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デビル・ミュータント  作者: 竹林十五朗
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第27話:危険のサイン

 七月の下旬、学校は夏休みに突入。その始めに、士を含む一年生達は、予定通り臨海学校へ向かった。オリエンテーリングの時と同様、移動手段はバス。クラス毎に分かれて車両へ乗り込んだ。その時の皆の顔からは、期待に胸を膨らませておる事が容易に窺えた。それとは対照的に、極一部の者達はこれでもかという位に絶望感を漂わせておったが、それは自業自得。仕方がない。己の努力が至らんかっただけの事である。尚、幸いにして士とその友人達は、補習者の中に混ざっておらぬ。僥倖(ぎょうこう)、僥倖。

 旅路は順調に進んだ。数回のトイレ休憩を挟み、数時間程で目的地に到着。訪れた所は、ホテルと呼ぶ程の高級感はなく、さりとてロッジやペンションという程に小ぢんまりとはしておらぬ。和風ではない為、旅館や民宿とも表し難い。其処(そこ)所謂(いわゆる)、ユースホステルと呼称される(たぐい)の宿泊施設であった。また、少し離れると、他に利用者の()らぬ海水浴場が在るという。(まさ)に、高校生の臨海学校には打って付けの場所である。聞けば、もう何十年も贔屓にしておるのだそうだ。余程、居心地が良いのであろう。自明の事だが、値段が手頃な事も重要だ。

 与えられた部屋に入った士は、すぐに荷物から丈の長いサーフ型(トランクス型)の水着を取り出した。これから早速、先述の海水浴場に集合せねばならん。勿論、遊ぶ為である。名目上は心身の鍛練である故、数十分間は遠泳を行う。その間、泳げぬ者達は相応の指導を受ける。それ以降は何方(どちら)も自由だ。

(う~ん、皆どんな水着なんだろう? あ~っ、早く見てみてぇなぁ)

 士は水着を履きながら、女性陣の水着姿を想像する。先輩である健児の弁では学校指定の物、俗に言うスクール水着を着る生徒は少数らしい。存分に御洒落を楽しみたい年頃の娘にとって、紺一色では味気ないからであろうか。個人的には露出面積の広いビキニやスリングショットを所望するが、其方(そちら)も捨て難いので少々残念である。

 健全に妄想する我等の(かたわ)らでは、相部屋となった者達がいそいそと準備をしておる。その中には別のクラスの者も()った。何故ならば、各クラスで数人単位の班を作り、それを一組ずつ適当に合流させたからである。理由はクラスの垣根を越えて交流を深める為だ。なので、この部屋には見知らぬ生徒の方が多い。言うまでもない事だが、全員男子だ。

「う、うぅ……」

 当然、士が組んだ者は天道と加賀美の二人。彼等もさぞやワクワクしておるかと思いきや、そうでもなさそうな会話が聞こえてくる。

「おい総護、大丈夫か?」

「あ、ああ……」

 其方(そちら)を向くと、天道が渋面を浮かべておる。それを見た士は、図らずも声を掛ける。

「どうした天道、腹でも壊したか?」

「いや、そういう訳ではないんだ。ただちょっと……気が進まないだけだ」

 天道の言に首を傾げる士。すると、事情を知っておるらしい加賀美がすかさず解説してくれた。

「こいつ、昔から海が苦手なんだ」

「え?! でもプールの授業では普通に泳いでたよな?」

 士に尋ねられ、今度は天道本人が答える。

「あ、ああ、そういう所なら大丈夫だからカナヅチではないんだが、海に入るとどうも体が上手く動かせなくなるんだ」

 水ではなく、海だけが駄目なのか。それはまた面倒な体質であるな。下手をすれば、土左衛門(水死体)と成り果ててしまいかねん。ただ、日常生活に大した支障がない事は救いである。更に彼の話を聞いておると、足に海水が触れる事も良くないという。浅瀬にも近付けぬとは、中々の重症だ。

「でもまぁ、今日はまだマシな方だよ。ここ一年くらいは、海を見たり潮の臭いを嗅いだりしただけで気分が悪くなるからな」

 天道はそう台詞(せりふ)を紡いだ。それを聞き、士が訊く。

「じゃあ今日は見学か?」

「ああ、大人しく砂でお城でも作っているよ。それに、泳げない人は他にも何人か居るみたいだからビーチバレーも出来るし、今日は思ったより楽しめそうだよ」

 努めて明るく振舞う天道。確かに、彼の顔色は普段と比べて若干悪い気もする。だが、本人の談によれば潮風に当たる程度ならば害はないらしい為、海水に浸かりさえしなければ問題なかろう。そう結論付け、士は用意を整えていく。それから少し遅れて、二人も支度を始めた。

 十数分後、一年生の大半は海水浴場に集合。教員の挨拶もそこそこに、生徒達は各々遊び出した。素直に大海へ飛び込む者も()れば、早々に砂場で寝転ぶ者も()る。前者は遠くの方まで泳ぎに行く者や、浮き輪で戯れる者に分かれた。後者は日焼けの為か、それとも単に面倒臭いだけか。その様な感じで、形は違えども海原を銘々満喫しておる。他方、肝心の士はというと、悪魔三人組と顔を突き合わせておった。

「えっ?! お前ら海みたことねぇの!?」

 横に立つスコットの発言に、士は驚きの声を上げた。

「ああ、オレたちが住んでいる国は海に面していないからな。海よりも陸地が占める面積の方が広いから、一度も海を見ることなく死んでいく者も珍しくない」

「他の国も似たようなモンだぜ。百年しか生きられねぇ下級は元より、千年生きる中級も、万年生きる上級も、場合によっちゃ一生見ねぇこともある」

「そうそう。中には『そもそも海って何?』って思ってる国民も居るしね」

 クリントとバッキーがそれぞれ補足を入れた。

 彼等の言う通り、我々悪魔にとって海とは、あまり身近な存在ではない。それは単純に、狭いが故に接する機会が少ないという訳だけに(とど)まらぬ。魔界の海洋には、人間界の海洋と比較して、より危険な生物が沢山棲息しておる事もその一因である。故に、大海原を観る為だけに、此方(こちら)の世界へ足を運ぶ酔狂な連中も稀に()る。

「へぇ~、スコット君たち海は初めてなんだ」

 士を除く三人が眼前の眺望に浸っておると、後ろから聞き慣れた女子(おなご)の声が掛かった。続いて別の声が耳に届く。

「深雪ぃ、あんた相変わらず肌白いわねぇ。ちゃんと日焼け止め塗っときなさいよ」

「ええ、もちろん。そう言う蘭さんはサンオイルですか? せっかくの綺麗なお肌なのに、もったいないですわね」

「夏なんだからちょっとぐらい焼かないとね。歳いったらやりにくくなるし、こんなこと出来んの十代・二十代の内だけよ。美輝もそうでしょ?」

 和気(わき)藹藹(あいあい)とした御喋りを繰り広げながら、背後から美輝・白木・風白の三人が歩いて来た。態々(わざわざ)振り返らずとも声色で判別できる。

「う、う~ん、どうしよう……」

 白木に勧められて肌を焼こうか如何(どう)か悩む美輝に、士は『そのままの方がイイ!』と切望する。しかし、心の何処(どこ)かでは、小麦色の肌をした彼女を見てみたいとも考えておる。二つの相反する願望の間で葛藤する士。

「美輝さんのお肌もすごく綺麗ですし、強い刺激を与えるのは良くないと思います」

「うーん、そう? ならやっぱり今日はやめとこうかな。私も日焼け止めにしとく」

 その念が通じたのか、はたまた単に風白に説得されたからなのかは不明だが、美輝は地肌を守る事に決めた。士はその事に安堵し、或いは残念に思いつつ頭を動かすと、彼女達の更に後ろから天道と加賀美もやって来ておった。

「ちょっとあんた、なんて顔してんのよ。せっかくのイイ気分が台無しじゃない」

 白木も彼等に気が付いた様で、二人を視認するや否やそう文句を(こぼ)した。十中八九、この言辞は天道に向けられたものであろう。彼は先程、『今日はまだ良い方だ』と言っておった。それなのに彼女にも勘付かれる位であるから、相当不景気な顔色であったと推察される。ただ、十数分前の彼の言い分を鑑みても、海との距離が詰まる程、体調が悪化していく事は容易に想像できる。先述の通り、分別を以て砂場で戯れておれば大丈夫であろう。

(ああ。それよりも、もっと大切なことがある。天道には悪いけど)

 士が後方を振り向いた訳は、彼が心配であったからだけではない。美輝達の水着姿を観賞する為である。否、その下にある彼女達の肢体を鑑賞する為と言っても良い。これは決して言い過ぎではない。

(うおぉぉっ!! マジかっ!? こんなモンが見れるなんて!! 親にムリ言って東京に来て良かったぁっ!!)

 事実、三人の魅惑のボディが視界に入った瞬間、士は心の内で歓声を上げた。それと同時に思考が凍結。あまりにも見慣れぬ景色に、脳の処理が追い付かぬのである。この光景は此奴(こやつ)の故郷でも見られると思うが、不粋な突っ込みは止めておこう。興を削いでしまう。

 また、それは天道と加賀美も同様であったらしく、それぞれ異なる一点を見詰めたまま言葉を失っておる。その一方で、悪魔三人組はこういう場面は見飽きておるのか、態度を変えず美輝達を賛美。真っ先に口を開いた者はクリントだ。

「おっ!! 三人ともカワイイねぇ。スゲェ似合ってるよ」

 ()(きた)りな褒め言葉だが、彼の口から発せられれば不思議と極上の礼賛となる。(いや)らしい感じも全くせぬ。

「そうだな。思わず見惚れてしまうな」

「うんうん! 皆キレイだよ!」

 彼に引き続き、スコットとバッキーも称賛した。三人の物言いには社交辞令も含まれておるとは思うが、それは極僅かであろう。九分九厘、本心から出た文言の筈である。彼女達もそれを敏感に察知し、嬉しそうに微笑んだ。だが、何か物足りん。それは彼も感じた様子。

「オイ」

 士にだけ聞こえる様な大きさの声で囁きながら、スコットが小突いてきた。

「あ? ……なんだよ」

 それに引っ張られ、士も同程度の声量で訊いた。それに対し、スコットが唇を殆ど動かさぬ程の小声で述べる。

「『なんだよ』ではない。オマエも、というかオマエがちゃんと言え」

「な、何を……?」

「はぁ、分かっているクセに」

 士の情けない応答に、スコットは呆れ返った上に溜息を()いた。そして、こう続ける。

「オマエも心の中では思っているんだろうが、こういうことはキチンと口にしないとダメだ」

 彼が言わんとしておる事は、要するに『美輝を褒めろ』という事だ。士とて、流石にそれ位は理解しておる。しかし、今までに縁のない出来事であるが故に気恥かしい。そうやって(しば)し逡巡しておると、それを察したらしいスコットが腕を叩いてきた。

「ホラ、彼女も待っているぞ」

 彼にそう言われ、チラリと目線を横へ動かす。美輝の魅力的な容姿が目に入る。だが、士の観察眼では、スコットの言い様が本当なのか判断が付かぬ。とはいえ、このまま黙っておっても男が(すた)るだけである。彼女も褒められて悪い気はせぬ筈だ。そう思うと少し緊張が解れた。

「早く」

 スコットが急かす。士は意を決し、精一杯の嘆美を口から絞り出した。

「光、その……」

「ん? 何?」

「そ、その水着……スゲェ似合ってる」

「そう? フフッ、ありがと」

 士の(つたな)い称嘆に、美輝は眩しい笑顔を見せた。心做()しか、クリント達が(たた)えた時よりも喜んでおる気がする。(いず)れにせよ、褒めた側も褒められた側も、両者共に良い気分になった。

 そのすぐ(そば)では、天道と加賀美もそれぞれ白木と風白に似た様な事をしておった。恐らくクリントとバッキーが、スコットと同じ様に促したのであろう。彼みたいに優しくはなかった様だが。ただその甲斐もあって、二人も歓喜の表情を浮かべておる。

 三人の美少女が満面の笑みを見せる。これに勝る幸せがあろうか。我の知る限りでは存在せぬ。

 それにしても此奴等(こやつら)、周囲にクラスメイトや他クラスの生徒達が()る事を忘れておるのではなかろうか。誰も此方(こちら)を向いておらんから別に構わぬが。聞き耳を立てておる様子も無し。皆、思い思いに海を満喫しておる。ただまあ、何処(いずこ)かでこれと酷似した事を行っておる者は()るかも知れん。それを詮索する程、野暮ではないが。

 高校生らしく甘酸っぱい()り取りを終えると、士達九人は大いに海を享受。遊泳は勿論、ビーチバレーをしたり砂で城を築いたり、色々な事をして楽しんだ。無論、忘れてはならぬ準備体操は、前以てササッと手短に(こな)してある。

 その間ずっと、海に入れぬ天道も笑顔を絶やす事はなかった。海辺では定番の、砂に誰かを埋めるという行為もした。(ちな)みに、埋められた者は天道と士だ。理由は単純、ジャンケンに負けたからである。

 しかしながら、そんな中でも残念な事が一つあった。日焼け止めクリームやサンオイルを、彼女達に塗らせて貰えんかった事だ。まだ、其処(そこ)まで心を許してはおらぬという証であろうか。それとも、異性に(じか)に肌を触られるのが恥ずかしかったのか。此方(こちら)から提案する訳にもいかぬし、何にせよ無念である。時間が経ち、順調に信頼関係を築いていけば、許可してくれると信じたい。

「なぁ天道、なんで海に入ると体調が崩れるんだ?」

 唐突に、砂山から頭部だけを出した状態の士は、横で自身と同じ格好をしておる天道にそう話し掛けた。彼にそれを訊いて納得のゆく答えが貰えるとは到底考えられんが、質問せずにはおれんかった様だ。

「さぁな。ただ、生まれつきって訳じゃない。海水の味を覚えているからな」

 やや礼を欠いた設問ではあったが、彼は快く返答してくれた。幼少時は特に問題なかったらしい。詳しく聞くと、海中に潜った記憶もあるという。それならば尚更、奇妙な話である。

「海で泳いでたら溺れたとかじゃないのか?」

「いいや、そんな思い出もないんだ。まぁ、単にトラウマ過ぎて無意識に消してしまっているだけかもしれないが」

 士の素朴な疑問に、天道は自分なりの解釈を以て回答した。そして、彼は継続してこう口述する。

「もしかしたらアレかな? 僕が山にばかり行き過ぎて海の神様が怒ったのかな?」

「なんでそうなるんだよ」

 突拍子もない事を言い始めた天道に、士は反射的に突っ込みを入れた。“神”なんぞ、我等にとっては別段おかしくもない、至極日常的な単語である。まだ会った事はないが。

 ただ、普通の人間である彼がこの様な事を口にするとは思わなんだ。冗談っぽい言い方ではあったものの、これは紛れもない彼の本心であると直感した。意外と信心深い性格のであろうか。

 その様な事を考えておると、天道から先刻の突っ込みに対する返事があった。

「子供の頃は、海も山も同じ頻度で遊びに行っていたんだが、海には年々行かなくなってな。その分、山に出掛ける回数は増えたんだけど、それが関係しているのかなって」

「んなアホな……」

「まぁ、君が言いたいことは分かる。でも、山に登っているとそういうモノが実在しているんじゃないかって思えることが多々あるんだ。それにほら、神は人間以上に嫉妬深いって言うし……って、やっぱり信じられないか」

 士が押し黙ったり素っ気ない態度を取ったりした為に、天道は早とちりした挙句そう勘違いした。このままでは良くないと思い、士は慌てて弁明しようとする。

「あーいや、そうじゃないけど」

「えっ?! 信じてくれるのか!?」

「まだ何も言ってないぞ。人の話は最後まで聞け」

「おっと、ゴメンゴメン」

 逸り過ぎた己を(わら)いつつ、天道は詫びた。

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