第30話:Sに手を出すな
あのまま彼処に留まっておっても埒が明かぬ為、拿捕した魚人共を引き連れて一旦宿舎に戻った。尚、彼・彼女達を連行した建物は、皆が泊まっておる棟から離れた場所に在る。序でに、奴等の武装も没収して、スコットが所有する亜空間の内部に仕舞い込んである。
「あれ? 沢渡さん、出ねぇな」
其処に到着すると、士は早速とある人物に連絡を取ろうとした。ところが、呼び出し音が一向に止む気配がせぬ。もう夜も遅いので眠りに就いたのかも知れん。
「まぁ、明日……じゃなくて今日の朝一で電話すりゃイイか」
士はそう独り言を呟いて沢渡との通話を諦め、別の用事を済ませたスコット達の方に向き直った。
「わりぃわりぃ、待たせたな」
「いいや、構わない。だが、その様子だとダメだったみたいだな」
「ああ。でもまぁ、いちおうメールは打っといたし、読んだらすぐに向こうから連絡してくんだろ。内容が内容だからな」
外国人が許可なく大勢で入り込もうとしたのだ。侵略行為以外の何物でもなく、確実に国際問題に発展する。その上、相手は魚人である。そうなれば、最早我々の手に余る。この事態に対処できそうな者を、我等は沢渡の他に思い当たらぬ。
「それよりも、今しなきゃいけないことを考えよう。当面の問題はあの人らの処遇だけど、どうする?」
「訊けるモンはオレらで訊いといた方がイイんじゃねぇか? その方がサワタリさんとやらの仕事も減るだろ」
士の問い掛けに、クリントが欠伸を噛み殺しながら答えた。
「尋問か。そういうことはバッキーが得意なんだが……」
「アイツが得意なのは拷問だろ」
「おっと、そうだったな」
スコットとクリントが物騒な話をしておると、士の中でふと疑問が生まれた。
「そういやぁ、バッキーが居ねぇな。まだ寝てんのか?」
「ああ。グッスリお休み中だ」
「きっとヨダレを垂らしてイイ夢を見ている頃だろう」
二人にそう聞かされ、士は更に尋ねたい事が出来た。
「もう寝たのか? さっき起きて暴れたばっかりだろ?」
「起きた? いいや、アイツはずっと熟睡しているぞ」
スコットが返してくれたが、三度疑念が頭を擡げる。
「は? あー、ってことは侵入者たちを片付けたのはクリントか。てっきり俺はバッキーがやったモンだと……」
「いや、ソレは合ってる。あの不届きな野郎共を始末したのはバッキーだ」
そう返答したクリントの所為で、益々(ますます)脳が混乱する士。取り敢えず自分なりに整理してみて、口に出して確認する。
「えーと、バッキーは眠ったまま連中を処理して、今もまだ夢の中ってこと?」
聞いた限りでは、彼は夢遊病に類似した症状を内に宿しておるのではなかろうかと士は推論した。
「そうだ」
「だからさっきからそう言ってんだろうが。アホかオマエ」
その推理を二人は肯定した。ただ、クリントが不必要な単語を付け加えたので、反撃の意図を籠めてこう言い返した。
「うるせぇぞ緑髪。やってることが現実離れしすぎて頭がついていかねぇんだよ」
「なんだテメェ! オレの髪の色バカにしてんのか!」
思った以上に彼は憤激した。しかし、決して嘲った訳ではない為、弁解しておく。
「してねぇよ! お前の髪の色が緑なのは単なる事実だろうが!! 悪口ってのはこういうのを言うんだよワカメ野郎!!」
「あんだとテメェこの野郎!! もうイッペン目ん玉ブチ抜くぞ!! 今度は脳ミソごとだ!!」
「コエーこと言うなよ!」
本来ならば釈明しなくてはならぬ筈であるのに、何故か士は罵声を上乗せする。クリントが憤慨するのも詮無き事よ。
「オマエたち、ケンカは後にしろ。今は他にしなくてはならないことがあるだろう?」
そんな此奴等を見兼ね、スコットが仲裁に入る。それにより、元より本気では無かった二人の下らぬ諍いはアッサリ終了。為すべき課題に取り掛かるべく、魚人達の所へと向かう。その道中で、気になる事を訊く。
「あの人らはどこに容れたんだ?」
士は此処に着くや否や沢渡に電話を掛けた為、彼奴等が何処に収容され、どの様な状態で居るのか知らぬ。それ故の質問である。
「気絶している者は広めの多目的ホールに、最初に遭遇した五人はその隣の部屋にそれぞれ留置している」
「ドッチも術を施した縄と鎖で縛ってあるし、いちおう催眠用のポーションを嗅がせたから、逃げたり暴れたりはしないハズだぜ」
スコットとクリントは、各々自身が為した事を教えてくれた。
「念には念を、ってことか。じゃあ、バッキーが処分したヤツらは?」
「あー、知らね。アイツが自分で処理したんじゃねぇの? どうなんだ?」
その事に関してはクリントも把握しておらぬらしく、スコットに問う。しかしながら、彼も聞き及んでおらぬ様で、首を横に振る。
「だがまぁ、最低でも人目に付かない所に隠してあるだろう。痕跡も隠滅しているハズだ。それぐらいの理知や常識は残っている」
「ホントに大丈夫なんだろうな? 大事になんのはゴメンだぞ」
「ソレについては問題ないだろう。向こうは無断で入国、そのうえ日本の子女がたくさん居る建物にコッソリ立ち入った。それも武装してな。内容物から殺意もあったと推測できる。何かあっても正当防衛が成り立つハズだ」
スコットはそう言うが、士は過剰防衛だと見做されないか如何かが気懸かりだ。更に、不安の種は別のところにもある。
「いや、それもそうだけど、それだけじゃない」
普通の人間にこの様な芸当は到底不可能。此度の事は自らが単独で行ったと説明しても、沢渡が納得してくれるとは限らぬ。職業柄、そういう事に関しては鋭い女性だ。故に、それを危惧した士はスコットを指差してこう述べる。
「お前が悪魔だってことがバレるかもしんねぇぞ? こんなだけの数の魚人をフン縛ったんだから。仮に悪魔だと疑われなくても、結果的にはそうなるかも」
職務上、如何なるモノであれ、沢渡もその同業者達も人外の存在を常に認識しておきたい筈だ。そうなると、一度疑義の目で見られれば、何時の日か身体検査を要請される事も考えられる。拒否すれば更に怪しまれるので、健診は受けざるを得ぬ。そして、其処から芋蔓式に悪魔である事が露呈してしまう可能性がある。全て我等の憶測に過ぎんが。
「フム、そんな心配は要らない。なぁ?」
「あ? あぁ、スコットの言う通りだ。オマエが気にすることじゃねぇよ」
だが、スコットもクリントも士の憂慮なんぞ一笑に付した。
「コチラに来る時、散々クギを刺されたからな。対策は怠っていないつもりだ」
「そもそもオマエが喋らなけりゃ疑われもしねぇだろ」
確かにクリントの言う通りだ。無論、士に口外する気は微塵もない。ただ、人間か否かの差異を鋭敏に感じ取る能力・体質を持つ者が、沢渡と一緒に来る事も充分に有り得る。加えて、こういう危険性もある。
「でも、あいつらが喋ったら……」
先程スコットだけを指し示したのは、彼だけが奴等に面が割れておるからである。
「超能力者だと? どうせ誰も信じないさ。カレらの言葉なんて」
「不法入国者と留学生。ドッチが信用に足るかなんて分かりきったことだろ?」
彼等の頼もしい物言いに、士は己の考えが杞憂であると悟った。
「ソレにオマエには悪いが、カノジョたちが来たらオレたちは部屋に戻る」
「えっ?! ま、まぁ、そうすんのが妥当か」
何やかんや言ったり考えたりしたが、機密保持の為には結局それが最善の策であろうな。別の手段として、以前ジンメンの事件の時に用いた記憶消去装置があるが、今回は使えぬ。アレの使用許可は、直接的にせよ間接的にせよ悪魔が関係しておらぬと下りんからな。あの道具は、悪魔の存在を人間界に住むモノ達から隠匿する為の物。それ以外での濫用・乱用は許されん。スコット達が関わっておるが、それだけでは正当な理由とはならんのだ。
(ん? ってことは、これ全部、俺がやったことにしなきゃなんねぇのか? 縄と鎖は事前に回収してもらうとして、沢渡さんにどう説明すりゃイイんだ……)
自分一人で応対せねばならぬ事を想像すると、士の気分は若干沈んだ。またそれと同時に、もう一つ配慮しなくてはならぬ事柄を思い出す。
「さっきバッキーが処分したヤツらは『隠してあるかも』って言ってたけど、永遠にそうしとくワケにはいかねぇだろ? どうすんの?」
「頃合いを見て気絶している者たちに紛れ込ませておく」
「そんなんで誤魔化せんのか?」
「あの状態のバッキーが手を下したのだから肉体の損壊は少ないハズだ。言い訳はいくらでも出来る。もし怪しまれたら『当たり所か運が悪かったんだろう』とでも言っておけ」
スコットの言い分に、士は人間なら当たり前の反駁をする。
「なに言ってんだお前は。それだと俺が殺人犯だって思われるだろうが」
「ハァ? オマエこそナニ言ってんだ。別に誰も死んでねぇだろ」
すると、クリントが訝しげな表情でそう返事をした。
「へ?! いやだって……」
如何やら、士は勘違いしておった様である。バッキーは彼等の命までは奪ってはおらぬそうだ。中には四肢を切断されたり内臓が飛び出たりしておる者は居るかも知れんが、息は一応ある。基本的には、痛め付けはしても殺したりせぬ。そういう習性はキチンと残存しておる等と二人は言う。
「そ、そうだったのか……」
「ああ。だから心配しなくてイイ」
最大の懸念事項が消え、士は肩が軽くなった気がした。
「とはいえ、なるべく早めにアイツから連中の在り処を訊き出さなくては」
「あいつ、覚えてんのか? 頭は寝てんだろ?」
「おぼろげだが、その時のことを知覚はしている。少なくとも今まではそうだった」
「ふーん。あ、ここか?」
中途半端だが、会話はこれで御終い。多目的ホールに辿り着いた。扉に掛かった鍵をスコットが解錠。三人は揃って入室した。因みに、鍵は管理人室からくすねた。
「みんな大人しいな」
僅かに扉を開けて中の様子を確かめると、数十名の人影が床に寝転がっておった。小さく鼓動と呼吸音が聞こえども、身動ぎ一つ見られず、呻き声すら耳には入ってこぬ。催眠用のポーションが正常に機能しておるみたいだが、それは遺体でも安置しておるかの如き有様であった。唯一、縄や鎖が絡み付いておる点が物言わぬ骸と異なる。死人にその様な物は不要だ。そして、我々も此処に用事はない。ただし、部屋を出て行く前に、スコットからとある作業を強制された。
「巻きつく時は自動なのに、なんでこれは手作業なんだ?」
「性分だ。この縄も鎖も、緩んでも勝手に締まるが、自分の手で確かめないと気が済まない」
神経質な性格の彼に付き合い、士とクリントも奴等の拘束が緩んでおらぬか否かだけ点検して回る。それが完了すると、忘れずに施錠して隣室に移動。その短い間に、スコットから次の方針の提示があった。
「尋問するのなら、あの『隊長』と呼ばれていた人物が良さそうだ。情報を一番持っているだろうからな」
「個人的にはあの女の人とお喋りしたいなー」
矢庭に、クリントが戯けた。当然、スコットが窘めるかと思ったが、意外にも彼は賛成した。
「フム、そうだな。情報源は多い方がイイ」
情報の整理や真偽の判断は、沢渡達に行って貰えば良い。
「他の者たちよりか話も通じそうだし、適任だな」
「おっ? マジで?! じゃあ……!」
「だからといってオマエ一人に任せたりはしないぞ」
口を開く直前にスコットに遮られ、クリントは不機嫌そうに顔を顰める。それでも尚、彼は友人の言葉に従う意思を示したが。
「でかいヤツと存在感の薄い二人はどうする?」
その話題を引き継いで、士は万が一の為に彼等からも話を聞いた方が良いのではないかと提言。それに対してスコットは、あまり時間を置かず『要らん』とだけ回答した。
「まぁ、あの性格からして、でかい方は起こしても暴れて話をするどころじゃなさそうだし、他の二人はそもそも口を利けるかどうかも怪しいしな」
彼に続き、士もその三人を寝かせたままにしておく事にした。ところが、珍しくクリントがその結論に待ったを掛ける。
「いやいや、ソレはちゃんと確認した方がイイんじゃねぇの? もしかしたらイチバン有益な情報を持ってっかもよ?」
一理ある。だが、それは我々がせずとも沢渡達がやってくれる筈だ。我々がしようとしておる事は、あくまでも彼女達の補助に過ぎん。それに、本音を言えば五人も審問する余裕がない。我々に出来る事は精々、先の二人の審問と他の者が自害したり逃亡したりせぬ様に用心する程度のものだ。




