第25話:回収指令
一枚の紙切れを前に、士は我が儘を抜かす。
(クソッ、どうせなら頭も強化して欲しかった……っ!)
極端に死に難く、疲れ難く、如何なる状況・環境下でも生き残れる肉体を得て尚、更に知性まで求めるとは実に人間らしい欲深さよ。此処までくると敬意すら抱いてしまう。
(うるせぇ! ちょっと黙ってろ!)
怒鳴られてしまった。まあ、仕様がない事だ。士は今、期末考査を受けておる。この結果如何によっては、臨海学校で遊べなくなるだけでは済まぬ。大いに楽しむ段取りとなっておる夏休みが、一気に地獄と化す。そんな事態は絶対に避けなければならぬ。とても大事な場面である。
(ふぅ……あとはこれだけ)
正答か誤答かは別として、既に答案用紙の大半は埋まっておる。空白の解答欄はこの一問のみ。しかし、如何してもその問題が解けぬ。解答せずとも良いが、答えを書いておいた方が赤点を免れられる確率が上がるのだ。不安要素は一つでも多く潰しておくに限る。というか、その様な贅沢な選択ができる身分でもない。よって、必死に答えを導き出す事が最良の行為だ。
(初日からこの体たらくとは、先が思い遣られるな)
(黙れっつってんだろ!!)
はいはい、もう口出しはせんよ。終了時間まで十五分ある故、それまで集中力を切らすなよ。
しかし、我の忠告も空しく、士は試験官の合図があるまで粘ったものの、結局この設問は解けず終いであった。他の解答が正しい事を祈るのだな。
○●○●○
その後も幾つかの教科を受け、本日の予定は全て終わった。ただし、試験はまだ続く為、今日は真っ直ぐ家へ帰り、明日に備えてもう一踏ん張りしなくてはならぬ。
(今日のヤツはまぁまぁだったな)
此度の科目は、当人としては上々の成果を残せた様だ。この調子のままいけば、長期休暇中も補習に参加せずに済みそうだ。それなりに軽い足取りで帰宅する士。大した時間も掛からず、自宅が在るマンションに着いた。
(チッ、なんで警察はこういうのは取り締まらねぇんだよ)
到着したら、まずは一階に設置されておる集合郵便受けを確認。性懲りもなく沢山の如何わしい広告が放り込まれておる。士はそれ等を纏めて引っ掴み、不満や怒りと共に近くのゴミ箱へ叩き付ける様に捨てた。戻って来ると、次は諸々の請求書に目が留まる。
(またか……こういう連中はいつまで経っても消えねぇな)
大半は身に覚えのない物、架空請求の類であった。勿論、これ等もゴミ箱へ直行。何通か迷う物もあったが、どうせ似た様な内容の書類であろう。勝手にそう判断し、士は封筒を全て放り捨てた。我の目から見ても廃棄物であった為、特に止めはせんかったが。結局、此処に入っておった物は全部ゴミとして処分する事になった。
(えーと、明日は日本史と古文と化学か……)
エレベーターを待つのも煩わしい士は、部屋が在る階層まで徒歩で上がって行く。その間に、明日行われる試験で押さえておくべき点を脳内で自問自答する。それも、自宅の扉の前に辿り着く頃には完了した。
「ただいまー。お?」
(おかえりー。む?)
鍵を開けて入室する士。しかし、我等の動きが其処で一旦停止する。玄関へ足を踏み入れようとした時、視界に映る物があったからだ。それを確かめるべく視線を下へ向けると、一通の封筒が地面に落ちておるのが見えた。
「はぁ~、ここにも郵便受け付けとかねぇとな」
士は溜息と共にそれを拾い上げる。この封筒……何処か見覚えがある様な気がする。
(ゲッ!? これ霊能者さんが美咲さんに送ったのと同じヤツじゃねぇか!)
よくよく観察してみれば、以前美咲に見せて貰った物と酷似しておる。無地ではなく、印象に残り易い特徴がある封筒だ。
「うわぁ……ロクなモンじゃなさそうだなぁ……」
捨ててしまいたい衝動に駆られながらも、士はそれを部屋に持って上がった。鞄を勉強机に置き、封筒の内容物を取り出しながらソファにドカッと腰を下ろす。
「やっぱ手紙が入ってたか。……ん?」
案の定、中には折り畳まれた紙が入っておった。大きさはルーズリーフ位の物だ。しかし、奇妙な点がある。
「なんで白紙なんだ?」
それには何も書かれて、或いは描かれておらぬのだ。彼は何故、この様な物を寄越したのであろうか。郵送に掛かる費用も只ではなかろうに。
「いや待て、これ切手貼ってねぇぞ」
不思議に思った士が封筒を見直し、その事に気が付いた。それだけではなく、何の押印もされておらぬ。つまりこの封筒は、郵便局を介して送られた物ではないという事だ。
「ってことは、直接ウチのポストに入れたのか。あの人」
(これはまた面倒な手段を採ったな)
「ったく、何の為にこんなことを……よっぽどヒマなのか?」
霊能者の意味が分からぬ行動に呆れ果てる士。だが、そう決め付けるのは早計というものだ。
(不可視インクで書かれておるやも知れん。試しに火で炙ってみろ)
「あぁ、炙り出しってヤツか」
我の助言を受けた士は、紙を手にソファから重い腰を上げて台所に向かった。焜炉の火を点け、燃やさぬ様に注意しつつ紙を近付ける。
「この部屋のキッチンがIH(電磁調理器)じゃなくて助かったな」
(今回に限ってはな。まあ、仮にそうであったとしても、貴様は料理なんぞ殆どせんから恩恵は少ないがな)
「うるせぇ、ほっとけ。……オイ、これ炙り出しじゃないっぽいぞ」
約一分、紙を火に翳し続けたが、何の変化もなし。我の推測は誤っておった様だ。
「チッ、やっぱタダの紙切れか」
士は紙でヒラヒラと顔を扇ぎながら台所を離れ、ソファまで戻って来た。
(待て、次はブラックライトを当ててみては如何だ?)
今度はゆっくりとソファに腰掛ける士に、我はもう一つ案を提示した。
「そんなモン持ってねぇよ。でも捨てんのもなんかなぁ……」
先日の件がある為、そう簡単に破棄する気にはなれぬか。
「スコットたち持ってねぇかな?」
(提案しておいてなんだが、ブラックライトなんぞ所持しておる方が珍しいのでは?)
我がそう言うと、士は暫し考え込む。そして、その紙を封筒に入れ直し、ソファの前に置かれた机の上に投げ出してこう言った。
「まぁ、イイや。用があるんなら電話してくんだろ」
霊能者が士に用事があるとして、この様な置き手紙ですらない物を残す意図は全く以て不明だ。しかし、ただの悪戯と断言できぬのもまた事実である。
「でもまぁ、今は何を頼まれても受けらんねぇよ。テストがあるから」
此奴の言う通りだ。彼の用件が何であれ、それが急を要する事態であろうとも、今は雑事に構っておる暇はない。学生にとって、定期考査は何よりも優先すべき事項であるからな。
「勉強する前にシャワーでも浴びるか」
士はそう呟き、徐に立ち上がると風呂場へ向かう。以降、この日は何事もなく過ぎて行った。なので、明日に支障が出ぬ程度に、夜遅くまで勉学に勤しむ士であった。
○●○●○○●○●○
それからも試験は続き、本日は最終日。そしてつい今し方、今期最後の教科を終えた。
(終わった……)
解答用紙を回収して行くクラスメイトの背中を見詰め、安堵する士。懸念材料はあるが、自身では赤点を取る確率は低いと見ておる。それはこれまで受けた科目も同様だ。中間考査の時と同じく、皆と教え合った賜物である。相変わらず、此奴の貢献度合いは低いが。
(あー、この後どうしよっかなぁ~。ん?)
士は午後からの予定を考えながら、鞄にペンケースを仕舞う。すると、手に何か触れた。それは教科書やノート等ではない、心当たりのない感触であった。
(なんだコレ? あっ!)
グッと引っ張り出すと、その正体が判明。それは数日前に霊能者が置いて行った封筒であった。昨夜準備しておる時、教材と一緒に掴んで容れてしまった様だ。机の上に置きっ放しにしておった事が要因であろう。
「石森、なんだそれ? 変わった封筒だな」
鞄から出した為、それが彼の目にも入ったらしく、席の近い加賀美が話し掛けてきた。
「あ、ああ。知り合いが置いて行ったんだ」
「ふ~ん」
「俺に用があったみたいなんだけど、何にも書いてないから今の今まで忘れてたんだよ」
「何も? そりゃ変な話だな」
「どうした? なんの話をしているんだ?」
二人の会話が気になったのか、天道が割り込んできた。
「あぁ、実はな……」
尋ねられたので、士は彼に事の経緯を話して聞かせた。序でに封筒も手渡した。
「へぇ、それは確かに妙な話だな」
彼は封筒の裏を見ながらそう言った。
「だろ?」
「でも一応、他の人が拾っても大丈夫なように君の名前は書いてあるな」
「へ?」
天道の言葉を聞いて、士は己の耳を疑った。
「いやホラ、ここに『石森 士さんへ』って。まさか気付いていなかったのか?」
彼は自分が見ておった封筒の裏を士に見せ、その部分を指差す。其処には間違いなく、その文言が記されておった。
(こんなの書いてあったっけか?)
我の記憶違いでなければ無かった筈だ。少なくともこれを見付けた時は。ただ、あの日あの時から今日この時までは目に触れておらぬ。故に、その間に視認できる様になったという可能性もある。突拍子もない意見だが、これは何の根拠もなく申しておる訳ではない。霊能者は以前『一定時間が経つと消えるインクを用いた』と述べておった。ならば逆に、『一定時間が経つと浮かび上がるインク』が存在し、それを彼が使用したとしても何等オカシな事ではない。
(う~ん、あの人なら有り得るかも)
普通であれば一笑に付す様な事柄でも、あの男ならば実現させてしまいかねん。何となく、その様な気がしてならぬ。
「返してくれ」
「ああ」
もしかしたら、中の紙にも何か文字が顕在化しておるかも知れぬ。そう考えると居ても立っても居れず、士は天道に返却を迫った。断る理由なんぞ皆無の彼は、二つ返事でこれを了承。封筒を受け取り、即座に中身を再検査する。
(やっぱりか!!)
すると我等が睨んだ通り、其処にはハッキリと数行の文章が綴られておった。記載内容は以下の通りである。士が素早く黙読する。
(えーと、『指定の場所へ行ってください(詳細は裏面)。誰かを連れて行っていただいても構いませんが、その方の安全は保証できません』。オイオイ何やらせるつもりだよ。てか俺の心配は?!)
そんな事は如何でも良い。早く続きを読め。
(へぇへぇ。あー、『怪しい輩・良からぬ連中と鉢合わせすることも考えられます。充分に用心して仕事に当たってください』。ってマジで何させる気なんだよ!?)
急激に憂苦が募る士。それを抑えて更に目線を下げると、回収して来て欲しい物があるとの旨が書かれておった。出来る限り早く遂行して欲しいとの記述もある。また、相応の報酬も貰えるとの事だ。ただ、肝心の何を取りに行けば良いのかが表記されておらぬ。彼曰く、『行けば分かる』との事。勿体振らずに書け、と言ってやりたい。
(言うまでもない、一目瞭然ってことかな? ま、要は『パシってこい』ってことか。自分で行きゃイイのに)
あの男にも何か事情があるのであろう。態々(わざわざ)これ程に手の込んだ物を用意し、家まで直接届けたのであるから。
「なんて書いてあったんだ?」
束の間、沈黙したままの士を見兼ね、加賀美が尋ねた。しかし、この様な物騒かつ意味が分からぬ事を彼に教える訳にはいかぬ。余計な気遣いをさせたくないからな。なので、士は彼に『仕事上の機密で言えない』と伝えた。同時に、その隣で同じく訊きたそうにしておった天道にも。
彼等はそれを聞き、士が何かあくどい事に手を染めようとしておるのではないかと危惧した。なので、疚しい事をしに行く訳ではないと懇切丁寧に説明すると、二人共それで納得してくれた。
「……あ? どうした?」
ただ、何故か天道だけ渋面を浮かべておる。彼の視線は紙の裏に注がれておった。
「あー、いや……君はここに行くのか?」
「ん? ああ。そのつもりだけど……」
士は紙を引っ繰り返し、裏面を見る。其処にはその地の名前や住所、それと簡略な地図が印刷されておった。その上、地図には分かり易い様に赤い丸で囲まれ、矢印で指された手書きの『ここ!』という文字も躍っておる。
「なんだ? ここのこと知ってんの?」
「ああ。そこは……有名な心霊スポットだ」
そう言った天道の顔は、物凄く嫌そうであった。記憶は消されておる筈だが、余程オリエンテーリングの時の事が印象強く残ったのであろう。“霊”に対して無意識に嫌悪感を覚えてしまう位に。それを聞いた加賀美も似た様な反応を示した。
「あー、なんかそれ聞いたことあるわ。テレビでもかなりヤベェって言われてたな」
「テレビで放送されるぐらいなんだから、たいしたことないんじゃねぇか?」
「いや、それがそういう訳でもないらしい」
これから訪問する地域を完全に見縊っておる士。そんな此奴に、天道が更なる情報を齎す。
「テレビ放映されたときは誰も何の問題もなかったが、それから数日経ってそこに入ったほぼ全員が事故や病気で入院したんだそうだ」
「えっ!? マジで?!」
驚きの声を上げる士。少々キナ臭い話になってきた。それは加賀美も感じた様で、親友の提示した新報を鼻で嗤った。
「ハッ! ウソくせぇ話だな、オイ」
「いやいや、これが本当なんだ。ニュースや新聞でも取り沙汰されていたよ」
如何やら、その場所は世間で一時的に話題になった様子。実際、そのテレビ番組の関係者以外で其処に立ち入った者の大半も、何かしら悪い目に遭っておるという。実に不吉な土地である。
(これからそんなトコに行かなきゃいけねぇのか)
どの様な所なのか想像して、少し憂鬱になる士であった。それよりも、赴く事は決定済みなのか。一方の加賀美はというと、所詮は他人事の為か、表面上それらしい様子は見えぬ。当然と言えば当然であるが。
「へぇ、そりゃ知らなかったな」
「君はバラエティや漫画だけでなく、そういう物にも目を通した方がいいぞ」
「メンドくせぇからヤダ。そういうのはお前が見て教えてくれりゃあイイ」
「怠けるなよ。それぐらい自分でしろ」
二人が交わす同性の幼馴染らしい遣り取りを見た後、士は席を立った。
「じゃあ俺、帰るわ。明日の準備もあるし」
「えっ?! お前ホントに行くつもりなのか?!」
士の宣言に対し、加賀美は驚愕する。他方、天道はそれに加えて諫言もくれた。
「老婆心ながら忠告するが、やめた方がいいのでは? 幽霊とかは置いておくとしても危険な場所だし、いちおう犯罪だぞ? 許可は取ってあるのか?」
確かに、我等がこれから行こうとしておる所は私有地である。よって、無断で足を踏み入れれば住居侵入罪に該当する。しかし、それに関する憂慮は無用だ。
数ヶ月前に霊能者に同伴した廃ホテルの件は、その土地や建物の所有者から依頼があったらしい。つまり、事前に許諾を得ておったのも同然である。故に、今回も同様である可能性は高い。というか、十中八九そうであろう。そうでなくば行動に移すまい。
無論、危険地帯である事も承知しておるが、この点に関しては特に問題なかろう。大抵の事態ならば対処できる筈だ。居るとしても、人間や他のヒト族のアウトロー。もしくは低級な妖怪や魔物程度であろう。また、下級の悪魔や吸血鬼であったとしても、そうそう変わらん。まあ、上級悪魔や大妖怪等が現れれば、話は違ってくるが。
「大丈夫だって。行くのは昼間だし、そもそも依頼を受けて行くんだから」
「そ、そうなのか?」
「ああ。それに危なそうなヤツが居たら逃げりゃイイんだ」
一度逃走に徹すれば、士が追い付かれる事なんぞ滅多にない。その内、向こうが疲れて諦める事が殆どである。何人居ろうが関係ない。その事は天道も加賀美も何となしに感じておる。
「う~ん、そこまで言うんなら止める理由はない……か」
「とはいえ、気を付けて行って来いよ」
なので、最終的に二人は士の言葉に安堵した。天道に至っては最後に釘も刺したが。ただ、此処まで気に掛けてくれる友が居る事は、とても嬉しく有難い事である。そう実感した士であった。




