イカ焼きで祝杯
「じーさん、ここホッピーって置いてる?」
「あぁ、いつも必ずって訳じゃないが、今日はあるよ。『JINRO』でいいよね」
「うん、分かんないけどそれで」
「はい、こいつをホッピーで割る」
「おっと、泡が出過ぎたー、と、うん、うまい」
「こいつはイカ焼きだ、ま、ウチ流アレンジだけどな」
「へぇ、お好み焼きっぽい」
「そうだな。イカを薄く輪切りにして、薄力粉と顆粒出汁と卵とでお好み焼きのベースを作ってイカを混ぜる。後はフライパンに流し込んで、表裏をフライ返しで押し付けながらしっかり焼いて、オタフクソースとマヨネーズ」
「なんか、凄く大阪っぽい食べ物の気が」
「その通り。阪神百貨店の地下街の名物だな。フライパンじゃなくて、専用のイカ焼き機でホットサンドみたいにギュッと押し付けて、上下いっぺんに焼いていくんだ。安くてうまい、典型的なコナもんって奴だな」
「そっか。あぁ、そう言えば今年は阪神がアレしたんだよね」
「やめなさい、ファンでもないのにみっともない」
「へへ。ま、今年は阪神優勝でいいかなって、思ってたし、まぁイカ焼きで軽く祝杯するぐらいの気分は」
「そうだね。阪神は他球団以上に『悲願』て感じさせるから、こうなると『よかったね』って気にさせられる」
「そりゃ、まぁ、あの熱い熱い阪神ファンのおかげでしょ。毎年毎年、飽きず倦まず懲りずに、一勝一敗に一喜一憂して、おまけに優勝したら、道頓堀に飛び込んじゃう」
「ま、最後のは余計だけどね。それで事故でも起こしたら優勝に冷や水を浴びせるだけで、逆応援もいいとこなんだけど」
「でも、多いよねぇ、そういう熱くて拗れたファンっていうのも。ほら、サッカーのサポーター何かも、よく選手のバスを取り囲んだり、相手チームのサポーターを襲撃したり」
「あぁ、浦和レッズだったかな。ありゃ、もう論外で、チームはペナルティを受けて来年度の天皇杯は参加できないわ、自チームとJリーグ両方のファンと動員数を下げるわ、運営に要らん調査の手間と金をかけさせるわ、逆サポートも極まれりだ」
「まぁ、あれはただの馬鹿だけど、自分はそこまで何かの熱狂的ファンだったことが無いから、ちょっと羨ましいっていうか、凄いなって思うとこもあるんだよね」
「そうだね。そこまで熱烈なファンだってことは、凄いことだしきっと幸せなことでもあるんだと思うよ。だからこそ、間違えちゃいけないのは、応援はしてあげてるんじゃなく、させてもらってるってことだね」
「ん? どういうこと」
「アスリートやプロのチームやプレイヤー、そういうものへの応援は、自分の幸せのためにやってるんだってこと。応援することで、ワクワクしたり、喜びを分かち合えた気分になれたり、自分も何か達成したような満足感が得られるから」
「いや、でも、応援の力があったからって」
「ファンがいるから金になって、アスリートは飯が食えるし、応援してくれる人が多ければ、それだけ承認欲求が満たされる。モチベーションには繋がるよね。もちろん純粋に、応援の声や言葉に励まされたってこともあるだろう。でも、それはアスリートが発揮する力の中で、ほんの僅かな付け足しなんだ。少なくとも、そのアスリートの才能や技術や努力や時間なんかに比べればね。そしてアスリートは応援が与えてくれる力の対価として、感動とか興奮とかに値するパフォーマンスを披露することで支払ってる。そのパフォーマンスじゃ不十分だって思うなら、応援を止める権利はこっちにある。その代わり、他の対価は求めちゃいけない。どれほど熱意を傾けようと、どれほど金をかけようと、選手やチームに対しては1ミリの権利も持たない。『もっとバットをコンパクトに振らす』権利も、『生え抜きのMFを重用させる』権利も全くない。バスを取り囲んで団交する権利なんて全くないし、普通に考えるなら犯罪だ。Jリーグやチームが商売上の観点から大目に見ているだけでね」
「でも、そこまで何の権利もないって言われると、じゃぁ何のための応援だって気にもならないかな」
「だから言ってる、自分の為だって。アスリートが感動を与えるって言ってしまうのは嫌いだけど、感動に値するパフォーマンスは提供してくれる。それは、ただ見ているより、応援している方がより感動できる。熱心に、感情移入をすればするほど、感動は大きくなる。不調の時に一緒に苦しむことさえ、未来の勝利の為と思えば充実した時間だ。そして勝利を得た時には、自分が勝利したような喜びを手にすることができる。そんな感動は、普通の人生の中ではそうそう味わえない。特別な才能を持った人が、凄まじい努力と幸運の末に掴み取ったステージでの上で行われる戦い。応援する人は、ただひたすら応援するだけで、その戦いに参加し、勝利と喜びを分かち合えた気分を体験できる。素敵なことじゃないか。だからこそ、それ以上に何か権利があるなんて思い込むのは間違ってる。厚かましいんだよ」




