史上最年少のAランク冒険者
烏は寂しげに鳴いていて、影は段々と伸び始めていたが、空はまだ青かった。雲一つない晴天は、ジリジリとこの街を焦がしている。
「らっしゃい、らっしゃい!今日も新鮮な食材を仕入れてるぜ!商売始めて30年!うまいもんなら勢ぞろい!ぜひともウチの店へお立ち寄りを!」
「この暑い夏にピッタリの南国もの、大切な日にビシリと決め込む黒スーツ、いざというとき身を守る鋼鉄製の甲冑まで!服のことならお任せを!」
「すげえもんが手に入ったぜ!なんと、かの有名な『七大名工』の一人、アリオトが製作したとされる伝説級風属性魔法具だ!今ならまけにまけて、なんと2000シルド!さぁ買った買った!」
溢れんばかりの活気と人混み
行けども行けども見えるのは、木造の建物ばかり
商店が立ち並ぶ灼熱の道を、その少年は静かに歩いていた。
「お、兄ちゃん。いい剣持ってるねえ。冒険者を目指してるのかい?よかったらこれ、買って行かないか?今ならお安くしておくよ。」
人混みが苦手で下を向いていた少年は、武器屋に尋ねられおもむろに顔を上げる。武器屋は三、四十歳くらいだろうか。左目には大きな傷跡もある。
「…いや、僕の相棒はこいつだけなんで。」
そう言うと少年は、腰に掛けた鞘から刀身が二、三センチほど見えるくらいに剣を抜く。ギラリと輝くその刃は、太陽に反射し光となって武器屋に届く。
「そうかい、残念だねえ…。またとないチャンスなのに。」
武器屋は一瞬口惜しそうにしたが、数秒後には商人の顔に戻っており、別の客に絵に描いたような作り笑顔で揉手していた。
「贋作にしては結構よく出来てたな…。」
少年はふとそう漏らしたが、人波に押されその声は誰にも聞こえない。そうして少年は、ごった返す人々の群れへ溶けていった。
商人たちの声が飛び交う要塞都市「テュポン」。
石造りの巨大な壁にぐるりと囲まれたこの街は、敵国の弓矢や大砲は勿論、Aランク指定の魔物、エンペラードラゴンの炎すら通さないと言われている。
テュポンはオリュンポス王国の政治の中枢を担う大都市であるとともに、世界の頂を目指す冒険者の巣窟、「冒険者ギルド」の総本部が建てられている街でもある。
テュポンの冒険者ギルド。元は一つの小さな小屋から始まったこのギルドが、いまやすべての冒険者の憧れである場所にまで成長したのには、明確な理由がある。
世界最大級ダンジョン「オルトロス」の出現である。
ダンジョンとは、世界各地に不規則不定期に出現する、あらゆる点で特殊な性質を持った地形のことである。ダンジョンは一般に頑丈な岩石で出来ており、一見変哲のない横穴のような形状をしている。しかし、その本質は全くもって異常なのだ。
まずは、ダンジョンからは常に魔物が出現し続けるという点。魔力濃度が地上の数倍〜数百倍高いダンジョン内では、魔力を糧に発生、成長する「モンスター」が存在する。このモンスターは常に数を増やし続けるので、放っておくと、いずれ行き場をなくしたモンスターは地上に這い上がる。そして最悪の場合、地上での蹂躙が始まってしまうのだ。
こうした事態を防ぐべく、ダンジョンの近隣には、魔物討伐を専門職とする冒険者の溜まり場、「ギルド」が、ダンジョンの大きさに応じて置かれる。
オルトロスは、世界を見渡しても一、ニを争うほどの超巨大ダンジョンのため、冒険者ギルドも必然的に巨大化した。
また、ダンジョン独自の特性はもう一つある。ダンジョンの最深部に存在する「ボスモンスター」を倒すと、ダンジョンは自然消滅するという点だ。
ダンジョンでは内部奥深くに進むにつれ、魔力濃度も高くなり、そのぶん階層に棲むモンスターの脅威度も増す。さらに、大きなダンジョンほどその深度も増し、潜むモンスターも桁違いに強くなる。
そのダンジョンの最深部、最も魔力濃度の高い場所に発生するのが、最恐の存在、ボスモンスターなのだ。
ちなみに、このダンジョン「オルトロス」は、これまでの傾向から全百層で構成されているのではないかと言われている。平均的なダンジョンは約十階層で構成されていることから、その異常さがよく分かるだろう。
この巨大ダンジョン「オルトロス」にある無限の夢を求め、衝動にかられ血に飢えた冒険者達の住処。それがこのティポンの街の冒険者ギルドである。
その冒険者ギルドに、一人の少年が足を踏み入れようとしていた。
鋼鉄製の扉を、僕はしばらく眺めていた。いかにも重厚そうなその門は、一人一人、来る者を品定めしているようで、僕は少し怖気づく。
世界各地に存在する冒険者ギルド。この世界の夢の結晶。その総本部であるテュポンの冒険者ギルドを前に、僕は立っている。その事実が、ここまで来てしまったという、恐怖交じりの好奇心をかきたてている。
あれ以来、僕は何も信じずここまできた。自分一人の力で、確かに、強く強く強くなった。
もう止まってはいられない。止まることは許されない。それが、僕自身に課せられた罪だと、自覚している。
ギィィィ
扉を開け、ギルドの中へ足を踏み入れる。その途端に、ギルドで酒を飲み、モンスターの情報を共有し、愚痴を言い合っていた大男たちの視線は僕のほうへ向き、そしてそれはすぐに冷ややかなものに変わる。
これはいつもの反応だ。まあ、暑苦しい屈強な男どもが集まる空間に、突然僕みたいな未成年が足を踏み入れたら、誰だってこんな反応をするんだろう。
普段ならば、慣れたように悠々と歩き出すのだが、このギルドは、その冷ややかな視線の数が段違いだった。
流石に冒険者ギルドの総本部というべきなのだろうか。今感じているだけでも、その視線は数百はある気がする。
僕は扉を閉じるついでに軽く深呼吸をし、息を整えると、ダンジョン探索のためのギルド受付へと歩みを進める。
「おい、お前…。」
と、声をかけられたのは、入口から三歩ほど進んだところだった。
「お前、ここがどこだか分かってんのか?あぁ?ここは、俺らのような力自慢が集まる『冒険者ギルド』だぞ。しかもここ、テュポンは世界屈指の実力者しか入れねえ、冒険者ギルドの総本部だ。知ってんのか?」
僕は目の前にたつ大男をじっくりと眺める。筋骨隆々の右手にはこれまた大きなジョッキを持っており、頬はだいぶ赤い。口からは鼻孔を突く異臭を感じる。
─こりゃ相当酔ってるな。
と思いつつ、僕は言う。
「すみません、どいてもらえませんか。」
「なんだとてめぇ!ははぁ…さてはお前、寝ぼけてこことあそことを間違えてんじゃねえのか?ほら。」
そういって大男は道の反対側にある古びた孤児院を指し、どっと笑いが起きる。
「こりゃ傑作だぜ!」
「兄ちゃん、ここにシスターはいねえぞう!」
それに気をよくしたのか、大男の方も、
「ほら、かわいい坊やのお帰りだあ!みんなで迎えてやれえ!さぁ、帰った帰っ…」
「退けよ」
僕は大男を一瞥し、軽く場を威圧すると、笑っていた冒険者は全員静まりかえった。
威勢の良かった大男の方も、急に顔を引きつらせてピクリとも動かなくなってしまったので、軽く小突くと、ズルズルと膝を地につけた。
僕は、そのまま冒険者達を横目に歩き続けると、ギルドの受付嬢に声をかける。
「ダンジョン探索の許可証が欲しいのですが…。」
「あ、は、はい。かしこまりました。年齢を確認させていただいてもよろしいですか?」
「十四です。」
「申し訳ありません。未成年のダンジョン探索は原則として禁止されているんです。冒険者ライセンス等、何か特別な認可証はお持ちではないですか?」
冒険者ライセンス。一定の条件を収めた冒険者に与えられる、一人前の冒険者の証だ。ライセンスを持っていなくても冒険者を名乗ること自体は可能なのだが、持っているといろいろと役立つ。このダンジョン探索の許可証を発行できるのも、その効力の一つである。
また、冒険者の実力を格付けする冒険者ランクというものも存在する。
冒険者ランクはF〜Sランクまで存在し、とある特定の規定をクリアすると、そのランクは昇格する。その規定について話すには、まず魔物の脅威度の分類について詳しく話さなくてはならない。
ダンジョン内に出現する魔物の脅威度は、冒険者と同じようにF〜Sランクによって括られている。Fランクに指定されているのはスライムやゴブリン等、弱いモンスターばかりだが、Bランクの魔物となるとダンジョンボスと呼ばれる強力なモンスターばかり。最高ランクのSランクともなると、その存在すら怪しいような伝説級の魔物がほとんどである。冒険者ランクに関する規定には、この魔物の脅威度が深く関わってくる。
冒険者ランクの昇格には、現在の冒険者ランクと同レベルの魔物30体、もしくは一つ上のレベルの魔物3体の討伐という条件がある。
具体的な例を上げると、Dランクの冒険者がCランクに昇格するには、Dランクの魔物30体、またはCランクの魔物3体の討伐経験が必須だということだ。
また、冒険者最高ランク、Sランクの認定には、これとは別にもう一つ条件がある。
ダンジョンの完全制覇である。
世界中に約50存在するダンジョン。これまでに、ボスモンスターが倒され、最深部まで完全制覇されたダンジョンは6つあり、それぞれ完全制覇を達成した5人の冒険者にSランクの称号が与えられた。
しかし、Sランク達成者が現れたのは直近で30年以上前のため、もはやその存在は噂程度に囁かれる、いわば伝説のようなものなのだ。
そのため現在では、Sランクの一つ下、Aランクの冒険者が、魔物退治に関する活動の筆頭となる存在となっている。
「冒険者ライセンスなら持ってます。」
僕はそう言うと、受付嬢にカード型のライセンスを手渡す。
「ありがとうございます。ご確認させていただきます。アーシュ・マイヤー様。ご年齢は十四歳、冒険者ランクは…Aランクですね。」
一瞬の空白、そしてどよめき。
その瞬間、確かにギルドに動揺が走った。
「はあ!?」
「え、Aランク!?あの坊主がか!?」
「おいおい、流石に冗談だよな?」
「あいつがリッターさんと同じAランクなんて、んな馬鹿な話あるかよ!」
「嘘に決まってらあ!」
「そうだそうだ!」
目の前の光景がとても信じられず、ぽかんと大口を開く者
動揺が隠せずアーシュに詰め寄る者
そんな馬鹿なとアーシュを嘲り笑う者
気づけばギルドは、アーシュが足を踏み入れたときと同じくらいの盛り上がりを見せていた。
史上最年少のAランク冒険者の登場によって




