第5章
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「金城毅」
手書きのネームプレートが掲げられた、その部屋を覗く。
「・・・。」
今日も。
ベッドの上で。膝を丸めてただ。・・・前を見て。じっと大人しく、座っている。
ぼくは、少しづつ、彼に近づいて行った。
気配でもう。ぼくが入って来たのは分かっている、はずだ。
彼の隣に腰を掛ける。
ベッドはほとんど、沈む事はない。
「泣いてたの?」
「・・・。」
彼は、ぼくの方を向いて。
「泣いてないよ、大空翼。」
「ほんと。ウソつきだね、金城くんは。」
彼は。ぼくをいつもフルネームで呼ぶ。だからぼくも。彼の名前を呼ぶ。
その出身地が、すぐにわかる苗字で。
その名前を「きんじょう」と読むのだと。知ったのはかなり、・・・・
彼と知り合ってからかなり、経ってからの事だった。
何故なら彼が自分自身をいつも、「かねしろたけし」だと、自己紹介していたから。
彼がぼくを見る。
その地域の出のひとは皆。比較的・・・彼のような、彫り深い。丹精な。顔立ちをしているらしい。
そしてその大きな黒い、瞳は今日も。・・・雨に濡れた、みたいに。
涙の粒をたたえている。
「・・泣かないで。」
「・・・。」すん、と彼が鼻を鳴らす。
そっと彼の傍に近寄り、隣に座り直す。
「少し。・・・休んだら?」肩の上に、手を置いて。
「目を閉じて。・・・ただ、ゆっくり。心と。身体を休ませるといい。」
「いい、」彼が首を、振る。「寝るのは、怖い。」
「・・・。」
「目閉じたら。もう二度と、起き上がれなくなるかも、しんないじゃん。その間に意識無くなるかもしんないじゃん、」
「・・・。」
「死ぬって。そういう事じゃん。」
「違うよ。」
ぼくは笑って言う。
「何度も言っているように・・・、」そう、前置きして。
「死ぬっていうのは。そう言う事じゃない。死ぬって言うのは・・・無になる事だ。」
「・・・。」
「無くなる訳じゃない、ゼロになる訳じゃない。意識なんて意識のそのまたその。・・・向こう。無になること。」
「・・・。」
「言わば元に戻る、だけだ。」
「やっぱり。怖ぇぇじゃん!!」
「大丈夫だよ。」
ぼくは微笑む。
「怖がっているうちは。大丈夫、死なないよ。」
「・・・。」
「絶対に死なない。ぼくが保証する。」
「・・・。大空翼に保証されても。」
彼がまた。膝を抱えて背を丸める。
・
ぱたん、ぱたん。・・・・
スリッパの音を響かせて、院内を歩く。
自分の物じゃない、薄っぺらで歩きづらい、金色のネームの入ったそのスリッパが、
自分の物じゃないと言うだけで、すごく気に入っていた。
・・・だってどこに置いて来たっていいじゃん。
無くしたら、また別なの履けば良いんだし。
自分の物じゃなければ。
別にどう扱ったっていい。
無駄に。・・・・明るく塗られた壁。
それに似合わない。ハメ殺しの、窓。・・・・
「・・・・。」
ハメ殺しって。何かすげぇ、やらしぃ言葉だよな。
そんな事。思ってにやっと笑う。
あぁーーー・・・・・はめ殺してぇーーーーーーー。
「ふふふ。」傍から見たら。
変なやつだと。思われんだろうな。
ま、いいや。ここで。
そんなこと。気にするやつなんて一人もいない、知り合いなんて。
ひとりも、いやしない。作る気もない。みんな、自分の事で精一杯で。
他人を気にしてる。暇なんて、ありゃしない。そう。・・・・そんな時間。
一秒だって。あるはずが、ないんだから。
それにしても。
「暇だな。」ひとり。つぶやく・・・・だって。変な、話だろ。
やる事なんて。やりたい事なんて、ほんとはいっぱい。あるはずなのに。
だから。おかしいんだよ、ココに来て。何もひとつも。やる事も、やりたい事も何もない・・・なんてさ。
煙草も自由に吸えないなんて。
そこまで考えて。あの。・・・・屋上でいつも会ってたあの。看護士の事を思い出した。
・・・・いや、実際には。思い出したんじゃない。
最近は、できるだけ会わないように。朝、屋上へ行くのをやめていた。・・・・朝、だけじゃない。
昼も、夜も。・・・・あ。屋上へ上がれんのは、午後五時までと。決まっているけど。
・・・・。規則、規則。
生まれてから死ぬまで。・・・・ほんと。死ぬまで。
規則にばっかり縛られて。
人生って。・・・・なんなんだろな。ひとの一生って、何なんだろ。
何のために、生まれて死ぬんだろ。
その間、色んな約束ばっかりさせられて。
自由はないのか、自由は。・・・・
・・・・と、そうそう。だから、さ。
そんな事。思って。
だからさ、その五時以降は、もしかしたら。と思って。
もしかして。偶然どっかで。出会ったりしたら。気まずいし。
そう、思って今まで、他のとこには、どこにも出歩かないようにしていた。
あいつが。・・・・普段どこにいるのかも。知んないけれど。
別に知りたい、ワケじゃねぇけど。・・・・
パタン、パタンと。足を進ませながら。
きょろきょろと。周りを見回しながら。
あいつの事を、できるだけ。考えないようにして。・・・・思い出さないようにして。
・・・・。そう、考え、ないようにして始めて。
そう、思い始めてみたら。
ここ最近、あいつの事ばかり。思い出したり、考えたりしていた事に、気が付いた。
「・・・・。」
・・・別に会いたい、ワケじゃないし。
逢える、ワケないし。
・・・・。名刺の肩書き。
もっとちゃんと。覚えておけば、良かった。・・・・
瞬時に頭に刻み込んだ。
その名前だけ。また、頭の中で繰り返し、思い返す。
「御園渚」
読み方さえ。まだちゃんと。・・・・わからない。
でも。・・・・名前まで。なんか。・・・・
・・・何か。・・・・
魅力的、だよな。
「こんにちは。」
いきなり。
その。頭ん中で思ってた、あいつが。目のまん前に現れて、びっくりした。
「おまえに。」
「・・・・。」
「会いたくて、歩いてたワケじゃねぇから。」
「何も。言ってませんけど。」おれを見て笑う。
やばいよ。
心臓が。・・・・いまにも、壊れそうだ。
いま。ケンさん。あ、心電計な。・・・・アレくっ付けてなくて、良かったよ。
病棟の看護婦が。飛んでやって来ちゃうよ。
「ふふ。」
おれは嬉しくてつい笑う。
「・・・・。」
彼が不思議と、ふと眉間に皺を寄せた。
・・・・どうした?
そう、言葉にしようとした、瞬間。
目の前が。真っ暗に、なった。
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