茂兵衛 猿一郎たちの土蔵破りを見届ける 3
茂兵衛たちが亀屋襲撃の計画を立ててから数日後、いよいよ実行に都合のいい日がやってきた。
決行当日の深夜、まず斯一が身軽さを活かして忍び込み裏の戸を開放する。それを確認した茂兵衛は計画を次の段階に進めるため、待機している猿一郎たちを呼びに一人深夜の駿府の町を走るのであった。
裏戸の開錠を確認した茂兵衛は、それを伝えるために安倍川沿いの隠れ家まで急いだ。待っていた猿一郎たちもそろそろ来る頃だと予想していたのだろう、彼らは集中力を高めて茂兵衛の報告を待っていた。
「待たせたな。斯一が裏の戸を抑えたぞ」
「そうか。では俺たちも急がねばな。通りに人影はあったか?」
「いいや。今も、待っている間も誰も通らなかった。この風だからな。皆引きこもってるんだろう」
「重畳だ。今宵はまさに俺たちのために風が吹いているな」
順調な報告を受けた一行はそのいい流れを逃さぬように、すぐさま亀屋の裏の空き地へと向かった。この空き地は亀屋の裏戸がよく見える場所で、斯一と共に先行していた補佐役の男が待機していた。彼曰く、茂兵衛が報告に走って以降特に大きな変化は起こってないとのことである。
「通りに現れたのは野良犬野良猫くらいです。斯一の兄貴からの中止の合図も出ていません」
「よし、それじゃあさっさと忍び込むか。あ、茂兵衛の旦那は一回あの小屋に戻るんでしたよね」
「ああ。俺は中じゃ役に立たんからな」
茂兵衛はここまで猿一郎たちの露払いをしていたが、屋敷の中にまでは忍び込まない段取りになっていた。これは彼の同心としてのせめてもの矜持であり、また猿一郎たちにとっても不慣れな者がいては連携に支障が出るため、双方同意の元での措置であった。
茂兵衛は最後に「いいか!絶対に死人を出すんじゃないぞ!」と念を押してから、この場を離脱した。
「へいへい、わかってますよ。……さて、それじゃあここからは気合入れていくぞ」
拠点の小屋に戻る茂兵衛を見送った猿一郎たちは、改めて集中し直した。彼らはまず補佐役の男を一人裏戸に向かわせ、軽く戸を叩かせる。するとその戸が内側からわずかに開けられた。
「よし、行くぞ!」
それに合わせて男たちは流れるように屋敷内へと入っていった。
一行がくぐった裏の戸は屋敷の庭の一角につながっていた。あらかじめ見取り図で知ってはいたが、思っていたよりも見通しのいい空間に出た彼らは一瞬ドキリとする。そんな彼らを導くように、近くの茂みから聞きなれた声が彼らを呼んだ。
「こっちだ。ここなら屋敷がよく見える」
声の主は先に忍び込んでいた斯一であった。猿一郎たちは声に従い素早くその茂みに隠れて一息ついた。ここで猿一郎たち七人全員が無事合流した形となる。
「待たせたな。首尾はどうだ?」
「つつがなく順調だ。全員自分の寝床で寝ているし、余計な客もいない。しょんべんに立つような奴もいなかった」
「上々だ。見張りもいたんだろう?そいつはどうした?」
「殺した。今は蔵の脇に転がってるよ」
さらりと言った斯一に対し、猿一郎も特に驚くことなく「そうか」とだけ返した。実は彼らは初めから寝ずの番をしていた奉公人は殺すつもりだったのだ。
もちろん「死人は出すな」という茂兵衛の言葉は覚えている。しかしそれは彼らに言わせれば無茶な要求だった。中途半端に生かしておくと騒いで他の家人を起こすかもしれないし、最悪手痛い反撃を貰うかもしれない。それを防ぐために殺すというのは、安直ながらも確実な方法であると彼らは経験則から知っていた。
(まったく甘い連中だ。押し込み強盗が綺麗事で済むわけなかろう)
どうせ奴らも適当に『騒がれそうになったから殺した』とでも言えば納得するしかないのだ。ならば先んじて殺しておいて何の問題もないだろう。そんなことを考えながら猿一郎は手信号で仲間三人を縁側の柱の陰に配置した。これは何かあった時のため――物音を聞いて起きてきた家人を始末するための用意である。彼らは最悪の場合、ここの家人を皆殺しにすることも覚悟していた。
とはいえ彼らとて無駄な殺生をするつもりはない。全ては錠前を壊した時の音次第である。そしてその錠前は現在詳しい仲間の一人が確認している最中であった。
「どうだ?行けそうか?」
「ああ、大丈夫だ。斯一の言っていた通り、古い海老錠だ。これなら簡単に壊せる」
そう言うと男は錠の隙間に二寸ほどのくさびを噛ませた。そして強風が庭木を大きく揺らすタイミングに合わせて、用意してきた石を思い切り叩きつけた。
「はぁっ!」
ガキィン!
耳障りな金属音を鳴らして、蔵の錠は結合部から大きく裂けた。男はこの裂け目に再度くさびを噛ませて石で叩く。これを四度ほど繰り返すと中の返しが壊れて錠はするりと抜けた。
「よし。これで中に入れるぞ」
しかし彼らはいきなりは踏み込んだりはしなかった。彼らは一度息をひそめて、今の音を誰かが聞きつけてないか確認する。
(誰か起きたか?正直思ったよりも大きな音が出てしまったからな……)
今の音を聞きつけて家人が目を覚ましたかもしれない。あるいは偶然外を歩いていた誰かが耳にした可能性もある。猿一郎たちは静かに、それでいて何かあった時にはすぐに動けるように全神経を集中させる。特に縁側近くに配置された三人の手には、いつでも殺せるようにそれぞれ短刀が握られていた。しかし幸いにも彼らがそれを使う機会は訪れなかった。
「……どうやら誰にも気付かれなかったみたいだな」
「ふぅ。本当今日はツいてるな。それじゃあ悪運に捕まる前に貰うもの貰っちまうか」
立ち上がった猿一郎は額の汗を拭うと、ゆっくりと土蔵の扉を開けた。
亀屋の土蔵は内寸十六畳ほどの中規模の土蔵であった。高さは一丈半ほどで、開けっ放しの窓がないため中はひたすらに暗い。猿一郎らが試しに一歩踏み込むとそれに合わせてほこりが舞い、防虫剤として使用される樟脳の香りがスッと鼻に抜けた。
「……まぁ見えるわけがないわな。誰か灯りをくれるか?」
「わかってる。もう少し待ってくれ。風が巻いてて火が……、よし、ついた!」
仲間の一人が携帯用の灯明皿に火をつけて猿一郎に手渡した。目立つといけないためかなり火力を弱くした灯りであったが、手元を照らす程度ならこれで十分だろう。とりあえずまずは猿一郎ともう一人とで蔵の中を探っていく。
「ん-、これは本か?こっちは端切れかな?」
「手前にあるのはよく出し入れする物だろう。まとまった金は大体奥の方に隠してあるもんだ。そっちを探すぞ」
まもなくして彼らは蔵の奥の方で怪しい壺を発見した。大きさは大人が小脇で抱えられるくらいで、それが三十個あまり。ふたを開けてみれば、小さな灯明に照らされて詰め込まれた銭が鈍く輝いた。
「見つけたぞ。銭の束だ。お、隙間には豆板銀も入ってやがる」
豆板銀とはその名の通り、小さな豆を潰して板にしたような見た目の当時の銀貨であった。ざっと見たところ、銭束と合わせて壺一つにつき一両ほど詰め込まれているようだった。
「壺一つで一両?これ全部がか?ははっ、さすがは駿府!結構な額を溜め込んでやがったな!」
諸説あるが当時の一両は現在の価値にしておおよそ十五万円前後と言われている。そんな一両が詰まった壺が三十あまり。つまりここにはざっと四百五十万円ほどのへそくりが隠されていたということだ。
「今までで一番の大当たりだな。これならもう何人か連れて来ればよかったな」
「いやいや、足を引っ張る馬鹿なんていらねえよ。今の俺たちは捕まらないことが第一なんだからな」
遊ぶ金目的ならばここにある壺全部をどうにかして持って帰っていたことだろう。しかし今回の目的はあくまで駿府で騒動を起こすことである。そんなわけで彼らは欲張らず、一人一つの壺を持って帰ることにした。彼らは手早く風呂敷で包んで壺を背負えるようにする。それでも七人で七両。総額百万円程度の収穫である。
「加えて死人が一人。こりゃあ結構な騒動になるだろうな」
「ちげえねえ。……よし、全員一壺背負ったな。それじゃあさっさとずらかるぞ」
最後に彼らは殺した奉公人を蔵の奥に押し込み、壊した錠前をそれらしく扉にかけてこの場を去った。これで朝になってもしばらくは犯行がバレることはないだろう。
彼らが去った後の亀屋は何事もなかったかのように、再度静寂に包まれるのであった。
猿一郎たちが亀屋を出てからおおよそ四半刻後、彼らは安倍川沿いの拠点に帰還した。そこでは先んじて戻っていた茂兵衛がヤキモキしながら彼らを出迎えた。
「遅かったな。心配したぞ」
「見つからぬよう慎重を期してたんだ。なにせ急ぐと音が鳴るんでな」
猿一郎が背負っていた風呂敷を軽く叩くと、中の銭がぶつかり合ってカシャンカシャンと鳴った。それは嬉しいお宝の音であったが、茂兵衛は思わず顔をしかめた。
「おい、結構な音じゃないか。誰かに聞かれたんじゃないだろうな?」
「安心しろ。道中は音が出ないよう気を付けてきたし、わざと遠回りもしてきた。こんな夜更けだし誰も気付いちゃいないさ。もちろん亀屋の連中もな。……あー、亀屋と言えば……」
「なんだ?何かあったのか?」
何かを言い淀んだ猿一郎を見て何かと尋ねる茂兵衛。これに対し猿一郎は申し訳なさそうに――そう見えるように演技しながらこう続けた。
「実は夜番をしていた奴を手にかけてしまってな……」
「なっ!?手にかけたって、殺したってことか!?お前ら、あれほど気を付けろと……!」
「仕方あるまい。急に暴れ出したんだ。あのままじゃこっちが見つかるところだった」
猿一郎は縛っていた奉公人が急に目を覚まして暴れ出したため、仕方なく手にかけてしまったと答えた。もちろんこれは口から出まかせで、実際は最初に忍び込んだ際に斯一が何の躊躇もなく殺していたのだが、その事実を茂兵衛が知るすべはない。
結局茂兵衛は色々と言いたげな雰囲気こそ出していたが、最後には奥歯を噛んですべてを呑み込んだ。
「……わかった。一応聞くが家人には気付かれなかったんだな?」
「ああ。殺しちまったのはそいつ一人だけだ。悪いことをしたとは思うが、必要最低限で済ませられたと思っている」
「……そうか、ならいい。……それじゃあ隠し場所に案内するが、どうする?少し休んでいくか?」
「いや、早いとこ金を隠しちまおう。こんな大金背負ってたらいつまでたっても落ち着かねえよ」
ここにいたって悪い空気を吸うだけである。それならば手早くすべてを終わらせてしまおうと、彼らは拠点から出て盗品の隠し場所まで向かった。
さて、その茂兵衛が案内する隠し場所であるが、その方角は明らかに猿一郎たちの屋敷がある寺社地の方であった。見慣れた通りにさすがの猿一郎たちも若干の不安を覚える。
「おい、どこに向かうつもりだ?一回屋敷に戻るのか?」
「そうじゃない。まぁ行けばわかるさ」
そう言って先導する茂兵衛は猿一郎たちの屋敷を越え、幾つもの寺社を越え、やがてとある長い壁の前まで来た。その予想外の場所に猿一郎たちも思わず目を見開く。
「ここだ。息をひそめろよ。見つかるわけにはいかないからな」
「おいおい、ここって……賤機山じゃないか!?」
茂兵衛が盗品の隠し場所として紹介したのは、駿府北西部にある賤機山という山だった。
茂兵衛の案内で賤機山のふもとにまでやってきた一行。山のふもとは壁で隔てられており、茂兵衛はそこに備え付けられた戸を叩こうとするが、それに猿一郎が思わず待ったをかけた。
「お、おい、待て!本当にここに入るのか!?この壁はお上の禁足地の壁だろう!?」
ここ賤機山とは駿府北西部にある山で、浅間神社の本殿がある山である。また駿府城のすぐそばで徳川家とも縁が深いということもあり、山の多くの部分が禁足地指定されていた。現在茂兵衛たちがいるあたりはまさにそんな場所であった。
「大丈夫なのか?この壁のあたりは神社の連中も入れないような場所なんだろ?」
「ああ、そうだ。だから見つからんうちに入るぞ」
そう言うと茂兵衛はトン、トトンと特徴あるリズムで壁に設けられた小さな戸を叩く。すると向こう側でごとりと閂が外される音がした。
これだけでも驚くべきことであったが、猿一郎は反対側から戸を開いた人物を見てさらに目を丸くした。
「お前は……湛仁!?」
「そう言うお前は尾張の猿一郎か。土蔵破りをすると聞いていたが、どうやら本当にやってきたようだな」
壁の向こうで待っていたのは高野山出身の坊主・湛仁であった。猿一郎の知る限り、彼は町の東の方にある寺にいたはず。それがなぜこんなところにいるのか……。色々と聞きたいことが沸き上がる猿一郎であったが、それを茂兵衛が押しとどめた。
「積もる話もあるだろうが、さっさと中に入ってくれ。こんなところを人に見られるわけにはいかんからな」
「あ、ああ……。そうだな……」
茂兵衛に促され戸をくぐる猿一郎たち。全員が内側に入ったのを確認すると湛仁は急いで閂をかけ、そして自分について来いと言って細い獣道を登り始めた。一体何が起こっているんだと訝しむ猿一郎たちであったが、彼らの疑問のいくつかは道中湛仁が答えてくれた。
「今から向かうのは賤機山の隠れ穴だ。そこにお前たちが持ってきた金を隠す」
「隠れ穴?」
「ああ。戦国の頃に、城の女子供を避難させるために作られた横穴だそうだ」
駿府城から賤機山は半里と離れていない。そのためこの山には湛仁が言ったような戦国時代の遺構が幾つも残されているらしい。そして茂兵衛曰く、政虎はそういった遺構の使用許可を秘かに与えられていたとのことだった。
「本来は騒動を起こしたお前たちを匿う場所の一つとして用意していた場所だ。ここは浅間神社の連中ですら立ち入れない場所だからな。ここに籠ればまず見つかることはない。湛仁もそれ目的でここにいるんだ」
「湛仁が?こいつ、追われているのか?」
「ああ、何故か江戸の連中が湛仁の名を知っていてな。……というかお前は一度会ってるだろう。河原で相撲を取った十兵衛とか言う小僧だよ」
「十兵衛?……あぁ、いたなぁ、そんな奴。というか名前を知られているのはそんなにマズいのか……。ふぅん……」
元々そこそこ名の知れた牢人だった猿一郎は、湛仁の名が広まっていたことに対しさほど危機感を抱いていなかった。しかし茂兵衛らの慌てぶりを見た彼は自分の認識を改め、そして何かを思いついたかのように急に口数が減った。茂兵衛はそれを訝しむが、詳しく訊く前に彼らは目的の隠れ穴の一つに到着した。
「このあたりでいいだろう。壺はここの入り口の方に置いていけ。昼になったら俺が奥にしまっておこう」
「おお、そうかい。それじゃあ遠慮なく任せたぜ。それで俺たちはさっさと帰った方がいいんだよな?」
「あ、ああ……。この山にいるのはもちろん、夜間に外出していたこともバレない方がいいからな。ところでお前、さっき何かを考え込んでいるようだったが、何を考えてたんだ?」
「ん?何のことだ?そんなことよりこんな場所でおしゃべりしている時間なんてないんだろう?早く降りようぜ」
「あっ、おい……!」
それとなくはぐらかされてしまった茂兵衛。結局猿一郎は屋敷に帰るまで話をはぐらかし、夜も遅いからと早々に奥に引っ込んだ。粘りたかった茂兵衛であったが、彼は彼で自分にはまだお役目があったことを思い出す。
「そうだ、死人が出たことを政虎様にお伝えしなければ……!くそっ!あいつらめ。面倒なことをしやがって!」
小さな窃盗事件ならば多少の揉み消しもできたが、死人が出たとあらばそれも難しくなるだろう。今後の機微を確認するため、茂兵衛は急いで政虎の屋敷へと駆けるのであった。




