第二十九話 怯える日々
「はー……なんだかやる気が起きない……」
ハーバでも有名な美少女冒険者カトレアは、剣を地面に突き刺しながら、天を仰ぐ。
青い空では、小鳥達が呑気に空中散歩をしていた。くるくると、カトレアの頭上でおいかけっこ。馬鹿にしているのではないのだろうが、今のカトレアにはそう見えてしまう。それほど、今の彼女はイライラしているのだ。
「カトレア。早くしないと、日が暮れてしまいますよ?」
そんなカトレアに、マリアンが急かすように言う。
「わかってるって……今、いくから」
しかし、動きが鈍い。動きたくないという意志が伝わってくる鈍さだ。地面に突き刺さった剣を抜き、鞘に納めようとした刹那。
ガサガサ……。
近くの茂みが動く。反射的に後退するカトレアとマリアン。
「グギャギャッ!」
茂みから出てきたの二体の《ゴブリン》だった。いつものカトレア達ならば、ゴブリン程度の魔物は臆することなく一撃で倒すことができる。しかし、今の彼女達は……怯えていた。
「くっ……!」
そんな彼女達に、下品な笑みを浮かべながら近づいてくるゴブリン達。一歩進む毎に、カトレア達は下がる。それを、何度も繰り返し、ついに。
「この!!」
カトレアが動き出す。反撃とばかりに棍棒を振りかざすゴブリンだったが、そんなの関係ないとばかりにスキル〈パワースラッシュ〉を発動させ、棍棒ごとゴブリンを一閃。
二体目のゴブリンは、マリアンが〈バリア〉で行動を遮り、真横からカトレアが剣を振るう。
戦闘は終わり、マナへと還っていくゴブリン達を見て、カトレアは剣を鞘に納め、拳を握り締める。
「なんで」
そして、近くにあった木に力強く叩きつけた。
「なんで、ゴブリンなんかに怯えなくちゃならないのよ!! もう、信じられない!!」
自分達は、ランクBの冒険者だ。これまで、ゴブリン以上の魔物を数えきれないほど倒し、ダンジョンだって攻略してきた。
そんな自分達がどうしてゴブリンごときに怯えなくちゃならない。
カトレアは、そのまま頭を木にそっと当て、しばらく俯いたまま動かなくなってしまった。
「ユーラも、あれ以来中々一緒に依頼を請けてくれませんしね……」
いつも三人でやってきた。だが、今は二人。あの出来事から魔法使いのユーラが誘っても一緒に依頼を請けてくれないだけではなく、家からも出ていない状態だ。
「このままじゃ、絶対何かがあったって、感づかれちゃう……そうなれば、最近あった事件が関係してるってなっちゃう……!」
カトレア達は、実力のある正統派の美少女パーティーとしてハーバでは通っている。そのためゴブリンなんかに簡単に囚われた挙げ句に処女まで奪われたなんてことが知られたら……そう考えたカトレアは、いつものように依頼をこなして、平然を装うと提案したのだが。
「はあ……記憶は曖昧だけど、あの子がもっともゴブリン達にひどいことをされていたんだよね」
思い出したくないひどい体験と光景。
カトレアとマリアンも、犯されていたためユーラがどうなっていたか曖昧だが、自分達より多くのゴブリンから色々とされていたのは覚えている。
助けられた時も、目に光がなかった。
「あの子は、ああいう性格ですが、かなり打たれ弱いというか。一度崩されると脆いというか」
「それにしても、あの子……私達のこと話していないようね」
「あぁ、私達を助けてくださった奇抜な格好をした人ですか? 確かに、私達の現状を知っているのはあの人だけですからね」
救助をされた時、カトレア達は謎の少女に洞窟の外まで案内してもらった。そこからは自由だと言われたので、カトレア達は先に帰ったのだ。
まず、汚れを落としたとはいえ、臭いは消えない。しかも、こんなところに居たことが他の者にばれれば、今までの積み上げてきたものが一気に崩れ去ってしまうと。
念のため、助けてくれた少女に内緒にしてほしいと頼んだが……返事は返ってこなかった。
そのため、帰った後も周囲を警戒していた。
まるで、犯罪者のようにびくびくと。
「……ねぇ、やっぱりハーバを離れない?」
このままハーバに居ても、何れはばれてしまい、住民達の態度が変わって居心地が悪くなってしまうかもしれない。
そうなる前に、自分達のことを知らないようなところへ行って、またハーバのように信用を積み上げればいい。
「確かに、それもありかもしれませんね……」
「というわけで、さっさと依頼を終わらせて、ユーラにもこのことを相談ね?」
「わかりました」
もうこんな何かに怯えながら生活するのは嫌だ。カトレアとマリアンは、前のように楽しい生活を取り戻すため前へと進む。
・・・・・
「ユーラ! ねぇ、ちょっとユーラ?」
ユーラが一人で暮らす家へとやってきたカトレアとマリアン。
何度も何度もドアを叩きながら呼び掛けるも、返事はない。いや、物音一つすらない。
「寝ているのでしょうか?」
「いや、起きてるはず。あんなことが遭ったんだもん。そう簡単には眠れないはずだよ」
それに家からはちゃんと人の気配がする。
隅っこで、じっとしている小さな気配だ。
おそらくユーラが、毛布でも被って怯えているのだろう。そう考えたカトレアは、どうやってユーラを連れ出すか思考する。
「……ガラスでも割る?」
「それは近所にも迷惑がかかるんじゃないでしょうか?」
だったらどうする? 裏に回っても絶対鍵がかかっている。なら、ここであのことを話すか? いや、それだと自分達に何かが遭ったんじゃないかと周りに気づかれてしまう。ただでさえ、ユーラが引きこもっているせいで、疑われているというのに。
「おや? 見たことのある顔だと思えば、あの時の二人じゃないか」
どこからともなく聞こえてくる声に、二人は体が硬直する。
当然だ。
二人は、いや家の中に居るユーラを合わせた三人は知っている。
かつ……かつ……と、足音が鳴らし近づいてくる。
そして、振り向かずともわかる距離まで近づいてきた。振り向きたくない。しかし、振り向かなければ何をされるかわからない。
彼女達は、知っているのだから。
「あの時以来だな」
振り向くと、あの時と同じく炎を服として纏って凛とした姿勢で立っていた。気づけば、周囲に誰もいない。
まさか、消された? いや、そんな感じはしなかった。偶然いないだけだ。そうに違いないと思いながら、カトレアが話しかける。
「そう、だね。あの時は、本当にありがとう。助けてくれて」
「もうだめかと思っていました。あなたが助けてくれなかったら」
「で? 貴様らは、いつまでここに居るつもりなんだ?」
マリアンが話している途中で少女は彼女達に突き刺さる言葉を迷うことなくぶつける。
まさに言葉の武器。
カトレアも、マリアンも思わず硬直してしまった。
「まあ、あんなことが遭ったんだ。どうせ《ゴブリン》程度に怯えながら生活をしているのだろう? そして、大方そこに引きこもっている仲間に一緒に街から出ようとでも言おうとしている。そんなところか?」
なんで。まるで、見ていたかのように。聞いていたかのように。全てを言われたカトレアとマリアンは、言い返せないで居た。
だめだ。何かを言わないと本当にそうだって言っているようなものだ。何か、何でもいいから話さなければ。
「……い、いえ。そんなことは。私達は、ゴブリンに怯えても居ませんし。今日は仲間が体調が悪いそうなので心配してお見舞いに来たのですが、眠っているのか。中々出てこないんですよ」
「なるほどな。まあ、そういうことにしておこう」
そう言って少女は踵を返す。
いったい何をしに来たんだ? まさか脅すためだけに?
「あ、そうそう」
帰ろうとしていた少女は急に立ち止まり、顔だけをカトレア達に向けてにやりと怪しく笑みを浮かべる。
「心配するな。まだ喋ってはいない。貴様らが心配するようなことにはならないから、安心しろ」
それだけを言い残し、少女は炎となって姿を消す。静寂に包まれた瞬間、カトレアとマリアンはその場に座り込む。
まるで、糸が切れた操り人形のように。
体に力が入らない。全身が震え、汗でびっしょりだ。
「……はあ」
もう、ため息しか漏れなかった。言葉など出るはずもなく、結局ユーラも出てこない。
動けるようになった二人は、じゃあねと言い残し帰路につく。




