第二十二話 獄炎犬
「主様のため! 主様のため!!」
レンは薄暗い道を迷うことなく突き進んでいる。彼女には、松明などの灯りがなくとも見えているのだ。
そして何よりも、早くラルクに褒めて欲しいという一心から道が見えなくとも突き進むだろう。
「えへへ……頭も撫でて貰えるでしょうか……抱き締めてくれるでしょうか……よくやったねって言ってくれるでしょうか……!」
任務達成後にラルクからたくさん褒めてもらえる光景を妄想しながら進むこと数十秒後。
鼻につく不快な臭いと、魔物の臭いが漂ってくる。
すると、レンの目付きが変わる。
先には灯を灯したかのような光が見え、人影のようなものが揺らいでいる。そして、何やら声が響き渡っている。
(あれは)
足音を立てず、物陰に身を潜め、明るい場所を確認する。
「いやぁ、愉快愉快! まだ抵抗する気力があるとは……まったく今までの女と違って犯しがいのある奴等だ!! ゴブリンども!! 構わん! 徹底的に犯してつくしてやるのだ!!」
喋る《ゴブリン》に、普通のゴブリンが複数。どうやら、三人の女性がゴブリン達に捕まっているようだ。
(……あれが、救助対象ですか)
レンは心底やる気をなくしていた。気配でなんとなく察していたが、実際にその姿を見て、見殺しにしようかと思ってしまった。
なぜなら、そこに居た三人は、ラルクを騙し、さんざんこき使ったあげくに、ダンジョンに置き去りにして殺そうとしたあの三人だったのだ。
あんな奴等を助けるなど、死んでも嫌なことだ。
だが……早く戻ってラルクに頭を撫でて貰いたい。たくさん褒めて貰いたい。そのため、レンは心底嫌なため息を漏らしながら、服を脱ぎ捨て、黒き炎を体全体に纏わせながら、物陰から出ていく。
「この……!」
「さあ、もう何回目だったか? 数えるを忘れていたが、どうでもいいことか」
ローブを羽織ったゴブリンが高笑いをすると、他のゴブリン達が、一人四体ずつに分かれて、手を伸ばす。
が。
「グギャッ!?」
「グギャギャッ!?」
突如として、ゴブリン達に黒き炎が発火する。あまりの熱さにゴロゴロと転がったり、水瓶へと頭から突っ込むが……消えない。
黒き炎は、ゴブリン達をマナすら残すことなく消滅させた。
「な、なんだ!? 何が起こったのだ!?」
「吠えるな、ゴブリン風情が」
「なに?」
暗闇から出てきたレンの姿は、いつもの姿と違っていた。十代前半ぐらいの容姿だったのが、今は十代後半ほどかと思える大きさまで成長している。髪もより一層伸び、小ぶりだった胸もぷるんっと上下に揺れるほどだ。
下着や服は一切着用しておらず、代わりに赤黒い炎を纏っている。うねうねと、生きているかのように蠢く炎の輝きが今のレンを面妖にかつ魅力的にしている。
「どうやら、ただのゴブリンではないようだが……まあいい。喋ろうとも、妙な能力を使おうとも、私には関係のないことだから」
まるで、人が変わったかのようだ。今のレンには、撫でたくなるほどの愛くるしさも、子供のような無邪気さもない。
そこに居るのは、生き物を見下すなにか。
そんなレンを見たカトレアは、喋るのも億劫な状態にも関わらず、口を開く。
「に、にげ、て……そいつは……」
どうやら、助けて、ではなく。レンを心配して逃げろと言っているようだ。
(ふん。あくまで、正義感の強い冒険者を気取るつもりか……)
その精神力は大したものだと思いつつも、レンはそれを無視する。
「お前が何者かは知らんが、女であることを後悔するのだな!!」
などと勝ち誇った声を上げながら、ローブを脱ぎ捨て、上半身を露にする。
「私の能力は女を無力化するフェロモン! さあ、お前もそこに居るメスと一緒に可愛がってやる!!! この《フェロモンゴブリン》がなぁ!!」
丁寧に自分の能力と名前を教えてくれる。フェロモンゴブリンがローブを脱ぎ捨てた瞬間から、何やら嗅いだことのない臭いが漂ってくる。なるほど、これが女を無力化するフェロモンか、とレンは倒れている三人の反応を見て頷く。
「さあ、これでーーーな、なに? どういうことだ!?」
効果はかなり強力なものだったらしく、フェロモンゴブリン自身が目の前の状況に驚いている。
それもそのはず。倒れている三人にはかなりの効果があったようだが、レンはまったく効いていないかのように平然としている。
「や、痩せ我慢を! どうせ、もう動けないのだろう? 今から私が感度が上がっているお前の肌に触れ」
ひゅん。
にやりと笑みを浮かべながらレンに近づこうとしたフェロモンゴブリンだったが、何か風が通りすぎたかのような音が響いた。
その後、レンがフェロモンゴブリンの右斜め下を指差す。
「ひっ!?」
ちらっと確認した瞬間。
遅れてやってくる激しい痛み。
「私を可愛がり、触れていいのは主様と私が認めた者だけだ。貴様のような下劣な魔物になど論外」
いつの間にかフェロモンゴブリンの右腕が切り裂かれていた。それだけではない。そこからゴブリン達を焼き付くした黒き炎が発火する。
「ぐぎゃあっ!? なぜ! なぜなんだ?! 私のフェロモンが効いていないだとぉ!?」
ゴブリン達同様に地面に転がって炎を消そうとするが、まったく消える気配はない。
何よりもフェロモンゴブリンは、自分の能力が効かないことが余程の衝撃だったようだ。そんなことか……と、レンは呆れたように息を漏らし、説明してやる。
「これまでは、その能力で女達を無力化し、誘拐していたようだが……」
ボッ! と、右手から黒き炎の塊を作り出し、断言する。
「私はすでに主様に魅了されている!! 貴様程度に魅了されるなどありえないことだ!!」
言葉に呼応するように黒き炎の塊は倍以上に膨らむ。
「や、やめ」
「マナごと塵となれ」
このまま放っておいても消滅するはずのフェロモンゴブリンへと、レンは黒炎を放り投げた。
声すら上げられず、魔物特有のマナへと四散することもなく、フェロモンゴブリンは消滅した。
「さて」
静寂に包まれた中で、レンは唖然としていた三人へと視線をやる。
「立て。今から貴様らを洞窟の外まで連れていく。立てないと言うなら、蹴ってでも連れていく」
助けてくれるのか、トドメを刺す気なのか、三人はレンの発言に再度唖然しつつも、汚された肌を水で洗い流し、収納空間から替えの服を取り出して着用する。
まだ足腰が立たない状態だが、レンの後ろをついていく三人。
(……本来ならば、ここで殺してやりたい。けど)
ラルクの命令は、ゴブリンに囚われた者達の救助。ここで、三人を殺してしまえば、命令に背くことになる。
殺意が炎となって三人を襲おうとしている。
レンは、ぐっと堪え、炎を沈めた。
「命拾いしたな」
レンは、三人に聞こえないようにぼそっと呟いた。




