感動を与えるこだわりのシラスチーズトースト
「じーさん、ジントニック欲しいな、今日は」
「あいよ」
「ジャパニーズジンじゃなくて、ボンベイサファイヤがいいかな」
わざわざ言ったのは、トンボの女の子二人組がいたから。
「わたしたちは今日は、ズブロッカトニックです」
「これって、なんか桜餅の味がするんだよね」
独特の香りが、彼女にはそう感じられるのだろう。
「はい、ジントニック」
「うん、スッキリする。暑さが少し引く。なんか、しょっちゅう暑いよー、ビールって繰り返してると、ビールの神通力が落ちてきちゃって、あんまり爽快感が来ないっていうか、いつも通り過ぎになってきて」
「ま、気分を変えてみるのはいいことだよ。今日のつまみは、こだわりのシラスチーズトースト」
「へぇ、あぁ、香ばしくって、チーズとシラスのうまみと塩けが酒を誘う。いいな、これ」
「大葉を刻んで振ってるのもいいわよね」
「ウチでも簡単に作れそう。何か気をつけるコツとかある?」
「いや、シラスとピザ用チーズか、よくあるとろけるスライスチーズをちぎってもいい。分量もお好みだな。大葉が飽きたら、刻みのりもいい。ウチのこだわりは、食パン8枚切りを1枚使って、半分に切って出すこと。その時、長方形に真っ二つに切らず、台形になるように斜めにカットすること」
「えっ、意味あるんですか、それ」
「いや、特にないよ。だから、こだわり」
「あぁ、こだわりって、本来はどうでもいい細部にとらわれるってネガティブな意味だから。じーさん、そういう言葉遣い、それこそこだわりそうだよね、いい意味でも悪い意味でも」
「いや、今のは言葉の遊びで、それほどうるさい方じゃないぞ。少々、敬語がおかしくても気にしないし、ら抜き言葉も全然。ヤバいも草も構わない。言葉は生き物だから、変わっていくのも当たり前だと思ってるよ。もっとも、」それでも気になる言葉や表現は、たまーにあるけどね」
「例えば?」
「そうだな。うん、すぐ思いつくのはスピード感。スピード感をもって対処したい、とか政治家がよく言ってるよね。都知事なんか頻発してる。あれが滅茶苦茶に気に障る。スピーディに、とか迅速に対応してくれるって言うなら、まぁ言葉だけじゃないかと思っても許せる。でもスピード感っていうのは感覚。自分としては、早いと思える感じで対応しますって言ってるわけで、実際に早いかどうかは約束できません、分かりません。でも私は早いつもりでやってるので悪くありません、って、そんなこと許せないよね。だって対処してもらいたい人にとって早くなきゃ意味ないんだから」
「あぁ、そうだね。よく聞くんで聞き流してたけど、確かに厚かましい言い分だよね」
「あたしは、感動を与えるって言うのが気になっちゃうかなぁ」
「あぁ、あれね。スポーツ選手とか、すぐ言っちゃうのよね。みんなに感動を与えられるようなプレーをしますとか、感動を与えられるような選手になりますとか。あと勇気を与えるとかもあるわね」
「それまで、別にいばってたり偉そうだったりしてるわけじゃないから、調子に乗ってるとか傲慢とかいうわけじゃないのは分かるのよ。そういう言い方が定番化して、つい言っちゃうのよね。でも感動は与えられるもんじゃない、自分でするもの。何に感動するかはこっちが決めること。アスリートがプレーする時に、感動を与えてるんだなんて自意識でやられてると思ったら、興醒めよ」
「そうね。まぁ、応援してもらわないと成り立たないって立場の人もいるし、応援の対価が感動だと思うのかもしれないけど。それならせめて、感動してもらえるようなプレー、勇気づけられるようなプレーって言って欲しいわね。あるいは感動に値するプレーとか」
「何より残念なのは、そういう定番化した、でもよく考えたらおかしくないかって言葉を、みんなが次々使ってるってこと。それって、結局、本気で考えてないなって感じてしまうのよね。間違った言葉遣いや変な使命感でも、自分で考えて自分の言葉でって。まぁ、アスリートは言葉じゃなくプレーで語ってくれればいいかって、諦めちゃうけど」
「スポーツ系で多い奴では、僕は「前を向いた」ってのが気になるな。ほら、負けた時の取材記事なんかで、最後に、この経験を活かして次に繋げたい、みたいな内容を選手が言うんだけど、その文章の終わりが、『~と、前を向いた』で終わるんだよね」
「あぁ、よくあるよね。必死で前を向いた、とか、なんとか前を向いた、とか」
「一回、一回は間違った使い方じゃないんだけどね、多過ぎる。みんな最後は前を向いちゃう。前を向くって比喩表現でしょ。それをあそこまで乱発すると、それ以外で終われなくなっちゃう。だから、かならず取材内容も、最後は前向きな言葉になるように構成しちゃう。反省してるのに、前を向いたって言われちゃう」
「あ、それ面白そう。『次回につなげるためにしっかり内容を振り返りたい、と前を向いた』なんてね」
「記事の安易な定型化は、内容を薄めたり歪めたりすると思う。それにとにかく何でも前を向かそうとするな、ってね」
「なかなか批判的だね」
「じーさんも、もう一つぐらい」
「そうだな。これは純粋に不思議なんだけどね。逮捕された容疑者が、よく犯行を『ほのめかす』供述を始めたって報道される。あれが気になるんだよね。それ、どういう供述なんだろうって」
「あー。それ私も聞くたびに変な感じしてた」
「想像するとおかしいよね。警察で尋問されてて、『あぁ、もしかしたら火をつけた人間がいるとしたら、それは僕かもしれないです、いや、かもですけど』とか言ってたりして」
「いや、そんなわけないでしょ」
「証拠とかが無い状況での、真偽のはっきりしない自供の時に使うって、言われてるね」
「そういう習慣なのかもしれないけど、それだと容疑者はただ自供してるんで、ほのめかすって行動はしてないでしょ。それに、テロとか組織犯罪で、警察をかく乱したり嘲弄するつもりで、関与をほのめかすって行為は現実に有り得るわけで、そういう行為と区別がつかなくなるよね。だから、誰がいつからどうして、『真偽のはっきりしない自供』って状態をほのめかすって言葉で表現するようになったのか、そしてこんな不自然な用法がどうして定着したのか、それが気になるんだよね。ま、所詮はこだわりだけどね」




