Sに手を出すな②
以上の事を話し合い、最終的には例の二人から話を聞く事になった。
「おい、誰も居ねぇぞ?」
そう決めたのは良いものの、入って早々に部屋の中を見回しても五人の姿はない。もしや逃げたのではないかと士は警戒するが、実際は扉をもう一枚隔てた所に在る倉庫に閉じ込めてあるとの事だ。一秒でも長く、逃走に時間を掛けさせる為の苦肉の措置である。
「なら地下室にでもブチ込んどけよ」
「生憎、この施設にそんな物はなかった」
余計な一言が多い士に律義にそう返しつつ、スコットが施錠された扉の鍵を回した。そして、音を立てぬ様にゆっくりと扉を押す。
「おっ、コッチにもポーションはちゃんと効いてるみてぇだな」
入室して真っ先に、縛り上げられた五人をクリントが視認。全員、俯せになっておるか背中を向けておるので、顔は見えん。ただピクリとも動かぬ故、彼は連中に盛った薬品が有効であった事を確信した。
「ヘッヘッヘッヘ、お嬢さーん、オレと楽しくお喋りしようぜー」
それにより、態とらしく巫山戯た事を言いながら、紅一点の彼女に近付いて行くクリント。
「お嬢さん? どう見ても向こうの方が年上だろうが」
「ん? うーん、言われてみりゃそうだな。じゃあ……お姉さーん、オレと楽しもうぜー」
士に指摘され、クリントは言い直した。その様子に呆れたスコットが溜息を吐き、彼に早く聴取を開始する様に迫る。
「バカなことを言っていないで始めるぞ」
「へいへい。じゃあ誰から訊く?」
「まずは隊長からがイイんじゃねぇか? 本命だし」
「なるほど、楽しみは後に取っとくってことだな」
「オマエはもう黙れ」
言うまでもなく、査問は三人で行う。皆、こういう事に不慣れである為、二手に分かれて実行する気にはなれん。誰かが一人でやる破目になるからだ。出来得る限り、それは避けたい。
「では、カレを起こすぞ」
クリントが無駄口を叩く事を止めたので、スコットは扉に背を向けて横たわっておる隊長の所へ接近。乱暴な方法ではあるが、彼を叩き起こそうとした。彼・彼女等は、催眠用のポーションの所為で、体を揺らしたり声を掛けたりしただけでは意識が覚醒せぬからな。
一方その間、残った二人は縄や鎖が弛んでおらぬかチェックするべく、他の四人に近付く。士は女性、クリントは存在感の薄い二人の内の片割れの元へとそれぞれ近寄って行った。
「あっ、なんでオマエがソッチなんだよ」
士が女性を縛る縄に触れようとした寸前に、クリントから実に彼らしい苦情が入った。
「はぁ? あぁ、こっちの方がイイのか。チッ、しゃーねぇ。変わってやる」
「ヘヘッ、悪いね」
クリントの都合により、士は彼と担当を交換した。自然と、寝そべっておる女性が己の背面に位置する形に移行する。結果、この無用な所作が隙となってしまった。
「ガッ……ッッ?!」
気が付けば、首に激痛が走っておった。刺された。だが刃物ではない。小さくて鋭利な物。それが複数。痛みの中で、士は何かに噛み付かれておるのだと感受。同時に、それは背後から奇襲して来た事も理解した。背中に重さを感じたからである。
「グ……ッ! ラァ……ッ!!」
気合と共に背なの異物を振り落とそうとしたが、解放されるどころか苦痛が増すだけであった。その上、思ったより声が出ぬ。恐らく、声帯が損傷した。それでも構うものかと、士は背部から壁に向かって走る。その者を圧し潰す為だ。
「グゥ……ッッ!?」
勢い良く背中から壁に衝突すると、其奴は微かに呻吟する。しかし、口を離しはせん。目論見は崩れた。ただ、声色から女性である事が判明。十中八九、彼女であろう。
「フッ……ン……ッ! ギッ……ッ!!」
正体が分かったところで、手心を加える心算は欠片もない。士は彼女を背負ったまま何度も壁に打つけた。かなり本気で激突させた為、次第に彼女の噛む力が弱まっていく。それを繰り返す事、十数回。遂に彼女の口が首筋から離れた。追撃が敢行される前に、利き手を素早く後ろに回して力尽くで引き剥がす。
「ガッ……ッ、アァ……ァッ!!」
傷口を押さえ、疼痛も抑え、士は片手で彼女を思い切り投げ付けた。目標は、この女性と同じ様にクリントを襲っておる存在感の薄い二人だ。
「ウッ……!?」
「ム……ッ?!」
士の投擲は過たず標的に命中し、彼等は反対側の壁際まで吹き飛んだ。如何でも良い事だが、此処へ来て初めてこの二人の声を聞いた。
(あ、あいつは……?!)
一先ずクリントは安全だと直感した士は、スコットの方に目を遣った。すると案の定、彼は隊長と格闘しておる真っ最中であった。
(た、助けは必要なさそうだな)
しかし、それも間もなく終わろうとしておる。スコットが隊長を制圧しつつある。現在、彼は素手であるが、無難に対応しておる。
「フゥ……ムダな抵抗だったな」
隊長を組み伏せ、スコットが吐息を交えながら彼、及びその部下達にそう告げた。
「チッ、クソ……すんげぇイテー」
目立った外傷のないスコット。それに引き換え、クリントは左手首と右脹脛に齧り付かれて涙目になっておる。傷は深くないと見受けられるが、出血はしておる。早く手当てせぬと倒れるぞ。
(いや、今はそれより優先しなきゃいけねぇことがある)
彼も、治癒力を高める効果を持つポーション位は所有しておる筈だ。自分で何とかするであろう。己にそう言い聞かせ、士はクリントを放置して襲撃者三人の元へ駆け寄る。再度、拘束する為だ。
(あー、クソッ、メッチャいてーわ)
咬傷は完治したが、それでもまだズキズキと痛む。それを我慢し、反攻に転じられるよりも先に、士は急いで彼・彼女等の身柄を確保。女性は臀部から生やした尻尾を巻き付けて、残った二人はそれぞれ胸部と背部に乗っかって取り押さえた。荒っぽいが、致し方ない。縄や鎖を取りに行く時間が惜しい上、そうしておる間に逃げられるかも知れん。加えて、それで束縛する術を知らぬが故の緊急処置である。
「スコット、こっちにもくれ」
対象を自動で縛る縄と鎖を、再び虚空から取り出しておるスコットに、士は同じ物を寄越す様に要請。彼もその要望は予測しておったらしく、既に数本の縄と鎖が床を這っておった。言わずもがな、進行方向は我等の所だ。
「っと……ん?」
このまま突っ立っておると、連中と一緒に捕えられてしまう。なので、即座に三人を縄と鎖の上に放り投げて脇に退いた。
「おい! あのデケェ男はドコ行った?!」
捕縛される四人を視界の端で確認しつつ、士は部屋の中を見渡して仰天した。何と、この五人の中で最も目立つ大男が何処にも見当たらぬではないか。
「チッ! 今の不意打ちはヤツを遠くに逃がすための時間稼ぎか!」
瞬時にそう断じ、スコットは外へ飛び出した。士も即時その後に続く。他方、クリントはポーションを飲み、応急処置も済ませたものの未だ回復中である。その為、この四人や隣室の者共の見張りも必要であるという事で、彼は此処に残った。
「気が付いたか? ツカサ」
追跡に着手した直後、スコットが唐突に問い掛けてきた。
「縄はズタズタに、鎖もバラバラになって床に散乱していた。いちおう、中級悪魔でも引き千切れないような代物なんだが……」
「そうなのか? でも、あの人ら、首とはいえ俺らの筋肉を突き破れる歯……いや、ありゃ牙だな。それと顎も強い。その二つがありゃあ、あの縄ぐらい余裕で噛み切れんじゃねぇの?」
猿轡もしておったのに、意味が無かった様だ。鎖は流石に歯が立たんかったみたいであるが、それでも力任せに捩じ切ったのであろう。現に逃亡に成功しておる。
「てか、睡眠薬は盛ったんだよな? なんで起きてんの?」
「フム、用量を誤ったのかもしれない。魚人を見くび……」
そう言い掛けて、スコットは暫し黙った。士が思わず如何かしたのかと尋ねると、彼は心底呆れ果てたといった様相でこの一言だけを呟いた。
「安物」
「は? どういうこと?」
論を俟たず、士は問い返した。するとスコットは、溜息を一つ吐いて口を開き始める。
「今日使ったポーションはクリントが用意したんだが、アイツが買って来た物はいつもオレたちが使っている物よりも遥かに質の低い廉価品だったそうだ」
その事を今、本人から謝罪と共に報告されたのだ。
「チッ、誰の所で買ったのか知らんが、安ければイイというワケではないんだぞ。安いに越したことはないが、質も伴っていなければダメなんだ。まったく、『安物買いの銭失い』という日本のコトワザを知らんのか、アイツは。だいたい医薬品を安く済ませようだなんてどういう神経をしているんだ。今回は敵に使う物だったが、これが味方に使う物だったらどうするんだ。最後の生命線なんだぞ。第一、今回も良からぬ結果をもたらしているではないか。何かあったらどう責任を取るつもりなんだ。そのせいで誰かが命を落としたら取り返しがつかないんだぞ」
ブツブツとクリントに対する不平不満を垂れ、珍しく不機嫌なスコット。かなり腹に据えかねておる模様。多分、テレパシーを用いた彼への説教も兼ねておるな。
「やはりアイツに任せたのは間違いだったか」
普段はバッキーを通して購入するらしいが、此の度クリントに委任した事は完全に裏目に出た。その事に、スコットは自責の念を抱く。
「いや、だが、責任は頼んだオレにも……」
「そ、それで? 肝心のあいつはどこに向かったんだ? 分かるか?」
これ以上、彼の小言は聞きたくなかったので、士は慌てて話題を変更した。
「ん? あぁ、いいや。だが、普通に考えれば母国に逃げ帰るか、当初の任務を遂行するだろうな」
「出来れば前者がイイけど……ムリそうだなぁ。あの気質じゃあ」
そうなると、奴等の目的を知らねばならん。それは今、クリントが目覚めた者達に訊いておる最中だ。何か分かれば、すぐにテレパシーで連絡がくる手筈になっておる。
「まぁ、あいつが何をするつもりか知らねぇけど、皆の安全が最優先だ。向こうの建物に行くぞ」
士とスコットは一路、級友達が寝泊まりしておる棟へ走る。
「フム、異論はない。もうバッキーも使い物にならないからな」
スコットによると、バッキーの夢遊病に似た症候は、一度動き出して眠ってしまえば次に起床するまでの間は再発せぬそうだ。
「えっ?! じゃあ二人で見付けなきゃいけねぇってこと!?」
「そうだ」
寄りにもよって、失せモノ探しが不得手な二人が捜索せねばならんとは。士は本気で、美輝に事情を話して協力を仰ごうかと考えた。
(こいつらの正体を伏せれば……イケるか?)
しかしその一方で、この様な危ない事に彼女を巻き込んでも良いものかとも悩む。また、熟睡しておるところを邪魔するのも忍びない。そもそも、この様な夜這い染みた行為、此方が怪しまれる事は必至。
(いやそんなこと言ってる場合じゃない。彼女も分かってくれるだろ)
葛藤を乗り越え、士は決意した。美輝に助太刀して貰おう。スコット達の事は超能力者だとでも説明しておけば良い。それを、隣を走る友人に伝えた。すると、彼はこう尋ねた。
「カノジョが把握している範囲はドコまでだ?」
「あ? あー、えーと、悪魔が自分の周りに居ること以外は大体。実在してるって信じてるかどうかは知らねぇけど」
質問の意図を理解するのに少々時間を要したが、士はそう返答した。
「そうか。ならば力を貸して貰おうか。えーと、カノジョの部屋は……と」
女子生徒が泊まっておる所なんぞ、男子生徒に教える訳がない。何処の学校でもそうであろう。ところが、あの男は知っておった。
「コッチだ」
「クリントに聞いたのか?」
「ああ。カノジョたちが話しているところを盗み聞きしたんだそうだ」
「まぁ、あいつを取っちめんのは後にしてそこに急ごう」
為すべき事を改めて認識し、二人は足の回転を速める。それから間もなくして、美輝が宿泊しておるという棟に到着した。
「どの部屋だ?」
「三階の突き当たり」
美輝の居場所が判明し、士達は其処へ急行。念の為、スコットは窓側から忍び込む事になった。
「周りの生徒を起こすなよ」
「分かってるよ」
スコットと別れた士は直走る。逸早く、彼女の助力を得たい為だけではない。彼女自身の安否も気に掛かる。寧ろ、後者の感情の方が心を占めておると言っても良い。故に、彼女の元に押っ取り刀で駆け付ける。得物は持っておらんが。
(あっ!? やべ! 部屋の鍵がねぇ!)
階段を十段飛ばしで駆け上っておる途中、士はその事に気が付いた。だが、取りに戻っておる暇はない。第一、在り処が分からん。諦めて、静かに錠を壊して侵入する事にしよう。
(いや、たしか先生が見回りするから鍵は掛けるなって言ってたような……ん?!)
そうこうしておる内に、三階に着いた。しかし、士の走りは此処で止まった。目当ての人物が走り去って行くところが見えたからである。
(居た!! あいつだ!!)
大男だ。しかも彼は、士が入ろうとしておった部屋から飛び出て来た。更に、その腕に人間大の何かを抱えておる。状況から推察すれば、女子生徒の誰かであろう。人質の心算か。




