第23話「神託で繋がる」
「アリアに、伝えるしかない」
俺は管理層のダッシュボードの前で、独り言を続けていた。
ヴェルノス専用のメトリクスと、フィオナのノートを突き合わせた結果、ある事実が確定していた。次の復活時、ヴェルノスは過去最大の魔力を集めて出現する。彼自身の躊躇は強まっているが、地上から吸い上げる力の量は逆に増えている。
矛盾しているようで、していなかった。
ヴェルノスは「動きたくない」と感じている。だから起動を遅らせ、出力を抑える。でも、起動そのものは設計上止められない。動きたくない分、起動に必要なエネルギーが足りなくなる。足りないからこそ、地上から余分にかき集める。
結果として、次に出現するヴェルノスは、たぶん過去で最も強い。
その魔王に挑むのは、アリアたちだ。
彼女に伝えなければならない。「いま戦っている相手は、世界を終わらせる装置です。倒せたら、世界は続きます。倒せなければ、世界は終わります」と。
でも、それを伝えると、彼女の戦いの意味が変わってしまう。
「ノード」
「はい」
「俺は、彼女に重荷を背負わせていいんだろうか」
ノードがしばらく黙った。
「悠真さん。知らないままでいることと、知って戦うことと、どちらが優しいでしょうか」
「……お前が言うか、それを」
「えーと……すみません、生意気でした」
「いや、その通りだ」
俺は深呼吸をした。
前の世界でも、運用の現場で似た話があった。重大事象が起きたとき、利用者にすべてを伝えるか、当たり障りのないアナウンスで済ませるか。前の世界では、それを情報開示と呼んでいた。たいてい、正直に伝えた方が利用者は強い。何を選ぶかは利用者が決めることだ。
隠した方が短期的には穏やかに見える。でも、隠したことは、たいてい後で別の形で漏れる。漏れたときの不信感は、最初から伝えた場合の動揺よりも、ずっと長く尾を引く。これも前の世界で、何度か身をもって学んだ。
俺は、ヴェルノスのデータをまとめ始めた。送信内容を、何度か推敲した。技術用語は最小限。彼女が剣を握る判断に必要な情報だけを、削ぎ落として並べる。
* * *
南部の神殿。
リーゼルが祈りの杖を握っていた。先端の鈴が、規則正しい間隔で鳴っていた。最近の神託は、ノイズも乱れもない。
その鈴の音が、急に止んだ。
代わりに、別の音色で鳴り始めた。
「……あっ」
リーゼルが目を開けた。隣で控えていたアリアが、心配そうに顔を覗き込んだ。
「リーゼル、どうしたの」
「……神様から、長い、お話が、来てる」
「長い?」
「いつもより、ずっと。たぶん、あの人——世界を直してくれてるあの人から、アリアさんに向けて」
アリアが息を呑んだ。
いつだったか、あの夜、神殿で泣きながら受け取った神託。「この世界は壊れかけている。でも、俺はそれを直そうとしている」。あの言葉が、彼女の中で消えずに残っていた。あの人が、今度は何を伝えに来るのか。
「読み上げて」
「うん」
リーゼルが目を閉じた。
声が、彼女のものでありながら、別の誰かのもののように、淡々と続いた。
* * *
『勇者アリア・ヴェルダンへ』
『俺は世界を直そうとしている者だ。前にも一度、メッセージを送った。今日は、あなたに知ってほしいことがある』
『あなたが戦っている敵、魔王ヴェルノス。あれは、世界を壊そうとして動いている存在ではない。この世界を作った神が、世界がまだ続けていけるかを定期的に確かめるために、組み込んだ仕掛けだ』
『勇者が魔王を倒すたびに、世界は「まだ続けていい」と判じられる。倒せなかったら、「もう終わりにする」と判じられ、世界は閉じる。あなたの戦いは、世界の存続そのものを決めている』
『これを伝えるべきか、ずっと悩んだ。知らないままの方が楽だと思った。でも、あなたは、知って戦う方が強い人だと、俺は判断した』
『次のヴェルノス戦は、たぶん過去で最も激しくなる。あれは「動きたくない」と感じていて、起動に余分な力が必要だからだ。地上からも、力を吸い上げてくる。フィオナのノートの「吸われる感覚」はその兆候だ』
『あなたは、ひとりで戦っているわけじゃない。俺は管理層からヴェルノスを観測している。フィオナのノートを通して、地上の異変も見えるようになった。次の戦いの前に、データを送る。あなたが必要だと思うところを使ってくれ』
『ひとつだけ、付け加えたい。あなたが何度も剣を振ってきたから、世界はここまで続いた。装置の判定だとしても、判定したのはあなただ。それは間違いない』
『ユーマ』
* * *
リーゼルが目を開けた。
神殿は静まり返っていた。アリアは、立ったまま動かなかった。リーゼルが心配そうに見上げた。
「……アリアさん?」
アリアの目から、涙が一筋だけ落ちた。それから、彼女はゆっくりと、深く、息を吐いた。
「そう、なんだ」
「……うん」
「私の剣が、ずっと、判定だったんだ」
「うん」
「魔王は、世界を終わらせる装置で、私が倒すたびに、世界は『続けていい』って言ってもらえてたんだ」
「うん」
アリアは天井を見上げた。神殿の高い天井に描かれた、創世神エルディアスの絵を見た。
彼女の表情は、しばらく、整理がついていないように見えた。怒っているのか、悲しんでいるのか、それとも何かを受け入れようとしているのか。リーゼルにも、たぶん本人にも、わからなかった。
長い沈黙の後、アリアが小さく言った。
「ねえ、リーゼル」
「うん」
「神様——あの人に、返事を伝えてくれる?」
「うん。なんて?」
アリアは少し笑った。泣き笑いのような表情だった。
「『教えてくれて、ありがとう』」
「うん」
「『私の剣の意味が、はじめてわかった』」
「うん」
「『次の魔王、絶対に倒すから、安心して』」
リーゼルが鈴を鳴らした。神殿に、澄んだ音が響いた。
* * *
「悠真さん。アリア様からの返事です」
ノードが管理層のアーカイブから、祈祷ログを読み上げた。
『教えてくれて、ありがとう。私の剣の意味が、はじめてわかった。次の魔王、絶対に倒すから、安心して』
俺は、しばらく画面の前で動かなかった。
彼女は怒らなかった。混乱もしなかった。重荷を投げ返してもこなかった。重荷を受け取って、それを剣の柄を握る力に変えていた。
前の世界で、こういう人を何人か見てきた。重い事実を伝えると、押しつぶされる人もいる。動けなくなる人もいる。でも、稀に、その重さを「もう一段強くなる理由」に変える人がいる。
アリアは、その稀な人だ。
「ノード」
「はい」
「次の戦闘までに、地上に送るデータをまとめる。ヴェルノスの躊躇度、出力の癖、地上から吸う魔力のタイミング、配下の生成パターン。アリアたちが戦うのに必要なものを、ぜんぶ」
「えーと……ぜんぶ、ですか」
「ぜんぶだ。あの人は、隠されることより、知らされることを望む」
ノードが小さくうなずいた。
「えーと……それと、悠真さん」
「なんだ」
「アリア様の返事、最後にもう一文ありました。リーゼル様が読み忘れていたみたいで、さっき追加で届きました」
ノードが、ゆっくり読み上げた。
『あなたも、ひとりじゃない。私たちも、あなたを支えてる』
俺は、何も言わなかった。
ダッシュボードに目を戻して、ヴェルノス専用の画面と、地上のフィオナのノートの画面を、左右に並べた。両側の数字が、同じリズムで動いていた。
管理層から地上を見る目と、地上から世界を見る目が、いまここで揃った。前の世界でも、同じものを別の場所から見ている人間どうしが、データを突き合わせた瞬間に、それまで誰にも見えなかった構造が一気に立ち上がる、ということがあった。一人では見えないものが、二人になると見えてくる。それは、観測の倍率が上がるという以上の意味を持っている。
次の復活まで、あと10日。
俺たちは、世界を挟んで、繋がっていた。
お読みいただきありがとうございます。
【今回のIT用語】
情報開示:システムに重大な事象が発生したとき、利用者にどこまで情報を伝えるかは、運用上の重要な判断です。隠した方が短期的には混乱が少ないように見えますが、長期的には信頼を失います。前の世界(現実のSRE)でも、原則として「正直に、わかっている範囲を伝える」のがベストプラクティスです。本作の悠真も、アリアに事実を伝える選択をしました。
ステークホルダー間の認識統一:プロジェクトや運用で「同じ事実を、関係者全員が共有している状態」を作ることを指します。悠真と地上のアリア・フィオナが同じデータを見ている状態こそ、SREの言う「Single Source of Truth(信頼できる単一の情報源)」の到達点です。世界を挟んで、ようやくその状態になりました。
次話「迷う装置」もよろしくお願いします。
感想・ブックマークいただけると励みになります。




