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52 映らぬ死体

 改めて見ると、凄い惨状だ⋯⋯。

 意気込んだは良いものの、物の数秒で腐臭に耐えられず李岳さんにハンカチを借りることになった。

 なんて情けない。


「ゴブリンはいつからこの状態だった?」

「恐らくは三十分程。死体の状態を考えるとさらに長い可能性も捨てきれないかな」

「三十分⋯⋯ですか? それほどの間、誰も死体に気づかなかったのですか?」


 室町さんの疑問は当然だ。

 俺はハンカチで鼻を覆いながら上の方へ目線をやる。

 そこには監視カメラがあった。

 階層の通路を映す重要なディオスガルグの警備システムの一つ。

 位置を考えてもゴブリンたちは間違いなくカメラの視界に収まっているはずだった。 

 特に、フィリエスさんの件があって以降は一階層でも首振り式が採用されているようで、この通路は三十メートル先の曲がり角付近までしっかりと映っているはずだ。

 監視カメラは常時警備部職員によってチェックされているはずだし、そんなに長い間気づかないなんてことがあり得るのか?

 一階層が広すぎて見逃したという線もこのディオスガルグに限ってはなさそうだ。

 しかも死んでいるのは一体や二体どころの騒ぎではない。

 数えるだけでも三十体は優に超えている。


「何か起こったのか?」


 その質問はカメラに対して投げかけられているのだろう。

 オーク事件では一階層はカメラを書き換えられていた前例がある。

 まさか今回も⋯⋯と考えてしまうのは当然だった。

 正直俺もそう思っていた。

 二度あることは三度あるというし、二度目があったって不思議ではない。

 だが李岳さんの答えは思わぬ方向からだった。


「ええ、ただ私は問題はカメラではないのではないかと思っている。何故なら、カメラには職員の姿は()()()()と映っていたからだよ」


 監視カメラは職員の姿を映していた。

 しかしそこにゴブリンは映っていなかったのだと李岳さんは言う。

 そして、近くにいた警備部の若い職員を呼び止めると、断りを入れ、カメラ映像を見せられるかと尋ねてくれた。

 若い職員はすぐに承諾し、持っていたタブレットのような端末を操作して映像を見せてくれた。

 右上に表示される時刻は十五時五分。

 テラが言っていたゴブリンの死体の発見時刻だ。

 しかしそこにはまだ何も映っていない。

 それから映像を眺める事数十秒、ついに奥の方から一人の職員がやってきた。

 職員はこめかみを指で抑えながらカメラのある方向——つまり通路を真っすぐにやってくる。

 その職員はしばらくゆっくりとしたペースでそのまま歩いていたが、突然駆け出し、かと思えば唐突に立ち止まり、今度は後退する。

 何か良くないものを見てしまったかのように数メートル先を凝視しながら、ワナワナと身を震わせ口元を手で押さえた。

 明らかに不自然な動きだった。

 しかし、その職員が見たものがこのゴブリンの死体なのだろうというのはすぐに分かった。

 だが、肝心のゴブリンの姿はカメラに一体たりとも映ってはいない。

 ただ映像を見ただけならば、この職員は何もない場所で勝手に何かに怯えている不審人物にしか見えなかっただろう。


「これは⋯⋯どういうことでしょうか⋯⋯?」


 職員は確かに何かを目撃した。

 しかしその何かは五分ほどの映像の中に一度も現れることはなかった。

 

「ゴブリンが映っている部分だけ入れ替えたり、消したりすることはできないんですか?」

「不可能ではないが手間がかかることは間違いないだろうね。この一時間の間に誰にも気づかれず細工ができたとは考えにくい」

「前回とは違い、今回は映像を丸ごと移し替えたわけではない。細工したとなると自分の痕跡も同時に消す必要がある。少なくとも今回は別の要因が働いたと見るべきだ」


 映像を見る前に李岳さんは問題はカメラではないと言っていた。

 もしそれが本当だったのなら、一体何がどうなればゴブリンだけがカメラに映らないなんてことが起こるんだ?

 さっそく頭がこんがらがってきたな。

 グリグリと側頭部を指で押さえながら考えていると、そこへ二人の職員がやってきた。

 一人はテラだ。

 この惨状を見ても明るい表情を崩さないのは凄い。

 どうやらテラが連れて来たのは俺たちだけではなかったらしい。

 彼女の背後から現れたのはまたもや着物を羽織る一人の職員。

 ゆるく一つに纏められた長い茶髪を肩に垂らした中性的な外見。

 俺はその職員の顔を知っていた。


 あの人だ。オーク事件や真夜中の会議の時に円卓にいた職員の……。

 名前は知らないが、独特な訛り口調で着物を羽織っているからかなり印象に残っている。


「遅れてしもうて堪忍。皆さんお揃いのようで、えらい賑やかやわぁ。

 一階層はあまり職員も立ち寄らんもんで、いつも静かやさかい、理由はともあれ、職員がようさんおるのはええことです」


 いまいちこの状況が読めているのかいないのか、ニコニコとして随分嬉しそうだ。

 もしかしなくとも空気が読めないタイプか⋯⋯?

 

 だが、やはりお偉いさんであることは間違いないらしい。

 その職員が現れた途端、捜査中の鑑識課や警備部の職員も作業を中断し、頭を下げることで敬意を表す。

 それだけではない。

 室町さんや李岳さん、橋雪さんまでも姿勢を正していた。

 橋雪さんたちが敬意を払う相手に俺だけが失礼な態度を取るわけにはいかない。

 ピシッと両腕両足を伸ばし、背筋を正す。


「堅苦しぃんはええよ。うちにかまへんと、皆さん作業に戻って下さい」


 自分が来たことで作業が中断してしまったことに気づいたその職員は、気を遣うように首を振り、再開するようにと指示した。

 鑑識たちは再び各々の作業に戻り始め、その職員は俺たちの方へとやってきた。

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