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スーパーマルエーの灯り①

(王妃様がソワソワしていらっしゃるわ……)


女官のカレンは、一見静かにお茶を飲んでいるように見える王妃フローネが実は浮き足立っていることを見抜いていた。

毒気がなく、口答えもしない、いつもニコニコしている人形のような王妃。

そんな王妃が生き生きとした表情を時折みせるようになったのはここ最近だ。


「健康のために体を鍛えるのです!」と庭を歩き回り始めた事とソレが関係あるのかは分からない。

分からないが、とにかくこの頃の王妃はどこか様子がおかしく、何かをひた隠そうとしている様からは妙に生々しい人間味を感じる。


(………もしかして浮気かしら?)

ふとそんな考えが浮かぶが、王妃の性格と活動範囲からしてそれは無いだろう。


しかし、いっそ浮気でもしてしまえば良いとカレンは思う。


同年代の王妃のことは子どもの頃から知っている。

中流貴族の娘の自分は華々しい公爵令嬢を時々遠くから眺めるだけだったが、あの頃の王妃は活発で愛らしく、キラキラと輝いていた。

印象が変わったのはひと回り年上の当時の王太子…現国王と婚約した頃からだ。


娘を「お姫様」と呼ぶような優しい父を同時期に亡くし、その跡目を継いだ叔父にいいように政争の具にされた少女は、美しい顔に美しい笑顔を貼りつけ、優しい言葉を垂れ流すだけの人形になってしまった。

王妃となった現在も、国王に横柄な振る舞いをされようが側妃に陰で嫌味を言われようが、ただただニコニコと微笑んでいる。

だから「仕事をしたい」という訴えを無下にされ泣いているのを見た時は、可哀相に思った反面(あら、ちゃんと泣けるのね)と安心したものだ。


そんな王妃は『楽しいナニカ』をみつけたのかもしれない。


(そうだったらいいな……)


王妃の嬉しそうに輝く瞳の向こうに、かつて憧れた少女の姿が見える。

カレンは他の女官と共に王妃の側に控えながら、密やかに心を躍らせていた。



_________


(誰か聞いてちょうだい……わたくし、ついに皿洗いデビューをしたんですのよ!)


王妃フローネはそう叫びたい気持ちを抑えながら、優雅にお茶を飲んでいた。

本当はところかまわず皆にふれ回りたい。

(わたくしはついに働いたのです!お給金もいただいたのです!今度そのお給金を使ってカズエさんたちにアイスクリームをご馳走するのです!わたくしの!わたくしの働いたお金で……!!)


身悶えするような衝動を抑えつつ、フローネは静々と立ち上げると「読みたい本があるから1人にしてくださらないかしら?」と人ばらいをした。


そして女官たちが部屋を出ていったのを確認すると、寝室のチェストの引き出しに飛びつく。

そこから取り出したのは、カズエに貰ったビーズの薔薇柄の長財布だった。

そのガマ口を開けば、2枚の千円札がキラキラと輝いている。


「ああ、なんて愛おしい……わたくしのお給金……」

フローネはうっとりしながら、初めて労働の報酬を得た時のことを思い出していた。




「皿洗いデビューは年が明ける前に済ませた方が良いと思うのよ〜」と言ったのは女将の梅子だ。

「繁忙期に店に出すのは厳しいレベルだけど、とにかく1回やらせてあげたいのよ。あんまり先延ばしするとやる気が萎えちゃうかもしれないでしょ?」

「そうだねえ…あたしゃ年明け辺りかと思ってたけど、確かにその方が良いかもしれないね」

大女将カズエも納得したところで、急遽デビューが決まったのは昨夜のこと。


でん福の2階にある梅子宅の座敷で、フローネは喜びに打ち震えながらスタッフユニフォームに袖を通した。

左胸には金字で″でん福″、背中には大きく″福″と書かれている黒地のロングTシャツ。

そして、ゆったりしたロングスカートを履いて、長い髪を後頭部で纏め上げる。


「これでわたくしも皆様とお揃いですのね……」

感慨深げに呟いたフローネの背中をカズエは優しく叩いた。

「そうだよ。フローネさんもでん福の一員として店に立つんだ。とにかく挨拶だけはしっかりやっておくれよ。お客様からしたら新人もベテランも関係ないんだからね」

「はいっ!わたくし、必ずや心を込めて″いらっしゃいませ″と言うことを誓いますわ!」

「あー…そんなに緊張して歯ぁ食いしばってちゃいけないよ。ほら、深呼吸して…リラックスだよ、フローネさん」

「はいっ!リラックスをいたしますわ!」


そうして2人で深呼吸をした後、オーダーが落ち着いてきた頃合いを見測りフローネは店舗に立った。

梅子と柊太郎に励まされ、瑠奈に手厚いフォローをされながら、洗い場でモタモタと必死に手を動かす。

途中、常連客たちに話かけられ狼狽えてしまったが、それでも集中が途切れることはなく気がつけば1時間半が経っていた。


「お疲れ様〜フローネさん!どうだった?」

手慣れた様子で流れるように閉店作業にかかりながら瑠奈が声をかけてくる。

「……あっという間でしたわ」

「大丈夫ですか?疲れました?」

スポンジを握りしめながら呆けたように答えたフローネの顔を、柊太郎が心配そうに覗き込んだ。


フローネはフルフルと首を横に振る。

「いいえ。そうではなくて……わたくしは…ただ嬉しくて。働くことが出来て…とても嬉しくて………」


皿洗いデビューをしたら感動のあまり泣いてしまうだろう、とフローネは思っていた。

だが実際にその時を迎えた自分の心中には、涙を流すような感動とはまた違ったモノがある。

静かで熱いソレを噛みしめるように、フローネは自身の手を見つめた。


その様子にワケがわからずオロオロする柊太郎を押し退けて、カズエがフローネの肩を力強く抱きかかえた。

「そうだね。がんばって働けたね、フローネさん」

「はいっ……!わたくしも働くことができたのです。がんばって働くことが………」




その後、皆に祝福されながら今後いっそうの精進を宣言したフローネは、閉店作業も含めて2時間分の給金を受け取った。

給金は2千円。

働いた時間はたったの2時間。

皆のフォローありきの働きであり、決して役に立ったとは言い難い。


それでも、フローネにとっては大きな一歩だった。

経験とはこうも人を変えるものかと感心するくらいに、世界が違って見える。

厳しい妃教育の中で、抑圧された結婚生活の中で、徐々に削り取られていった″自信″が沸々と蘇ってくるようだった。


(こうして、わたくしは変わっていくのだわ……)


フローネは、何かを求めて不思議な通路に足を踏み入れた時のことを思い出す。


(そしてきっと、元の自分には戻れない……)


この先、自分はどう動くべきなのか。

何ができるのか。


ビーズの薔薇が光る財布を抱きしめながら、フローネは思案するように瞳を閉じた。



_________


「カズエさんはスウパアカップバニラ、梅子さんはチョコモナカジャンボ、ルナさんはハーゲンダッツクッキーアンドクリィム、シュータローさんはチョコならなんでもいい……」


金の髪とキンシコウの顔のような鮮やかな色のコートをひらめかせながら、フローネはウキウキと呟いた。

「そして、ユキマツさんはピノですわね?」

「そうなんだけど〜……ほんとにアタシもご馳走になっていいの?」

夜道を連れ添って歩くプライベートスタイルの芸技の雪松は「アタシ何にも手伝ってないのに…」と申し訳なさそうな顔をする。


「こうしてお店へ案内してくださってるじゃありませんか。どうか心置きなく、わたくしの感謝の気持ちを受け取ってくださいませ」

「そう?じゃ、遠慮なくいただこうかな」

「はい!」


(めごい子だなあ………)

融雪水でビチャビチャになった道を軽やかに歩くフローネの横顔を、雪松は微笑みながら眺める。

このセレブ妻はただただ真っ直ぐに、誰かの役に立つことに喜びを感じているようだ。


でん福へ客として訪れた雪松は先日の『皿洗いデビュー』の話を耳にした。

そして大女将カズエから、貸切の忘年会で手が離せない自分に代わってフローネの買い物に付き合ってほしいと頼まれたのだ。

なんでも、普段は行商を使っているため店で買い物をしたことがないらしい。

(ナニソレ、ステータス浮世離れしすぎでしょ…)と興味本位で引き受けた雪松は、しかし屈託なく嬉々として皿洗いデビューの話をするフローネに、気がつけば肩入れをしていた。


瑠奈曰く『ワケありセレブ妻』らしいフローネ。

この子を助けてあげたい、と思う。

何に困っているのかは知らないが。


(まずは仲良くなろっと。話はそれからよね)


やがて見えてきた光り輝くスーパーの看板を前に「ユキマツさん!あれがマルエーですか?」と振り向いたフローネに、雪松は「そ。あれがマルエーですよん」と応える。

「さて。入り口にカゴが積んであるから、まずはそれを手に持ってみようか」

「………はい」


雪松は未知の世界を前にゴクリと息を呑むフローネの背をそっと押すと、陽気な音楽が流れるスーパーへとフローネを誘った。



めっちゃ美味しい鰤のお寿司を食べました。

あまりの美味しさに生まれた意味を知りました。

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