Episode 18:偽典の焔、禍つる刃 2/2
青白い焔が、空間そのものを侵食していく。
それは単なる炎ではない。
フォス=デルマールのプラスミド──
偽典焔《アポクリファ=フレア》。
“神の火”を僭称し、あらゆる存在を“浄化”する焔。
肉体、装備、空気、概念。
その熱圏に晒されたものは、分子構造の段階から崩壊する。
「ちっ……!」
ロックの右肩に焔が噛みついた。
瞬く間に外套の布地が溶け落ち、焦げた臭いが立ち上る。
水も、風も、遮蔽物も意味をなさない。
それは、まるで意志を持つ獣のように──
獲物に喰らいつき、離れない。
「……消えねぇ……この火……!」
「通常の燃焼ではありません」
モルトの声が、わずかに掠れる。
「フォスの因子そのものが“焔”へ変換されています。
接触すれば、対象の“存在情報”ごと焼却される……高度プラスミドです」
「ヒャーッハッハッハァ!!」
フォスの狂笑が、焔と共に聖堂を駆け抜ける。
「異端どもが纏ってるモン全部だァ!
偽善も! 怯えも! 欺瞞も!
ぜェんぶ焼いて、“灰”にしてやるよォッ!!」
ロックが床を蹴り、距離を詰める。
焔の壁を割り、刃を閃かせる──
だが。
「遅ぇ!!」
大剣《禍つ火》が唸りを上げ、弧を描く。
刃の軌道に沿って焔が奔り、
空間そのものを“斬断”した。
「クソッ……!」
灼熱の圧に弾かれ、ロックが後退する。
「援護します!」
リリスのマシンピストルが火を噴く。
──次の瞬間。
「……!? 弾が……消えた……!?」
銃弾は焔に触れる前に、粒子単位で分解されていた。
否──“浄化”されたのだ。
「焔そのものが障壁です……!
通常兵器では、接触すらできません!」
モルトの声に、焦燥が滲む。
「──邪魔なんだよォッ!!」
フォスの咆哮。
大剣が横薙ぎに振るわれ、
焔の斬撃が暴風のように聖堂を薙ぎ払った。
「──くッ!」
床が砕け、リリスが体勢を崩す。
「リリスさん!」
モルトが飛び込み、庇う。
焔の軌道が、目前に迫る──
その瞬間。
「……やめて……っ!」
シャルトリューズの叫びが、空間を貫いた。
左肩の《聖印》が輝き、
緑がかった因子波が広がる。
フォスの焔と──共鳴。
「……ほぉ?」
焔の流れが歪み、
モルトたちを掠めることなく逸れていく。
「やはりなァ……」
フォスが、愉悦に歪んだ笑みを浮かべる。
「お前の中には、“神の種子”が眠ってる。
選ばれし器だよ、少女」
一歩踏み出すごとに、床へ“祈り”の火紋が刻まれる。
「目覚めろ。恐れるな。
真なる焔を──受け入れろォ!」
「……黙れ」
低く、冷え切った声。
ロックが、一歩前へ出た。
「抑止──サプレッション!」
不可視の鎖が空間を裂き、フォスの左腕を絡め取る。
「動きは……止めた」
「……甘ぇなッ!!」
焔が鎖を逆流し、ロックの腕へ噛みつく。
「ぐ、ああああああッ!!」
神経が焼かれ、視界が白く弾ける。
だが、ロックは踏みとどまった。
「ロックさん……やめて……!」
シャルトリューズの声。
《聖印》が再び輝き、因子が激しく揺らぐ。
その波動が、焔に“ノイズ”を走らせた。
「な……!?
焔が……揺らいだ……!?」
「今だァッ!!」
ロックは、全身を灼熱に晒しながら踏み込む。
痛みも、焦げる肉も、すべてを無視して──
──一閃。
刃が、フォスの胸を深く抉った。
「ぐああああああッ……!!」
焔が霧散し、
フォスの身体が祭壇の壁へ叩きつけられる。
──
「……やるじゃねぇか……」
血を吐きながら、男は嗤った。
「だがな……これは……始まりだ……」
青白い焔が再び立ち上り、
次の瞬間──フォスの姿は歪みに呑まれて消えた。
「……逃げた……」
リリスが悔しげに呟く。
「いい。追うな」
ロックは前を見据えたまま言い切る。
「先に……その奥を確かめる」
* * *
聖堂の最奥。
そこには、整然と並ぶ無数のベッドがあった。
横たわるのは、眠る子どもたち。
否──反応を失った“器”。
その額には、シャルトリューズと同じ《聖印》。
「……みんな……」
シャルトリューズの声が、震える。
「……聖印が……」
モルトが端末を操作し、
残された記録を読み上げた。
「“ジェネシス=コード”……
セラフィムの……プラスミド……」
血のような文字が、ログに並ぶ。
――教育プログラム名目による、超常因子の受胎
――対象:六歳以下の孤児
――遺物《原初の因子核》を用いた培養実験
――定着成功率:0.2%
――拒絶反応:精神崩壊/生理機能喪失/自我崩壊
リリスの拳が、音もなく震えた。
シャルトリューズは、言葉を失う。
「……全部……
こんな……」
涙が、頬を伝う。
ロックは、静かに、しかし断言した。
「──絶対に見逃さねぇ。
この街が隠してきたモン……全部、暴いてやる」
《偽典》は、確かに開かれた。
だがそれは──
まだ“序章”にすぎない。




