タコスと古代メキシコ文明
「じーさん、あ、タコスだね」
「そう。洋のつまみはタコス。国立博物館の古代メキシコ文明展を見に行ったら、そういう気分になってね」
「じゃ、もしかしてテキーラってある? 飲んだことないんだけど、メキシコの酒だよね」
「あるよ。サウザ・ブルーってわりとポピュラーな奴だけど」
「じゃ、それをストレートで。えっと、塩とライムだっけ」
「ショットで一気に飲む時はね。やりたい?」
「いや、一人でそんな飲み方で飲んで潰れたら目も当てられないし」
「そうしてください。ま、小皿に櫛切りライムと塩は置いとくけど。じゃ、タコスは要らない?」
「要るよ。タコスで連想したんだから」
「はい、冷凍庫保存のテキーラ。クラッシュアイスの中にグラス入れとくからね。」
「どんな感じかな。あ、なんか刺激的な独特の香りだね。とろりとちょっと甘味があって」
「とろりと甘いのは、ウォッカなんかもそうだけど、蒸留酒をしっかり冷やすとそんな味わいになりやすいね」
「そっか。ウォッカとテキーラじゃ、全然、場所は違うのにね」
「テキーラをしっかり冷やして飲むのは、現代のみの贅沢だろうね。ウォッカは外に出しとけば凍る直前まで冷えるけど。はい、タコス」
「うん、こっちも独特だよね。作り方は?」
「あ、今回は手抜き。タコスシェルとサルサソースは買ったから。後は合い挽き肉と玉ねぎにニンニク少しで炒めて、ケチャップ、ウスターソース、チリパウダーで味付けしたタコスミートだけ作った。後はレタスとチーズを一緒にシェルで挟むだけ」
「美味しい。コーンの香りがいいよね」
「うん。最近はタコスはやわらかいトルティーヤで作るのも多いんだけどね。その方が本場っぽい感じなんだけど、トルティーヤは小麦粉製が多いんだね。ハードなシェルは本当はアメリカンタコスらしいんだけど、このコーンの風味がないと、メキシコな感じがしなくて」
「メキシコ風よりアメリカ風がの方がメキシコっぽいって、何か変ですね」
「メキシコではコーンでトルティヤを作るんだろうし、日本でも手作りすればいいんだろうけど、居酒屋のじーさんは、そこまではやってられないんでね」
「開き直りましたね」
「そう。毎度のこと。本格も創作も関係なし、無手勝自己流じーさんの好みの酒の肴で、金をふんだくられても構わないという奇特な方々のための店だからね」
「そうか。僕は奇特な人だったのか…。そのわりに扱いが雑な気が」
「メキシコの主食は、古くからトウモロコシでね。だからタコスもトウモロコシ由来のものの方が雰囲気があると思うんだな」
「わざとらしく話を戻したね。ま、いいや。じーさんは考古学とか、趣味なの?」
「いや、たまたまだね。若い頃にデートでオルメカ展てのいうのを見に行った事があって、それも知り合いから権を貰っただけなんだが、何となく面白かったんだよ。それから、番組とかで見かけると、思わず見入ってしまう程度の関心はあってね」
「で、古代メキシコ展で若き日の恋を思い出しに行ったと」
「いや、相手はカミさんだから、わざわざ思い出さなくても現在進行形だ」
「ごちそうさまです。テキーラをもう一杯」
「一気飲みするなよ」
「しないよ、ったく。でも、確かにマヤ文明とか南米のインカ文明とか、何となく心惹かれるよね。あれは何だろう」
「西洋史とも日本史とも中国史とも違う歴史があったってことへの興味と、それが急に中断されてしまった、失われてしまったことを惜しむ気持ちかな」
「あぁ、スペインからの征服者に滅ぼされてるんですよね」
「そう。キリスト教文化とセットだったスペインの侵攻は、徹底した文化の破壊とキリスト教的価値観に基づいた新しい社会の構築だったからね。文化の一部は継承されてるかもしれないけど、基本的にメソアメリカ文明、アンデス文明は滅ぼされた。その価値観による生活と社会は、発展することも吸収されることもなく、断絶したんだ」
「それ考えると、惨いよね。特にキリスト教文化って独善的な感じがする」
「そのキリスト教がマヤの文化を徹底して否定した最大の理由の一つが、人身供儀だとしたら、どう? アステカなんて、生贄に捧げる捕虜を集めるために戦争をしたんだ。それが戦争の理由として公式に通用するところが凄いだろ」
「あぁ、滅ぶしかないですかねぇ」
「ま、現代の日本からすれば、共存していくのは難しい社会だよね。後、何が発達して、何は発達してなかったか、比べるのも面白いよ。人間の現在地の何が必然で、何が偶然かを考える参考になる」
「例えば?」
「建築技術は、ピラミッドや都市遺跡を見れば、かなりのものだってことが分かる。土木技術も。後、やっぱり天体観測と暦。人類はやっぱり宇宙を見て生きてきたんだなぁ、って思うよね」
「じーさんは人類の目的は宇宙進出って言う人だからからね」
「そういう点では、我が意を得たりだね。マヤは20進法の数学もあった。無かったのは、金属加工。だから鉄製の武器とかもなかった。黒曜石の刃を埋めた木刀なんて使ったりしてね。焼き物はあったのに、金とかもあったのに、金属の加工には辿り着かなかった。それできっと武器を軸にした道具や機械の発展に結びつかなかったんだろうね」
「後、面白かった記述で、マヤ文明は熱帯低地に発生したんで、食料の貯蔵に向かなくて、経済の統制や常備軍で国の権威を高めることができなかったんだって。だから圧倒的な強い王朝じゃなくて、マヤは都市国家の群雄割拠が長く続くんだ」
「そしてその代わりに、巨大な建造物を作らせるのと、祭儀を取り仕切ることで権威を確立して見せつける。人身供義もそういう点で必要だったんだろうね」
「そうだね」
「だから、そういう点は、どこも時代を超えても、人類の共通点なのかなって」
「と言うと」
「自分が権力者だと思ってる人は、常備軍の充実を図りたがるし、大きな箱モノを作りたがる。でなきゃ、博覧会だのオリンピックだの大きな催事を取り仕切る。変わらないでしょ」
「そういうこと、ね」
「こっちは、人身供儀に供されないように気を付けなきゃね。どっちにしろ、日本にそういう意味での権力者は不要なんだし」




