主体であるジークは、そうした理由もあってまだ一度も戦ったことがなかった。遠隔の攻撃手段を持つアリシアやエレンもまた、現状では倒しきれないと判断してジークに倣った。これまではなるべく遭遇しやすい場所を避けて探索を繰り返していたのだ。
そのため、これがジークにとって初遭遇だった。推奨ランクだからと虚勢を張りはしたが、通路を塞ぐようにぬっと佇むその姿に背筋が凍った。接近線が非推奨と言われる理由の一端が理解できたし、あまりの不気味さに近づく気にもなれなかった。
そんな奇怪な怪物を、ノアは従えてしまった。
魔物を従えること自体は、ことさら珍しいものではない。数は少ないものの、従魔術士という職業が存在することがその証拠だ。
ただ、一般的な感覚では、魔物と共に行動するというのは狂気の沙汰だった。
魔物は人とも野生動物とも違う理解できない存在だ。従魔術士にしたところで、魔物を「強制的に」従わせているだけで、決して「仲間」などと呼べる関係ではない。そうではない従魔術士もいるにはいるが、ごく少数派であり、むしろ異端扱いされると聞く。
ノアは恐らく、従魔術士の素質があったのだ。それも、ごく少数派の側で。
ジークが見る限り、ノアは従魔へこれといった命令や指示はしていない。子どもらしいお願いや主張はしているが、そこから”命令”を汲み取ることは魔物には難しいはずだ。
なのに、従魔はノアの意に添う形で行動している。
人のような姿に変化してみせたのも、その一環だ。加えて、ジーク達の意見を取り入れて擬態の精度を上げても見せた。
魔物の中には知能の高いものもいると聞いてはいたが、それは群れのボス、または何百年と生きた個体などの一般的な魔物の話だ。
ダンジョンの魔物、いわゆる迷宮怪物と呼ばれる魔物とは、違う。
ダンジョンモンスターは成長せず繁殖せず、そもそも死体も残らない。どれだけ倒そうとも徘徊するモンスターの数に変化はなく、幾度倒されようとボスは復活する。
まるで生命の気配を感じさせないその様から、ダンジョンモンスターは「生き物ではない」と広く言われていた。心情的に納得できるかはともかく、そういうものだと定義されているのだ。
それ故に、わざわざ”怪物”と呼ばれる。一般的な、生きている魔物と区別するために。
「俺さ、なんか妙な夢みてるとこじゃねぇよな」
「少なくとも目は開いてるわね」
「幻惑系のモンスターはいませんよ~」
「いやだってさ……ダンジョンモンスターだぞ? ありえなくねぇ?」
ジークもわかっているのだ。
目の前のコレが紛れもない現実だということは。
けれど、目の前で従魔術の発動を見せられて、且つその対象が「生き物ではない」と言われているモンスターとなれば、暢気に構えてもいられなかった。
何しろ、「ダンジョンモンスターは従魔にできない」というのが一般的な認識である。
その主な理由は前述のとおり、ダンジョンモンスターが「生き物ではない」ためだ。他にも色々あるらしいが、門外漢のジークにはあまり重要な話ではない。
重要なのは、そんな浅い知識しかないジークですら知っているという事実である。
つまりは、それだけ広く誰もが知る一般常識であるということ。
「あり得ないとは思うけどさあ、実際この目で見てるわけだし……ああしてると、錯覚とか勘違いじゃなさそうに思えてくるんだよね」
「まあ常識は破るものっていいますし~」
「うん、それはちょっと違うかな」
複雑そうな表情のアリシアと、相変わらずのほほんと微妙にずれたことをいうエレン。
今まさに常識を破られそうになっているのはジークたちのほうである。
ついでに、今現在のモンスターの見た目も彼らの常識を全力で殴りに来ているため、ジークの中で「これ幻覚では」という疑いが拭えない要因のひとつになっている。
これといって特徴のない凡庸な顔立ちと、少年とも少女ともとれるあいまいな姿。群衆のなかに容易く埋もれてしまうそれは、『人に紛れる』ことを優先した結果だろうか。
人によく似たモンスターなんて下手なボスよりも厄介だとジークは思う。
それとも単に誰かの姿を真似ただけなのか――泥人形は犠牲者をその土の中に取り込むという話がちらりと脳裏をよぎり、ジークは敢えて思考を止めた。
それが事実ならば気分が悪いどころの話ではないが、今考えることではない。
下手にあれこれ余計なことを思い出して、うっかり表情に出てしまってはノアを不安にさせるだけだろう。
複雑な胸中を押し隠し、ジークはノアに声をかけた。
「よし、これからの話をしよう。ノア……と、お前も。もうちょっとこっちに来い。そこ安全地帯の端っこだから」
手招きをすると、ノアと大人しく近づいてくる従魔。時折ふらりとよろけはするが、その歩みは先ほどより随分ましになっている。
「ノア、孤児院に住んでるんだよな? 俺たちじゃたぶん探しきれないから、ノアにはまずギルドに行って貰わなきゃならない」
「ぎるど」
「そう。冒険者ギルドだ。もちろん俺たちもいくぞ。ちゃんとついて来いよ」
「うん」
「いい子だ。で、ギルドについたら先に俺たちが手続き……えーと、いろいろ大事な話をしてくる。その間、俺が呼びにくるまで近くで待っててほしい」
「ちかく?」
こてりと首を傾げたノアに、ジークもまた首を傾げる。
「うーん……近くっつっても手ごろな場所ねぇな。ギルドの前は人通り多いし」
「酒場は子どもにはあんま良くないね。フィルマのとこ……はちょっと危険かも」
「教会も危険ですね~」
アリシアとエレンの視線が従魔へと向けられる。
フィルマは重度のコレクターだ。口は固いし信用はできるのだけれど、珍しいモノが絡むと反応がおかしなことになる。アレが泥人形だとばれたら面倒にはなるだろう。
そして教会も、泥人形にとっては危険だ。外の一般的な魔物は別として、ダンジョンモンスターは修道士の『祈り』で討伐できることが多い。なぜかはわからないが。
「んー、まあいいか。ギルド着いてから決めよう。いざとなったら一緒に入ればいいし」
「ギルドなら情報もあるから、きっとすぐに帰れるわよ」
「……ルーチェも?」
「あー……たぶんな? ごめんなノア、俺ら従魔のことあんまり詳しくないんだ。ギルドで詳しい人が説明してくれると思う」
安心させるために誤魔化そうとも思ったが、結局正直に話した。
従魔に詳しくないのは本当だ。ジークはもちろんだが、他二人も従魔術なんて使えないし齧ったこともない。ただ、引き離される可能性が高いことは、さすがに話せなかった。
従魔を支配下に置く、それが従魔術士の能力だ。魔物を完全に制御できないと判断されれば、従魔は取り上げられるだろう。
ノアの能力がどれほどのものかは素人のジークにはわからないが、少なくともここまで幼い従魔術士は聞いたことがない。年齢が障害となって従魔を認められない可能性もある。誰だって、5歳かそこらの幼児が魔物を御しきれるとは思わない。
加えて、従魔自体も問題だ。従魔にできないといわれているダンジョンモンスター。それも、Cランクのモンスターすら一撃で屠るような、強すぎる個体。
話に聞く泥人形とは明らかに違う。俗にいう特殊個体なのかもしれないし、そうであれば尚更離される可能性が高くなる。
「それでだ。今の話はダンジョンから出てからの話だ。その前にダンジョンから出ないといけない」
「どこから出るの?」
「あそこ。転移門が見えるか?」
ジークは横の壁を指差す。
そこには、渦を巻くように不自然に歪んだ壁があった。それは常にゆらゆらと蠢いていて、じっと見ていると具合が悪くなりそうな、なんとも不安定な光景をしていた。
「げーと?」
「ええと、なんか変なとこがあるだろ? 渦……ぐにゃぐにゃ? してるとこ」
「んー? あそこ? ぐるぐるーってしてる」
「そうそう。それがゲートって言ってな、次の部屋への入り口みたいなとこなんだよ」
実際には部屋ではなく階層だ。ひとつ上の層へと至る、扉のような謎の歪み。
こういった『転移門』と呼ばれる歪みはダンジョンのあちこちに存在していて、その行き先は必ずしも隣り合う層ではない。ダンジョンの入り口からいきなり深層に飛ばされる、なんてこともザラにある。
ここマリードダンジョンは発見当初から人が入っていたこともあって、確認されているゲートはすべて解析済みだった。どこのゲートがどこに繋がっているのか、細かな情報をギルドで確認できるようになっている。
「次のへや? お外じゃないの?」
「外までは、もうすこし歩かないといけないんだよ。まあつまりは……」
「この先はまだダンジョンの中ってことね。ここと景色はあまり変わらないわよ」
「出てくるモンスターはちょっと変わりますけどね~」
ジークの言葉の後をとって、アリシアとエレンが補足する。
事態を理解したらしいノアは、目に見えて肩を落とす。じわり、と緑の瞳が潤んでいることに気づいて、ジークは慌てて声を張り上げた。
「大丈夫! 俺ら強いからな! すぐに、もう、あーっという間に外だ!」
「そう、ちゃんと地図もあるからね! ほんとにすぐよ!」
「もうちょっとだけ我慢ですよ~」
正直、自分たちの腕に自信はある。あるけれど、蹴散らす勢いで戻れるかというとさすがにそこまでの強さはない。
口にはしないものの三人ともそう思ってはいたが、何よりノアを不安にさせまいと必死で取り繕っていた。
「……うん」
こくりと頷いたノアは、そのまま従魔の腕に抱き着いた。潤んだ目を誤魔化すように顔を擦りつけている。
抱き着かれたほうといえば、そんなノアを色違いの目で見下ろしたまま、微動だにしない。
安心させてやれよ、とあまりの無反応にやきもきしたジークだったが、よく考えなくても相手はダンジョンモンスターだ。普通の魔物でも、否、人間でも難しいことを、ダンジョンモンスターに求めるのは酷である。
結局、ノアが落ち着いたころを見計らって、全員でゲートをくぐった。
ノアは直前まで従魔が弾かれたりしないかと心配していたようだったが、拍子抜けするくらいあっさりと通過できてしまった。
そして、肝心の出口までの道程はというと。
通路横から襲撃してくる質より量なモンスターに、こまごまと足止めを食らいつつルートの中ほどまで進んだところで、ノアの希望を汲んだのか従魔が参戦。
圧倒的な力で一気に平らげ、あっという間にダンジョンの出口に到着した。
「なんかすごいズルしてる気分になる」
ジークのぼやきに、残る二人は無言で頷いた。
※以下 主人公のイメージ絵。不要でしたらスルーしてください。
特徴薄めなバージョンです。




