7話 終結
「いのり様。」
「あら、シアン。今日は遅かったわね。」
「……、私にも、向こうで仕事がありますから。」
「ロマも融通が効かないわね。私が言うんだからずっと私とクリアワールドに住めばいいのよ。」
「……魔道士は貴重ですから。」
あれから、シアンはいのりと共にクレイジーランドへ戻った。女王の体を手土産に。事の顛末を話すと、ロマは大層喜んだ。当然だ。今のいのりは女王の存在を超越した上位存在。しかも女王の体が空いたのだから、研究なり召喚なり自由に使える。
いのりは女王の体を無条件に引き渡す代わりに、自分がクリアワールドで暮らすことを提示した。勿論ロマは二つ返事で飲んだ。ロマは元々女王復活で宰相である自分の地位が揺らぐことを懸念していた。
だから、その女王が隠居してくれるなら願ってもない話なのだ。
「あなたもこっちに来なさい。お茶でも飲みなさいよ。」
「はい。」
シアンが座ると、いのりがクレイジーランドから呼び寄せたメイドがシアンの分のお茶を入れる。
「クリアワールドには私の舌に合う食料が沢山あるけど、作ってる人間はみんな殺しちゃったのよね。こんなことなら少しは残しておけば良かったかしら。」
シアンの耳にいのりの話は入っていない。シアンの目線は、いのりの胸元のペンダント一点に向いている。
「いのり様、ペンダント、外さないのですか?」
「何度も言わせないで。これはいいの。」
いのりは愛おしそうにペンダントに触れる。
まるで、それがなければ困るかのように。
「いのり様であればもっと高価なものがお似合いかと……。」
「これがいいのよ。」
「……失礼しました。」
いのりは頑なにペンダントを外そうとしなかった。あの時も。
───────。
「素晴らしい!いのり様。完璧です!あなたがこの世界に来てくださってよかった。」
「ありがとう、ロマ。」
クリアワールドを滅ぼした後、クレイジーランドに戻ったらいのり達をロマが待っていた。
「こうなればクレイジーランドの全ては正式にいのり様のもの。全てはあなたの思い通り。ひいては、この世界の秘宝、竜の眼などを着飾ってみては?そんな安っぽいペンダントなどではなく────。」
ロマが手を伸ばそうとした瞬間、ロマの手からバチバチと光が飛び散り、皮膚は焼けただれた。
「これでいいのよ。お気遣いなさらず。」
「……承知しました。」
ロマの顔は歪んでいたが、圧倒的為政者の力の前にほくそ笑み、喜びを隠しきれていなかった。
───────。
(ペンダントを取り上げれば、いのり様の魂を揺さぶれる。上手く行けば女王の魂との分離も──────。)
しかし、それはしなかった。自分が今まで見てきた人間たちのように消し炭になるのでは、そう思うと動けなかった。
「失礼、お手洗いに立たせていただきます。」
「お茶が冷めないうちにね。」
いのりはひらひらと手を振ってシアンを送る。
シアンはトイレには行かず、庭に向かいベンチに腰を下ろした。
(いのり様──────。)
シアンは見目がよく、女性に困らなかった経験からいのりを陥れた。ちょっと引っ込んでもらうだけだ、殺したくて殺す訳じゃない。
シアンはそうやって女王復活のために人を殺してきた時のように、そう言い訳した。
だが、いのりはなかなか壊れなかった。少なくとも、シアンが見た限りは。クレイジーランドで魔物を虐殺した時は、計画通りいのりの精神が壊れたかと思った。
しかし、クリアワールドの視察に行った時はそれまでのいのりのままだった。いのりの人格が安定しなかったのは、今思えば女王の魂との同化が安定しなかったからだろう。
(じゃあ、なんで──────。)
クリアワールドでシアンが跳ね飛ばされた時、いのりは刺そうとした。燃やそうとしたのではなく、ナイフを向けようとしたのだ。何故かと思ったが、シアンはひとつの仮説にたどり着いた。
(いのり様は、自分を刺そうとしていたのかもしれない───────。)
自我が安定しない中、いのりは自分の異常性に気づいているふしがあった。自分が自分でなくなる前に、これ以上人を殺したくない、そう思って始末をつけようとしたのかもしれない。
もう、全て遅い話ではあるが。
(でも、1番馬鹿なのは俺だ──────。)
シアンはいのりの元に戻った。
「遅かったわね。お茶冷めてたから入れ直させたわよ。」
「……ありがとうございます。」
シアンはいのりを愛していながら、今のいのりも手放せなかった。生き残ることに必死だった今までの生で、いのりは全ての害を排除して温かく包み込むのだ。親からもそんな扱いをされなかったシアンは、この歪んだ微睡みを手放せなかった。
(俺はシアン。いのり様のお気に入り。それでいい。)
シアンは恐らく本来のいのりの魂を取り戻そうとはしない。シアンはこの先堅牢な鳥籠の中で、豊かな餌を与えられ飢えることなく死んでいくのだ。
それが今のいのりの愛。真実を語るのはいのりの手のひらか、胸のペンダントか────────。




