最終話 終わらない泥水と、反撃の始まり
スラムの地下室に、ドアの隙間から朝の光が差し込んできた。
俺たちは、源寺がコンロで温めた缶詰のスープを、四人で回し飲みしていた。
安い塩味だけのスープだが、七年ぶりに息子と一緒に味わうそれは、どんなご馳走よりも胃袋に染み渡った。
「……美味いか、翔太」
「うん。……すげえ美味いよ、父ちゃん」
二十歳のデカい体を丸めながら、翔太がくしゃっと笑う。
その笑顔を見られただけで、俺の折れたあばらの痛みも、流した血も、全部報われた気がした。
だが、安息の時間は長くは続かなかった。
部屋の隅に置かれた、アリスの無線の傍受機が、けたたましいノイズを吐き出したのだ。
『――ターゲット四名、依然として逃亡中。スラム全域の封鎖を継続しろ』
『……こちら第3部隊。スラムD地区にて、新たな「素材」を三名確保。これより本部へ移送する』
その無機質な声を聞いた瞬間、地下室の空気が凍りついた。
「……クソったれが」
源寺が、空になった缶詰を壁に叩きつける。
「アリスの連中、俺たちを血眼で探しながら、まだスラムのガキをさらい続けてやがる。翔太の代わりの『パーツ』にするつもりだ」
俺は黙って拳を握りしめた。
俺たちは翔太を取り戻した。だが、外の世界は何も変わっちゃいねえ。
アリスという巨大なシステムがある限り、スラムの泥水の中では、昨日までの俺たちと同じように泣き叫ぶ親と子が生まれ続ける。
「逃げよう、鉄さん。私たちだけでも……」
由美が震える声で翔太をかばうように抱きしめた。
無理もない。これ以上、やっと取り戻した息子を危険な目に遭わせたくないのが親心だ。
だが、その由美の腕を、翔太の太くて温かい手がそっと解いた。
「翔太……?」
「母ちゃん、ごめん」
翔太はゆっくりと立ち上がった。
その目は、十二歳の怯えた子供の目じゃなかった。
「俺、その体の中でずっと見てたんだ。切り刻まれて、パーツにされていくスラムの子どもたちを。……あんな思い、もう誰にもさせたくねえよ」
二十歳のSランクの肉体が、ギリッと拳を握りしめる。
その背中は、俺が教えた『スラムで生き抜くための喧嘩の型』を、すでに完璧に構えていた。
「……バカ野郎。お前がそんなツラしちまったら、親父が逃げるわけにはいかねえだろ」
俺はニヤリと笑い、痛む足にムチを打って立ち上がった。
由美もふっと息を吐き、諦めたように笑って軍用短刀をブーツに差し込む。
「源寺。付き合わせちまって悪ィな」
「今更何言ってんだよ。エリート様が置いていったその端末があれば、アリスの防衛システムを中から食い破れる。大暴れするには最高のオモチャだぜ」
源寺が巨大なスパナを肩に担ぎ、ニヤリと牙を剥いた。
俺たちは、重たい鉄扉をゆっくりと開けた。
眩しい朝の光と、埃っぽいスラムの風が俺たちを包み込む。
俺たちの戦いは、終わってなんかいねえ。
巨大なシステムを底辺からひっくり返す、本当の『反撃』は、今ここから始まるんだ。
「行くぞッ!!」
俺たちは泥まみれの足で、光の中へ駆け出した。
【公式主題歌】
https://youtu.be/ydKPkupCLZs
【TikTok】
https://www.tiktok.com/@kazuki6400/video/7603374682347146512?is_from_webapp=1&sender_device=pc&web_id=7588754456154867221
―完―
kazuki64




