Episode 13:鋼鉄の墓場
ロウアー・リング──
錆びた鉄骨、崩れた高架。吊るされた廃材が、まるで内臓のように軋みを上げる。
路地に溜まった濁水は廃棄物と混ざり、腐臭が呼吸を刺す。
ここはネオ=アクアリウムの“裏側”。
行政の帳簿からも、人々の意識からも切り落とされた、生者の墓場。
その奥深く。スラムと呼ばれる区域のさらに先──
倒壊したビルの陰に、第七分室の一行は身を潜めていた。
「……子どもたちが失踪したのは、このあたりですか?」
リリスの声は低く、柔らかさは消え、鋭い緊張を帯びていた。
「正確な情報はありません。行政記録も曖昧で、捜査線はここまで届いていない。
この区域自体が、もう“なかったこと”にされているんです」
モルトが瓦礫を避け、冷静に答える。
端末には、わずかに残る監視記録と未確認因子反応のデータが浮かんでいた。
「……こういう場所こそ、目を離した隙に“何か”が潜む。行くぞ」
ロックは煙草を踏みつけ、戦場の色を宿した目で前を見据える。
──向かう先は、スラムの奥地。
かつて教会だった建物を改装した孤児院、《リリーフ》。
ひび割れたステンドグラスと欠けた鐘楼。だが微かな光が、そこに漂っていた。
出迎えたのは、修道服姿のイグナ=リエナス。
赤銅の髪を緩やかに束ね、微笑にどこか影を宿している。
中庭では子どもたちの無邪気な声が響く──だが、それが逆に痛々しく感じられた。
「……昨日、うちの子が一人、行方不明になりました。
リョウ、十歳の男の子です」
「……手がかりは?」
モルトが訊ねるも、イグナは静かに首を振った。
「院内も周囲も探しました。でも……何も」
「……内部を調べさせてもらえますか?」
ロックが問い、イグナは頷く。
「ええ。ただ……その前に、子どもたちと顔を合わせてください。
特にシャルトリューズちゃんが、皆に会いたがっていて」
中庭に戻ると、小柄な少女が恐る恐るシャルに声をかけた。
「……お姉ちゃんも、警察の人なの?」
少女──マイカは、唇を震わせながら告白する。
「……あたし、リョウくんと一緒に孤児院を抜け出して、廃工場に行ったの。
でも途中で怖くなって、逃げ帰ってきちゃった……」
嗚咽が細い肩を震わせ、少女は必死に言葉を続ける。
「……誰にも言えなかった。でも、今なら言えるって思ったの」
シャルは静かにその肩を抱き、言葉ではなく頷きで応えた。
話を聞き終えたロックが、深く息を吐く。
「……廃工場跡地、か。嫌な予感しかしねぇな」
モルトが端末で地図をホログラム表示する。
「該当区域は──旧《オルガ工業地帯》。
経営破綻と同時に放棄され、以降は未登録タグドや非合法集団の潜伏先になっています」
「……そういう場所ほど、“人間じゃねぇモノ”が溜まりやすい。
マイカ、よく話してくれたな」
ロックは少女の頭に手を置き、短く告げる。
「──あとは俺たちに任せろ」
──
旧・オルガ工業地帯。
鋼鉄の骸骨が乱雑に積まれ、朽ち果てた機械が横たわる。
風には錆と油と血の混ざった匂いが漂い、廃墟は巨大な捕食者が口を開けたように見えた。
リリスが白い息を吐き、指を掲げる。
「──【霧の帳《ヴェール=オブ=ミスト》】展開。
敵性探知──五。内一体は……異常因子、反応あり」
「……囲まれてるな」
モルトは目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。
「三時方向に四体。うち一体は“タグド”反応。
もう一体は……構造が異常です。人間の形をしていない」
ロックがナイフを抜き、霧が裂ける光が瞬く。
──その刹那、暗がりの奥から声が響いた。
「ようこそ、“墓場”へ」
現れたのは武装した無法者たち。
その奥に沈黙を纏う異様な“気配”──明らかにヒトではなかった。
肉体は不自然に歪み、内側から何かが膨張するような脈動を帯びている。
ロックが低く告げる。
「……全員、戦闘態勢。手加減すんな。
──下手すりゃ、こっちが死ぬぞ」
刃が霧を裂く。
“鋼鉄の墓場”は、音もなく戦闘の幕を開けた。