第三十話 それぞれの想い
「レン? どこに行ってたの?」
気づいた時には、レンの姿がなかったので心配していたけど、無事に部屋に戻ってきてくれた。
いつものように、ベッドに腰かけている僕のところに近づき膝をつくので、頭が丁度いい位置にくる。なので、頭を撫でる。
レンもそれがわかっていてやっているのか。それとも、僕の前で膝をつくのが普通なのか。
「申し訳ありません。少々用ができましたので、主様には悪いと思いましたが、勝手に行動をしてしまいました。どうか身勝手な私に罰を」
「たく。そういうのはやらないっていつも言ってるだろ? ほら」
「わふっ!?」
自分に罰をと言うレンに対して、僕はおもむろに抱き上げる。そして、そのまま膝の上にレンを乗せた。
あまりにも唐突な行動にレンは硬直して動けないようだ。
「また何かを僕のためにやってくれたんでしょ?」
「そ、それは……はい」
「じゃあ、罰なんて必要ないよ。変わりによくやったねって褒めてあげるよ。主としてね」
いまだに硬直しているレンの頭を優しく、けど感謝の気持ちを込めて撫でてやる。かなり嬉しいのか、耳をぴこぴこと動かし、尻尾を左右に振っている。
こうして、自然に緊張も解けてきたのか。僕に寄りかかってきた。
「それで? 何をして来たの?」
すっぽりと包み込めるレンの小さな体を抱き締めながら、問いかける。
「先日話した件に関係することです」
「あぁ、なるほど」
僕はすぐあの三人のことだと理解した。先日のことだ。ずっと気になっていたレンの救助者達のことを聞いたところ、あの三人だったことを知る。
三人は、蝙蝠男が話していた《フェロモンゴブリン》なる魔物に囚われ、徹底的に《ゴブリン》達に犯されていたんだそうだ。
だから、僕達が来る前に姿を消したんだ。おそらく、自分達はハーバでも有名な美少女パーティーだ。
ゴブリン程度に囚われ、犯されたなんて知られたくないとでも思っていたのかもね。確かに、あの事件以来ハーバの人達もあの三人の姿を適度に見なくなったと噂していたから、納得だ。
「どうやら、この街から出ていこうとしていたみたいです」
「それは、賢明な判断かもね」
でも、街から出ていっても、世界中にゴブリンが居る。おそらくトラウマを植え付けられたであろう三人には街から出るよりも家に篭っていたほうがいいかもしれないだろう。
「脅しをかけておきましたから、もしかしたら数日には出ていくかもしれません」
「あんまり虐めちゃだめだよ? 追い込まれ過ぎて精神が崩壊しちゃうかもしれないからね」
「はい。その辺りは十分考慮したつもりです!」
でもまあ、あの三人にはいい薬だと思うけど。これに懲りて、生き方を改めてくれれば、容姿はいいからハーバ以外でもそれなりに生きていけると思うんだけど。
「あっ!」
ん? なんだ。レンが急に……ちょっ!?
「主様……御免っ」
突然何かに反応して、変身のための筒を手に取ったと思いきや、極限まで声を潜めて、僕のズボンのチャックを下ろした。
そして、素早く筒を突っ込む。
あぁ……つ、冷たい……! じゃなくて!
「レン。何を……あっ」
幼女の姿になり、ようやく気づく。廊下に人の気配。それもこれは……ミィヤだ。
「ミィヤ?」
「は、はい!?」
レンも油断していたため、気づくのが遅れて、なんとかしようと考えた結果。あんなことをしてしまったと言ったところか。
レン自身、とんでもないことをやってしまったと自覚しているため、床でころころと転がりながら反省している。ま、まあ恥ずかしかったけど、助かったよとフォローを入れつつ、ドアの鍵を解錠。
「す、すみません。盗み聞きをするつもりはなかったんですけど」
聞かれたかな? そんな不安になっていると、ミィヤの方から話しかけてきた。
「あの、変なことを聞くようですけど……お、男の人の声が聞こえた、気がしたんですが」
やっばり聞かれていたみたいだ。だが、この聞かれ方から曖昧な感じなんだろう。なので、僕は。
「店主さんの声じゃないかな?」
「て、店主さんの?」
今でも階段の下から聞こえるダッドおじさんの声。おじさんの声は素でかなり大きいから、ここまで聞こえるのはいつも通りなんだ。
今も、泊りに来た男性客と話している。
「そ、そう、だったんでしょうか?」
「ほら、僕の部屋には男の人なんて誰も居ないでしょ?」
ドア開けて、部屋の中へミィヤを招き入れ、確認させる。
部屋の中でも隠れられる場所はクローゼットのみ。
そこには、幼女の時の服とレンの服しか入っていない。
「ね?」
「ですね。すみません、変なことを聞いてしまって」
「良いんだよ。それよりも、今から三人で夕食にしよう」
「は、はい! 主様のためならどこまでも!」
「レンちゃん、どうしたんですか? なんだかいつもと違うような……」
「な、なんでもないですよ! さ、さあ! 早く行きましょうミィヤ様!!」
レンの慌てている様子はかなり珍しい。ミィヤも気になっているようだが、無理やり背中を押され部屋から出ていく。
僕もほっと安堵しながら、後を追った。
・・・・・
「はあ……」
ミィヤは、ベッドに寝転がりながらため息を漏らす。
いつも、こんなことはないのだが、最近のミィヤは悩みを抱えるようになった。
それは、数日前のことだ。
とある事件で知り合った冒険者達と共に訓練場へと訪れた。ライカやレンが楽しそうに鍛練している中、ミィヤはただ見ていただけ。
一応、道具を使った筋肉トレーニングはしていた。
が、二人に比べると……。
(前からよく考えていた……二人が必死に戦っているのに、私は後ろでただ見ているだけ)
けど、荷物持ちとして自分はライカに雇われた身。ライカもそれがミィヤの仕事なんだから気にしないで、と言ってくれた。
(戦わない分、それ以外で頑張ろう。役に立とうって、必死に頑張ってきた……)
素材拾い、料理、買い物、マッサージ……なんでもやった。二人もありがとうと感謝の言葉を言ってくれた。
ミィヤも素直に嬉しいと感じた。
……それでも、やっぱりこのままじゃだめなんじゃないかと、いつも部屋に戻り、一人になると考えてしまう。
「……」
フードを深く被り、ミィヤは身を丸める。
「このままじゃ、いつか」
解雇されるんじゃ。
あのライカに限ってそんなことはないのはわかっているつもりのミィヤだったが、やはり考えてしまう。
「……うー、だめです! 一人だと変な方向に考えてしまいます……!」
がばっと、勢いよく身を起こし、ミィヤは部屋から出ていく。こんな時は、二人のところで楽しい会話をして気を紛らわそう。
そろそろ夕飯時だから丁度いい。
「あれ?」
ドアノブに手をかけようとしたところで、ミィヤは止まる。
首を傾げながら、ドアに聞き耳を立てる。
「男の人の声?」
おかしい。聞こえないはずの声が二人の部屋から聞こえた。声はそこまで大きくなく、ドア越しなためはっきりとは聞こえないが……。
「ミィヤ?」
すると、気づかれたのかライカに呼ばれる。
「は、はい!?」
盗み聞きをしていたせいもあって、声が上ずってしまう。高鳴る心臓の鼓動を必死に落ち着かせ、姿を現したライカと会話をする。
その後、二人の部屋を確認したが、男の姿はなく、ミィヤの勘違いだったということになり、夕食を食べに行くことになったが、妙に落ち着かない。
「ミィヤ? どうしたの? あんまり食べてないけど」
「あっ、いえ! ちょっと考え事をしていただけです。はぐっ! はぐっ! うん、おいしいですね! ここの料理!!」
結局、二人と一緒になっても考え事をしてしまい、心配をかけてしまった。ミィヤは、反省しつつ大盛りの料理を口の中にかきこむのであった。




