不審③
「ふぅ、目撃者も居なくなったし、これでやりやすくなったな」
我とは反対に、士は彼・彼女等への気兼ねなんぞ無く、薄く笑いながら衣服や靴を脱いでいく。奴等は間断なく追撃して来るが、その運動能力は我等にとっては鈍重過ぎる。なので、適当にあしらいつつ本格的な戦闘の準備を進める。一枚脱衣する毎に、その部分を我のモノへと変化させる。肉体は少しずつ人間から人外に変貌。最後に頭部を変え、悪魔化が完了した。
【これで思いっきりコイツらをブチのめせるな】
士はそう言うと脱いだ衣服や靴を纏めて、先刻デイパックを放り投げた方へ弾いた。そして、首と手首と足首を回して軽く柔軟体操。それが終わると、手近な肉塊を病院の方向に蹴り飛ばした。
【オラ! さっさと巣に戻れ!】
蹴ったり殴ったり投げたりして、奴等を乱暴に元の住処へ追い返そうとする士。人間の姿の時よりも筋力は劇的に向上しておる為、この作業は今までと比較してこれ以上ない位に捗った。その最中、全くと言って良い程、罪悪感は湧いてこぬ。一旦この肉塊を目にしてしまえば、全然不思議な事ではないと共感できるであろう。
【いや待てよ? こんなのが居たら近くの街が危険だな。さっきの人たちみたいに肝試しに来た人の身も危ないし、俺らで処分しとくか】
全ての肉塊を病院の敷地内に押し戻し、士はその考えに至った。後者に関しては自業自得と言えなくもないが、この意見自体には賛成だ。問題はその手段である。現時点でその兆候はないが、細切れにしたところで片端から再生するやも知れん。最悪、切れ端が独自に動き出す事も有り得る。そうなってしまっては敵わん。或いは、何かしらの病原体を保菌しておる可能性もある。此処はやはり、燃やし尽くす事が最適か。
【でもマッチはあるけどガソリンも灯油もないぞ?】
(周りに木が沢山あるではないか。それを燃料にすれば良い)
【生木だと燃えにくいだろうが。だからって乾燥させてる時間もないし】
貴様の言いたい事は大体分かっておる。だが、特に支障はない。何故ならば、我は口から火を噴けるからだ。魔術の類や特殊な能力は一切使えんが、この肉塊共を消し墨と化す事なんぞ、赤子の手を捻るよりも容易い。
【あぁ、そういや何かそんなこと前に……言ってたっけ?】
(言っておらんかったか?)
【いや、どうだったかな。ちょっと覚えてねぇや】
ふむ、我も此奴に説明したか否か忘れた。今回は御互い様である。
【まぁ、火が出せるんなら作業は楽になるな。ならまずは、コイツらをバラバラにして一箇所に寄せ集めないと話になんねぇな】
士はそう宣言すると、奴等の解体を開始した。目に付いた個体から、手当たり次第に手刀を突き刺し、握力で引き千切る。
【フッ……ンン!!】
士の暴力を受け、断末魔の叫びを上げて活動を停止する肉塊共。我等の基準で言えば、此奴等の敏捷性は低く力も弱い。然程、捕獲に労力は要らぬ。耐久性はそれなりにあるが、それも我等の前では布切れも同然。士は奴等を襤褸雑巾の如く、次々に廃棄物として処理していった。そうして作られた哀れな残骸を、堆く積み上げる。淡々とした単純作業の繰り返しである。
【フゥ……っと、これで全部かな?】
病棟の外に出ておった肉塊は合計で十一体。それ等を全て素手で乱雑に解剖して、これまた雑然と山積みにした。
【あとは木だな、木。薪が要る。あの辺から何本か頂戴しよう】
士はそう言うと、最寄りの木々を指差した。
(今更だが、勝手に切り倒して良い物であろうか)
【緊急事態だし、仕方ねぇだろ。コイツらをこのままにしとくよりマシだ。大目に見てもらおう】
(この道路標識もか?)
【あぁ……これか……】
先刻、己が地面から引っ張り出し、今は化け物の肉体から引き抜いた公共物を見て、士は溜息を吐いた。自身の行為が、器物損壊罪に該当するのではないかと危惧しておるのだ。
【まぁ、元に戻しときゃバレねぇだろ。損壊も少ないし】
所々が微妙に歪んでおるが、それ以外にこれといった破損は見られぬ。そのまま元来在った場所に挿し直しておけば、事無きを得られるであろう。そう考えた士は、その地点へ向かった。
【フンッ!! ンンッ……と、これでよし】
道路標識を強引に元の穴へ挿し入れ、士は証拠を隠滅した。その帰りに、五本の木を根元から引き起こして伐採。それを遺骸の山に運び、悪魔化した自身の脚と同等の太さと長さに分断していく。腕力はあっても道具がない故、この工作は中々に難航した。
それでも何とか拵えた焚き木を、互い違いかつ格子状に組み上げて、ものの十分足らずで即興の火葬場を完成させる。燃え広がり易くする為に、大量の小枝や木の葉も中へ入れた。幾つか出た余剰分は、随時追加できる様に脇に置いておく。そして残るは、火を点けた後に奴等の亡骸をこの中へ投入するだけとなった。
【で? どうやって点火させんの?】
(貴様は思い切り息を吹き掛けるだけで良い。後は我がやる)
士が肺一杯に大気を吸い込み、其処へ我が火の要素を送り込む。そうすれば、吐き出されるモノは空気ではなく炎となる。その予定であった。
【……オイ、なんにも起こんねぇぞ】
本来、口から豪快に噴き出る筈であった火炎。ところが、その代わりに放出されたモノは、これでもかという位に多量の空気のみ。齎された結果は、木の葉が舞って小枝が揺れ落ちただけだ。
一体、何故この様な事になったのであろうか。皆目、見当も付かぬ。それから何度か、大きく吸って吐いてという動作を繰り返してみたものの、結果は同じ。どれも生温かい吐息が出ただけであった。
【なんだよ。俺もそういう魔術とか超能力的なモンを使えるようになんのかってちょっと期待してたのに】
ささやかな希望を砕かれ、落胆する士。我も、唯一使用できる異能を失ってやや消沈しておる。しかし、そう落ち込んでばかりもおれぬ。細分された肉片共が、グニャグニャと蠕動し始めたのだ。
【チッ! やっぱこの状態でも動けんのか!】
士は気持ち悪がりながらも、その内の一欠片を踏み潰した。得も知れぬ感触が足の裏全体に広がっていく。それを少しでも解消しようと、足裏を土に擦り付ける。これで幾分か嫌悪感は薄れた。
【はぁ……こうなったら仕方ない。マッチで点火させるしかないか。いちおう新聞紙も持って来てるし、なんとかなんだろ】
そう言っておると、今し方潰した肉片とは別に、ガリガリと地面を引っ掻く往生際の悪い腕を発見。それを踏み砕いてから、士は新聞紙を取りに行った。序でに、デイパックを放り投げた所まで移動すると、悪魔化を解いて服を着ようとした。この間、一瞬とはいえ奴等から目を離した形になる。それが仇となった。
「ん?!」
ズルズルと何かが地面を這いずる音がする。それも複数。悪い予感がした士は、慌てて後ろを振り向いた。其処にあったモノは、バラバラにされて尚、その呆れた生命力で続々と集合しつつある肉片共だ。
「クソッ! こいつら! まさかまた一つになろうとしてんのか!?」
着替えを中断し、再び悪魔化して彼奴等の元へ駆け寄る士。既に、奴等の十分の一ずつが各々で一塊となっておる。恐ろしい再生・修復速度だ。この再統合を急いで阻止せねば、厄介な状態になる事は火を見るよりも明らか。
ただ、何よりも懸念すべき事態は、十一体もの肉塊が一個体となる事である。そうなってしまえば、己の肉体しか武器がない我等にとって対処は厳しいものになる。故に、まだ小さい内に叩いておかねばならぬ。
【引き千切るんじゃなくて叩き潰しとくべきだったな!】
その叫びと共に、士は余り物の丸太を左右の手に取って肉片に振り被る。襲撃は命中し、肉と骨が破壊される音と手応えがあった。それから何度か鈍器と化した丸太で殴打し、徹底的に破砕する。
完全に動かなくなった事を確認し、攻撃対象を次の個体へ変更。それを撃破すると、他の個体へ移行。一体一体、丁寧に粉砕していく。幾度も奴等の旺盛な生命力の一端を垣間見たが、それも我の前では無力。その十数分後には、士以外に動く物体は無くなった。
【ふぅ……っ、て、手間かけさせやがって】
握り締めておった丸太を捨て、士はそう呟いた。その周囲には、無惨な屑肉が散乱しておる。
【さっさと処理しないと、コイツらまたすぐにでも動き出すぞ】
彼奴等を改めて危険視した士は、新聞紙とマッチを再度取りに走った。変身も解除せず、服を着る間も惜しみ、即行で点火の準備を始める。以前のオリエンテーリングで天道に教授された甲斐もあって、間もなく薪に火が灯った。それが程良く燃え上がるまで待ってから、肉塊共の骸を放り込んでいく。ドンドン投げ入れる。
「ふぅ、これでやっと終わったな」
作業を終えて元の姿に戻った士は、少し離れた所で天へ昇る炎を見詰めながら服を着た。肉の焼ける臭いが辺りに立ち込めるが、あまり気に留めずそのまま火葬を見守る。
「あっ、忘れてた! まだ終わってねぇや!」
士は暫く呆けた顔で炎を眺めておると、唐突に此処を訪れた理由を思い出した。霊能者に頼まれた探し物を、まだ見付けておらん。
「こんなヤツらに構ってるヒマなんか無いんだった。早く病院に戻るぞ」
デイパックを背負い、急ぎ足で病棟へ向かう士。その道中、携帯電話が鳴った。掛けてきた相手は霊能者である。
―『石森さん? もう取って来られましたか?』―
通話ボタンを押して耳に当てるや否や、霊能者が訊いてきた。如何やら彼は、士が病院に来ておる事は承知済みな様だ。何故かは不明である。
「すみません。まだです。いま病院の中を見て回ったんですけど、それらしいモノはありませんでした。あぁそれと、キモイ化け物が出てきました」
この地で見聞きした事を、士は手短に報告した。すると彼は、驚きの声を上げる。
―『えっ?! もう!?』―
「『もう』って、アレについて何か知ってるんですか?」
何故、彼の口からその様な言葉が発せられたのか不思議に思い、士はその真意を問うた。
―『ええ、まぁ。あー、そうですか……もう出現してしまいましたか……』―
意味深長な事を言う霊能者。訳を知っておるのならば、最初から伝言しておいてくれれば良いものを。随分と回りくどい真似をする。
「なんですか? 何か知ってるんなら教えてくださいよ」
もう一度、士は尋ねた。数瞬、両者の間に沈黙が漂ったが、嘆声の後に霊能者が口を開く。
―『どんな化け物が出たのかは分かりませんが、発生の原因は見当が付いています』―
「原因? まさか、俺に取って来て欲しかったモノと何か関係があるんですか?」
己の推理を述べる士。それを聞き、霊能者は肯定の返事をする。
―『はい。ほぼ間違いなく、石森さんが遭遇したという化け物は、私が回収を依頼したモノに影響されてそうなってしまったと考えられます。本当はそうなる前に確保したかったのですが……少々、遅かったようですね』―
此奴の口振りから、あの化け物が現れた事は予測の範囲内であったと見受けられる。益々(ますます)、事前に報知しておいて欲しかった。
「はぁ、そういう事情だったんですか」
―『ええ。ちなみに、その化け物の詳細を教えてもらえますか?』―
その質問に、士は自身が目撃したモノを有りの儘に伝えた。無数の人体を滅茶苦茶に融合させた様な異形の存在の事を、霊能者に告げた。
―『人間が……そうですか。分かりました』―
報告を受けた霊能者は、事実を噛み締める様に静かにそう漏らした。続けて彼はこう問い質す。
―『それで、そのモノたちはどうなさいましたか?』―
「叩き潰して燃やしてます」
横の即席火葬場を見て、士は率直に応答した。
―『そうですか。燃やしましたか』―
そう呟いた霊能者の口調は、想定外の事が起こったとでも言いたげであった。それを敏感に察し、士は問う。
「何かマズかったですか?」
―『あぁ、いえ、そういう訳ではありません。彼らも荼毘に付されれば、多少なりとも供養にはなるでしょう。どうせ最後はそうするつもりでしたし』―
「じゃあ、燃やして問題なかったんですね」
ホッと胸を撫で下ろす士。この国には、死体を個人で勝手に処分してはならぬという法律があり、これを墓地埋葬法と呼称する。ただ、今回ばかりは大目に見て貰いたい。放置しておくと良からぬ事になると直感したからである。此奴等とて、この様な姿になった挙句、分断されて野晒しは嫌であろう。
無論、これで終わりではなく、肝心要のモノを忘れてはならぬ。
「ところで例のモノなんですけど……」
―『ああ、それはもう大丈夫です。私がお願いした目的は果たされたようですので、帰って来てもらってイイですよ』―
何と、帰宅の許可が出た。有難いが、本当に良いのであろうか。幾つかの肉片を火の中へ投下しつつ、士は訊く。
「ホントにもう引き上げてイイんですか?」
―『ええ、構いませんよ。お疲れさまでした。お金は後日振り込みますので』―
「あ、はい、分かりました。それじゃあ失れ……あっ、その前に教えてくださいよ。俺に取って来て欲しかったモノのこと」
今、一番気に掛かる事柄について問い掛ける士。ところが、霊能者の返事は何処か判然とせぬものであった。
―『う~ん、教えて差し上げたいのは山々なのですが、私にも上手く説明できないのです』―
霊能者はそう言うが、我等にはその真偽の区別が付かぬ。此処では一応、真実を話しておると仮定して続ける。
「そんなモノを取りに行かされたんですか、俺は」
―『あなたなら“ソレ”の影響を受けないと思いましたので。それに、たとえ何かあっても切り抜けられるでしょうし。実際、その化け物たちに襲われても問題なかったのでしょう?』―
「それはまぁ、そうですけど……」
霊能者の弁に、士は言葉を濁す。此奴に言う気はない様だが、我としては危うく死にそうな目に遭った若者達も救えたので、結果的には万々歳であると考えておる。
「あ、そういえば、あいつら昼間はどこ探しても全く見掛けなかったのに、夜になった途端アホみたいにたくさん出て来たんですけど、なんでか分かりますか?」
疑問の一つが解決すると、士はすぐに次の設問を投げ掛けた。
―『う~ん、そうですねぇ……』―
彼はその問い掛けに対し、一拍空けてから『あくまでも私の憶測ですが』と前置きしてこう口にする。
―『日没後、もしくは特定の条件下でしか人前に現れられない性質に変異してしまったのではないでしょうか』―
「それは、普段は結界の中とか異界にもでも引っ込んでたってことですか?」
―『そう捉えていただいて結構です。それが何らかのキッカケを経て視認できるようになったのでしょう。何か、心当たりはありますか?』―
そう霊能者に訊かれたので、士は大学生と思しき者達の事を話した。
―『ふむ、おそらく見定めていたのでしょうね。自分たちの力が通用する相手か否か。石森さんの時は返り討ちに遭うと感じたから出て来ず、大学生たちの時は襲っても問題なしと判断したから現れた。そんなところでしょう』―
「そんな知能があるようには見えませんでしたけど……本能ですかね」
―『さぁ、どうなのでしょうかね。まぁ何にせよ、大事に至らなくて一安心です。改めてお疲れさまでした』―
「は、はい、失礼します」
その言葉を最後に、霊能者との通話を終えた。それから何十分か火の番をして、肉片を全部焼いた事を確認。残った灰は、木々の養分となる様に周囲の森林に撒こうとしたが、逆に枯れそうな気がしたので中断。その代わりに土を被せ、キッチリ後始末をしてから帰宅した。
(そういやぁ、ありゃなんだったんだろうな)
その道中、士の脳裏にふと過る。それは、ほんの一瞬の出来事であったが、何故か強く印象に残った。今でも不思議に感じる程だ。此奴はこれまでずっと、あの肉塊は何等かの超常現象によって生み出されたモノであると思い込んでおった。霊能者との会話を経ても、それは揺らいでおらぬ。だが、少しだけ疑義を抱き始めた。
(やっぱ変だよなぁ)
覚えた違和感とは、臭い。奴と初めて遭遇した時に嗅いだ薬品の臭いだ。一体、あれは何であったのであろうか。自然なモノではない。もしかしたら、アレは人為的に造られた存在なのではないか。その考えが頭から離れてならぬ士であった。




