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ある慈悲深き恋の結末  作者: 凛野冥
千代原真一の章 陸
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27/31

1、2「仲野宮ゆめの推理」

    1


 僕とゆめは喫茶店で、繭ちゃんと向かい合っていた。月曜に彼女と彩音ちゃんが訪れた喫茶店だ。これで僕は三日連続で来たことになる。しかも三日とも同じ席に座っている。

 ゆめが繭ちゃんと直接会って話すのを望んだ。そこで麗子さんに頼み、此処に呼んでもらったのだ。

 繭ちゃんは携帯を仕舞うと「話ってなんですか」と訊ねた。相変わらず飄々とした態度である。

「僕と真一を待つ間、貴女は携帯を操作していましたね」

 ゆめは人見知りする方なので、態度は堂々としているが、机の下では僕と手を繋いでいる。

「そうですけど」

「いえ、普通のことですよ。実に今時の若者らしいです。ひとりで手持無沙汰なとき、とりあえず携帯をいじるのですよね。ただそれをこうして確認できたので、良かったなと思ったのです」

「なんの話ですか?」

 繭ちゃんは怪訝そうにゆめを見る。

「そうですね、本題に入りましょう」

 ゆめは告げた。

「玖貝彩音が通り魔だと、貴女は知っていますよね。それについて伺いたいのですよ」


    2


 昨晩、ゆめと自転車の二人乗りで帰る最中、彼女が話してくれたこと。

「姫路愛穂が通り魔に殺害された日と玖貝彩音が行方不明となった日の一致。同じ町の中で起こったこの二つを、僕は無関係とは思えませんでした。それに加えて、麗子さんは真一に、彩音の失踪の理由について話そうとしない。彼女は彩音の行方不明を警察にはおろか、母親にも隠していると云う。真一は麗子さんの幼馴染であり、人を疑う性分でもないために、割かし簡単に受け入れたようですが、とてもそうはいきませんよ。

 では二つが関係しているとして、どんな場合があるか。大別すると玖貝姉妹が通り魔事件に巻き込まれた場合と、玖貝姉妹こそが通り魔事件の元凶である場合です。しかし麗子さんが彩音の身を安全とし、内密に探し出そうとしているところから、後者と分かります。

 そうなると、今度も二つの可能性が浮上します。麗子さんが通り魔で、それを知った彩音が逃げ出した可能性。彩音が通り魔で、それを麗子さんに知られて逃げ出した可能性。どちらにしても、麗子さんが秘密裏に彩音を見つけようとしていることに説明はつきます。前者なら、この件を表沙汰にして自分が通り魔と知られるのを惧れて。後者なら、この件を表沙汰にして彩音が通り魔と知られるのを惧れて。

 ところで、どちらが通り魔だったところで、なぜそんなことをしたのでしょうか。一見結び付きそうにない通り魔殺人と玖貝姉妹ですが、実はある二人組を経由して繋がっています。姫路愛穂と真一のカップルです。通り魔殺人の三番目の被害者の恋人と玖貝姉妹は知人なのです。ここから僕は、通り魔殺人の動機を知りました。

 通り魔殺人ははじめから、姫路愛穂を殺害するために行われたことだったのです。通り魔は真一が好きで、その恋人となった姫路愛穂に嫉妬し、殺そうと考えたのです。恋心というのは分からないものですからね、麗子さんにせよ彩音にせよ、真一を好きでも不思議はないでしょう。麗子さんに比べて彩音は真一との付き合いが希薄な感もありますが、知り合いである以上、そこに恋心がある可能性は否定できません。

 ただ、当たり前ですが、姫路愛穂を殺害しても、犯罪が露見するのは防ぎたいでしょう。そこで考案されたのが通り魔殺人です。

 本命である姫路愛穂を通り魔殺人の被害者のひとりにしてしまえば、動機の面から探られることがなくなる……すなわち、姫路愛穂の恋人である真一の交友関係を洗われ、そこに自分がいると知られることがなくなるのです。それに通り魔殺人ならば、女子高生という括(くく)りだけを限定した無差別殺人、その犯人がまさか十代の女子とは思われませんよね。

 では、通り魔は麗子さんと彩音、どちらなのでしょうか。

 ここで登場するのが、彩音の友人である空井繭です。

 空井も麗子さんの要求である、彩音が行方不明となっていることは伏せて捜索にあたるという条件を飲んでいます。これは不自然極まりないですよ。真一ならまだしも、空井は彩音の親友なのでしょう? なら友人が行方不明となってしまったというのに、それを隠していられるはずがありません。

 考えられるケースはこうです……空井は彩音が通り魔と知っていて、麗子さんと話をつけている。彩音が通り魔ということが世間に知られたくないと考えている。

 空井から麗子さんに接触したというのは事実でしょう。空井は既に彩音が通り魔と知っていたのです。だから麗子さんも彼女を引き入れざるを得なかったのです。

 空井が麗子さんこそ通り魔と知っていて、しかし姉が殺人犯となれば彩音の人生も滅茶苦茶になってしまうと危惧し、麗子さんに協力している……これは有り得ませんね。その場合、麗子さんに話を持ち掛けたりはしません。殺人鬼と手を組むことになるのですから。

 ただ、単に音信不通となった彩音を心配した空井が麗子さんに電話を掛け、麗子さんが空井の動きを封じるために、彩音が通り魔なのだと吹き込み、騙しているというケースも考えられます。ですが、そんな話を空井が簡単に信じるとは思い難いのですよ。親友が殺人鬼と、いくらその姉から云われたとしても、認める人は少数でしょう。ならば、やはり空井は彩音が通り魔と、知っているとまでいかなくても、疑っていた……つまり何か彩音に関して怪しいものを感じていたと考えていいのです。

 そもそも通り魔が麗子さんなら、真一や僕を頼ろうとはしないでしょう。あまりにリスクが高いです。通り魔が彩音なら、あくまで真一と僕に頼むのはその捜索だけという線引きができますが、逆ですと、彩音を発見したときに彼女によって秘密が暴露される等、避けたい展開が多く想定されますので。

 さて、ここで姫路愛穂が殺されたときのことを考えてみましょう。麗子さんはその日、学校が終わると帰宅したと云います。つまり確かなアリバイはありません。彩音の方は、喫茶店で空井と夜までずっと話していました。つまりアリバイがあります。姫路愛穂が殺害されたのが夕方であるのは間違いなく、しかし彩音が八時まで喫茶店にいたのも間違いない。それは空井の証言だけでなく、喫茶店の店員さんにも確認を取りましたね。

 なら、通り魔は麗子さんの方なのでしょうか。僕は一瞬もそうとは思いませんでした。この場合、一見完璧なアリバイのある彩音の方が怪しいと思いました。やはり彩音が通り魔で、いくら通り魔殺人の被害者のひとりというかたちにしようとも、本命が姫路愛穂である以上、その殺害に関してはアリバイを確保しておこうと画策(かくさく)したのだろうと思いました。

 あとは彩音のアリバイを崩せばいいだけです。

 彩音はずっと喫茶店にいたと云われていますが、実は穴があります。

 四時間、一度もトイレに行かなかったということはないでしょう?

 彩音が途中でトイレに立っていても、そのくらいでは『ずっと喫茶店にいた』という言葉は嘘になりません。トイレに行くくらい普通のことだからです。

 僕は実際に使って確認しましたが、あの喫茶店のトイレには窓があります。トイレに這入り、その窓から店の外に脱出することは可能です。

 ですがあまりに時間をかけていると怪しいですね。なので彩音が席を外したのは、店の外に出ていられたのは、せいぜい十五分くらいが限度でしょう。その間に姫路愛穂を殺し、身体を三つに切り分け、ばらばらの場所に置いて回るなんてはとてもできません。

 そう、そう思わせるためだけに、通り魔は一連の殺人で、そんな不可思議な手口を使っていたのです。相応の時間を要するという先入観を植え付けたかったのです。

 彩音は姫路愛穂のときだけ、この工程を二段階に分けたのですよ。

 殺害し、死体を三つに切り分けるまでを第一工程。その身体をばらばらの場所に置いて回るのが第二工程です。司法解剖されることを考慮して切断までは時間をおかずに行わなければいけませんが、死体を運んだ時間は割り出される心配がありませんからね。

 ところであの喫茶店は裏が公園になっていましたね。公園には小さな公衆トイレもありました。あの公園、全然賑わっていませんよね。僕の推測では、姫路愛穂はあの公園の公衆トイレを利用することが多かったのだと思います。

 おかしくはないですよ。姫路愛穂は電車通学ですよね。電車に乗る前に用を足しておきたいと考えるのは自然です。放課後は真一と一緒に教室から校門まで行くためにトイレに寄りにくく、電車にはトイレがない。ならば駅のトイレを使えばいいですが、下校中の学生が一気に押し寄せる時間帯なので、駅のトイレを避けたいという心理は頷けます。姫路愛穂はあそこに人気のない公園があり、公衆トイレがあるのを知っていて、下校中に尿意があった場合はあそこを利用すると決めていたのではないでしょうか。あの通りは学生の通学路から外れていますから、落ち着いて用を足せるでしょう。僕もその気持ちには共感します。

 彩音は姫路愛穂を何度か尾行し、その習慣めいたものを知っていました。そしてそれを利用しようと考えた。だから彩音は空井を誘い、あの喫茶店のあの席に陣取ったのです。窓から見ていれば、姫路愛穂が公園に来たとき、すぐに分かりますね。もしその日に姫路愛穂がやって来なくても、その場合はまた別の日に同じようにすればいいだけです。

 果たして姫路愛穂はやって来た。彩音はトイレに行くと云って席を立ち、トイレの窓から外に出て、公園の公衆トイレに這入り、姫路愛穂を殺害。このときは制服の下にでも折り畳んで隠していたレインコートなんかを着れば、返り血対策とできます。それから個室の中で姫路愛穂を解体。三人目なので、手際はだいぶ良くなっていたことでしょう。そしてレインコートと刃物と三つに切り分けた姫路愛穂を個室に残し、喫茶店に戻るのです。

 人気のない公園なので心配ないとは思いますが、個室の内側から錠をかけ、便器に乗ってよじ登るようにして扉を越えるなりすれば〈使用中〉を装うことができ、別の人が開けてしまうことは回避できますね。あの公衆トイレには掃除用のホースが付いた蛇口が外にありましたから、血はすぐに流せます。

 ただし公衆トイレは公園の端の方、喫茶店のトイレがある側に位置しているのでそう危険でもないですが、喫茶店の窓から見えることに変わりはありません。しかし彩音の姿が空井に見られることはないでしょう。きっと携帯をいじっていたのではないでしょうか。空井が腰掛けていたのは間違いなく、わざわざ首をひねらなければ公衆トイレが見えない側です。

 それから彩音は夜遅くまで空井と喫茶店で粘ってアリバイをつくり、帰り道もいつも通りの地点まで行き、空井と別れます。その後彩音は単身、引き返したのです。公園の公衆トイレまでですね。そして姫路愛穂の死体を回収し、三回に分けて、各部をバラバラな地点まで運ぶのですよ。死体が三つに分けられていた理由が、ここにもあります。ひとつひとつを軽くして、運びやすくするためなのです。二つではまだ重いですし、四つとなると運ぶのも解体するのも手間ですから、丁度良いのが三つというわけでしょう。

 彩音は学校帰りなので、寄辺中学のスポーツバッグを持っていたと思われます。母校ですから僕も憶えていますよ。体操着等を入れるのに使うあれです。女子高生の身体を三分割すれば、そのうちの一塊を収めるのにいかにもぴったりなサイズですね。それを彩音が提(さ)げて歩いているのも、まったく不自然ではありません。

 と、以上が彩音が実行した犯罪計画です。女子中学生にしては上出来と云ってあげても良さそうですが、しかしずぼらですね。それでも異常性はなかなかのものですから、一般の人々に看破は難しいでしょう。

 しかしそう完璧にはいきませんでした。帰宅した彩音は、麗子さんに犯罪を知られてしまったのです。詳しい経緯は分かりませんが、凶器やレインコートが見つかったといったあたりが妥当でしょうか。

 さらに空井も彩音の犯罪に気付いていました。先程はああ云いましたが、あれは彩音がそう考えていたであろうという彼女視点の論理であって、実際の空井は、彩音が公衆トイレに出入りするところを目撃したのでしょう。おそらく彩音の様子がおかしいと感じ取っていたからだと推測されます。加えて姫路愛穂が通り魔の三番目の被害者と発表され、確信したのでしょう。友人なら、彩音が真一に想いを寄せていて、その真一に姫路愛穂という恋人ができたことくらいは知っていておかしくありません。

 話を戻しますが、姉に犯罪を知られた彩音は逃げ出しました。どうしていいか分からなくなってしまったのだと思われます。反射的な行動でしょう。

 そして彩音は柏崎恭平のもとにいる。二人がどういう繋がりなのかは分かりませんが、そのあたりは本人達に訊けば良さそうですね。僕が知り得た情報からでは、これに関しては何とも云えません。なのでつくづく、僕が真一と柏崎恭平との会話の現場に居合わせたのは幸運でした。まるで世界の意思が働いたかのようです。

 もっとも、僕がこの世界で最も奇跡的な巡り合わせと思っているのは、僕が真一と出逢ったことですけれどね。えへへ」

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