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デビル・ミュータント  作者: 竹林十五朗
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第29話:綿津見(わだつみ)の激突

 あの後、士はクリントとバッキーを伴って大浴場へ(おもむ)いた。

「あぁーっ、イイ湯だわー」

 親父臭い台詞(せりふ)を吐くと同時に、巨大な浴槽に浸かる士。

「オマエ、ちゃんと体は洗ったんだろうな?」

 其処(そこ)に、一足先に浴場へと来ておったスコットが訊いてくる。その口調はとても厳しい。しかし、そうは言っても、士とて日本で生まれ育って早十五年と少しが経つ。故に、その程度の常識は(わきま)えおって(しか)るべきだ。

「当たり前だ。お前に指摘されるまでもない。ていうか、お前こそよく知ってたな」

「日本の文化や風習は、ひと通り頭に入れてきたからな。というより、皆で使う場所なのだから普通はそういう発想に至るさ」

「世の中にはそういう発想に至らないバカも居るんだよ」

 士がスコットと会話しておると、背後からバッキーが声を掛けてきた。

「ねぇ! アッチに露天風呂あるんだって! 二人も来なよ!」

 興奮気味に二人を誘うバッキー。何でも、海に(のぞ)んでおるらしい。日が昇っておる間であれば、中々の絶景であるという話だ。今は夜中であるが、月明かりもあるので我々には関係ない。(むし)ろ、人間の目には映らぬ景色が観覧できるかも知れん。ただ、彼が風景に関心があった事は意外である。

「フム、夜の海を観ながら湯に浸かるのも風情があってイイな」

 バッキーの提案を聞いたスコットは、期待を籠めた言葉と共に湯船から上がった。

「夜の海なんか観て何が面白いんだ?」

 そう呟きながらも、士も彼等に(なら)って外へ出た。己も夜目が利く事を思い出したのだ。

「そういえば、クリントはどうした?」

 露天風呂に向かう途中、スコットがそう尋ねた。クリントとは脱衣所までは確かに一緒であったのだが、浴場に入ろうとした時には既に姿を消しておった。先に入浴したのかとも考えたが、中には全く見当らぬ。

「まさか、また懲りずに女湯を覗こうしているのか?」

 僅かな怒気を孕ませ、そう漏らしたスコットの顔付きは険しい。士はその(たたず)まいに若干の恐怖を覚えつつも、クリントを弁護する。

「ま、まぁ、いちおう釘は刺したし、あいつもそれを破ったらどうなるかぐらい分かってんだろ」

「フム、さすがにソコまでバカではないか」

 スコットがそう言うと、斜め前から話の当人らしき声が聞こえてくる。

「ったりめぇだタコ。人聞きが悪いにも程がある」

 其方(そちら)を振り向くと、案の定クリントが露天風呂に一人で浸かっておった。

「なんだオマエ、最初からコチラに来ていたのか?」

「ああ。コッチの方が落ち着くからな」

 湯桁(ゆげた)に足を突っ込みながら為されたスコットの質問に、クリントはそう答えた。だが、これが本心とは思えんかった士が、湯の中にゆっくり腰を下ろしつつ改めて訊く。

「ふーん。で? 本音は?」

「この壁の裏にパラダイスがある」

 クリントはそう言って、後ろの壁を一本だけ立てた親指で示した。

「ほう……」

 彼に反省の色が見られぬと判断したスコットは、虚空から得物を取り出す素振りをした。しかし、そんな彼の危ない行為を士がすかさず注意する。

「アホッ、そんな物騒なモンこんなトコで出すなっ」

「……分かっている」

 (さと)されたスコットは、ブスッとした表情でそう述べた。彼も、本気で武器を抜こうとした訳では無かったのであろう。其処(そこ)まで愚かではない筈だ。冗談で(おこな)った事を真面目に(たしな)められたら、そら不機嫌になろうというものだ。

「クハハハッ! ジョークだよジョーク!」

 そんな士とスコットの遣り取りを見て、クリントは愉快そうに笑った。

「本当にジョークか?」

 そうスコットが確認すると、クリントは短く『ああ』と言って肯定した。ただ、この件はこれで終了したが、彼には少し気になる事がある様子。

「そういやぁ、さっき結界の点検しに行った時もなんだが、何か変な虫っぽいモンがこの辺をウロウロしてんだよなぁ」

「何ぃ? なぜそういうことを早く言わない」

 スコットがまたもや怒った。それに負けじとクリントも反論する。

「言う前にテメェにとっちめられて別のことを問い詰められたからだよ。んで、ココに来たらまたソレを見かけたから思い出したんだ」

「あっ、ボクもソレ見たかも。ボクが見たのはコウモリっぽかったけど」

 バッキーからも、その奇妙な物体の目撃証言を得られた。

「そんな怪しい物を何で放っておいたんだ?」

「ちっちぇ上にすばしっこくてな。あっという間に見失ったんだ」

「ボクも。ケッコー探したんだけど全然見つかんないんだよねぇ」

 スコットの詰問に、クリントとバッキーは正直に応答した。

(虫にコウモリって、まさか……?)

 彼等が見たと言う虫、或いは蝙蝠(こうもり)と思われる物体。士にも我にも、何となくではあるが心当たりがあった。なので、思い切って確かめてみる。

「なぁ、それって金属で出来てなかったか?」

「ん? あー、さぁ、どうだったかなぁ。ちゃんと見たワケじゃねぇしなぁ」

「うん、目の端にチラッと映っただけだったから」

 クリントもバッキーも、その物体をちゃんと視認してはおらぬみたいである。

「何だ、ツカサ。二人が言っているモノが何なのか知っているのか?」

 士が問うた内容に興味を持ったスコットに、逆に問い(ただ)された。

「あーまぁ、多分」

 士はそれに返答しようとしたが、己が存じておる事を彼等に教えて良いものであろうかと(しば)逡巡(しゅんじゅん)した。乙女の秘密に関わる事であるからだ。

「何だ? 言え」

 押し黙る士を見て、此奴(こやつ)が何か把握しておる事を看破したらしく、スコットが迫ってくる。

(いや待てよ。コイツら、光が魔術師だってことはもう知ってるんだったな)

 思い返してみればそうであった。ならば伝えても構わぬかと考え、士は意を決して口を開く。

「あぁ、そりゃたぶん光のゴーレムだよ」

「ゴーレム? ヒカリさんの?」

「あー、そういやカノジョ魔術師だったな」

「フム、なるほど、クリントのような輩が現れることは容易に予想できる。だからあらかじめ、いくつものゴーレムを巡回させていたんだな」

 士の説明で納得した三人。スコットに至っては、その経緯すら推理してみせた。そして、それは間違いではなかろう。

「けど、光が何も言ってこないってことは、不審なモンを何も発見してないってことだろうな」

 士のその言葉に、クリントは異議を申し立てる。

「いやいやオレ嘘は言ってねぇよ?! マジで! マジでっ!」

「誰もオマエを嘘吐き呼ばわりはしていない。もしかしたら、隠れるのが達者なモノの仕業で、彼女のゴーレムでも探知できないのかもしれないし」

 そう言いながら、スコットがチラリと視線を向けた者はバッキー。言を()たず、彼は抗議する。

「何? 言っとくけど、ボクは覗きなんかしてないからね」

「分かっている。ただ、オマエに似た能力を持ったモノがこの付近をウロウロしているのではないかと思っただけだ」

 そう自己弁護をしたスコットは、これ以上話す事はないと見做(みな)し、一足先に風呂から上がった。

「お先に失礼する」

「ああ、オレたちゃあまだ入ってるから」

「分かった。あぁ、あとクドいようだが、くれぐれも……」

 スコットは立ち去る前に、最後の忠告をしようとした。しかし、あまりにもしつこいので、クリントはうんざりした風体(ふうてい)で食い気味に返事をする。

「分かってるって」

「そうか。ならイイ」

 スコットはそう言うと、今度こそ本当に出て行った。

「フゥ。さて、コレで邪魔者は居なくなったな」

 口煩(くちうるさ)い監視役が不在になったからか、クリントが薄ら笑いを浮かべながらそう述べた。現在の彼の脳内は、手に取る様に理解できる。ただ、実行に移さぬ限り、士も密告する気はない。一応、警告だけはしておくが。

「すんなよ」

「チッ、うるせぇヤツがもう一人いたか。でもまぁ、またブッ飛ばされんのもゴメンだし、しゃーねぇ。今回は潔く諦めるわ」

 彼のその台詞を聞いて、士は安堵した。ところが、それは即刻裏切られた。

「とでも言うと思ったか!!」

 此方(こちら)に生じた一瞬の隙を突き、クリントは行動を起こした。彼は座った体勢から瞬時に起立し、自身のすぐ背後にあった男湯と女湯を隔てる壁を超人的な脚力で跳び上がったのだ。この壁は結構な高さがあり、尚且(なおか)つ腹まで湯に浸かった状態であった。その筈なのに、彼はそれをものともせず楽々と(へり)に手を掛ける。

 言うまでもなく、士も矢庭に後を追って彼を叩き落とそうとした。ところが、腰を上げようとした途端、その必要はないと分かった。彼が落下したのだ。

「うぉっ?!」

 クリントが自分の頭上に目掛けて落ちて来た為、士は慌てて避けた。その所為で、湯船から大きく水飛沫が上がる。

「ブハァッ!! オッ、オマエらっ、ドッチかが受け止めてくれよっ」

 高所かつ不安定な姿勢で転落したにも(かかわ)らず、溺れる事もなく湯船から這い出たクリント。大した負傷もせんかった彼は、(そば)()った士とバッキーに()せながら怨み言を垂れた。

「下がお湯だったから助かったけど一歩間違えたら大惨事だったぞ!!」

「アホなこと言うな。自業自得だろうが」

「まぁ、助ける義理はないよね」

 何時(いつ)の間にか浴槽の端の方に避難しておったバッキーも、士と同意見であった。

「んなことより、何でいきなり手ぇ離したんだ?」

「『んなこと』ってオマエ……まぁイイや。いや、何かさぁ、急に手に痛みが……」

 士が落下した理由を尋ねると、クリントは右手を(さす)りながらそう言った。

「ん? 何じゃコリャ? 虫?」

 彼の手を観察してみると、小さな蜘蛛らしき物体が付着しておった。明らかに生物ではないそれは、我等もよく見知った物であった。

「あぁ、それだよそれ。それが光のゴーレムだよ」

「へぇ、コレがそうなのか。よく出来てんな」

「うん、人間の魔術師にしては性能が良さそうだね」

 光が(こしら)えたチタン合金製のゴーレムを見て、二人の悪魔は感心した。自分達も専門外であろうに、物の善し悪しが分かるのかね。

「何にせよ、コレが咬みついたか引っ掻いたかしたんだな」

 クリントは(しか)(づら)で手に乗った蜘蛛型のゴーレムをパッと払った。

「たぶん、偵察中だったんだね。で、たまたまクリントが無体なことをしようとしたのを察知したからお仕置きした。そんなトコかな?」

「それが妥当だろうな。まぁ、血は出てねぇみたいだし、イイ懲らしめになったんじゃねぇの?」

 士とバッキーが、各々意見を述べた。

「チッ、虫も殺さねぇようなカワイイ顔して、やることがなかなか苛烈じゃねぇか、カノジョ」

 一方のクリントは、そう言うと共に、未だに痛みが残る手の甲を揉みつつ湯船から上がった。

(もうそろそろ次のグループの時間だし、俺らも上がるか)

 備え付けの時計を見遣()り、士も彼に続く。一応、バッキーにも声を掛けたので、彼も一緒に上がった。こうして、臨海学校初日の入浴は無事に終わった。

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