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51 一階層二区へようこそ!

 転移したと分かったのは室内の様子が違ったから、というのもあるが、一瞬浮いたような感覚があったからだ。

 

 恐る恐る目を開くと、先ほどとは違う、赤色煉瓦造りの部屋の中にいた。


 こ、これがワープ⋯⋯!!

 火を出し重量を変えられる剣を手に入れたばかりでなく、ワープまでできるだなんて、間違いなくラッキーデーだ。


 だが、俺が呼ばれたのはゴブリンの不審死の件があったからだ。

 そう喜んでるわけにはいかないか、と俺は浮つく心を何とか落ち着ける。

 

 変わらぬテンションのテラに案内され、俺たちは二区へとやってきた。


 現場となったのは、雑居房からは少し離れた通路のようだ。

 近づくにつれ鑑識課らしき職員の姿が見えてきた。

 職員たちの人だかりの中心にソレはあった。


 ゴブリンの不審死⋯⋯事前に分かってたはずなのに、実際に目にした時の衝撃は凄まじいものだった。

 充満する腐臭。

 思わず口を押さえ、もう一方の手で壁を付き、出かかったもの何とか押し込める。

 じわじわと冷たい唾が口内に溢れる。


「これは⋯⋯悲惨ですね。一体何故ゴブリンたちが⋯⋯」


  室町さんもその惨状を目にして眉を顰める。

 ゴブリンたちの死に方は明らかに普通ではなかった。

 泡を吹き、苦しそうに顔を歪め、手を伸ばしたまま硬直していた個体もあった。

 だというのにそこに戦闘の跡⋯⋯傷や血は一切見られなかった。

 あるとすれば、喉を抑えた拍子に自らの爪で付いた引っ掻き傷くらいだろうか。

 ともかく、只事ではない。


 その時だった。


「君が西条くんだね」


 前方から藤色の着物を羽織った職員が近づいてきた。

 何となくだが、この人がテラの言っていた看守長なのだろうなと予想する。


「ようこそ一階層へ。突然呼び出した挙句、君に出向いてもらうことになり申し訳ないね。私は一階層看守長の李岳だ」


 やはり。

 俺は体を起こして李岳さんに挨拶した。

 すると、李岳さんは袂から黒い麻布のハンカチを取り出して俺に差し出してくる。


「君にはかなり刺激の強いものだったろう。モンスターの腐臭は人体にあまり良くないから、良ければ使って欲しい」


 俺が吐きかけたところを見ていたようだ。

 李岳さんが気づかってくれる。


「いえ、離れて少し治まってきましたし、大丈夫です。ありがとうございます」


 強がりなどではなく、本当にマシになっていたのでありがたくお断りした。

 李岳さん、良い人だな。


「もし何かあればすぐに伝えるんだよ。うちの長官補佐から聞いているかもしれないけれど、一階層では体調不良者が相次いでいるから」


 つい先ほどテラから聞いたばかりだったが、体調不良者が出ているというのは本当のようだ。

 

「何か原因はあるんですか? 風邪や感染病が流行ってるとか」

「いや、そういった類のものではないようだね。医療部の検査でも原因は不明で、処方のしようもなく、不甲斐ないばかりだよ」


 「ただ⋯⋯」と李岳さんは続ける。

 どうやら思い当たるところがあるらしい。

 尋ねてみようと口を開いた時、死体のある方から見覚えのある人がやってくる。


「来たか」


 赤い腕章に青みがかった黒髪——橋雪さんだった。


 橋雪さんまで来てたのか! っと思ったが、俺が呼ばれているくらいなのだから、橋雪さんがいるのは当然かと思い直す。

 

「室町、伝達ご苦労だった」

「いえ、とんでもありません」


 恐縮したように首を振る室町さんに頷き返し、橋雪さんが合流すると、李岳さんは俺たちを一階層へ招集した理由について詳細を語ってくれた。

 

「⋯⋯つまり、俺たちを呼んだのは、フィリエスさんの一件に深く関わってるから⋯⋯ってことですか?」

「その通りだよ。重要な参考人になるかもしれないと思ってね。特に、他階層の職員である君たちに見てもらうことで新たな視点を得られるかもしれないからね」


 と李岳さんは言うが、その理由なら別に俺でなく、橋雪さんだけでも良かったのではないだろうか。

 一連の事件を解決したのは橋雪さんやフィンセントさん、アイロア長官たちによるものが大きい。

 特に、こういう事件の推理や捜査となれば間違いなく俺は役に立たない。

 推理小説とかそういう系のアニメでも一度も犯人当てたことないし⋯⋯。


 それに、あの事件と今回の体調不良や不審死の件では全く違う。

 大した参考になるとは思えないが⋯⋯。


 と俺が消極的に考えている中、対する橋雪さんは物凄く険しい顔をして李岳さんの話を聞いていた。 

 いや、橋雪さんの顔が険しいのはいつもの事なのだが、いつにも増してというか、三割増しくらいで眉間に皺が寄って、口が見事にへの字に曲がっている。

 何だか橋雪さんが全部解決してくれそうな勢いだ。

 今の内にこっそり退散すればバレない説はある。

 だがその目論見は秒で灰となって消える。


「これから現場をじっくり見てもらいたい。西条君、君にも、無理のない範囲で頼めるかな?」


 名指しで言われてしまっては断ることもできない。


「大丈夫です!」


 俺は再びゴブリンたちの死体を見る覚悟を決めた。

 いや、やっぱ無理かも⋯⋯。

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