スーパーマルエーの灯り②
「食材がたくさんありますわ……!」
「食材売ってる店だからね」
雪松は瞳を輝かせるフローネの前にカートを差し出した。
「カゴはコレに乗せるんだよ。手で持ってもいいけど、たくさん買う場合はこっちのが楽なわけ」
「なんと機能的な……!」
フローネはカートを押しながら、入り口近くの野菜売り場へと足を踏み出した。
本日のメインはアイスクリームを買うことだが、ついでに頼まれたカズエのおつかいをするというミッションもある。
「ハクサイ、ネギ、アサメシタロウのナットウ、ユキチャンミソ……あ、ハクサイはあちらにありますわね!」
白菜の前にカートを優雅に止めたフローネは、丸々一個の白菜と半分にカットされた白菜、そして4分の1にカットされた白菜を見比べ考え込んだ。
(なるほど……つまり必要量に合ったモノを購入できるようになっていますのね)
他の野菜を見てみれば、それなりに大きさや重量のありそうな物は半分にカットされている。
よく配慮されていると感心していると、雪松が半分にカットされた白菜をカゴに入れた。
「とりあえず半分でいいんじゃない?ばっちゃ1人で丸々1個は食べきれないだろうし」
「なるほど……」
『スーパー』と呼ばれる食料販売店は、分かりやすいように売り場が分けられ、分かりやすいように札が付けられ、客のことをよく考えた作りになっている。
そして自由に物を選べる反面、店側が買って欲しい商品に客の手が伸びるよう誘導もされている。
(これは一朝一夕で作れる仕組みではありません。長い間、民衆の生活に寄り添ってきたからこその賜物……)
試食品のハンバーグを上品に食べながらフローネは考えた。
飲食店であるでん福と三平屋、8番ラーメン。そしてこのスーパーマルエー。
どの店も客の需要を理解し、サービスと商いのバランスをうまくとっている。
だからこそ長年愛され店を続けていられるのだろう。
(わたくしはどうなのかしら?そもそも民衆から見て王妃としての需要がある…ようにはとても思えないけれど)
思い返してみれば、今まで民衆から直に話を聞くことなどあっただろうか。
『民は大喜びでしたわ』『民衆は皆、王妃様の美しさに熱狂しておりますのよ』
女官から伝えきく『民衆の声』を素直に受け止めていたが、国は違えど民衆文化を学習してきた今はソレが本当かどうか疑わしい気持ちになってくる。
民衆とは享楽的でいながら現実的であり、一度『いらない』ことに気づいたらあっと言う間に離れていってしまう。貴族より身軽な民衆は、手を離すのも早い。
お飾り王妃の自分など、民衆にとっていらない物の最有力候補なのではないのか。
(……いけない。今は深刻な事を考えるのはやめましょう。今日は皆さんとアイスクリームを楽しく食べる日なのです)
「あー!源たれがある!」
思案しながら雪ちゃん味噌を探していたフローネは、雪松の大声に我に返ったように肩を震わせた。
「見れこれっ!アタシの地元のやつなの」
「ジモトとは……?」
「えっとね、故郷よFU・RU・SA・TO!こっちでも売ってたんだー!コレ、美味しいんだって!」
雪松の差し出した濃茶の液体が詰まった瓶をフローネはマジマジとみつめた。
「雪松さんの故郷の調味料が遠い地まで流通しているということですの?」
「そういうことですの。実家から送ってもらったやつが家にあるんだけどさ、コレはコレで買ってこっと」
「………では、この辺りならではの調味料もございますの?」
フローネの問いに雪松は「モチロンありますわよ」と味噌類が並ぶ棚へフローネを連れていった。
「この辺りのご当地調味料って言ったらコレじゃない?とり野菜みそ」
女性のイラストと野菜の写真が載ったパウチを差し出され、フローネは嬉しそうに瞳を輝かせた。
「まあ!これはカズエさんのお家で見たことがありますわ!トリヤサイミソという名の物でしたのね。ミソと言うことは、これもお鍋のお湯に溶かして使用するのでしょうか?」
「味付けしてある味噌だから鍋以外にも色々に使えるらしいよ。あんまりよく知らないけど。ちなみに源たれはホントに何にでも合うし、何にでも使えるんだって」
遠く離れた地で故郷の味に再会したら、それはそれは嬉しいだろう。
フローネははしゃぐ雪松に目を細めた。
雪松は芸妓になるためにこの地へ来たと言っていた。
故郷には好きな食べ物も好きな風景も好きな人たちも居ただろう。
それらと離れて、なりたい自分になるために故郷を離れる選択をしたのだ。
(素晴らしいですわ……)
アイスクリームのケースを覗き込みながら、フローネはポツリと呟いた。
「わたくしには、故郷を離れてまでなりたい『自分』があるかしら?」
「………あるよ。絶対あるって。故郷を離れる必要があるかは分かんないけど『なりたい自分』は絶対にあるはずだよ」
独り言に反応されて驚いて顔を上げると、雪松が真剣な顔でこちらを見ていた。
「夢とかそんなたいそうなモノじゃなくてもさ、『優しい人になりたい』とか『皿洗いができる人になりたい』とか、そういうの絶対あるよ」
雪松はフローネの右手を握ると、ニッコリと微笑んだ。
「それから、それを叶える力も絶対あるんだから」
フローネは雪松の言葉に目を見開いた後、力強く頷いた。
初めての皿洗いを達成した時に感じた熱い気持ちが、未だ熱いまま自分の中にあるのを感じる。
カズエの牡丹柄のエコバックを携えてスーパーマルエーを出た2人は、ピノを分け合いながら夜の道をゆっくりと歩いていく。
フローネは初めての歩き食いにドキドキしながら、あたたかい気持ちで冷たいアイスを頬張ったのだった。
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「え!?これからでございますか?」
王妃の部屋の前で宿直をしていた女官のカレンは、真夜中を過ぎてやってきた国王の前触れに思わず顔を顰めた。
国王は今夜は自室で就寝する…と言いつつ、あの側妃の元で過ごす日だったはず。
ちなみに、あの2人は公的に「男女の関係がない」などとのたまっているが、それを信じている者は王妃も含めてこの王宮に1人もいない。
(急に王妃様の元へお渡りになりたいだなんて…なんなの?あの女と喧嘩でもしたの?いきなり言われても迷惑なんですけど。だいたい昨日来たばかりじゃないのよ)
そう思うものの、断ることなど出来るはずもない。
「王妃様はご就寝中でございます。どうか支度の時間をくださいませ」
カレンは国王の女官との交渉に成功すると、いそいそと王妃の部屋に入っていった。
王妃は1人で休むことを好むので就寝後に女官が部屋に入ることは稀なのだが、今は緊急事態だ。
かわいそうだが起きてもらって、軽く身支度をしてもらわなければならない。
広い居室を抜けてその向こうの寝室の扉をノックする。
「王妃様。国王陛下がお渡りでございます」
そう声をかけるが、返事はない。
それはそうだろう。
王妃は寝ているのだから。
こんな夜更けに傍若無人な夫に振り回されて可哀想に…と思うが、カレンにはどうにもできない。
「お休み中に失礼いたします」
カレンは王妃を起こすために寝室に入っていく。
そうしてベットを覆う天蓋のレースに手をかけた。
「王妃様。起きてくださいませ。……王妃様?」
雪松の言う「〜だって」は「〜だよ」という意味です。津軽女子!
北陸はご当地スーパーのお寿司クオリティもけっこう高いです。あと、アイスクリーム大好き民達なのでアイスクリーム売り場が他の地域より広い…気がします???
それにしても蟹シーズンです。頭の中が蟹でいっぱいです。