アイリスの嘘
簡単な事件のはずだった。
伯爵家の庭園の隅でアイリスは頭を抱えた。
証拠はばっちり残っていたし証言もあった。
犯人の目星はすぐにつき、動機も明白だった。
しかし、事件はいっかな解決しなかった。
もう今日で丸一年が経つ。
その間、王子とアイリスの結婚はずっと延期されていた。
それというのも事件が解決するまでは結婚しないと彼女が王子に言ったからだ。
今となっては悔やまれる。
まさかこんなに長いことお預けを喰らうとは思わなかった。
婚礼用のドレスは出来上がってからずっと部屋に飾っていたが、事件から三ヵ月が経ったとき埃がつくといけないからと養母が仕舞ってしまった。
彼が好きだと言った菖蒲の花のようなブルーのドレス。
金糸と宝石で贅沢に飾られたドレスはアイリスの未来そのものだった。
アイリスはハンカチを握り締めた。
きれいに刺繍された青い花模様がゆがむ。
『犯人は間違いなくイザベラだ』
誰もが最初そう思った。
常に冷静で公平を重んじるアイリスさえそう思った。
けれども、どうもおかしい。
イザベラは事件後、すぐに地方の修道院に送られたがそれは二度の婚約破棄と悪い噂の数々に公爵が娘を見限ったからだという話だ。
確かに殺人犯なら裁判もなしに処遇が決まるわけがないし、そもそもまだ事件の捜査は行われている。
仮にイザベラが犯人なのだとしたら一体何を捜査しているというのか。
最近ではみんなイザベラは犯人ではないのでは……と思い始めている。
さらに言えば『I』のイニシャルを持つ別の人物を疑い始めている……。
もちろん、アイリスは犯人ではない。
事件の日のアリバイもある。
……あるはずだ。
一緒にいたひとが証言をしてくれるなら。
でも、もし、証言してくれなかったら――?
視界の端を妹のパンジーが横切る。
無意識にその姿を目で追う。
妹は庭の花を数本切って束ねると嬉しそうに屋内へ戻っていった。
近頃、王子と妹の距離が妙に近い。
かわいい妹。
無邪気な妹。
まっすぐな妹。
彼女の嘘をつけない瞳が王子を愛していると語っている。
――嘘。
嘘をついた。
たったひとつの嘘だった。
彼の家族になりたい、と。
そう願ってしまった。
五月の水辺に咲くアイリスの花のようにまっすぐに。
そんなふうに生きたかった。




