4「震えた告白」
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私は布団を敷いて、彩音さんにはその上で寝てもらうように勧めた。私は床に寝る所存である。私が普段寝ている布団を使うなんて嫌だろうか、とはかなり心配だったが、彩音さんは枕に頭を乗せても顔をしかめる様子はなかったから杞憂と信じたい。
電気を消した。冷蔵庫とエアコンの稼働音、そして私と彩音さんの呼吸音が聞こえるのみの暗闇が訪れる。いや、もうひとつ、うるさいくらいに聞こえる私の心拍音もある。
私が彩音さんの身体に触れようとするなんて有り得ない。それは私の望みとは真反対に位置する悪行だ。だから私が緊張する理由はないはずなのに、どうしてだろう。身体はいい加減に睡眠を所望しているのに、一向に眠れる気がしない。
「お兄さん、まだ起きているかな」
鈴のような声が響く。
「ま、まだ起きている」
声が上擦ってしまい、恥ずかしい。
「彩音のお姉ちゃん……玖貝麗子のこと、知っているんだよね、お兄さんは」
部屋に連れて来たばかりのとき、私は彩音さんに姉がいないか問い掛けた。その後に慌てて話題を逸らしたが、当然誤魔化せてはいなかったようだ。
彩音さんに嘘をつくなんてあってはならないし、今更それを隠す必要もないので、私は「知っている」と答えた。
「お兄さんが彩音を相手に選んだことに、お姉ちゃんは関係しているのかな」
「それはない。それは、まったくの偶然だった」
少し間があって、彩音さんは次の質問をした。
「お姉ちゃんのこと、どう思う?」
その声に、何か奇妙なものを感じた。
その正体は分からないが、引っ掛かりのようなものを覚えた。
「どう思う、とはどういう意味だろうか。私は玖貝麗子さんについてあまり多くは知っていないから、滅多なことは云えないが」
「うーん。じゃあ、お姉ちゃんは学校でどんなふう?」
その云い方から、私個人が抱いている印象ではなく、共通認識となっている事柄を聞きたいのだろうと理解し、私は千代原真一から聞いたことを話した。みなから羨望の眼差しを受ける、超人のような優等生。美しい容姿と良好な性格がゆえに、人気を博している高嶺の花。
「うん、そうなんだよね。やっぱり、そうなんだよね」
彩音さんの声には納得の気持ちと、それからもうひとつ、やはり正体不明の何かが滲んでいる。
「お兄さん、最近この町で、通り魔殺人が続いているのは知っているよね」
話が急に変わって、私は反応が遅れた。
「い、いや、寡聞にして知らなかった」
彩音さんは「本当に情報にうといんだね」と驚いた様子で云ってから、
「いま、百条市には通り魔が出没しているの。だからお兄さんが彩音に包丁を突き付けたとき、お兄さんがその通り魔なんだって思うのが普通でしょ?」
「え、あ……た、たしかにそうかも知れないが、しかし、私は通り魔なんかではない。人を殺すなんて、人を恐れている私にできるはずがない。しようとも思わない。し、信じて欲しい」
「ううん、そうじゃないの。彩音はお兄さんが通り魔だとは、一度も思わなかったんだよ。だから、お兄さんについて来たの。お兄さんはちょっと変なところもあるけれど、酷いことなんてできない人だってすぐに分かったから、匿ってもらおうと思って……」
「匿ってもらう……とは、どういう意味だろうか」
「お姉ちゃんが通り魔なの」
彩音さんの声は震えていた。私はようやく、彼女の声に滲んでいるものが怯えだと知った。
「彩音はお姉ちゃんから逃げて来たの。お姉ちゃんはきっと彩音を探している……秘密を知った彩音を殺すために」




