ヱピローグ:最高の相棒(パートナー)
目が覚めて真っ先に見たのは、黄土色の天井だった。正確にはフェース王国の西方にあるエデルン王国、その東側の城門近くにある兵舎内の医務室であった。
とても長く眠っていたようで体に力が入らない。頭がボーッとしており宙に浮きそうな気分だった。もしかして天国かと思ったが、左腕の感覚が無くなっていることからも、現実であることは確かだろう。
ヴィクトリアは辛うじて動く首を横にやって、自分と同じタイミングで目覚めたであろう黒髪セミロングの相棒を見て言った。
「ご機嫌いかが、死にぞこない」
「それは君もだろう、死にぞこない」
ジトッとした目で明日音は返した。
フェース王国脱出から二週間が経過したらしい。
ジークフリードを倒したあと気を失った二人は、心配になって戻ってきた新米の騎士たちに運ばれていった。その後、議長が生存者たちを主導し、誰一人欠けることなくフェース王国からの脱出に成功したという。その裏には議長の並々ならぬ努力と、ゾンビとの激闘があったらしいが、二人は気を失って眠っていたので知る由もない。
その後、西へ向かった生存者たちはやっとの思いでエルデン王国へと到達。幸い、エルデン王国にはゾンビの魔の手は及んでおらず(皮肉にもミカエルが実験と称して、フェース王国内に意図的にゾンビを閉じ込めていたおかげでもある)、生存者たちは保護されることとなった。
そして今、ようやく目を覚ました二人は兵舎の二階のテラスにいた。眼前に広がるのは茜色に染まったエルデン王国の情景だった。尖塔がいくつも伸びた都市部に人々の雑踏、その上の高架橋を走る魔動列車。そこにはゾンビたちはいない。
風は透き通るようにヴィクトリアの頬を撫でて、生を実感させる。
「これからどうする」
隣にいた明日音は問う。彼女にとってこの世界の平穏は初めてだ。何をすればいいのかも分からないだろう。
もちろん問題は山積みだ。フェース王国には未だ沢山のゾンビが溢れ返っている。ゾンビたちは周辺地域に広がっていき、その脅威は未だ健在だ。エルデン王国からゾンビの対処法を心得た討伐隊が向かっているが、それだけで全てを解決できるとも思えない。それにこの世界の秩序を守る女神という存在が一人死んだことで、今度どのような影響があるかも未知数だ。
「できれば、エリーナをちゃんとした墓に入れてあげたい」
「……ヴィクトリア」
「今はそれができないっていうのは知っているわ。フェース王国には当分戻れなさそうだし」
かといって、もうヴィクトリアたちにできることはない。国家レベルの話になった以上、一個人はそんなスケールの大きな話に介入する術はなかった。たとえあの地獄を生き抜いた二人でも、今すぐできることは思いつかない。
「んー、とりあえず平和な世界を満喫してみる?」
「平和か……」
「焼肉食べに行く?」
「え……それってどちらかに恋人できたらの話じゃなかったのか?」
ぽかんとしている明日音に対し、ヴィクトリアはそっと右手を向けて笑みを浮かべた。その右手は明日音の頬を優しく撫でて、唇のラインをそっと親指でなぞる。
―――ところで、私と君が恋人になったら、どっちが奢るんだ?
吐息がかかる距離まで顔を近づけると、囁くように彼女は言った。
「今から割り勘にする?」
暫く見つめ合った後、明日音はヴィクトリアの背中に手を回してギュッと抱きしめ、
「すまん、奢ってくれ」
「は?」
「まだ持っていないからな、この世界の通貨」
悪いな、とポンポンと背中を叩いてみせるのだった。
「はぁ……あんたって鈍いわよね。焼肉はなし! なしよ、いいわね?」
「ん? いいけど、どうしてだ?」
「解説したらダメなやつでしょ、これ」
「そうなのか」
「そうなのよ」
ヴィクトリアは明日音を離して、しばらく頭を抱えた。今夜で相棒の関係も終わって、新しい素敵な未来が始まると思った自分を戒める。こいつはそんな奴じゃあないぞ、と。
「ははは……」
「なに笑ってんのよ……恥ずかしがっているのあたしだけじゃない」
「すまんすまん。その、なんだ。私の知らない世界がここにはあるんだなと思って。そう考えるとワクワクしてきて……」
そうだ。明日音は今までゾンビと隣り合わせで生きてきた。生きるか死ぬかの世界で、明日が当たり前にある環境など夢物語のような場所で。
「ま、今日のところは飯食って寝るだけにしましょ。あれだけ寝ても、まだ寝たりないわ~」
「そうだな。寝て起きて、それから考えることにしよう」
「明日もよろしく、明日音」
だからこそ、これから先は彼女に明日の生き方を教えてあげないといけない。当たり前に命があって、多少気を抜いていてもなんてことない、そんな日常が広がる明日を。
「ああ、ヴィクトリア」
笑みを浮かべて返事をした明日音を見て、ヴィクトリアは短く頷いて答えるのだった。
こいつとは長い付き合いになりそうだ。




