第9章
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「じゃぁ、君は幸田たけし?」
「そぅ。」
「ジャイアンだ。」嬉しそうに、毅が言う。
「・・・・。金城毅に、言われたかないよ。」
・・・完全に。負けてるけどな。
おれは毅の手を勝手に取って。ぶんぶんと振りながら握手した。
「・・・。」
顔の割に。随分と細く感じる手。
「おまえは?」
「・・・。」
「何の病気?」
「ボクはがん。」
「なんの?」
「色々の。」
・・・いろいろ。・・・・・
「そりゃがんっつったって。色々あんだろうけど、」
「原発巣は胃癌です。」
「・・・。」
大空翼が、そう言って。
「スキルス型で進行が早く、あっと言う間に全身に転移しました。」
「・・・・。」
「多臓器転移、ステージエム・ワン、もう。・・・・」
「・・・・。」そのあとの。言葉は予想がついた。
「手の施しようが、ありません。」
「・・・・。」・・・ほら。・・・・
・・・。な。
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金城毅はいま。おれのベッドに腰掛けて。
ちゅぅちゅぅと。
「・・・・。」
パックのヨーグルトを飲んでいる。
「なに、おまえ。」
「・・・。?」
「そんなの飲めんの。」
「これしか飲めない。」
「・・・。」
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「それでも。飲めるだけいーじゃん。」
「・・・・。」
「元気じゃん。」
「ぅん。」
「ふふ。」
なぎと大空翼は。
これしたりと。言う顔をして。
なぎに至っては、おれに。
「あと。」
「・・・。」
「よろしく、頼みますね。」そんな事言って。
おれと、毅をふたり、きりにした。
思えば。
不思議な縁だな、と思う。
同じ名前で。
同じような病気で、同じ、ように。・・・・・
いま。命の灯火が消えようと。している。
・・・。ちょっと格好良く。言い過ぎたか。
おれは笑って。
毅に言った。
「食べれなくなるとさ。」
「・・・。」
「あれ食べときゃ良かった、とか。あれ、食いてぇなぁ。・・・とか。すげぇ、思わねぇ?」
「・・・思う。」
「な。おまえいま、何食べたい?」
「・・・・。ぅ~~ん。・・・・」
毅が。真剣な顔をして、考え込む。
「おれはね。」
頭の後ろに手を組んで。
故郷・・・に。思いを馳せる。
点滴の針がちくりと、おれの胸と腕を刺す。
「おれは。・・・・母ちゃんの、ご飯が食べたい。」
「・・・。うん。」
「な。」
「まぁ、確かに。」
「・・・な、だろ?」
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「うちなんてさ。家、漁師だったから。朝から晩まで、魚・・・魚・・・・・、魚ばっかなんだよ。」
「そうなんだ。」
毅が笑う。
「・・・そう。」おれも、笑って。
あの故郷の狭い、食卓を思い出す。
「でも、たまにさ。そう、おれの誕生日の時とか。」
「・・・。」
「ほんとに。・・・たまになんだけど。・・・ハムを、揚げてくれるワケよ。」
「・・・ハム?」
「そう。丸い、すっげぇピンク色した。ハムなんだけど。それを、厚めに切って。衣つけて、油で、揚げてくれるワケ。」
「・・・。美味しそう。」
「だろ?!」
おれは身を乗り出す。
「ハムカツだ。」毅が、笑ってそう言うから。
「ただの、ハムカツじゃねぇぞ。」
「え?」
「間にさ、色んなもんが、挟んであんの。」
「え、何それ、」
今度は毅が、身を乗り出した。
おれは嬉しくなって。
ちょっと、起こして。そう、毅に言って。
枕を、背中の後ろに入れた。
ベッドサイドにある、メモを手に取る。
「・・・。」
戸棚の引き出しの中から、色鉛筆を取り出して。
さらさらと、それを紙の上で滑らせた。
「・・・凄い!!」毅が、興奮したように、それを見て言う。
「これは、ポテトサラダ。」
「・・・・へぇ、」
「これは、卵ね。・・・」
「卵?」
「ゆで卵がマヨネーズで混ぜてあんの。すげぇ、旨いんだよ。」
ごくっと。毅ののどが鳴る。調子が出て来たおれは、また違う色の色鉛筆を取って、続きを書いて見せた。
「凄い、細かく書くんだね。」
「ん。」
紙の上には。まるで写真のような。湯気を揚げそうなハムカツの姿が克明に、描き出される。
「でも。一番旨いのは、コレかな。」
「・・・。?」毅が、おれの手元を覗き込む。
ピンク色のハムカツの。間に黄色い色を乗せた。
「・・・。チーズ?」
「あたり。シンプルに。チーズ一枚挟んだヤツが。一番旨いの。」
「へぇ~・・・・」
おれは無心に。色鉛筆を走らせる。
黄緑色と、緑を使って、細く切ったキャベツも書いた。
「たけし君、凄い!!」
「ふふ。」
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「・・・ふぅ。・・・・・」
メモを、三枚書いた、だけなのに。
凄く、ものすごく。
手と、目と、頭が。・・・疲れて、痺れた。
急に眠気が誘う。
少し寝るわ、そう、言って。
「・・・。あ。ごめん、おれ。・・・」
「・・・。?」
「おまえの。食べたい物の話まで、聞けなかったな。」
そう、毅を見て言った。
「・・じゃぁ、明日もまた、来てもいい?」
「・・・。」
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「いいに、決まってんじゃん。」
そう言って。微笑って、そっとまぶたを閉じた。
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もう。
めっきり夢は、見なくなった。
すげえよな。
夢って。
見たくないって思えば。見なくなれる、もんなんだよ。
ただ無の中に、堕ちる。
そういう感覚で、まぶたを閉じる。
死ぬのと一緒だ。
おれは。毎日死んで。また、生き返る。
そして絶望する。
何もない、未来に。
何も起こる、はずのない、毎日に。
どうしてあの時。・・・・
おれだけ。
生き残っちゃたのかな。
何度も何度も問いかけては。
答えの出るはずのないその、問いかけをまた。口にして。
夢に。見ませんように。
そう、願いにも似た、思いをまた。募らせる。
夢に、見ませんように。
あの、日常を。
何でもない、事のようで。あの、全てが普通にいつも、通りだった。
あの。夢のような。・・・あの、風景を。・・・・
見なければ、まだ。思い出さずに、いられる。
それを、見てしまうと。
思い出してしまうと。そしてそれが。
もう決して、取り戻せない、ものだと言う事を知ると。
その日、たった一日で、さえ。
起きた時にすごく。・・・・
ものすごく。・・・・
生きて行く事が。
どうしようもなく。辛く、なるから。
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