第17章
・
たけしが不貞腐れて眠っている、間。・・・・翼と話をした。
「武士くん、・・・様子、どう?」
「だいぶ疲れたみたい。」
「・・・だろうね。」
「ん、ふふ。頑張ったね。彼にしては。」
「毅も、興奮気味に。僕に話してくれたよ、津波に飲み込まれても、助かったなんて。ほんとの。ヒーローみたいだって。」
「・・・ふふ。」得意げな、顔を向ける。
「凄い、人だってさ。目が・・・キラキラしてた。」
「・・・。」
「生気が、宿ってた。・・・びっくり、したよ。」
「ほんとに。ね、凄い、でしょ。・・・?僕の。武士。」
「僕の、ね。」からかって、翼がそう言う。
「・・・。もぅ。」僕は文句を言って。
・
「でも。・・・その、先がね。」少しだけ、目を伏せた。
「・・・そうだね。」
・・・そう。その津波から、生還した、彼を待っていたのは。
それは、ヘル。・・・まさに。
この世の。・・・地獄だった。
・
パラリと書類を、めくる。
ここに入る時に。セラピーを受けた、時の彼の記録。
・・・濁流の中、流され、溺れそうになった、彼は、
その流れの中、必死に松の枝を掴まえ、
渾身の力でそれによじ登り、
全身泥まみれ、木屑まみれになりながら。
それでも不思議と全身、大した傷も付いていないのを確認すると。・・・
その太い幹の枝の間に上手くバランスを取り、腰を降ろし、その・・・
水が曳いてゆくのを、じっと。・・・辛抱強く、一晩中待った。
どの位、流されたのか。そこは全く、見知らぬ場所で。
まだ木の中腹まで、木片や、まさに。木っ端微塵に砕かれた、様々な物体が黒々とした濁流と共にその、汚れた水の中を渦巻いては、流されて、往く。・・・・
「・・・。」
ただその流れを見つめながら。肌にまとわりつく。濡れた衣服がたまらなく、冷たく。その身は凍えそうに寒く。全身をがたがた、震えさせながら。
それでも何より、喉の渇きが一番辛かった、と。・・・・
その時の事を、そう。・・・語って、いる。
・
高台にある、その松の木の上で、彼は。・・・
不気味にただ流れに沿って曳いてゆく、その。・・・水の行方を見守りつつ。
うつらうつらと夢と、現実の間を彷徨いながら・・・これからの。事を考えた。
松林の向こうを目を細めて見据える。その隙間から。ところ、どころに、見覚えのある建物のてっぺんだけが見える。
どこからか上がる黒煙。白煙・・・・
何度も、何度も目を見据えて見ても。
「・・・・。」
彼方に見えるのはグレーの背景とだいだい色の、・・・
・・・炎の、・・・光。・・・・
「・・・。」
・
どの位、時間が流れたのか・・・下に目をやり、地上に足が着きそうな位だいぶ、流れが曳いたのを確認すると。
スル。・・・・スルと。
木の上から。こわばった脚を伸ばしつつ、泥の中につま先を、着いた。
水はくるぶし、位にまでなり。気づけば、靴は片方なく。全身からは自分でも分かる位の。異臭がしている。
「・・・最悪だな。」
そんな事、初めて。
喉に張り付くような声でつぶやきながら。
木の上から推測された。家の。方角に向かって、歩き始めると。
すぐに。自分が知っている、はずの何もかもが。
覆されてゆく、まるで。一瞬で時間も空間をも超えて。どこかの戦場にでも。迷い込んでしまったかのような、感覚に、陥った。
「・・・・。」
・・・こ、れ、・・・嘘・・・だよ、な。・・・・
・・・嘘。だよ、な・・・・
そう何度も、何度も自分に問いた。
行けども行けども。山のような。瓦礫が道を塞ぐ。
・・・そもそも。道はなく。そこに、あるはずのない、ものが当たり前のように存在する。そう、まさに。天地がひっくり返ってしまったかのような。
その光景を横目にただ、ひたすら、家の、方角に向かって、脚を踏み、進めた。
「・・・。!!」
ところ、どころに死体が転がる。どれも。これも泥まみれで。
「・・・・・。」
最初に出会った死体、・・・には。・・・・それが。それとわかると。思わず、立ち止まり。・・・手と、手を、合わせた。
それからは。・・・そう、するのが間に合わず。心の中で、手を合わせた。
それも間に合わなくなると。それだと気づく前に。
目を閉じて、やり過ごす。・・・・
おれが津波に流されたのは、日の落ち方から見ても。多分ほんの、数十分の、ことだ。それなのに、それからひと晩を超えて・・・たった。それだけの時間で。
あいつは。・・・波は。これだけの事を。やってのけたって。・・・言うのか・・・?
「・・・・。」
・




