その22.居場所
「あーあ…帰りが遅いと思ったら、一人で危険を背負っちゃって。…それじゃあ、僕も作戦実行しようかな。あ、ティムは隠れててね。」
光樹は立ち上がってティムの頭を撫でると、人気の見えなくなった建物に入って行った。
仲間に留守を頼まれたティムは、少しふて腐れながら草陰に身を潜める。
「おいらだって…でも人間怖い。」
一人は嫌で、でも追い掛ける勇気はないティムだった。
「…やっぱり…、酷いな…。」
目の前に広がる現実から逃げたくなる衝動を必死に打ち消し、ありのままを受け入れなければならない時もある。
今、光樹の前にあるもの。自分と同じ種族が傷付けられ苦しめられ、家畜以下の扱いを受けているという残酷な事実だ。
女子供はまるで人形の様に弄ばれる。鬼畜な人間の慰みものとされ、心そのものを病んでしまっている者もいた。
子供の中には混血児も目立つ。皆が傷だらけだ。
何処まで酷な扱いをすれば気が済むのか。人間は、魔物以上の残虐性を内に秘めている様に思えた。
「…遅くなったね、ごめん。」
光樹はただ、頭を下げる事しか出来なかった。
「あ…っ、光樹様っ?」
その中の一人が光樹に気付く。
かなりやせ細ってしまっているが、光樹と歳の近い見覚えがある女性であった。
「かよ…、生きていてくれたんだね。良かった…っ。」
力が抜け、その場に崩れる様に座り込む。
「光樹様の御無事なお姿を拝見出来て、かよは大変幸せです。」
深々と頭を下げる彼女は、昔光樹の身の回りを世話していた。
あの日、一族が『純人類』に殲滅される時まで。
それは突然の事だった。
パスリルの国は小さいが、農作物の豊かな農業中心国である。長い間、争いのない平和が続いていた。
国の民は皆が褐色の肌をして、銀色の髪と赤い瞳を持っている。
そこに突然現れた『純人類』を名乗る集団。
外見が彼等の認める人類外の生命体と見做された為、国民全員を抹殺するというのだ。
納得なんて出来ない。だが、こちらが抗う以上の圧倒的な力で押さえ付けられた。
国王である父も女王である母も、ありとあらゆる自分が知っている人々が傷付き倒されて行く。
当時10歳だった光樹は成す術なく、冷たくなっていく母に守られていた。
せめて我が子だけはと、自らを盾にして守り続けた母。光樹は声なく涙し、己の無力さを呪う。
嵐の様な殲滅戦が終了した後、残ったのは痛々しいばかりの死体の山。
そこから生まれる様に出て来た光樹の輝く銀髪は、無惨なまでに赤黒く染まっていたのだ。
何も考えられず、漠然と生と死の狭間に立ち尽くす。だが、惨たらしい皆の状態をそのままには出来なかった。
一人一人の墓を作り埋葬する。その間に何度も泣いた。泣くことでその幼い心を保っていたのかもしれない。
「皆、良く生きていてくれた。本当にありがとう。」
過去を思い出し目頭が熱くなりながらも、光樹は深く頭を下げた。
「かよ、皆をお願いしても良いかな。僕は少し、ここを取り纏めている人間と話をしてくる。」
笑顔で告げると、パスリルの民を後にする。かよの引き止める腕を優しく放して。
実際話が通じる相手ではない事は予想された。しかし、民を解放してもらわなければならない。
「やぁ、少し話をしたいんだけど。」
建物の奥に入って行くと、警備が残る部屋があった。
光樹は警備兵に笑顔で話し掛けるが、相手は明らかな敵意を向けて来る。
「何だ、お前は!家畜は家畜小屋にいろ!」
敵意というよりは蔑みだった。
光樹個人の事を識別すら出来てはいなく、パスリルの民は皆同じに見えている。
「うーん、君じゃ話にならないね。他にまともに対応出来る人はいないかな。」
優しい口調ではあるが、かなり刺を感じる光樹の言葉だ。
それにカッとなりつかみ掛かって来くる警備兵に、部屋の中から制する声が聞こえる。
「誰だ、入って来るが良い。」
せっかくの招待の為、迷う事なく光樹は部屋の扉を開けた。
中は何もなくガランとしていて、玉座的な大型の椅子が一つあるだけである。そして、そこに腰掛けている身体の大きな男。
裕福な暮らしぶりが滲み出た、暑苦しく必要以上に柔らかそうな体格をしていた。
「…君がここのトップ?」
嫌悪感を押し殺しながら、静かに光樹は問い掛ける。
「あぁ、そうだ。お前もこのガラバ様に買われに来たのか。」
品定めする様な視線で、マジマジと上から下まで見下ろされた。
何処までも同等の人間としては見ていないのだ。
「まさか。僕はここの人達を解放しに来たんだよ。」
怒りを堪えながら答えるが、既に笑顔ではなくなっている。
「ふん、ふざけた事を。お前の様な小僧に何が出来る。やれっ!」
近くにいた警備兵に、光樹を捕らえるように命令した。
すぐに男が二人、光樹に向かって飛び掛かって来る。
「朔也ーっ!」
だが、光樹は武器を構える事なく大声で呼んだ。
「うっせー、デカイ声で呼ぶな。っうか、気付いてたのかよ。」
爆音と共に壁が吹き飛び、警備兵達が下敷きになる。そして砂煙を払いながら現れる朔也。
実は隠しているが必死に追っ手を巻き、光樹を捜して飛び込んで来たのだ。
いつもの強気な態度プラス、攻撃する気合い充分の朔也。後にはティムもいる。
「何となくね。あ、こいつが元締だから遠慮なくやっちゃって良いよ。でも、僕も後で用があるから。」
光樹の言葉の裏に、命を奪ってはならない事を感じた。
「ちっ、面倒臭いな。」
舌打ちしながらも、剣を鞘から抜いて構える。
先程まで追い掛けられていたストレス解消の為もあり、すぐガラバに切り掛かった。
「ふんっ。お前みたいな小僧が、この山賊ガラバ様に勝てるものか!」
ガラバも剣を抜くと、互いに火花を散らしながら刃を交える。
その間に、光樹はティムに耳打ちをして使いに出した。
「朔也、いつまで遊んでるのさ?」
ティムを見送った後、朔也を煽る。
「うっせー、加減が難しいんだよっ。」
今までの戦闘相手は基本的に魔物で、相手の完全停止が条件だった朔也。
それを弱らせる程度にというのは、彼にとって初めてに近い試みであった。
攻撃が弱すぎれば弾かれ、斬りすぎてはと迷いながらの太刀筋は避けられる。体格の割に相手の剣術も強かった。
「小僧、よそ見し過ぎだ!」
ガラバの剣先が朔也の頬を掠める。
次の瞬間、ガラバの腕が燃え上がった。
「朔也に傷を付けたなっ。」
光樹の赤い瞳が鋭く輝いている。ガラバの腕が燃え上がったのは、光樹の放った火炎玉が命中した為だ。
「…何だ、家畜。このガラバ様に盾突くのか?」
酷く見下した物言いに、さすがに光樹の雰囲気が変わる。
無言でぱちんこを構え、黒い玉を連発。毒玉だ。
「くっ、何だこれは?」
ガラバの身体から煙がたつ。
猛毒によって皮膚が焼ける様に溶けていくからだ。
「ヒュー。光樹、激しいなぁ。」
頬の出血を手の甲で拭う。
「大丈夫っ、朔也っ?」
すると突然今までの光樹に戻って駆け寄って来ると、両手で頬を挟み込む様にして傷口を確認した。
「…おい…、何してる。」
呆れ顔で光樹に問い掛ける。
確か今は戦闘中のはずだ。
「えっ、朔也が心配で…消毒?」
傷口を舐めようとしていたのを制され、いつもの笑顔を向けて来た光樹。それに対し、軽く額を指で弾いてやる。
「ったく、戦闘中だ。お前の用が済んだのなら、俺がぶっ飛ばして良いのか?」
朔也にしてみれば、獲物を横取りされた気分なのだ。
「痛い…、ごめん。でもたぶん、溶けてる。」
額を摩りながらガラバに視線を戻すが、既にそこには人間はいない。不明な何かが地面にあるだけだ。
「ドローって、なくなった!」
事の一部始終を見ていたティムが叫ぶ。
戻ってきた彼の後にはパスリルの民。自分達を拘束してきた人間の消滅により、それまでの暗い雰囲気が消えていた。
「…何だ、それ。…つまんねー。」
美味しい所を全て持って行かれた感の朔也は、ブスッと唇を尖らせる。
「あっ…朔也、かわいい!」
光樹は朔也に抱き着こうとした。
だが、鞘から抜いたままの剣を向けられ硬直する。
「あ、危ないって。」
笑顔を引き攣らせながら、刃先を横に押し流す光樹だ。
「…うっせー。もう疲れたから、俺は寝るっ。」
すっかりふて腐れてしまった朔也は、剣を鞘に戻すとそのまま壁に開けた穴から出ていく。
そして何をするかと思えば、建物を出たすぐの草の上にゴロンと横になったのだ。
ティムもその隣に駆けて行って横になる。彼の一番安心出来る場所は、朔也の隣なのだ。
「…本当に寝るんだ。くすっ、朔也らしいな。」
楽しげに笑う光樹に、パスリルの民達が口々に話し始める。
あの少年は忌み子なのだとか、自分達はこれからどうなるのかだとか。自らがすべき事を考えず、受動的な言葉ばかりだ。
長い間の迫害に蝕まれ、自主的な考えが出来なくなっている。
「皆、僕はもう一度国を作ってみたいんだ。この世界は厳しい。せめて自分の知っている人が傷付かない、そんな国を作りたい。協力してくれないか?」
光樹の言葉を聞いて一斉に注目するが、ざわつきは収まらなかった。
子供達は別として、皆は光樹が国王の息子なのを知っている。
だか、16歳の少年に国王足る資質を認める事が出来ないのだ。
「僕はパスリルの民だけでなく、迫害を受けている皆を出来るだけ助けたい。まだこの世界には、毎日を怯えて暮らしている誰かがいる。少しでも多くの人が笑って暮らせる居場所を作りたいんだ。」
光樹の言う事は絵空事かもしれない。それでも、自らが行動しなくては何一つ変わらないのだ。
皆がそれぞれ話し合い、不安や希望を口にする。今までなかったであろう、考えるという事。
生きていく為には、考える事をやめてはならないのだ。
「うん、少しずつ皆で良くしていこうよ。とりあえずここを拠点にしたいと思うけど、どうかな?」
光樹は皆に意見を聞く。
国は王が一人で作るものではないのだ。
民がそれぞれ自分達の役割を果たす事で、王を支え国が創られる。
皆それぞれに考えがあるようだが、場所を移動しても迫害から逃れられないと言うのが内にあるようだ。
ならば、自ら居場所を作る事が最善策。
「ありがとう、皆。ここのリーダーは、誰?あ、皆をお願いします。僕はまだ旅を続けて仲間を捜してきます。」
今まで皆を助け励ましてきたのは、初めて出会った時に警告してきた男である。
光樹はその男に深く頭を下げ、自分の我が儘を陳謝した。
「何だ、話は終わったのか?」
気配に気付いて目を開いた朔也は、視線を合わせる事なく光樹に問い掛ける。
「ありがとう。」
照れながら一言だけ礼を告げるが、まだ不安と迷いが捨てきれていない光樹。
せっかく見つけた仲間を残して行く事に、少なからず罪の意識があるようだ。
「…これやる。風の防御魔法を結晶化させた物だから、俺がいなくても敵意ある生物は近寄って来ない。」
朔也はゆっくり起き上がると、透き通った空色の掌大の石を光樹に手渡した。
「あ…ありがとう、朔也。渡して来るっ!」
嬉しそうに駆けていく光樹を見送った後、フラリとよろめきながら座り込む。
「大丈夫か、サク。魔力、いっぱいなくなった。」
心配そうなティムだが、朔也はその頭を柔らかく撫でて微笑んだ。
「良いんだ、ティム。ここは光樹の守りたい所。あいつが一生懸命だから、ちょっと手伝ってやりたくなったんだ。…けど、疲れた。」
その場にゴロリと横になり、大きく深呼吸する。消耗した魔力を吸い込む様に。
少ししてにこやかな光樹が戻って来た。どうやら、心残りは解消されたようである。
「本当にありがとう、朔也。痛っ…!」
深く頭を下げる光樹に、寝転がったままの朔也から軽く蹴りが入った。
「ばーか、気持ち悪いんだよっ。」
茶化す朔也の対応に、光樹は自然にフワリと笑みがこぼれる。
「んもう、酷いよ朔也。僕はいつも真面目なのに。」
笑顔のポーカーフェイス(イツワリ)ではなく、本心からの笑顔がそこにはあった。
「ふん。…腹減った、何か食う物ないか?」
強気な態度でもう一度蹴りを入れようと思った朔也だが、自分の空腹に気付く。
以前独りで生きていた頃は、必ず保存食を持ち歩いていた朔也。
けれど今では、必ずと言って良い程何処からか光樹が採取してくれる果実を頼りにしていた。
「うん、あるよっ。」
光樹はいつでも少し大きめの布袋を持ち歩いている。
中からは、いざという時に役立つ品ばかり出て来た。勿論、食糧も。
「コー、おいらも。」
初めは警戒していたティムも、今は自ら食糧を欲しがるのだ。
「えへっ、親鳥の気分。」
誰かから必要とされる事は、互いに個で生きて来た彼ら三人にとって至極重要である。己の生を容認される事なのだ。
果実を食べて空腹を満たし、疲れを癒す。
「さぁ、次の旅へ出発しようか。」
小さな帰る場所を作り、新たなる旅路に向かうのだった。




