イザベラの真実
事件はすでに終わっていた。
自分が悪役令嬢イザベラになっていると沙月が気づいたとき、すべては終わっているように思われた。
田舎へ送られる馬車の中で沙月はつらつら考える。
呼び出された王宮の中庭で、イザベラは婚約者である第二王子に婚約破棄を告げられた。
それからすぐ第一王子の妃が死んでいるのが発見されたと報せが来た。
それと同時にイザベラは拘束された。
拘束後、父親である公爵が迎えに来てイザベラは家に帰された。
翌日には荷物もほとんど持たずに馬車に乗せられ、現在に至る。
これは≪五月事件≫だ。
その考えが頭に浮かんだ瞬間、イザベラの体からイザベラが消え去り、沙月になっていた。
――死の間際の夢だろうか。
窓外の景色を見ながら沙月は思った。
≪五月事件≫は病床の沙月が楽しみにしていた漫画内で起こる事件だ。
『虹の橋をこえて』はヒロインの少女アイリスが王妃に成り上がるまでを描く物語。
最新話が五月事件だった。
たぶん沙月が読んだ最後の話。
そうか。
あんまり話の続きを読みたがるものだから、神様が最後に夢を見せてくれているのかもしれない。
窓の外をのどかな緑の景色が流れていく。
雨が降りそうなにおいがする。
想像するばかりだった世界を肌に感じながら沙月は思った。
しかし、どうしたものだろう。
このままおとなしく公爵が手配した修道院へ行くべきか?
今後、碌な運命が待っていないことを沙月は知っている。
それに王都から離れた田舎に送られては話の続きなど知りようもないではないか。
アイリスと王子ダレンはちゃんと結婚できるの?
あの王子は浮気性のきらいがあった。
野心家キャラが多い漫画だし、すんなり結婚できるとは思えない。
アイリス自身も何か隠しているふうだったし……。
「何でよりによってイザベラなのか……」
イザベラは修道院に入ったあと、年増のきついシスターに監視されながらの生活にすぐに音を上げ、衰弱死してしまう――そういう筋だったはずだ。
彼女は狡猾で往生際の悪い、分かりやすい悪役だった。
イザベラは他の登場人物に比べて一面的な性格に見えたが、インターネットで熱心なファンの考察を読むと正直者のアイリスときれいな対称をなすキャラだという意見があった。
そのときの沙月にはいまいちピンと来なかったが、こうしてイザベラになってみて彼女の心の在りようが分かった。
尼寺送りに抵抗することなくあっさり退場した理由も。
婚約を解消された時点で彼女の心はペシャンコだったのだ。
王子への恋心。
それが、嘘つきのイザベラの、ただひとつの本物だった。