第10.5話 観測―命を拾う
第10話と第11話の間の、短い話です。
戦闘開始と同時刻、司令室で戦況を見守る副司令とアリサの会話を描きました。
読み飛ばしても、本編には影響ありません。
司令室
モニターの青白い光が、薄暗い室内を照らしていた。
「副司令、部隊、接敵しました。戦闘状態に入ります」
「そうか。玲は前に出ていないか?」
「副官が先に注意しました。ほんと、よく気が付きますよね」
画面を見ながら、アリサが何気なく話す。
「敵の動きは?」
「俯瞰センサー展開済みです。モニター出します」
二人の前のモニターに、戦闘の全体図が映った。
「ノイズは多少入りますが、ほぼリアルタイムの状況です」
「街を破壊しない利点だな」
「電波塔とかを最初に破壊するのがセオリーだと、学校では教わりますけど……」
「まあ、その方が手っ取り早い。しかし、私はそのやり方を好かん」
「はぁ……」
気のない返事をするアリサ。
「納得できないようだな」
「パイロットの安全を考えると、やはり通信を潰す方がいいかと思います。援軍を呼ばれたり、ゲリラ戦を仕掛けられるかもしれません」
アリサは椅子を回転させ、後ろに立つ副司令をまっすぐ見つめた。
「民間人がまだ残っている可能性がある。可能性がある以上、街を破壊すべきではない」
「それだけ……ですか?」
アリサは目を逸らさない。
「今は戦時で、玲は兵士だ。こういう言い方は良くないが、人殺しをさせたくない」
一拍。
「そういう戦い方を教えてきた」
「それなら納得です」
アリサは再びくるりと椅子を回し、画面に向き直る。
「敵も撃てないようですね。照準は合わせていますが、ロックをかけていません」
「先に撃った方が、市街地戦を始める事になる」
市街地戦という言葉に、室内が静かになった。
「あれ?」
「どうした?」
「ここを見てください」
アリサが画面を拡大し、カーソルで丸く囲む。
「僅かですが、熱源です。人?でも……弱い……なんだろ」
「いや、これは人だ。動きからして逃げ遅れだろう。犬も居るようだ」
画面に近づいて確認する副司令。
「えっ? そこまでわかるんですか?」
身を乗り出して画面を見るアリサ。肩を並べて、同じ場所を見る二人。
「今の見たか?小さい熱源が、大きい方の周りを回っているように見える」
「確かに……」
「……重なった。多分、小型犬だ。熱源が減って見えるのは、抱き上げたからだな」
アリサは、横に立つ副司令を見た。
「どうしたら、そういうの分かるようになるんですか?」
「命を拾うんだ。ひとつとしてこぼしてはならない」
アリサは姿勢を正した。
「命を拾う……」
「市街地戦には、必ず民間人がいる。僅かな見逃しが、民間人の死に繋がる。それだけは避けなければならない」
アリサが頷く。
「このままでは、射線に被るな」
「大丈夫です」
椅子に座り直し、端末を叩く。
「C.A.R.E.が静かです。玲も気がついている証拠です」
「念の為、パイロットに伝えますか?」
「いや、動きが緩やかだ。准尉の言う通り、気がついていると見るべきだ」
一拍。
副司令の視線が、ゆっくりと横を向く。
「油断したな」
「えっ?」
何かに気がついて、アリサは自分の口を押さえた。
「……玲、と言ったな」
「い、言ってません」
「聞こえた」
「……言いました」
観念して肩を落とすアリサ。副司令は立ったまま、腕を組んだ。
「黒羽准尉を名前で呼ぶ者は、そう多くない。どういう関係だ」
「友人です」
即答だった。アリサは背筋を伸ばし、まっすぐ副司令を見る。
「隠していたわけではありません。ただ、聞かれませんでしたので」
「……そうか。玲からは何も聞いていない」
「あの子は、自分のことをあまり話しませんから」
副司令が小さく息を吐く。怒っている様子はなかった。
「君を私の元へ推したのはカールだ。そういう意味か」
「はい。大佐には、かなり前から推薦していただいていたようです」
「かなり前から?」
「玲と一緒に、大佐のご自宅へお邪魔していましたから。もう何年になるでしょう」
「他には」
「他、ですか?」
「玲の周りに、私の知らない人間がどれだけいるのか、知っておきたい」
アリサは少し考え、観念したように続けた。
「副長の奥さん……リーゼさんとは、少女の頃からです」
「ハンスの嫁と? ハンスは知っているのか」
「いえ、知りません。リーゼさんが、周りの男どもには内緒よ、って。私たちにとっては、お姉さんみたいな人ですから」
「なるほど」
副司令は顎に手を当てた。
「カールは何も言っていなかったがな」
その言葉に、アリサが立ち上がり、すっと表情を作る。腰に手を当て、眉を吊り上げ、声を一段低くした。
「娘の友人くらい、知っていなきゃダメでしょう」
一拍の沈黙。
副司令が、吹き出した。
「似ている。……玲だ、今のは」
「毎日聞いていますから」
「くく……いや、すまん。確かに、あの子なら言いそうだ」
肩を揺らして笑う副司令を、アリサは呆気に取られて見つめた。この人が声を立てて笑うのを、初めて見た。
笑いが収まると、副司令は目尻を押さえて問いを重ねる。
「リーゼとは、いつからだ」
「十二歳の頃です。格納庫へ向かう途中、玲と服の……その、下着の話をしていまして」
「下着……」
「そろそろ買わないとって私が母親に言われたので、玲と話してたんです。玲も私もまだ着けて無かったので。そうしたら、副長に届け物をしに来ていたリーゼさんに、たまたま聞かれてしまって」
「確かに、そういった話なら、我々が知らなくても当然か……」
思い出して、アリサの頬が緩む。
「『それなら、私が一緒に行ってあげる』って。そのまま買い物に連れて行ってもらって……だから、相当長いです」
「十二歳から、か」
「そうですね。女子的な悩みは、リーゼさんが全て、解決してくれました」
「納得だな」
副司令はしばらく黙っていた。画面の青白い光が、その横顔を静かに照らす。
「……私は、玲が格納庫にばかりいると思っていた」
「いましたよ。でも、それだけじゃなかったんです」
アリサは穏やかに言った。
「玲には、ちゃんと居場所がたくさんあります。言わないだけで、お兄ちゃんもお姉さんも、弟だっているんですから」
副司令は何か言いかけたが、やめた。
代わりに、目元がふっと和らぐ。
「そうか。……ならば、君もその一つだな、准尉」
「えっ」
「友人なら、遠慮はいらん。玲のことは、これからも名前で呼べ。公の場以外ならな」
「それは……」
「私に対しても、肩の力を抜いて構わん」
何かを思い出したように、付け加える。
「エリオットも、お兄ちゃんと呼ばれるのは、嬉しいらしいぞ」
アリサは目をぱちくりさせ、それから、はにかむように笑った。
「では、その、考えておきます」
「ああ。急がん」
モニターの中で、玲機のC.A.R.E.が再び反応を示す。二人は同時に、画面へ視線を戻した。
先ほどまでの張りつめた沈黙とは違う。
肩を並べる空気が、わずかに温かかった。
本編の雰囲気にあわない、こういう話が、幾つかありますので、タイミングを見てアップしたいと思います。
アップのタイミングがわかるように、ブックマークをして貰えると嬉しいです。
―ブックマークと評価、お待ちしています―




