第3話:二人はそれを我慢できない
「らぁっ!」
士の勢いある気合いと共に、二足歩行の獣は殴り飛ばされた。
「ふぅ、こいつで最後ですよね?」
「はい。御疲れ様です。では、早速帰って報告書を書いて提出して下さい」
「はーい」
バイトとしてX-SEEDで働き始めてから、早一週間。当初、士が予想しておった通り、沢渡には扱き使われる日々であった。この組織名は如何にかならんかね。
最低でも二日に一回は呼び出されておる。希少生物や虐げられておる亜人やミュータント達の保護。逆に罪を犯した亜人やミュータント共の逮捕。人間界に跋扈する魔物の討伐。その他諸々(もろもろ)の仕事をこなしておった。士が。
学校には休まず通えておる事と給料が良い事が、せめてもの救いか。いや、後もう一つ、美女と共に働ける事もであるな。
「チッ! ックショウ! 離しやがれ! 下等な人間風情が!」
本日は都内某所にて、獣人の銀行強盗団が現れた。その逮捕の為に駆り出されたのだ。勿論、実力で制圧する為である。
「ハッ! その下等生物に捕まるお前等はなんだ? 獣以下か? 大体、種族とか関係無く強盗は犯罪だ。捕まって当たり前だろーが、バーカ」
全くだ。そもそも種族に貴賎なんぞない。それに、コソコソと人間に紛れ、隠れておらんと生きていけん時点で、貴様等は生存競争に負けておるのだよ。
と、丁度良い機会なので、此処で《獣人》について解説しておこう。
《獣人》とは、動物の特長を持ち合わせた、人間とは全く異なる種族の総称である。“獣”人と呼称されてはおるが、実際には鳥類や魚類、爬虫類等、様々な動物の特徴を持った者も含んでおる。これはただ単に獣、具体的には哺乳類の特徴を持った者が最も多い為、そう呼ばれておるに過ぎん。
普段は人間と同じ姿をしておるが、自らの意思で動物と人間の中間の様な姿、分かり易く言うと二足歩行の動物に変身する事ができる。通常時に人間状態で居るか、各動物の形態を模した姿で居るかは、各種族もしくは個人によって異なる。ただ、元となった生物が本来持つ野生に呑まれ、理性を喪失してしまうと、人間を襲う事あり、昔から問題になっておる。
生態は人間とそう大差はないが、奴等は骨格や筋肉、細かい所では眼球や内臓等の構造が根本から人間とは異なっておる。それ故に、人間と比べて身体的能力全般に優れる。それだけでなく、空を自由に飛んだり、水中を縦横無尽に泳ぎ回ったりと、種族特有の生態を持っておる。しかしその所為もあってか、人間を見下す事もしばしばある。また、人間が我が物顔で地球にのさばっておる事に対し、不満や反感を覚える者も多い。
どの獣人も、人間が生活できる所であれば何処ででも生きて行ける。その上、深海や高所に生息する種も居る。だが先に書いた通り、生存競争では完全に負けておる。それが分かる一例として総人口を挙げると、七十億を突破した人間と比べても、非常に少ない。汎ヒト族の中では、人間の次に多いとはいえ、百万にも満たぬ位だ。
寿命や繁殖力については、種族によって差がある為、記述せぬ。
汎ヒト族には他にも、《亜人》や《竜人》、《小人》や《巨人》等も居る。彼等の説明は、実際に出会った時の為に、取って置くとしよう。
「石森さん、彼等は逃げない様に縛っておいて下さい」
「はい」
沢渡の指示通り、獣人強盗団を丈夫な縄でグルグル巻きにしていく。手錠だと逃亡の虞があるからな。それにこの縄は、獣人が変身しても千切れん様な素材で作られておる。
「沢渡さん、終わりました。もう戻っても良いですか?」
「ええ。ですが、“帰る”のは報告書を書いてからですよ?」
「分かってますよ……」
沢渡の言葉に、士はやや俯きながら返答する。それ程までに嫌なのか。
(まあまあ、そう面倒臭がるな。金の為、金の為)
(そ、そうだな。一時間で十万、一時間で十万……)
呪文の様に時給を繰り返し呟く。気持ち悪いな。
(ん? 待てよ? つーか、テメーも使うんだからなんか手伝えよ!)
ハァ、遂に気付かれたか。まあ仕方がない。『では、何をすれば良いのだ?』と、我は問うた。
(そうだな……じゃあ、今日の報告書はお前が書け)
む、良いだろう。魔界でも散々書いておったしな。口喧しい部下に睨まれながらな。
(報告書を散々書いてた……。そういやお前、魔界ではどんな仕事してたんだ?)
(ん? ああ、言っておらんかったか? 我は魔界では、この国で言うところの警察官や裁判官の様な事をしておった)
(はぁ!? 警官?! 裁判官!? お前が!?)
我の発言に驚く士の声を聞くと、心の底から魂消ておる様子が窺える。
(そこまで仰天されるとは心外だな。我がアモン家は代々魔界の民を守っておるのだ)
それ故に、『アモン家の者が現れれば、大抵の揉め事は解決する』と言われたりもする。逆に不和を招く事もあるが。因みに、七十二柱に連なる他の家で、似た様な役職に就いておるところもある。ボティス家とか、アイム家とかな。
(お前みたいなヤツにそんな大事な役職を任せるなんて……魔界の未来はないな)
失敬な。正確には、我等一人一人で逮捕・裁判・判決・刑執行が可能だ。
(フン、『俺が法律だ!』ってか?)
(流石に其処まで極端ではない)
アモン家の者は義侠心に溢れ、義理と人情を重んじるからな。その手の職には打って付けなのだ。斯様な権利を与えられようとも、濫用・悪用なんぞせん。
(ふ~ん、義理と人情、ねぇ? 俺の体奪おうとしたクセに)
(ぐっ……! そ、その事はもう終わった筈だ……!)
(まぁ、流石にその事はもう気にしてないけどな。それより、一族がその役職を独占して担ってたら、いくらなんでも腐るんじゃねーの? しかもそれを何千年も続けてんだろ? 頭もお前で三代目だって言うし、頭がそんなに永い期間変わんねーんじゃ絶対腐るって)
傷口をグリグリと抉った上に、随分とまあ、長々と語ってくれたな。
(ハンッ! 人間ではあるまいし、我が一族がその様な堕落し切った屑と間抜け共の集まりな訳が無かろう!)
(お前みてたらクズはともかく、マヌケは居そうだな)
誰が間抜けだ。誰が。
(っていうか、お前、『自分は頭悪い』みたいなこと言ってたじゃねーか。よく勤まったな)
(ガタガタと喧しい奴だな)
まあ、頭を使う業務を、優秀な部下達に丸投げしておったのは事実であるがな。正確には『考えるのが苦手』なのだが、同じ様なものか。我に求められておったのは、“戦闘能力”と“判断力”であったからな。記憶力や思考力には、あまり自信が無いのだ。決してお飾りであった訳ではない。担がれてはおったが。
(やっぱ頭ワリィんじゃねーか)
(貴様が言えた義理か)
これが、我等の退屈とは無縁の日常であった。
○●○●○○●○●○
そして、此方はもう一つの日常。もう一方の日常に比べると些か退屈ではある。
今日は平日。士は大多数の同世代達と同じく、学校に来て授業を受けておる。そして、今は授業も終わり、ホームルームの時間である。
「では、来月に行われるオリエンテーリングの班はクジ引きで決めたいと思います」
そう言う担任教師の目の前には、箱が置かれておる。
そう、我々は来週、今月末に新潟県のとある山へ二泊三日のオリエンテーリングに行くのだ。クラスの親睦を深め、心身を鍛えるという名目ではある。林間学校の様なものだな。いや、オリエンテーリングと林間学校は同じ様なモノか。まあ、如何でも良いわ。
今回は、生徒達がまだ新しい環境に慣れておらん為に、学校が主体となって行われる。
(良かった~。『好きなヤツ同士で組め』とか言われたらどうしようかと思った~)
入学してから、まだ一カ月も経っておらんからな。流石に、いきなりそれは無理であろう。逆に、この機会に友達を作れと、そういう事なのであろうな。
それよりも新潟とは。米と酒が美味い事は知っておるが。
「次、石森君」
お、士が引く順番が回ってきたぞ。ふむ、どうせならば、あの娘と同じ班になりたいものだな。
(ん~と、これだな)
士が籤を引き終え、四つ折りにされた紙を広げる。其処にはアラビア数字の“2”と書かれておった。どの様な連中と同じなのであろうか。
(二番か)
(光が同じ班だと良いな?)
(まぁ、知り合いが全く居ないよりかはマシだけど)
(ハハハハッ! 照れるな、照れるな! 本当は一緒になりたい癖に!)
(違うってーの。それよりお前、向こうはテレビ無いらしいぞ?)
何ぃ!? て、テレビが、無い……?!
(なっ?! そ、それは真か?)
(ああ本当だ。つーか、心身を鍛えるっつってんのにテレビなんかあるワケねぇだろ)
そ、そんな……! 絶望とはこの事か……! だが、士の次の言葉で少しだけ救われた。
(でもまぁ、安心しろ。ちゃんと録画予約しとくから)
お……おお! その手があったか! ああ、でもリアルタイムで見たい。
(ワガママ言うな。我慢しろ。俺だって朝のヒーロータイムとか我慢するんだからな)
「では、一班はここ。二班はここ。三班は……」
と、我等がゴチャゴチャやっておる間に班分けが始まった。士は二班の籤を引いた為、指定された場所に移動する。
「あ! 士クンも二班なんだ! 私と一緒だね」
「あ、ああ、うん……ヨロシク」
光は、士と同じ班になれた事が嬉しいらしく、魅力的な笑顔を此方に向けてきた。しかし、士の反応は薄い。それどころか目を逸らす始末だ。
(フフフッ、本当は光と一緒の班で嬉しい癖に、照れおって)
ふぅ、士は何とか光と同じ班になったか。僥倖、僥倖。さて他の連中は、っと。
「ねぇ美輝、石森君と知り合いなの?」
「うん。こっちに引っ越してくる前の小学校で友達だったの」
「へぇ~。で、こっちで再会したってこと?」
「うん、まぁ、な……」
「まるで物語のようですわね!」
光と話しておる二人もかなり可愛らしい容姿の持ち主である。確か、活動的かつ快活そうでハキハキ喋っておるのが白木 蘭。おっとりとした御嬢様風の丁寧な喋り方なのが風白 深雪だ。何方も髪は割と長めで、名前に“白”が入っておるな。“光”と一緒に居ればこの輝きは更に増すのであろうな。ふむ、この様な美少女達と同じ班とは、士の籤運はかなり良い様だ。いや、決め付けるのはまだ早い。男の方も確認せねば。
「石森、嵐、白木さん、風白さん、光さん、で、僕か」
「ふぅん、なんか、面白ぇ事が起こりそうなメンツだな」
此奴等は天道 総護と加賀美 嵐であったか。男は覚え難いのだ。天道という男は、爽やかで如何にも勉強が出来そうな感じの男。加賀美の方は、ややワイルドで筋肉質なスポーツマンというところか。どちらも異性にモテそうな容姿だ。
……おや? もしかせずとも士の顔面偏差値が一番低い? ま、まあ、男は顔ではない。中身で勝負せよ。
(そう言うヤツってたいがい中身も伴ってないけどな)
折角フォローを入れてやったというのに、己で払い退けて如何する。
それはさて置いて、今回のオリエンテーリングは、男三・女三の計六人で寝る時以外は行動を共にする訳であるが、特に面白い事はないな。行事も予め学校が決めておるし、何か期待出来そうなのは肝試し位であろうか。ははっ、高校生にもなって肝試しとは……。大体、悪魔である我がお化けなんぞ怖い訳が無い! 逆にお化けの方が我に恐れを為すわ!
「あそこの班イイなー」
「美形しかイネーじゃん」
「なんか、石森だけ浮いてね?」
周りの連中が何やらゴチャゴチャと喧しいが、この六、いや五人には聞こえておらん様だ。ただ、士は聞こえておるらしく、若干苛ついておる様だ。耳は良いからな。
(チッ! ゴチャゴチャうるせぇな。クジで決まったんだからしゃーねーじゃねーか!)
ねーねー煩い。
(まあ、仕方がないのではないか? 貴様以外は五人共美形なのだからな)
(まぁ確かに、俺が逆の立場なら同じこと言ってるだろうしな)
「じゃ、今回はよろしくね」
「え?! あ、ああ、うん。こっちこそよろしく」
会議は何時の間にか終わっておった。会議とはとても言えんものではあったが、顔見せの様なものだし、これで良いのであろう。
(オリエンテーリングか……。無事に過ごせると良いな……)
その不安は我にも分かる。貴様は常に厄介事を招くからな。いや、本当にそうかねぇ。