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デビル・ミュータント  作者: 竹林十五朗
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    危険のサイン②

 この数分足らずで気が付いた事がある。誤解しておったのは我等の方かも知れん。彼と机を並べて(はや)数ヶ月間が経ったが、もっと慎重な性格であると勝手に思い込んでおった。ただ、友人の新たな一面を垣間見られて、士は少し嬉しく思った。それと同時に、ある考えに至る。

「なぁ、お前さっき『海の神に嫉妬されたから海に入れなくなったかも』って言ったよな?」

「ああ、そう言ったな」

「仮にそれが本当だとしても、普通は逆じゃないのか? お前が山にばっかり行ってたのが嫌なら、海の神様はそっちに行きづらくなるようにするモンじゃないのか? なんで更に自分んトコに来にくくするんだよ」

「あー、そう言われてみればそうだな」

 思い付きではあるが、士は自身の推論を述べてみた。すると天道は、その言説に得心がいったらしく何度か頷き、こう言った。

「なら山の神様がもっと山に来るように仕向けたのかもな」

 元々、彼は海にも山にも頻繁に訪れておった。ならば、片方が行けなくなれば、自然ともう一つの方へ足を向ける。山の神はそう目論んだのであろう。何の根拠もない憶測に過ぎんが。

「う~ん」

 先程の自説を言い終えた後、天道は唸った。論を()たず、士は何故なのか尋ねる。

「どうした?」

「いやぁ……よくよく考えてみればその結論に行き着くはずなのに、どうして海の神様が嫉妬したなんて思ったのかなって」

「ていうか大抵の人は『神様のせいだ』なんて考えねぇだろ」

「あー、それもそうだな。本当に……どうしてそんな風に考えたんだろう?」

 そう呟いて天道は悩んだ。しかし、彼はこの数年間、先述の所感を信じ込み続けておった。その理由は、そう簡単には判明せぬであろう。

 天道が熟考し始めてから(しばら)くして、海から上がったクリントが二人の元まで歩いて来た。その後ろには、加賀美も付いて来ておる。

「オイ二人とも、もうそろそろメシの時間だぞ」

 その茶色に染められた髪から海水を(したた)らせ、クリントはそう告げた。

「じゃあ、こっから出してくれよ」

「はぁ? テンドー(天道)はともかくテメェは自力で出られんだろうが。ったくしゃーねぇな」

 面倒臭がりつつも、クリントは砂山から士を引き()り出そうとした。有難いが、問題はその方法である。

「いだだだっ!! お前! なんで髪を引っ張るんだよっ!!」

「あ? コレが一番手っ取り早いんだよ」

 悪びれる様子も一切なく、クリントは作業を続行。言うまでもなく、その所業に士は抗議する。

「アホか!! 抜けたらどうしてくれんだ!! もっと普通に出せ!!」

「抜けねぇよ。頑固な毛根してんだからよぉ。てか、抜けてもどうせまたすぐに生えてくんだろ。あんま気にすんな。ハゲるぞ」

「なんちゅう言い草だ……」

 下らぬ一悶着はあったが、最終的には出る事ができた。尚その隣では、天道の胴体の上に盛られた砂を加賀美が蹴って崩しておった。此方(こちら)も乱暴ではあるが、士に比べれば大分(だいぶん)とマシだ。

 クリントに教わった通り、昼時になったので皆は食事を摂るべく宿舎に帰る。ただし、午後からも海水浴はある為、水着は着用したままだ。故に、その為の設備は外に造られてある。また、暑い陽射しがあるとはいえ、風邪を引く可能性は捨て切れぬ。なので、濡れた体を一旦バスタオルで拭いてから戻った。

 其処(そこ)に待っておった物は昼食。本日のメニューは冷麺(冷やし中華)であった。それを美味しく頂き、午後からまた遊び呆ける。今日はそういう流れである。

(うーん、午前中はあんまし海に入れなかったし、昼からは思い切って遠くまで泳いでみるか)

 これからの方針を決めた士は、胡麻(ごま)ダレの絡んだ麺を豪快に(すす)った。その勢いを維持したまま、瞬く間に皿の上を(から)にする。

「ふぅ、ごちそうさん」

 昼餉(ひるげ)を食べ終えた士は、未だ舌鼓(したつづみ)を打っておる友人達を残して席を立った。折角なので、食後の運動がてら先刻の宣言を実行しよう。そう決意し、浜辺まで走って向かい、速度を全く落とさずに海へと飛び込んだ。

(せっかくだし、どんだけ潜水できるか挑戦してみるか?)

(止めておけ。何時間、潜行し続ける心算(つもり)なのだ。貴様が限界まで挑もうとすれば、皆に溺れたと勘違いされるぞ。全然浮かび上がって来ぬから)

(やっぱダメか。まぁ、それはまた別の機会にでもやるか)

 一頻(ひとしき)り泳いだり潜ったりした士は、そろそろ皆も此方(こちら)へ来る頃合いであろうと予測し、砂浜まで戻ろうとした。だがその時、それを阻むモノがあった。

(痛っ?!)

 突如、(くるぶし)の辺りに激痛が(はし)る。何の前兆もなく襲った苦痛に吃驚(びっくり)し過ぎて、肺の中や血中の酸素の(いく)らかが泡となって消えた。士は咄嗟にその部分を(さす)るが、傷痕なんぞある筈もない。ただ、体質によって瞬時に治癒したのか、もしくは最初から無かったのかは分からぬが。少なくとも出血はしておらぬ。

(クソッ! なんだっ?! クラゲにでも刺されたか!?)

 そう考えた士が周囲を見回してみるも、何も確認できぬ。眼球を魔人化させて視力を強化しても、それらしきモノは映らんかった。

(いや、まだそんな時期じゃないか。そもそもこの辺ってあんまり発生しないらしいし。じゃあさっきのは一体……)

 今し方、自身が経験した事を踏まえ、熟慮する士。前例がないからといって、『海月(くらげ)が現れる訳がない』と断定するのは早計であるし、危険だ。とはいえ、直様(すぐさま)この事を教員に通報するのも(はばか)られる。何故ならば、教師達に報告したくても、士では海月(くらげ)の存在を証明する事は不可能であるからだ。刺された痕もなく、実際にその姿を目撃してもおらぬ故に。それに、(いたずら)に生徒達を怖がらせたくはない。

(うーん……けど、そんなこと言ってる場合でもねぇしなぁ。ホントに居たらヤベェし。一応、スコットたちにだけでも知らせとくか。最悪、もっと危ないモンが潜んでる可能性もあるし)

 ()()えず、己の身に起こった事を信頼の置けるあの三人に伝えようと、士は海から上がった。

 一瞬、美輝にも教えようかと考えたが、その案は即座に撤回。彼女に余計な心配を掛けたくない。また、彼女の性格を鑑みれば、話せば確実に関わろうとする筈である。もしかしたら、海月(くらげ)なんぞよりも遥かに厄介な生物が棲息しておるやも知れぬというのに、その様な行動は流石に看過できぬ。成る丈、か弱い異性を危険な目に遭わせたくないと思うのは自然な事である。一応、美輝の名誉の為に申しておくが、彼女は決して無力でも無能でもない。

「で? お前らはどう思う?」

 急いでスコットとクリントとバッキーの所へ走った士は、早速、先の体験を彼等に説明。その事に付いて見解を望んだ。その問いに対して、クリントが最初に口を開く。

「いや『どう?』って訊かれても……。なぁ?」

「ふむ、ソレだけでは何とも言えないな」

 クリントに話を振られるも、これといった確証がない為に明言は避けるスコット。その会話を聞いて、バッキーが何かを思い出した様で、脇から口を挟んできた。

「あっ、そういえば、ココからちょっと離れた所に魚人の国が在ったよね?」

 魚人か。これは中々の有力情報であるが、(くるぶし)の痛みと何か関連はあるのであろうか。

「あー、そういやそんなのも在ったな」

「あの国の端は確かに日本の領海と隣接しているが、それでもかなりの距離があるぞ」

 クリントとスコットも、此処(ここ)の近辺に建てられた、人間ではない者達の国の事を想起した。

「まぁ、普通は来ねぇわな。ワザワザこんな所にまで」

「ああ。ましてや人間に害をなすなんて考えられない。そんなことをすればどうなるか、カレらもよく知っているハズだ。得るモノよりも失うモノの方が確実に多い」

「うーん、そうだよねぇ。アイツらだって、いくらなんでもソコまでバカじゃないよねぇ」

 三人共、諸々の事情により、魚人が近くに来ておるという説は捨てた。

「オマエの勘違いじゃねぇの?」

 クリントが欠伸(あくび)を交えながら突き放す様に言った。完全に興味を失った目と口振りをしておる。少しだけ目線を左右に移すと、スコットとバッキーも彼と似た心境を(いだ)いておる様に見受けられた。

「結論出すの早すぎんだろ! もうちょっと検討してくれよ!」

 そんな彼等に尚も食い下がる士。しかし、無情にもスコットが冷静に反駁する。

「そう言われても困る。何せ、情報はオマエの口からしか聞けていないんだ。あぁ、オマエを信じていないワケではないぞ。だが、もしも危険な生物が棲んで、あるいは最近になって出没したのであれば事前に聞かされているハズだ。学校からだけではなく、オレたちの関係者からも。だが現実には、そういう話は耳に入っていない」

「それはまぁ、そうだけど……。今まさに、この数分の間に現れたのかもしんねぇだろ?」

「もちろん、その可能性はある。だが、刺されたと言っても当人は元気に歩き回っているし、ソレを証明する為に肝心な傷痕はない。ソレでは皆を避難させたくても出来ない。誰も信用しないからな。まぁ、コレは仕方のないことだが」

 スコットは其処(そこ)まで言うと茶を口に含んだ。彼の意見をクリントが引き継ぐ。

「先生たちもオマエの話を聞き入れはするだろうが、全員を退避させるどころか、せいぜい警戒するように伝えて終わりだろうな。無いモンに怯えたってしゃーねぇし」

 その次にバッキーが言の葉を繋ぐ。

「オリエンテーリングのときは『首吊り死体』っていうコレ以上ないモノがあったけど、予定の場所とは変えただけで結局はやったよね、肝試し。その後で大変なことになったけど。でも今回はそういうモノも無いし、特にアクションは起こさないんじゃない?」

 三人に相談した成果として、我等が導き出した答えと大差ない見識が返ってきただけであった。それを聞かされ、気落ちする寸前の士。しかし、何とか思い止まり、バッキーの物言いに反応する。

「じゃ、じゃあどうすんだよ?! このままほっとけってか!?」

 憤慨する士を(なだ)めつつ、スコットは述べる。

「誰もそんなことは言っていない。この国のコトワザにもあるだろう? えーと……」

「百聞は一見に如かず、だね?」

 バッキーが覚えたばかりの(ことわざ)を披露。それを受け、スコットが立ち上がって宣言する。

「ああ、ソレだ。というワケで、まずは自分たちで確認してみよう。話はそれからだ」

「あっそ。じゃあ頑張ってなー」

 士と共に海へ入ろうとしてくれたスコットやバッキーとは対照的に、クリントは此処(ここ)から立ち去り、別の場所に移動しようとした。しかしながら、その様な行動を三人が許す筈もない。彼は呆気なく捕まり、海へと強制的に連れて行かれた。

「クッソォ! 放せよぉっ!!」

 首根っこは掴めぬ故、スコットが肩に担いで連行する。だが、当然ながらクリントは嫌がって暴れる。彼はそれを無理矢理押さえ付けて(さと)す。

「黙れ。コレはオレたちが人間社会で暮らすための義務だ。忘れたのか?」

「だからって四人も要らねぇだろうが。オマエら三人が調査して、オレは万が一のことを考えてココに待機……」

 クリントが其処(そこ)まで言い掛けると、スコットは目をほんの少しだけ(すぼ)めた。

「……チッ、わーったよ。やりゃイイんだろ、やりゃあ」

 それを見た途端、クリントの心は折れ、最後は彼に従う事に決めた。

「でもさぁ、クリントの言うことにも一理あるんじゃない?」

 ところが、バッキーは彼の主張に賛成。誰かが此処(ここ)に留まった方が良いと言い出した。

「ふむ、まぁ、確かにそうかもしれないな」

 スコットも賛同し、二手に分かれる事になった。話し合った結果、残留者はバッキーとなった。

「えーっ!? なんでバッキーなんだよーっ?!」

 この決定に不満がるクリント。こうなった理由をスコットが簡潔に説く。

「単なる消去法だ。ツカサは当事者だから外せないし、オマエは何かを探すのが得意。で、オマエが怠けないように監視役としてオレが行く。ただソレだけのことだ」

「グッ……! チッ」

 この説示で、クリントは納得した模様。自身を持つスコットに、『下ろせ』と静かに言った。

「じゃ、頑張ってきてねーっ!」

 他方、居残りが決まったバッキーは、溌剌(はつらつ)とした大声を上げ、とある方向へ走って行った。向かった先に視線を()ると、其処(そこ)には複数の女子生徒が()った。

(あいつ、やるな)

 尊敬と嫉妬と羨望の念をバッキーに送りつつ、士は海へと歩を進めた。スコットとクリントも、それに追随する。

「昼休みが終わるまで、あと三十分ぐらいだ。それまでに可能な限り調べるぞ」

 海辺に到着すると、スコットはそう告知した。その合図と同時に、三人は海に入って行く。

 昼休憩中は、海水浴を禁じられてはおらぬ。とはいえ、それを楽しむ生徒は非常に少数。障害物が少ない内に、為すべき事を済ませるのだ。

 それから生徒達が戻って来るまでの間、三人は何等かの不審物がないか、或いはその形跡でも残っておらぬかと必死で探した。だが、それらしきモノは何も発見できんかった。

「チッ! ホラ見ろ、結局ムダ足だったじゃねぇか」

 収穫が皆無であった事に対して愚痴るクリント。

「やっぱオマエの勘違いだったんだよ」

 彼は念を押す様にして、もう一度そう言った。

「う~ん、そうなのかなぁ……」

 自分が感じた痛みは錯覚であったのかと、士は(いぶか)しんだ。

「まぁ、何も無かったのならソレが一番だ」

 其処(そこ)にすかさずスコットが慰めの言葉を掛けた。ただ、そう言う彼もまた、怪訝そうな表情を浮かべておる。士はその訳を訊く。

「どうした? 実は気になるモンでも見付けてたのか?」

「いいや、そうではない。オマエは何も感じなかったか?」

 スコットはその質問に答える代わりに、何故かクリントに同意を求める様な口調で尋ねた。

「はぁ? あーそういや、ちょっと拒絶されてるような気がした……かな?」

「拒絶? どういうことだ?」

「そう言われても、オレだって分かんねぇよ。なんとなくそう感じたとしか言えねぇな」

「お前もそう感じたのか?」

「ああ」

 スコットとクリントは、海を潜っておる途中で微弱な抵抗感を覚えたと言う。だが、我等に心当たりはない。

「アレじゃねぇか? 悪魔が入って来たから、海の神がご立腹なんだろ」

 持論を展開する士。天道と話した内容に大分(だいぶん)と影響を受けておるな。

「いやソレはねぇハズだ」

 だが、その推考を強く否定する声が上がった。クリントである。

「ああ。ココへ来ることは、先方に前以て通達して許しを得てあるからな」

 間髪を入れずに、スコットも彼の所見を肯定。この地への来訪は認可済みであったらしい。そうなると、士の推理は見当違いであったという事だ。

「じゃあ、それこそ“勘違い”なんじゃねぇのか?」

「ま、所詮はオレらの直感っていうか、そういうモンに過ぎねぇからな。そんな過敏になることもねぇさ」

「ソレはそうだが、だからといって軽視も出来ないぞ。オレたち二人ともが同じ感じ方をするなど尋常ではない。念のためにバッキーにも入って確かめてもらおう」

 士の軽い皮肉をクリントは平然と受け流し、間を置かずにスコットが次に()る行動を提示した。

「おっ、そりゃちょうどイイ。あの野郎、今頃は女子たちに囲まれてるだろうからな」

 バッキーに対する(ねた)みや(そね)みが募っておった士は、一も二もなくその案に乗った。(もっと)も、即刻その感情を見抜いた紳士な二人に(いさ)められたが。

「ハイハイ、男の嫉妬はみっともないぞ」

「そういう発言は自分の品格を落とすだけだからやめておけ」

「へーへー、次から気をつけるよ」

「ならイイ。それで、アイツはドコだ?」

 兎にも角にも、先述の通りバッキーに事情を話して海へと連行。引き離す際、女生徒達は渋ったが、スコットやクリントが説き伏せた。それで彼女達はアッサリと快諾。

(俺もあんな風になりてぇわ)

 そう思うのであれば、まずは自分から女性に話し掛ける事から始めよ。

 それはさて置き、バッキーを海に放り込むと、二人と同じ結果を示した。弱いが、忌避感の様なモノが肌を撫でたそうだ。

 彼が海から上がるとほぼ同時に、他の生徒達が此方(こちら)へ戻って来た為、探索は一旦中断。それ以降、何があって良い様に四人は常時気を張っておったが、誰かが被害に遭う事はなかった。杞憂であった様だ。このまま何事もなく臨海学校が終わってくれれば良いが。

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