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超常のプラスミド  作者: 釣鐘銅鑼
災禍の坩堝編

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Episode47:静かな部屋、遠い戦場

第七分室。


重たい扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。


帰ってきた。


それだけのはずなのに。


誰も、すぐには動かなかった。


空気が、違う。


見慣れたはずの部屋。


無機質な壁。


並んだデスク。


使い古されたソファ。


全部、同じはずなのに――


どこか、遠い。


ロックは、入口で立ち止まっていた。


靴底に残る感触。


瓦礫を踏んだ感覚が、まだ消えていない。


(……帰ってきた、か)


実感が、薄い。


背後で、リリスが息を吐く。


「……はぁ」


そのまま、ソファに倒れ込む。


クッションが沈む音。


それだけで、少し現実に引き戻される。


「もう無理。今日は無理。何もしたくないです」


顔を埋めたまま言う。


珍しく、本音そのまま。


モルトは、静かにコートを脱いでいた。


血の付着を確認し、淡々と畳む。


動作はいつも通り。


正確で、無駄がない。


だが。


ほんのわずかだけ、手が止まる。


「……検体の回収、間に合いませんでしたね」


小さく呟く。


誰に向けたわけでもない。


事実の確認。


それだけ。


シャルは、入口近くで立ち尽くしていた。


手が、まだ震えている。


結界を張ろうとして――張れない。


力が、戻らない。


「……ごめん」


ぽつりと落ちる。


小さい声。


ロックが、顔を向ける。


「何がだよ」


短く返す。


シャルは、少しだけ目を伏せる。


「……守れなかった」


言葉が、そこで止まる。


続けない。


続けられない。


ロックは、数秒だけ黙る。


それから。


「守れてる」


短く言う。


シャルが顔を上げる。


「……え?」


「全員、生きてるだろ」


それだけ。


それ以上でも、それ以下でもない。


シャルの喉が、わずかに動く。


言葉が出ない。


リリスが、顔を上げる。


ソファに寝転がったまま。


「……ロックさん、それ慰めのつもりですか?」


少しだけ呆れた声。


ロックは肩をすくめる。


「事実だ」


「可愛げないですね」


「そうか?」


「そうですよ〜」


リリスが、小さく笑う。


柔らかい。


ほんの少しだけ、空気がほどける。


モルトが静かに口を開く。


「ですが」


その一言で、空気がまた整う。


「“七罪の二体同時出現”――あれは異常です」


全員が、わずかに視線を向ける。


「偶然とは考えにくい」


淡々と。


「意図的な配置……あるいは、誘導」


ロックが、壁にもたれる。


腕を組む。


「……試されてる、か」


小さく呟く。


リリスが、目を細める。


「誰に?」


ロックは、答えない。


答えられない。


だが。


頭の中には、焼き付いている。


あの瞬間。


掴んだはずの勝ちが――


横から、奪われた。


(……あれは)


偶然じゃない。


絶対に。


沈黙が落ちる。


しばらくして。


シャルが、ふらつきながら椅子に座る。


「……疲れた」


本音。


飾らない言葉。


ロックが、小さく息を吐く。


「休め」


それだけ言う。


リリスが、片手をひらひらさせる。


「はいは〜い、隊長さん」


軽口。


だが、優しい。


モルトが、机の上に資料を置く。


「本日の報告は、後ほど私がまとめます」


「頼む」


ロックが短く返す。


それで話は終わる。


誰も、深く踏み込まない。


踏み込めない。


それぞれが、それぞれの場所に落ち着く。


ソファ。


椅子。


壁際。


第七分室は、静かだった。


本来なら、ここは“帰る場所”のはずだ。


だが今は――


戦場の延長線にある、ただの“空白”みたいだった。


ロックは、窓の外を見る。


街は、いつも通り動いている。


人が歩いている。


音がある。


(……普通だな)


その“普通”が、遠い。


指先に残る。


殴った感触。


砕いた感触。


そして――


止めきれなかった、一瞬。


あの“抜け落ちた時間”。


ロックは、ゆっくりと目を閉じる。


深く、息を吐く。


吐き切れない。


何かが、残る。


胸の奥に、引っかかったまま。


(……次は)


そこで、思考を止める。


今は、考えない。


考えれば――


また、あの場に引き戻される。


目を開ける。


部屋を見る。


仲間がいる。


全員、生きている。


それだけでいい。


――今は。


静かな時間が、流れる。


誰も、何も言わない。


それでも。


確かに、そこにいる。


それだけで、少しだけ――


戦場から、戻ってこれた気がした。


けれど。


足の裏に残る感触だけは、


最後まで、消えなかった。

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