3、4「暴かれた狂気」
3
「はい、仲野宮先輩の云うとおりです。あたしは彩音が通り魔だと知っていました」
ゆめが昨晩僕に語った内容を簡潔にまとめて話すと、繭ちゃんはそう認めた。
「どうせ、いつまでも隠していられることじゃないと思うんです。それだけのことを彩音はしたんで」
その口振りはこの期に及んでも年齢不相応に達観し、落ち着いていた。
「あたしは彩音があそこの公衆トイレに出入りするのも見ましたし、それにトイレから帰って来た彩音から血のにおいがするのも気付きました。千代原先輩の彼女が通り魔に殺されたというニュースを見て、そういうことなんだなあって思いました。一ヶ月くらい前に彩音、その人の悪口めちゃくちゃ云ってましたんで」
彼女はそこで「ただ」と言葉を区切った。そのときだけ、何か強い意思のようなものを感じた。
「あたしが云えるのなんて、この程度ですよ。あたしは彩音のこと、全然知らないんです。彩音は表向きは仲良くしてくれましたけど、最後まであたしには心を開いていませんでしたからね。他のみんなに対してもそうだったんじゃないかな。彩音がどんな奴なのか、本当のところなんてきっと誰も知らないんですよ。だから知ったようなことは何も云えません。云いたくありません。あたしが語れるようなことじゃないんです。……まあそれでも、あたしは彩音のこと、好きですけどね」
そう云う繭ちゃんはどこか寂しそうだった。
「大したお役に立てなくてすみませんね」
「いえ、貴女が認めてくれたおかげで、僕も自信を持って次の段階に進めますので。わけあって、推理は慎重に越したことないと思い知らされている身なのですよ」
ゆめはそれから僕に顔を向け「行きましょう、真一」と云った。此処での用事は済んだようだ。
「呼び出しに応じてくれてありがとうね、繭ちゃん。ごめん、僕らは先を急がないといけなくて」
「お構いなく。あと――」
繭ちゃんは立ち上がった僕とゆめを見ながら続けた。
「とてもお似合いですね、先輩達」
それを受けて、ゆめは「はい」と嬉しそうに微笑んだ。
4
ゆめは昼休み、喫茶店で繭ちゃんと話をした後に玖貝家に行く旨を麗子さんに伝えていた。だから麗子さんは自宅で僕らを待っていた。僕らは居間に通され、テーブルに着いた。
こうして中に這入ったのは久し振りだが、僕が知る玖貝家とほとんど変わっていない。恵まれた家ではないために、一般的なそれと比べて家具も少なく、インテリアなんかはさらに少なく、殺風景なのだ。
「ゆめちゃんには全部ばれてしまうんじゃないかしらって思っていたわ。……いえ、私はそう望んでいたのかも知れないわね」
ゆめが繭ちゃんに確認を取ったことと併せて推理を話すと、麗子さんもそれを認めた。
「彩音の居場所を突き止めてもらうのに、それでも隠し事を通せるとは考えていなかったわ。それは虫が良すぎるもの……」
沈んだ口調だったが、表情は晴れやかだった。肩の荷が下りたような、と表現するのが最も適切だろう。麗子さんが僕とゆめに彩音ちゃんの捜索を頼んだのは、精神的なSOS信号でもあったのかも知れない。
「それではいよいよ、柏崎恭平が一人暮らしをしているアパートに行きましょう」
ゆめの言葉に、場の緊張が高まる。
「ええ、そうしましょう。それにしても、高校生で一人暮らしというのも珍しいわね」
「僕も少し驚きましたが、真一が担任の先生から住所と共に聞き出したことなので間違いなさそうです。そのあたりが彩音が柏崎恭平のところにいる事情と関係があるとも考えられます」
僕は教師陣から割と好感を持たれているので、その仕事に苦労はなかった。
「ただ、それにあたって、何か物的証拠が欲しいのです。彩音が事実を認めるしかなくなるようなものが。麗子さん、そういうものはないですか」
繭ちゃんへ確認を取ったこともそうだが、ゆめは抜かりなかった。こういった堅実さは中学で探偵活動をしていたころにはなかったものである。
麗子さんは少し考え込んだ後に、
「私が見つけた血塗れのレインコートと凶器は、私が処分してしまったの。私も犯罪の片棒を担いでいるようなものよね……。だからもうみっともない誤魔化しはやめるわ。彩音の恥をさらすようなことはしたくないのだけれど、それも今更だし……ついて来て、二人とも」
麗子さんが僕らを案内したのは、玄関から見て廊下の左側に位置している部屋――彩音ちゃんの部屋だった。
「お母さんも私も、彩音の部屋に這入るのは本人によって固く禁じられているの。だから私が此処に這入ったのも、昨日がはじめてなのよ。彩音が一度此処に帰って来ていたと知って、部屋に這入れば何か分かるかもと思って……」
そう云えば、以前は僕もよく玖貝家にお邪魔していたけれど、彩音ちゃんの部屋だけは一度も這入ったことがないのだった。
だが彩音ちゃんの部屋は、這入ってみても別段おかしな点はなかった。強いて云うなら、整い過ぎている、というところだろうか。
「そうしたらこれを発見したの。ゆめちゃんが云う物的証拠になるんじゃないかしら」
麗子さんは机の抽斗を開けた。
その中身はたしかに、おかしな点がないとはとても云えなかった。
「なるほど。これはいささか、度が過ぎますね」
そう云うゆめが腑に落ちたみたいな態度であるのと真逆に、僕は呆気に取られてものも云えない。
抽斗の中身は大量の写真――すべて、僕を盗撮した写真だった。
麗子さんは他の抽斗も次々と開けていく。僕が過去に捨てたはずの衣服が詰められているのを見たあたりで、僕は腰が抜けたように床に座り込んでしまった。
「真一くん、大丈夫? ごめんなさい……何と云えばいいのか……」
麗子さんは唇を噛み締め、悔しくて堪らないといった表情だ。
「……知らなかったです」
自分の声が震える。
「知らなかったです。彩音ちゃんが、僕のことを……」
ゆめの推理を聞いていても、その点に関してだけはいまいち実感が湧かないでいたのだ。だって僕はそこまで彩音ちゃんと仲が良いわけではない。知らない仲では決してないが、嫉妬心で交際した女子を殺されるほどに深い仲でもないはずなのだ。
それなのに僕は今までずっと、彼女に見られ続けていたのである。
「私も知らなかったわ。いえ、彩音が中学一年のときだったかしら、真一くんをやけに気にしているとは思っていたのだけれど、こういうことをしていたとは疑ったことすらなかったわ」
ゆめも写真を漁るようにしながら、
「写真を見るに、僕と真一が二人でいるときにも、彩音は監視していたようですね。これに気付かなかったのは、僕の落ち度でもあります。云い訳しますと、真一といるときは僕も僕でその場に夢中なので、周囲が見えにくかったりするのですが」
僕は全身が粟立つのを感じた。愛穂と同じように、ゆめが殺される展開すら、有り得たのだ。彩音ちゃんが嫉妬に狂う相手としては、ゆめの方が有り得そうとすら思える。
それでもそれがなかったのは、ゆめは一度として僕と恋愛関係ではなかったから、だろうか。だとすれば、中途で誤魔化し続けてきた僕らの関係も、その点で云えば正解だったのかも知れない。
「ともかくこれで、準備は万端です。麗子さん、ありがとうございます。真一、立てますか?」
ゆめの手を借りるのは格好悪い気がして、僕は自分で立ち上がった。男の僕がしっかりしていなければ仕方がないだろう。
ゆめは学生鞄の中に写真などを仕舞いつつ、
「これだけで充分すぎるほどに充分ですが、他には何かあったりしますか、麗子さん」
「いいえ。……私が中学のころに着ていた服が持ち出されているみたいで、たぶん彩音が柏崎くんという男の子と一度帰って来たときにしたことだと思うけれど。その他には特に変わった点はないわ」
それを聞いたゆめの動きがぴたりと止まった。
かと思えば、彼女は周囲をきょろきょろと見回し始めた。
「どうしたんだ、ゆめ」
「……重要なことを聞きましたよ。見てください、物が少ないこの部屋ですが、だからこそ、この部屋の主が誰であるか、部外者には分かりません」
「えーっと、つまり?」
「彩音は柏崎恭平に、通り魔殺人も、真一のストーキングも、そのすべてを姉の所業と思い込ませています。間違いありません。柏崎恭平は学校でも情報を探っていました。憶えているでしょうか、昼休みに四階で、麗子さんがこちらを見ている人影に気付いたときのことを……あれも彼だったのでしょう。これらからひとつの推測が立ちます」
ゆめは「用心してください」と、麗子さんを見た。
「彩音は、柏崎恭平に、麗子さんを殺害させようとしています」




