第七十二話 大海の覇者
ハミッテへの襲撃は翌日になっても起こらなかった。
先日の襲撃が嘘だったかのような静けさだ。
しかし、それでもハミッテ警備隊は厳重な警備を怠らない。僕達は、いつ何時、どんな襲撃があろうと対処できるように単騎でハミッテを巡回している。
ハーバよりも大きな街だ。
一人一人東西南北に分かれて警戒に当たらないと対処はできないだろう。
とはいえ、巡回している限り平和そのもの。
念のため先日の襲撃のことは知らせてはいない。
まだ相手の正体、目的などがわからないのに、下手に誤情報を教えて混乱させるよりも、常にどんな襲撃を受けても対処できるようにいつも通りに、だが護りは強固に。
「……さすがに望んでも現れないよね」
二度に渡って、あの女性は唐突に現れた。
一度目は、通り道に。二度目は、水遊び場に。かなり雰囲気のある人物だったので、人混みの中でもわかると思ったのだが。
「似たような人は、ちらほら……でも違う」
そもそもあの女性が首謀者だとは決まっていない。それにもし首謀者だったとして、襲撃をした後に堂々とハミッテに現れるものだろうか?
「ねえ、そこのお嬢さん」
「え?」
丁度、一度目の遭遇があった橋に辿り着いたところだった。
居た。一度目同様に橋の上で運河を見詰めていた。
「ふふ。驚いているわね」
「……あなたに聞きたいことがあります」
「あら? 何かしら。いいわよ、何でも聞いてちょうだい。あなたには、二度も問い掛けに答えて貰ったから、そのお返しよ」
やっぱり敵意も悪意も感じられない。
それに、この余裕……念のためレンに思念を送っておこう。あの女性を見つけたと。
「ありがとうございます。では、こっちも二つほど質問を。まずひとつめ。あなたは何者なのか、です」
重要なことだ。まず相手の正体を知らなければ。
「そうねぇ……ふふ、まあどうせすぐわかることだし、教えてあげるわ」
「すぐにわかる?」
「私は、人間じゃない。もちろん亜人でも、魔族でもない」
じゃあいったい。
「私は、大海の覇者。世界の始まりから現在までずっとあり続けた海を支配した海王族。名前はナナシィよ」
「海王族?」
待った。それって……確かに歴史書に書かれていた……世界最古の種族で、存在すら今ではあやふやだって言う。
その昔。
世界が創世された時には大陸などはほとんどなかった。一説では、そのほとんどが海で占められていたとか。そんな世界に誕生した最古の種族。その内の一種族が海王族だと。
「私は、その海王族の生き残り。今では、もう私を含めても数えれるほどしか生き残っていないわ」
「……なるほど。じゃあその海王族に二つ目の質問」
「はいはい。どんなことにも答えるわよ」
この余裕。さすがは世界最古の種族と言うべきか。ま、そんな相手に一切の動揺をしていない今の僕も異常なのかな?
「あなたは、このハミッテを……壊すつもりなんですか?」
これが一番重要なことだ。
もし、彼女がハミッテを壊そうとしている首謀者だったら……海王族……かなり厄介なことになる。
僕の問いにナナシィはくすっと小さく笑い口を開く。
「ええ。壊すわ」
やっぱりそうなのか……。
「どうしてですか……ハミッテは素晴らしい街です。人も、食べ物も、建物だって……」
「それは三つ目の質問かしら? まあ特別に答えてあげるわ。……ここが元々私達の。そう海王族の家だった場所だからよ」
なんだって? まさか彼女から感じられた悲しみと怒りって。
「まあ、あなたが生まれるずっと昔の話よ。そうね……ざっと三百年前かしら? 記憶は曖昧だけど、確かにここは私達の家だった場所。私はね……長い間海の中で深い眠りについていたの。眠っていた理由は思い出せないけど……確実に言えるのは、私が眠っている間に家も仲間も全部なくなっていたってこと」
三百年……僕には想像できない年月だ。
しかもその間に、故郷も仲間も失った。だからハミッテを破壊しようとしている?
いや、それだけで壊そうと思うか? 家は時代の流れでなくなることはある。けど、仲間は違う。海王族はエルフや魔族などと同じく長寿の種族だと言われている。
だから、仲間達はどこかで生きている可能性があるんだ。
三百年もの間、帰ってこない彼女を探しに行っているってことだってある。そのことを彼女に伝えると。
「確かに、それは私も考えたわ。私だって、馬鹿じゃないから。けどね……知ったのよ」
「何を?」
「この街の奴等が、この街を発展させるために……私の弟を殺したってことをよ」
なんだって? この街の住民が海王族を。それも彼女の弟を?
「一体どうやって知ったんですか?」
「ある親切な人が教えてくれたのよ。しかも、証拠だってある。ほら。ここからでも見えるあの高い塔の天辺」
彼女が指差す方向に視線をやると、この街で一番高い塔の天辺に青い宝玉が設置されていた。
「あれは、弟が持っていた【海王の宝玉】よ。いつも弟が大事そうに持っていたから、すぐにわかったわ。それに、海王族にしかわからない魔力の波動も感じる」
「ですが、それだけじゃハミッテの人達が弟さんを殺した証拠には」
「いいえ。あれは、海王族にとって命と同等の価値があるもの。それをあんなところに、それも人間の街の象徴にするなんてありえない」
なんだ? 魔力が膨れ上がっていく。
まさかここで攻撃をしようとしているんじゃ……! 咄嗟に僕も魔力を高めるが、女性は小さく笑い背を向ける。
「焦らないで良いわよ。今は、やらないわ……やるなら」
「主様!!」
僕の思念伝達を受け取ったレンがやって来たと同時に女性は、水となって姿を消した。
その水溜まりには……明日と文字を残して。
「主様。これは」
「……明日、この前のよりも大きな襲撃があることを伝えないと。行こう、レン」
「承知しました!」
彼女の怒りは理解できる。できるけど……何かが引っ掛かる。彼女が言っていた親切な人。
もしかしたら、彼女は操られているのかもしれない。
全ては明日になったら明らかになると信じて、万全な準備をしないと。




