第七十四話 進撃せし
「今日は風がいつもより強いな……海も荒れてやがる」
「こんな日には、大抵嫌なことが起こる。ですが、これはこれから攻めてくる海王族の力かもしれませんね」
海王族の女ナナシィが宣言した日。
天気は最悪と言っていいだろう。風は強く、海は荒れ、いつ仕掛けてくるか準備をしている冒険者達へ精神的なダメージを与えている。
僕もライカとなり、いつでも戦えるようにしている。
使っている筒は、ウゴロさんから貰ったものだ。じいちゃんから貰ったものは、まだジバさんのところにある。
全然鑑定できてないと返してくれないんだ。
こっちとしては、もうひとつ筒があるので困らないんだけど……ハミッテが危険だって言うのに、今頃熱心に鑑定をしているのかもしれない。
「くぅ! 潮風が髪の毛を痛めますなぁ……」
「嬢ちゃん。戦いが始まったらそんなことも言ってられなくなるぜ?」
正直きらめさんなら、余裕で言いそうだ。
軽く注意しつつ、笑顔を向けてくる男性はおそらくきらめさんの戦いっぷりを見たら驚くだろうなぁ……。
いや、ここに居る人達がと言った方がいいかな?
僕もきらめさんの独特な戦いかたを始めて見た時は驚いたもんな。
「ご忠告ありがとうござまーす」
「おう。今日は無理せず、危なくなったらすぐ下がれよ」
「はーい!」
「主様」
それは突然の進撃。
まだ朝早いというのに、街を飲み込まんと巨大な波が遠くから押し寄せてくるのが見えた。
「ウゴロさん! 来ました!!」
僕が叫ぶと、皆がすぐ武器を構える。まだ波が浜に到達するまで距離はあるが、浜に到達してしまってはまずい。
あれほどの波が押し寄せれば簡単に街を飲み込んでしまうだろう。
そうなる前に、防がなくちゃならない。
けど、相手もそうさせまいと妨害をしてくる。
「カイデンさん! 浜に数えきれないほどの魔物が!!」
「怯むな! なんとしても、ハミッテを護れ!!」
カイデンさんの命令で冒険者達は一斉に魔物の大群へと突き進む。
そんな中、僕は未だに抜けない剣を手に迫り来る大波を見る。
「〈生命探知〉」
やっぱり……大波の中に居る。
しかも、かなり巨大だ。
でも、これって魔物なんじゃ? ナナシィらしき反応は今のところはない。
「ライカさん。私達はどうしますか?」
と、ミィヤが聞いてくるので僕は一度周囲を見渡してから、三人に指示を出す。
「ミィヤは、皆のサポート! 怪我人が出た時は即座に回復! きらめさんのとレンは、左右に展開して各々強い個体を最優先に撃破!」
「わかりました!」
「うーん。リーダーが板についてきたねー」
別にリーダーになったつもりじゃないんだけど。今はそれどころじゃない。三人にそれぞれの役割を与えて、僕は。
「主様は、やはり大波を?」
黒い炎の剣を生成しながらレンが問う。
「うん。どうやら大波の中に魔物が潜んでるみたいなんだ。被害が出ない内にね」
「任せたよ! こう、ズバッ! と切り裂いちゃってよ!」
「ライカさんならやれますよ!」
「主様に不可能はありません!」
あれ? これは、大波を切り裂かなくちゃならない流れなのかな?
一本目の筒で変身した姿だったら可能だけど……この姿はまだ謎が多い。せめてこの剣が抜ければ。
しゅっ……ちん。
しゅっ……ちん。
しゅっ……ちん。
三度ほど試したが、やはり抜けない。
「……スキルでやってみるかな」
皆が戦っている中で、僕は剣を袖の収納空間に仕舞って、足に力を入れる。
「いざ!」
そして、一気に大波へと突っ込んでいく。
「まずは……」
魔力を高め、手に水を集束させる。
「〈水神の斬刀〉!」
まずは水属性の上級スキルで大波を切り裂けそうなものを選択。
集束させた水は海をも巻き込み、大剣を作り出した。
「弾かれた!?」
大波を切り裂こうとしたが、その途中で何かに弾かれてしまった。
まるで鉄に阻まれたかのように。
でも、発動したスキルは鉄以上でも簡単には切れるほどの切れ味があるのに……。
「ぐけけ! 効かねぇ! 効かねぇよ!」
大波は切り裂かれたが、中に潜んでいた魔物が姿を現す。
緑色の甲羅を背中や腕、足などに装着した人型の魔物。
この魔物も見たことがないし、喋っているところを見ると特殊な進化をしているみたいだね。
魔力で水面に立ったまま僕は、水の大剣を構える。
「俺は、てめぇにやられた《ハイフィッシュマン》のようにはいかねえぞ! 俺の甲羅はどんな攻撃をも防ぐ! そう! 俺の名は」
刹那。
水面から凄まじいオーラを感じた僕はすぐ後ろに跳び距離をとる。
だが、まったく気づいていないまだ名もわからない魔物は。
「ぐけぇっ!?」
真下から飛び出てきた槍に貫かれてしまう。
僕の〈水神の斬刀〉でも斬れなかった甲羅をあっさりと貫いた。
「な、なぜ」
「私が出てくるところに居たあなたが悪いわ」
結局名前を知ることができなかった。魔物が消滅すると、代わりに水面に立ったのは……ナナシィだった。
ハミッテで出会った時とは違い、髪の毛をオールバックにし、首に巻いていた赤いマフラーは槍に巻き付いており、服は着ておらず、変わりに水を纏っている。
な、なんて奇抜な格好なんだ。これが海王族の本来の姿? 確かに海の中で過ごすなら服は邪魔というか不要というか……まあ、ともかく! 僕的にはちゃんと隠すべき場所が隠れたいて安心してる。水を纏ってるから見えちゃうんじゃないかと思ったよ。
「やっぱり考え直しては……くれなかったみたいですね」
「ええ。私は決めたの。自分の故郷を……弟のものを取り返すってね」
「そうだとしても、もっと他に方法があったはずです! それに、あなたはまだ自分の行為に疑問を抱いているんじゃないんですか?」
僕の言葉に、ナナシィはピクリと反応する。
「どういう意味かしら?」
だが、平常を装い言葉を返す。
「もし、本気でハミッテを破壊しようとしたり、弟のものを取り替えそうとするなら、たくさんの命を奪ってもいい覚悟なら……こんなに猶予を与えるはずがありません」
そう、この人は心では自分の行動に疑問を抱いているはずだ。そうじゃなきゃ、僕の前に何度も現れたり、明日攻めるなんて猶予を与えるなんておかしい。
本気でハミッテを破壊するつもりなら、さっきの大波を突如として起こし、ハミッテを襲えばいいだけなんだから。
「……そうね。確かに私は考えたわ。本当にこれでいいのかって」
「だったら!」
「でもね」
槍を僕に突き付け、言葉を止める。
「止まれないのよ。後悔してるの……なんで、私は仲間が、弟が苦しんでる時にのんきに眠っていたんだって。たくさん……たくさん後悔して、考えて、そして決意したわ」
「決意?」
「ええ。私も……仲間達のところに逝こうって」
それって……でも、やっぱり何か違和感が。
「ごめんなさいね。私の我が儘に付き合わせちゃって……」
「黒い……オーラ?」
なんだ彼女から感じるこの嫌な感じは。まさかあのオーラが彼女を狂わせてる? いや、今は深く考えるな。
今は、彼女を止めることだけを考え、行動するんだ。
「さあ、海を支配した私の力を見せてあげるわ!!」
やるんだ。彼女の苦しみを断ち切るために。




