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理系女子の恋  作者: 流音
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<春>俺の初恋に続く物語

井坂の高校入学の頃のお話です。



今も目を閉じればすぐ思い出す――――



詩織の笑顔と咲き誇る桜…


それにあのときの胸を貫くような衝撃と熱さ



俺は詩織を待つ公園で、高校に入学したころの自分を思い返していた。


高校というものに何も希望を抱いてなかった、愚かで情けなかった自分のことを…






***






桜が咲き誇る4月の頭―――――

高校の入学式があるというのに、俺は中学のときと同じように八時間際までベッドで寝こけていて、母さんに叩き起こされた。


「拓海!!!入学式だっていうのに、いつまで寝てるの!?!?もう朝ご飯抜きよ!!早く着替えて学校に行きなさいっ!!!」


母さんは俺から被り布団を剥ぎ取ると、ベッドの脇の窓を開け放ったようで、冷たいんだか温かいんだか微妙な風に俺は身を震わす。

そしてゆっくり目を開けて体を起こすと、母さんが新品の制服を投げつけてきて、それが顔に当たる。


「ぼけっとしてないで早く着替えなさい!!」

「………んー…。」


母さんはバタバタと慌ただしく部屋を出ていき、俺は大きな欠伸をしてからまだパリッとしている制服を掴んだ。

そして見慣れないブレザーを見つめて、大きく息を吐く。


めんどくせぇ…

高校ったって中学とさして変わらねぇのに、入学式とか…

立って話聞くのを想像するだけで行きたくねぇな…


俺は根っからの面倒くさがりだったので、ノロノロと着替えを始めると指定された集合時間ギリギリに間に合うように家を出た。


そして学校へ向かって歩く道中で顔を洗ってくるのを忘れたことに気づき、寝癖の残った頭に手をやった。


入学式にこの頭はやべーかな?

まぁ、誰に見られるわけでもねーからいいか…


俺は諦めてズボンのポケットに手を突っ込んだ。

それから道中、度々中学の同級生と会い「はよー。」と言葉を交わし、中学より少し大きい高校へ到着したところで下駄箱前に立つ赤井を見つけた。


「おせーぞ!!井坂!!」


赤井は中学のときと変わらず朝からハイテンションで、ピカピカと光り輝く笑顔を向けてくる。

堂々と仁王立ちしている姿から自分を待ってたんだと理解して、また中学のときと一緒か…と変わらないことに少し笑ってしまった。


「お前、朝から元気な?」

「おうよ!だって、今日から憧れた高校生!!だぞ!?テンション上がるだろ!!」


赤井は楽しそうに背中をバシバシと叩いてきて、俺は衝撃に目を瞑る。


「いてーよ。」


俺が苦笑して指定されたスリッパに履き替えていると、ふと横を通った女子からいい匂いがして顔を上げた。

後ろ姿しか見えなかったが、背がスラッと高くて細身の女子は、「お前は相変わらずだるそうな!」と言って笑う赤井の横を少しビクつきながら、早足で通り過ぎていく。


同じ側の靴箱を使用してたっぽかったので、きっと同じクラスだろう…

俺はこのときこの女子がちょっと印象に残り、どんなクラスなのかと興味が湧いた。



それから俺は赤井と一緒にこれから毎日通う事になる教室へ足を踏み入れた。


男、多っ!!


俺はほぼ全員揃ったクラスを入り口から見回して、ゴツゴツした男子の多さに目を剥いた。

理数系クラスなので多少予想はしていたけど、ここまでとは思わなかった。

女子は…パッと数えただけでも…8人?


まぁ、女子の甲高い声が苦手な俺にとったら有難いことなんだけど…

女子はこんなクラスじゃ肩身狭そうだなぁ…


俺は女子に同情しながら自分の席に座りクラス内を見渡していると、一際男子にビビる女子を見つけてしまった。

中学の時と変わらず一匹狼のように読書を続ける八牧の前の席に座る一人の女子。

さっき靴箱ですれ違った子だと思うけど、座っているのと俯いている姿から本当に彼女か判断できない。

なんせ窓際の席の俺とは正反対の廊下側の席にいる。


八牧の前だから…

ヤ行の名字か…??それともマ行?


俺は名簿順で並んでいる席推理していると、予鈴が鳴り響いてこのクラスの担任になるという教師がやってきて、一旦考える事をやめた。

そうして担任の指示に従い、面倒くさい行事である入学式に向かう事になったのだった。




入学式はやっぱり想像通りだるいものだった。

落ちてくる瞼をなんとかこじ開け、眠気と闘う。

そして、やっと教室へ戻って来れたときには変な疲労感から、赤井の絡みに返す気力もなくなっていた。


あー…早く帰りてぇ…


俺は入学式を終え、ほっとするクラスメイト達を見ながら、少しずつではあるが仲の良いメンバーで集まりつつあることを分析した。


あっちはアニメとか漫画好きそうなメンバーのグループ。

こっちは部活関係の集まりかな…。皆、クソ真面目な面してんなぁ~…

女子も…、あー…あのうるさそうなのとは絡みたくねぇなぁ…

っつーか、もうあの女子が仕切ってんじゃねぇ…?


俺は小柄でおしゃべりな女子を見てそう思っていたら、さっきの女子のことを思い出して、ふっとそっちに目を向けた。


男子にビビってた真面目そうなその女子は、今も席に座って俯いていた。

余程の人見知りかな…なんて思っていたら、その女子がこっちに初めて顔を向けた。


俺は見てたことがバレる!と焦って視線を違うところへ向けて、しばらくその女子の方向は見れなかった。

このときどうして自分がこんなに焦ったのか分からないけど、心臓がバクバクとしていて不思議だった。


そしてそろそろ大丈夫かと目を戻すと、その女子が八牧と何か話していた。

席が遠いので何を話しているのかは聞き取れなかったけど、俺は八牧から何か言われたその女子の満面の笑顔を見て、全身が粟立った。


全身から電流が走ったように鳥肌が立ち、首から頬にかけてがなぜか熱を持って熱くなる。


――――…なんだ…、これ…


俺は今まで女子の笑顔を見ただけで、こんなことになったことがなかったので、自分の身体が勝手にこうなったことに気味が悪かった。


今思えば、あれが一目惚れした瞬間だったのだけど…

俺はそれから自覚するまで随分時間がかかってしまうことになる。


それから、俺はその女子の名前が知りたくて、誰にも注目されないように教卓までこっそり移動すると、教卓の上に置かれた席順と名前の用紙を盗み見た。


俺の席から正反対の…後ろから4番目…

え…っと…、八牧の前だから…。これか…


たに…?あ、やちか…谷地…『しおり』?


俺は同じ名前の同級生を中学の時に知っていたので、名前を見て驚いた。


山地と知り合い…?なわけねぇか…。

でも漢字まで一緒じゃねぇ?


『谷地詩織』


俺は心の中ではっきりその名前を唱えると、なんだか嬉しくなってる自分がいて不思議だった。

誰かの名前を知れて嬉しいとか、初めての経験だった。


そうして俺は何度も心の中で『谷地さん』と名前を呼ぶ練習をしていると、ふっと窓に映る自分の顔を見て驚いた。


なんだこれ!?

髪朝よりボサボサだし、顔になんかついてる!!


俺は急に朝鏡を見ずに出てきたことに恥ずかしくなって、慌ててトイレに向かった。

トイレの鏡ではっきり自分の顔を見て、さらに恥ずかしくなりながら顔を洗って、濡れた手で髪を整える。

そうしてからタオルどころかハンカチも持ってないことに気付いて、俺はとりあえず手で顔を拭いながら情けない自分の姿に泣きたくなってくる。


くっそ…、ちゃんと早起きすれば良かった…


俺は『谷地さん』に見られてたかもしれないと思うと、恥ずかしさが消えずに悔しさに足を踏み鳴らした。


明日からはちゃんとしよう


俺は心に固く誓って、濡れた顔を乾かそうとチャイムが鳴るまで外で風にあたることにしたのだった。


そうして休み時間を外で過ごして、次の時間を担任の長い話をだらだらと聞いてその日を終えると、俺はさっさと帰ろうと鞄を持って足を進めた。

そのとき前から『谷地さん』が机をよけながらこっちに向かってきて、俺は体に緊張が走って足が止まる。


な…、なんでこっちに!?!?!


俺はまっすぐな『谷地さん』の目が自分に向いていると認識して、顔がどんどん熱くなる。

そうして目の前に来るまで固まったままドキドキしていると、『谷地さん』は違う男の名前を呼んだ。


「西門君。」


え……?


俺は横を通り過ぎる『谷地さん』が、眼鏡の真面目そうな男と話すのを振り返って眺めた。

眼鏡男子は『谷地さん』と気楽に話をしながら楽しそうで、俺は度々「中学のときと同じ」という言葉が出る会話に、二人は同中出身かと理解した。


男が苦手なわけじゃないのか…


俺は今日一日ビビってた彼女を知ってるだけに、男と普通に話す姿が意外で胸に変な感情が生まれる。

モヤモヤするような…少しムカムカするみたいな変な気持ち。

でもどこか彼女のことを知れたという嬉しい気持ち…


あとは、彼女と話す眼鏡男子に向けた『いいな…』という羨ましい気持ち


それがごちゃ混ぜに混ざって、俺は変な気持ちを抱えたまま、その日はまっすぐ家に帰った。




そして、俺は次の日から少し早めに起きるようにして、身だしなみを完璧に整え、学校へ行くように心がけた。

誰に見られてるかも分からねぇんだから、誰に見られてもいいように…


というか…、少しでも自分の存在を彼女に気付いてもらえるように…


俺はそういうちょっと邪な理由で、教室では少しカッコつけながら遠目に『谷地さん』を見る毎日を送っていた。


なにかきっかけでもない限り、自分から話しかけになんかいけない。

俺の周囲には何かとうるさい赤井がいるし、その赤井を気にしてるのかあのうるさい女子、小波までいる。

そして赤井の空気を気に入った奴らがいつの間にか輪に入ってきて、今じゃ島田や北野といった奴らが俺の周りから離れないので、話をするきっかけすら巡ってこない。


なんだこれは…

俺が何をしたっていうんだ!!


俺は彼女に感じるこの変な気持ちの正体を知りたいのに、入学式からずっと平行線なままの状態が生殺しのようで苦しかった。

当の彼女『谷地さん』も八牧や例の男子こと西門君以外とは、あまりクラスで話していないようで、交友関係の狭さに、彼女に対する変な妄想が膨らんでいく。


西門君と付き合ってるとか…?

でもそんな空気は見た感じなさそうだけど…、仲良いのは確かだよな…

八牧と話せただけで嬉しそうだったけど、女子が好きとか…?

いや、そんな女子と会ったこともねぇし…どう見ても、あれは友達だろ…


俺はそう変なことを考えながら、ちらっとでもこっちを見ないかと願う日々を送った。


そして、その願いが届いたのは、入学して一か月以上も経った日のことだったんだけど、俺はあの日のことは一生胸に深く刻まれて忘れられない。


俺はいつもと同じように傍でワーワーと騒ぐ赤井たちを放っておきながら、『谷地さん』を見つめてちょっとでも俺を見てくれないかと思っていた。


俺がこれだけ見てるんだ、ちょっとぐらい気づいてくれてもいいのにな…


俺はだんだん苛立ちも混じってきて諦めかけていたら、願いが届いたかのように彼女の顔がこっちを向いた。


ばっちりと目が合ったと認識したとき、俺は鼻から細く息を吸い込んで咄嗟に視線を外しかける行動を止めた。


せっかく目が合ったのに逸らしてどうする!!!


俺はじっと俺を見つめて視線を逸らそうとしない彼女に、鼓動がドキドキからバクバクまで大きくなっていき、顔が熱くなるのを感じた。


ただ目が合っただけなのに、全身の血が沸騰するみたいで、彼女の視界に入ってることに体が歓喜する。

これをどんな気持ちで表すのだろう…?と思っていたら、首を傾げた彼女が視線を外してしまった。


そのとき、さっきまでのことが嘘のように体温が急激に冷めていった。

でも心臓はドキドキとまだ速くて、俺は少し俯いて自分の胸を押さえてみて、今の素直な気持ちを言葉にしてみた。


俺…、谷地さんのこと…『好き』かもしれない…


俺は誰かのことをこんな風に思ったこともなければ、兄貴のこともあって自分には無意味なものだとさえ思ってきた。

それなのに、そんな概念吹き飛ばすように、今素直に思うのは、『彼女ともっと見つめあっていたかった』ということ…


目が合ったほんの数秒がすごく幸せだった。

この感覚をもっと味わいたいという欲求が胸の中に渦巻いていく。


俺はもうこっちを見ていない彼女を見つめて、『もっと』と欲張りなっていて、自分の中で何かスイッチが入った。


そうなれば俺は今まで行動を起こせなかったことが嘘のように、彼女と接触を図ろうと貪欲に行動を開始した。


その日、たまたまあった席替えで、『谷地さん』がクジを引いたあとに、嫌そうな顔で「ど真ん中だ。」と言うのを見て、俺はクジ引きを担当していた赤井に『谷地さん』の隣になれるよう交渉した。

赤井は怪訝な顔をしていたけど、俺が必死に頼み込むのを見て協力してくれた。


まぁ俺は赤井にたまにしか我儘を言わないんだ、今回ぐらいは大目に見てもらおう…


俺は赤井に感謝しながら席を移動させて、『谷地さん』の隣だということにテンションが上がっていた。

顔が勝手にニヤけるし、これからは隣の席のよしみで声をかけても変に思われない。

それに何より、距離が近いのが嬉しくて仕方ない。


恥ずかしくて『谷地さん』の方は向けないけど、島田と話しながらおかしいぐらい気分がウキウキしていた。

そうしたら彼女の透き通るような声で「美化委員にしようか」という会話が聞こえて、俺は男子の欄が空いてるのを見るなり思わぬ勇気が出た。


「俺!美化委員で!!」


俺は今まで美化委員なんて似合わない委員に入ったこともなかったけど、少しでも接点を増やしたい一心で手を挙げた。

赤井は俺が美化委員だと言ったことに、すごく驚いた顔をしていて少し気になったけど、当の彼女は俺が美化委員になったことに戸惑っていて、立候補するのをやめかけていて、そっちの方が気になり耳を澄ます。


「…どうしようかな…。でも、仕事が一番少ないのは美化委員だもんね…。」


彼女がそう柔らかく呟いた言葉に、俺は奥歯を噛みながら祈った。


頼む…美化委員に立候補してくれ…!!


彼女が俺と接点を持ちたくないと立候補をやめてしまうことも考えられる。

俺はそれが怖かったのだけど、彼女はふっと一呼吸おいてから俺の気持ちを後押しすることを口にした。


「あの…私、美化委員やります。」


俺はすぐ隣で手を挙げる彼女を横目で見つめて、心臓が痛いぐらいに打ち震えるのを感じた。


やった…、やった!!!


俺は同じ委員のところに並んだ名前を見て、こっそり涙ぐんでたのを笑いながら隠した。

それぐらい、今まで何のかかわりもなかった彼女との同じだという共通項が、俺にとったら涙が出そうなぐらい嬉しいことだったんだ。




そうしてここから、俺と『谷地さん』の物語が始まる――――


と思っていたら…、俺は彼女とのファーストコンタクトに失敗したわけなんだけど…


まぁ、それは今思い返しても恥ずかしいぐらい嫉妬のからんだ俺の独占欲なので、省略する。





「井坂君!!」


俺は息を荒げながら駆け寄ってくる、今は彼女になった『谷地さん』こと詩織を見て、表情筋が緩む。


「どうしたの?なんだか嬉しそうだね。」

「んー…、まぁね。あのとき頑張ってよかったなって思ってさ。」

「あのとき?っていつのこと?」


詩織は俺がどんな気持ちで詩織の視界に入ろうと願ってたかを知らずに、能天気な顔で今は俺の顔をその丸い瞳に映す。

俺はそれだけで十分幸せだと思いながら、目の前の詩織を抱きしめた。


すると詩織が笑いながら「変な井坂君。」と甘えてきてくれる。


俺はあのときにはあれ以上の幸せはないと思ってた…

でも、今の方が何万倍も幸せだ


この手で詩織を抱きしめることができる

話をするだけじゃ足りない…


もっと、もっとと欲が深くなるごとに、まっすぐに詩織に向かっていって良かった

あのときの自分があるから、今の幸せな自分がいる


落ち込んだりしたこともあって浮き沈み激しかった時期もあるけど、今までやってきたことに悔いはない


俺は『恋』を教えてくれた詩織に感謝しながら

これからは詩織に対して『愛』を返していこうと、愛しい気持ちを伝える




これからは自分の『彼女』じゃなく、一生隣にいてもらうために光り輝く指輪に誓って――――















井坂視点のはじまりのお話でした。

ここまで長い間お付き合いいただいた皆様、本当に本当にありがとうございました!!

これにて『理系女子の恋』は完結です。

また機会があれば大学生の話もちょこっと書けたらなと思っています。

そのときには、また足を運んでいただければ幸いです。

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