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デビル・ミュータント  作者: 竹林十五朗
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第26話:不審

 段々と、エンジンを吹かす音が此方(こちら)に接近して来る。それと共に、タイヤが高速回転しながらアスファルトと噛み合う音も聞こえてくる。

「ここに向かってんのか? それとも単に通り道なだけ?」

(それも(じき)に分かる)

 我の言葉の通り、(しばら)く待っておると道路の向こうから普通自動車が現れた。

「こっちに来てんなぁ」

(真っ直ぐ走って来ておるな)

 それだけに留まらぬ。悪い予感が当たってしまった。病院の眼前に敷かれた道路に入った途端、その車両は速度を落とし始めたのだ。

「やっぱここが目的地みたいだな」

 普通自動車は徐々に此処(ここ)へ近付き、終いには立ち入り禁止の柵の近くで停車した。乗っておる者が、霊能者からの手紙に書いてあった『怪しい輩・良からぬ連中』でない事を願おう。

「誰か降りて来たぞ。……四人いるな」

 屋上からその者達が()る場所は離れておるが、士の目であれば問題なく視える。またそれと同じ位、聴力にも自信がある。故に、彼・彼女等の話し声も耳に届く。

「うーん、ちょっと早すぎたかな?」

「いや、ちょうどイイんじゃね? もう日も沈みかけてるし」

「あ、あの……ほホントに行くんですか?! やっぱりヤメた方が……」

「今さらナニ言ってんだよ。ここまで来たら行くしかないっしょ!」

「うーわ、ここスマホ使えないじゃん。サイアクー」

 見たところ、男女二人ずつの混合集団。年齢は士よりも少し上の大学生と推量する。大方、この廃病院で肝試しにでもやって来たのであろう。

 ただ、一つ疑問点がある。この時期は大学も定期考査が実施されると記憶しておるが、この様な事をしておって大丈夫なのであろうか。いや、我が憂慮する事ではないな。

「チッ、よりによってイチバン面倒なタイプのグループじゃねぇか!」

 彼・彼女等を視認し、交わされた御喋りの内容からその目的も瞬時に理解した士。腹立たしいのは(もっと)もであり、共感も出来なくもない。ただ確かに、これならば無法者共や妖怪等と遭遇した方が、幾分か対処は楽であったかも知れんな。それにしても、怒りながらも声を潜めておる辺り、割り合い平静さは損なっておらぬ様で安心した。

「じゃ早く行こうぜ」

「ちょっと待て。日が完全に落ちるまで待った方がいいんじゃないか?」

「えっ? うーん、どうせあと二十分もしたら真っ暗になんだろ。さっさと入ろうぜ」

 男二人は侵入する気が満々。片方は臨場感を味わおうとする余裕すらあり、もう片方は急勝(せっかち)(いず)れにせよ、あまり恐怖心を(いだ)いてはおらぬ様子である。

「せ、センパ~イ、い、今からでも遅くないですよぉ……。帰りましょうよぉ……」

「あ、ここなら電波入る」

 他方、女性陣は異なる。一人は怯え切っており、もう一人の彼女は無関心。両者共に、この児戯(じぎ)に乗り気ではない様だ。随分と対照的な四人である。

「まぁ、関わらなきゃ大丈夫だろ。鉢合わせしないよう注意しときゃイイ」

(危険地帯に入ろうとする一般人を黙って見過ごして良いのか?)

「別に危険なんてなかったろ」

 中央と東の病棟に関してはそうだ。だが最後の一棟、北棟の探索だけは未達成である。

「ん~、でもあの人たちが行くのは真ん中の棟みたいだぞ」

 四人の言動を見張っておると、我等が最初に探った中央棟へ足を踏み入れようとしておった。彼処(あそこ)は隅から隅まで点検済みだ。放っておいても不都合は無かろう。

「いつの間に柵を乗り越えたんだ?」

 見下ろす事で初めて気が付いたが、敷地を囲む柵は一箇所だけ開閉できる様になっておった。勿論、意図的な物ではなく誰かが外したのだ。恐らく、この何十年もの間に訪れた何某(なにがし)かが。

「まぁイイや。この隙にとっとと北棟の調査を終わらせよう」

 次の方針を決めた士は地面に飛び降り、一目散に北棟へと駆け出した。

(急ぐ事は賛成だが、勇み足は禁物であるぞ。『()いては事を仕損じる』というではないか)

「焦って見落とすかも知れないってか? でも早くしねぇとあの人ら北棟に来ちまうぞ」

 だからといって、気が(はや)って目標物を見失っては元も子もない。普通ならば入手できる物が、要らぬ焦燥感に(さいな)まれた所為(せい)で手に入れられぬ。金を受け取る以上、それは(いく)らなんでも情けな過ぎる。我はそう士を(さと)した。

「へーへー、分かった、分かった。慎重にやりゃイイんだろ。慎重に」

 投げ遣りな言い方ではあるが、我の思いはちゃんと伝わった様だ。

「じゃあどっちから行く? 地下から? それとも先に上階を全部見て回るか?」

 病棟に入り、階段の前に立った士が尋ねてきた。正直、何方(どちら)からでも良いが、折角訊かれたので答えよう。

(地下から行こう)

 今あの四人は、中央棟の探検に夢中になっておる筈だ。その間に地下の捜査を完了させておく。そして、彼方(あちら)を回り終えた連中が、東棟ではなく此方(こちら)を選ぶ可能性は五分(ごぶ)五分(ごぶ)。その時点で地下に()った場合、階段を塞がれてしまうと逃げ場がない。自明の事だが、エレベーターが稼働する訳もない。

 その反面、上階ならば彼・彼女等とバッタリ出遭いそうになった状況でも、咄嗟に窓からトンズラ出来る。そういう寸法だ。勿論、階段は複数あるが、崩れて通れぬ様になっておるかも知れん。それを確かめる為にも、先に地下へ向かうのである。

「そういうことなら地下から行くか」

 我の主張を聞き入れ、階段を下り始める士。他の二棟と同様、念入りかつ手際良く地下階層を隈なく視て回る。しかし、その甲斐もなく、それらしきモノは見当たらんかった。

「あとは上だけか……。ったく、ホントにあるんだろうな。また探し直すなんて絶対ゴメンだぞ」

 愚痴を吐きつつも、士は二階へ上がる。標的が見込み通り此処(ここ)に存在する事と、それを看過しておらぬ事を願いながら。

「あの人たちは……まだこっちに来てねぇみたいだな」

 全方位に目を凝らし、耳を澄ませる士。その二つに引っ掛かるモノはない。同じく鼻にも。

 探索を続行する。二階には何もない。三階と四階も。あるのは荒れ果てた部屋と資材の残骸だけだ。今日だけで十年分は見た気がする。

「一生分じゃねぇのか?」

(我等の生涯は途方もなく長い。そう容易く『一生分』とは言えんよ)

 他愛のない会話の最中も、士の眼球は(せわ)しくなく働いておる。それと耳も。

「……ァァァ……ッッ」

「ん? 今なんか聞こえなかったか?」

(何か、とは?)

「いや、なんか悲鳴みたいな……」

「……ァァァ……ッッッ……!」

 ふむ、何か甲高い音が鼓膜を微かに揺らしておるな。多分、彼等が来た時に一人だけ帰りたがっておった女性が、この場の雰囲気に呑まれて上げた絶叫であると考えられる。幽霊か何かが見えたと錯覚したのであろう。

「『先輩』って呼ばれてた男の人が脅かしてんのかな?」

 士は先程の四人の会話を思い返し、そう推察した。我とは異なる見解である。

(怯える女性を見て喜ぶ。あまり良い趣味とは思えんな)

「好きな人に悪戯するなんて男ならよくやることだろ。いくつになってもな。てか、そのためにここに連れて来たのかも」

 吊り橋理論というものか。恐怖や緊張等による興奮もしくは鼓動の高鳴りを、異性への好意・恋愛感情であると勘違いしてしまうという心理学の一説。

「いや、それなら二人っきりで来るか」

 アッサリと己の推理を否定した士。ただ事実として、先述の理論を実践するに当たって、二人も御邪魔虫が()ってはそれも成り立たんか。協力者という線も大いに有り得るが、あの()り取りを鑑みるにそれは無さそうだ。

「ま、他人の色恋に首突っ込む気はないし、どうでもイイや」

 思考を切り替え、士は頼まれたモノを探す事に邁進(まいしん)する。四人が探検中の建物は既に点検した。その時、特段これといって怪しいモノは見受けられんかった。よって、彼・彼女等が危ない場面に遭う確率は低いと判断する。

「……ァァァッ……ッッ……ッ!!」

 三度(みたび)、誰かの叫び声が大気を伝わってきた。

「まだやってんのか。仏の顔も三度までって言うし、あの女の人もさすがに怒るんじゃねぇか?」

 士は呆れつつも、この階の最後の病室を覗いて己の職務を全うする。ただ、それで終わりではなく、引き続いてこうも言った。

「その怒った顔が見たいっていう願望の持ち主なのかもしんねぇけど」

(中々、変わった性的嗜好であるな)

「そうか? 好きな女の子の怒った顔ならカワイイって思えるだろ、普通。自分でそれを誘うのは反則だけど」

 此奴(こやつ)の言う『普通』は、我が思い描く『普通』とは掛け離れておる。それを今、再認識した。

「こんなことして、嫌われるって考えねぇのかなぁ」

 赤の他人の色恋沙汰は詮索せぬと宣言しておきながら、何やかんやで気になっておる様だ。

(ほれ、余計な事に気を取られておらんと集中して探さんか)

「あ、ああ、そうだな」

 我が催促すると、士は最上階へ繋がる階段に足を掛けた。一段一段、その段差を上がって行く。その(たび)に雑念を振り払っていき、六階に上がり切る頃には脳内は探し物の事で一杯となった。

「ふぅー、ここで最後かぁ。あー、これで何もなかったらどうしよう……」

(それはまあ、一から探し直すしかなかろうな)

 自分でも口にしておった故、士もそうするしかないと分かってはおるのだ。ただ、それを実行するのが心の底から嫌なだけである。

(どうかソレっぽいのがありますように)

 士は具体的な崇拝対象を思い浮かべず祈願し、先へと進んで行く。ところが、その切願も虚しく、目当てのモノは(つい)ぞ見付からんかった。

「はぁークソ……。もう一回やり直しか……」

 この病院に着いてからの道程を頭から尻まで思い返し、士の心を憂鬱が支配する。体力・持久力が自慢と(いえど)も、三つの病棟をもう一度端々まで見回る気力はない。不毛な反復作業は御免だ。同じ事を繰り返したくはない。しかし、これは自身に託された職務である。泣き言ばかり言ってもおれぬ。何か、自分に落ち度があったのかも知れん。そう考えると、此処(ここ)まで来て悄悄(すごすご)と退散できる筈もない。(ひび)が入りそうな心に鞭を打ち、士は探索を再開する。

 そんな矢先、またもや何者かが発した怒号らしき声が壁の向こうから聞こえてくる。

「……ァァアア……ッ……ッ!」

「イイ加減しつこいな。でも、なんかさっきまでと違うような……?」

 先刻までの声と比べて、やや音程が低く野太い気がするな。

「今度は男の人の方が叫んでんのか。仕返しでもされたか?」

 今までの出来事を考慮して、士はそう推論した。だが、事はそう単純ではなさそうだ。

「……ぁあ……っ……っっ!」

 またしても、男の喚く声。今し方、聞こえたモノとは音質が異なる。もう一人の男、闇夜の肝試しを楽しもうとした男が上げた叫喚であろう。

「今の悲鳴につられたのか?」

 屋上へ向かう足を緩めてはおらぬが、余計な事象に心を占有される士。四人の動向が気になるであれば、素直にそう言えば良い。無粋な真似をする心算(つもり)ならば絶対に止めるが。

「気分転換にあの人たち見とくか」

 覗き見か。言うまでもなく、褒められた行為ではない。我が危惧しておった事を、我が思った瞬間に仕出かそうとしておるな、此奴(こやつ)。今後の為にも、此処(ここ)はキッチリと注意してやらねば。

(駄目だ。仕事に専念しろ)

「はぁー、そう言うと思った」

 嘆息すると同時に、士は屋上に到着した。心身を一新させるべく、外の空気を沢山吸い込む。

(ん?)

 この辺は人間の造った施設がない浅い山森の中。その為、漂う空気は新鮮な筈だが、士は何故か(いささ)(よど)んでおる様に感じた。

(まぁ、場所が場所だし、仕方ないか)

 一旦その事を忘失し、仕切り直しに深呼吸をする士。それと一緒に、体を限界まで伸ばして凝り固まった筋肉と気持ちを(ほぐ)す。

「……る……ぁぁっ!」

 するとその時、朧気(おぼろげ)ではあるが、明らかに正気ではない男の怒鳴り声を捉えた。

「なんだ?! タダごとじゃないぞ!? 今の声?!」

 音の大きさや反響具合等から換算して、発信源は中央棟ではない。その向こうに建つ東棟からであると予測する。

「あの二人のどっちかか?! てかいつのまに移動したんだ!?」

「……でわ……が……めに……な……イケ……の……ぉぉっっ!!」

 士が思案しておる間にも、金切り声が続けて響いてくる。恐らくではあるが、無関心であった方の女性と(おぼ)しき声音だ。

「これマジでヤベェんじゃねぇの?!」

 そう予感した士は、何が起こったのかを見定める為に東棟へ急行する。ただし、北棟から其処(そこ)までは結構な距離がある。流石に一回の跳躍では到達できぬ故、中央棟の屋上を経由して向かう。そして目標地点に下り立つと、すかさず聴覚と嗅覚を研ぎ澄ませた。後者では特に何も感知できぬ。一方、耳介には先刻のものと酷似した音声が届いた。数少ない差異は、今度はハッキリと聞き取れた事である。

「ちょっと!! そっちは屋上!!」

「グッ……!! じゃあこっち!!」

「ダメだっ!! そっちは崩れてるっ!!」

「クソッ! もう逃げ場が……っ!!」

「とっ、とにかく一箇所に留まってるのはマズイ! 走れ!!」

 会話から察するに、何かに追い掛けられておるらしい。また、停止すると危害を加えられる模様。我が四人の嘆きを聴き、悠長に考え込んでおる間にも、士は屋上の扉を開けて中へ入って行く。当然、全力疾走である。

「だっ、だからこんなトコ来るのイヤだって言ったのにぃ!」

「泣き言いってるヒマあったらもっと足動かしなさい!! あんた殺されたいのっ?!」

 異常事態である事は明白。肉眼で視るまでもない。ただ一刻も早く、何が起こっておるのか把握する必要がある。その不安と憂惧に満ちた声を頼りに、士は四人の元へ疾駆。間もなく、彼・彼女等の姿を視認した。

「なっ……っ!? なんだありゃ……っ!?」

 無意識に驚愕が口から漏れ出た。無理もない。“アレ”が視界に割り込んでしまっては、視線を外す事なんぞ最早不可能。これはその代わりに出た反応である。

(とっ、とりあえずあの人たちを助けないと!)

 そう決意し、強く床を蹴った士は四人の近くまで駆け寄ろうとする。ところが、それを途中で阻むモノ有り。行動の阻害と引き換えに、彼・彼女等を追い回す存在の正体を、改めて目に焼き付けられる。

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