その16.半魔物
「次は何処に行こうか。」
地図を広げながら目的地を模索する。
既に夜が明け、昨日の残りのガッザラを口にしながらだ。
朔也は海の方を指差す。
「この海の向こうは、何があるんだ?」
世界中を見てみたいと、朔也の好奇心が騒いでいた。
今までは、自分を守る為だけに生きてきた朔也。ただ生きる為だけに活きてきたのだ。
光樹と出会った今では気付かないうちに、周囲に純粋な興味を持つ事が出来る様になってきている。
「そうだねぇ…。いろいろあるけど、サーカスの町も楽しかったな。」
現在地から海を挟んで対岸に、町の半分をサーカスが占めているパラサル・タウンがあった。
「サーカス?なんだ、それ。」
もちろん朔也はサーカスを知らない。
「うん、跳んだり跳ねたりした芸を見せてくれたりするんだ。結構危険な芸もあったりして、ハラハラドキドキな楽しさがあるだよ。」
人間達が行うとは言え、簡単な練習では出来そうにない高度な身体を張った芸術だ。
「ふぅん。見たい、そこに行く。」
人間を避けて生きてきた朔也だが、サーカスに対する興味は恐怖に打ち勝つ。
「よし、じゃあパラサル・タウンに行こう!」
行き先が決まった後の移動は早かった。
もちろん、朔也の風の魔法使用。光樹は最後まで賛成はしなかったのだが。
「あ~…、疲れた…。」
疲労困憊の光樹は、空中にいる間叫びっぱなしだった。
「あれだけ大声を出していれば、疲れるのは当たり前だ。」
冷めた視線を投げてくる朔也は、以前より風の翼を使いこなせる。
今も地面にへたばっている光樹の周囲を漂う様に飛んでいた。
「そ、そうは言っても…。やっぱり僕は、歩き専門だからさ。地に足がついていないと、不安で仕方ないんだよ。べ、別に高所恐怖症なんかじゃないんだよ。」
挙動不審になる光樹。どうやらそれが本音らしい。
「…まぁ、そのうち慣れるさ。」
逆に歩くのが好きではない朔也は、魔力を使う事になんの疑問もないのだ。
だが、光樹との約束を思い出す。
フワリと柔らかく着地すると、へたれている光樹を促した。
「行くぞ、まだサーカスまで距離がある。歩くんだろ?」
パラサル・タウンのすぐ近くまで来てはいるものの、さすがに魔力を使ったまま町に入る事は出来ない。
「あ、うん。その前に、マントを被るね。朔也はターバン巻いて、眼鏡で良いか。」
人と違う外見を隠し、町に入る準備。肌の色から違う光樹は、少なくとも人前でマントを取ることすら出来ないのだ。
「面倒だが仕方ないか。お前の方が暑そうだし。この色付き眼鏡も、サーカスの為に我慢してやるか。」
腑に落ちないが、外見的違いを公にするわけにはいかないことも承知している。
「凄い人だね。これだけ暗くて人が多ければ、僕らの存在も目立たないね。」
サーカス会場に入った二人は、満員であろう客席のただ中にいた。
朔也は少し畏縮している様に見えたが、それでもショーが始まると目をキラキラさせてステージを見入っている。
光りと音に溢れたステージは迫力満載であり、対人恐怖症も何処かに吹き飛んでいた。
ステージが終わりに近づいた時、最後の見世物だと登場した小さな檻。
その中には、恐怖ですくんでいる半人半魔物がいたのである。
「…光樹…。」
振り向いた朔也の瞳に宿る悲しげな光りに、光樹は静かに頷いた。
ステージに無理矢理出された半人半魔物は、白銀の長毛に被われた長い耳と尾を持っている。これは人型をしているが、本来のこの魔物は丸く岩のように大きいのだ。
鞭で叩かれ、鳴きながら火の輪をくぐる。
会場は大歓声に終わるが、朔也は怒りに震えていた。
「さぁ、こっちだよ。」
周囲の気配を伺ながら、光樹が手を降る。
暗闇に紛れてサーカス敷地内への侵入。目的は半魔物の解放だ。
人間に迫害されてきた朔也は、半魔物を自分と重ね合わせてしまい放って置けないのである。
「あった、あの檻だ。」
光樹が指差した先には、屋外に放置された汚れた金属の檻だった。
周囲には道具が散乱し、とても丁重に扱っているとは見えない。
「…っ!」
中を覗き込み、驚きで目を見開く光樹。
後から来た朔也も同じく檻の中を見た。
「なん…だ、これはっ!」
身体が怒りで熱くなるのを感じる。
中にいた半魔物は、赤黒い塊と化していた。白銀の長毛は血で染まり、生きているのか不安に思う程の状態。
即座に朔也は風の刃で檻に入口を作り、半魔物に駆け寄って抱き抱える。
まだ息はあるが、かなり衰弱していて危険な容態だ。
「おい、聞こえるか?ここから出してやるから、もう少し我慢しな。」
朔也の言葉に、抱かれている身体が痛いのか小さく呻く。
「行くよ!」
光樹が移動を促した。目的を達した後は、長居は無用である。
サーカス団員はショーの後の為か、全く半魔物の檻に近付いて来なかった。
素早くサーカス会場から離れる。
朔也の風の翼の魔力で、三人同時離脱だ。
「っく…、ちょいキツイ…。」
重量が魔力の消費に関係している様で、少し顔を歪ませる朔也。
それでも今は、このまま頑張るしかない。
「朔也、大丈夫?」
不安を隠せない光樹は、空中を飛びながら半魔物を抱き抱えている朔也に視線を投げ掛けた。
「うっせー、話し掛けんなよ!気が散るじゃねーかよっ。」
少しバランスを崩しながらも、何とか魔力を維持する。
町でようやく異変に気付いてざわつき始める頃、既に三人は追い付けない程の距離にいたのだった。




