危険なアルバイト③
我等と沢渡は、都内のとある墓地にやって来た。
「……多いな」
士の目の前には、視界を埋め尽くす程のスケルトン。其奴等が、ガチャガチャカタカタと耳障りな音を立てながら蠢いておった。我は流石に慣れてはおるが、やはり気持ち悪いな。
(ふむ。大体、百~百二十といったところか)
(それは多い方なのか?)
(いや、標準的な数だな。奴等、多い時は千単位で現れるからな)
(ゲッ! 千か……。じゃあ、まだマシか)
スケルトン共は、素手のモノが大半である。ただ中には、剣やら槍やら斧やらを持ち、更には鎧や兜を着込んでおる個体も居る。まあ、どれもボロボロか、錆付いておるかの何れかだ。武器や防具としての性能は期待出来んであろう。幸い、弓矢や銃火器を持っておる個体は居らんな。遠距離攻撃に気を配る必要は無さそうだ。
奴等は、個々の戦闘力の低さを補う為に群れておる。しかし、知性が皆無であるから戦術的な行動は採れんよ。ただ数で押すだけだ。
(まあ、それはそれで脅威ではあるが、貴様なら問題は無かろう)
(そ、そうか……。じゃあ大丈夫かな?)
「石森さん。お願いしますね」
「はい! よし、じゃあ、初仕事だな」
戦闘開始の宣言と共に、士は御自慢の脚力を生かして地面を蹴った。物凄い速さで、スケルトンの群れ目掛けて走り寄る。
「フンッ!」
両手で握り込んだ巨大メイス。気合いの吐息を漏らしながら、それを思い切り横薙ぎに振り払う。士の攻撃を食らったスケルトン共は、纏めて五、六体がバラバラに砕け散った。
「ハハハハハッ! オラ! オラ! オラ!」
品性の欠片も感じぬ声だ。士は続け様に右に左に、上に下にと巨大メイスを振り回す。その力と速さと勢いに押され、スケルトン共は徐々にその数を減らして行く。
「なんだ、思ったより歯応えないな」
(油断するな。そういう時が一番危ないのだ)
「はいはい。分かってるよ」
と、引き続き巨大メイスを雑に振り回し、墓地を走り回る。知性の片鱗も見えぬ戦い方だな。適当にも程があるわ。ま、実力差が有り過ぎるからこそできるのだがな。一応、褒めておるのだぞ。
丁度良い。スケルトンについて論説しよう。
《スケルトン》とは、《ゾンビ》や《マミー》等と並んで有名なくたばり損ない、《アンデッド》の一種である。
此奴等は、とある共通した特徴を持つ。それは、如何せん数が多い事だ。個々の戦闘能力は脅威とはなり得んが、その物量で押されれば、例え歴戦の勇士と雖も不覚を取りかねん。疲労がない事も、その要因となるであろう。更に、此奴等に殺されると、己もアンデッドの列に加わるという、悲惨な運命が待っておる。
発生原因は、魔術師等が召喚・使役するか、死霊や悪霊等が憑依するかの何れかである事が多い。後者の場合は、戦場や処刑場、墓地等によく出現する。ところが最近は、諸事情により人間界で見掛ける事は少なくなったな。魔界では相変わらず多いが。
骨だけの存在であるが、憑依した死霊・悪霊や召喚した魔術師の力によって物を持ったり、生前の技量をある程度再現したりできる。
既に死しておるので、刀剣類や小火器等よる攻撃では決定打とならず、毒・ガスを用いた化学兵器やウィルス・細菌を用いた生物兵器も効かぬ。更に、自我も持たん為、魔術や超能力等による精神への干渉や攻撃もあまり効果がない。支配して操る事は可能だが。また恐怖等も抱かん故、どの様な危険地帯でも行軍して来る事も脅威である。
奴等を行動停止にするには、ハンマー等の鈍器で骨ごと砕くか、ロケットランチャー等の重火器や爆発物で骨ごと吹き飛ばす事。要するに跡形もなく打ち壊せば良いのだ。
お。そうこうしておる内に、スケルトンの数が最初の三分の一を切ったか。要らぬ心配であったな。いや、実を言えばあまりしておらんかったわ。
「こりゃもうすぐ終わるな」
(ふむ。そうだな。まあ、これ位は楽にこなして貰わんとな)
数が多いとはいえ、流石にこの様な雑魚に手傷を負わされる程、柔ではないか。
「ウラァッ! ……ふぅ、これで終わり、っと」
この様な感じで特に苦戦する事も無く、ものの五分もせん内にスケルトン百二十体を殲滅してのけた。今と条件が異なるとはいえ、マンティコアを倒したのだから当然といえば当然ではあるが。
何にせよ、これで悪魔化せずとも戦える事は判明したな。戦う度にあの姿になったのでは、今の様に人前で戦わねばならん時に困るからな。沢渡は士の正体を知っておる様だが、それでも無闇に見せん方が良いであろう。
「御疲れ様でした、石森さん。百体以上ものスケルトンを息も切らさず殲滅するとは……。やはり、私の目に狂いはありませんでしたね」
「いや~それ程でも……」
一見、謙遜しておる様に見える。だがその実、美人に褒められてダラしなく鼻の下を伸ばしておる。ただ、その気持ちはよく分かる。
(ん?)
しかし、照れておる場合ではない。カタリという、積木が崩れる様な音が聞こえたのだ。
(どうした?)
(いや、今なんか聞こえたような。気のせいかな?)
士はその音が気になったのか、発信源と思われる骨の残骸に目をやる。しかし、暫く見詰めておっても特に何も起こらんかったので、立ち去ろうと沢渡の所へ向かう。だが、そうは問屋が卸さんかった。
「な! なんだ!」
突如、何かが組み立てられる様な音と同時に、骨の残骸の一部が動きだした! いや、正確には骨の残骸の中から別の骸骨が現れた、と言うべきか。何故、あの様なモノが此処に顕現したのだ?
「スケルトン?! まだ動けんのか!?」
(いや違う。あれはその様な生易しいモノではない)
《スパルトイ》。それが我等の前に現れた新たな敵の名である。
《スパルトイ》とは、またの名を竜牙兵、ドラゴントゥース・ウォーリアーとも呼ばれる《ゴーレム》の一種である。
文字通り、竜の牙から創られるこの骸骨兵は、同じ様な外観をしておるスケルトンとは一線を画く戦闘能力を持つ。性能は、触媒となる竜の牙の大きさや、創りだした術者の力量等によって差はある。目安として、標準的な性能を持たされたスパルトイが一体でもあれば、銃を持たぬ近世代の人間の兵士百人分の働きをしてくれるであろう。
今回のモノは二mを超える体躯に加え、武装は大剣と鎧。どちらも盾はない。それ等は新品同然で、錆や刃毀れ等は一つもない。それが二体か……まあ、問題ないな。
(気を付けろ、士。此奴等はスパルトイ。先程までの有象無象のスケルトン共とは格が違うぞ)
(あ、ああ、分かった。ぐ、具体的にはどう違うんだ?)
新たな敵の情報を求め、士は我に問う。
そうだな、基本はスケルトンと同じである。骨だけの体に武器や防具を備えておる。ただ、スケルトンと比べて骨の強度が桁違いに高く、所持しておる武器に応じた武技を使用してくる。それに加え、仲間との連携等の戦術的な行動も採るぞ。
我はそう答えてやった。
(完全に別モンか。じゃあ、さっきまでみたいなゴリ押しだとマズイか?)
(並の人間ならな。だが、貴様の異常な膂力があれば、力押しでも問題無いであろう。それに、それ以外の遣り方が今の貴様にできるのか?)
(いや、そりゃ出来ねーけ、ど……っ!?)
我と心の中で会話しておった為か、士は周囲への警戒が疎かになっておった。その隙を付いたスパルトイの片割れが、士の無防備な頭に目掛けて大剣を振り下ろす。
「痛っ……!」
「石森さん!?」
スパルトイの大剣は過たず、反応出来ずにおった士の脳天を切り付けた。沢渡も士がまともな攻撃を食らった事に対して心配しておる様だ。しかし、聞こえてきたのは金属同士が衝突した様な音。奴の大剣は士の堅牢な頭蓋骨に阻まれ、髪と頭皮を削っただけに止まった。
「あ~クソッ! 血ぃ出てんじゃねーか」
それもすぐに止まったがな。序でに髪もすぐに生えてきた。というか、血が黒っぽいな。ミオグロビンが大量に含まれておる所為か。因みに悪魔の血は赤い。人間と同じくな。
「はぁ、次は俺の番だな」
士は、今の間合いでは巨大メイスを振れんと判断した。メイスから手を離し、拳を固めながらその場から一歩を踏み出す。そして、スパルトイの腹部に渾身の突きを放った。
その突きの威力は凄まじく、奴が身に着けておった鎧を貫通。内部にある骨、恐らく脊椎まで破壊してしまった。支柱を失った奴は、その場で崩れ落ちる。
「フンッ!」
士は両手を祈る様な形で握った。膝を突き、スパルトイの頭が地面に近くなったのを見計らってからである。そして、それを奴の頭部に目掛けて振り下ろした!
被っておった兜ごと頭蓋骨を砕かれたものの、スパルトイは未だにその動きを止めぬ。奴は再度、士に大剣を振り下ろす。ところが、脊椎の一部を砕かれ為か若干グラ付いてしまった。更に、頭部を失ったからなのか、狙いを正確に定められずにおった。それ故に、全く見当外れの方向に大剣を振り下ろしてしまい、僅かに隙を作りおった。
その隙を見せておる間に、士は先刻手放した巨大メイスを手に取った。それを奴の左側面からバッターの様に、思い切り振り抜いた。
士の巨大メイスによるフルスイングをまともに食らったスパルトイ。奴の鎧は、“ボコボコ”というよりは“グシャグシャ”に拉げた。その上、奴の体を構成しておった骨もバラバラに砕け、吹き飛んだ。
「チッ、やっと一匹か」
「石森さん! 後ろ!」
「え……?!」
一体を倒した事で士は完全に油断しておった。後ろから迫るもう一体の存在に気付かず、接近を許してしまったのだ。
「くっ……!」
沢渡が慌てて注意を呼び掛けるも、反応が少し遅れてしまう。一応、先程の様に頭部に攻撃を受ける事態は避けられた。だが、スパルトイの大剣の一撃を完全には避けられんかった。その為、腕を斬られてしまう嵌めになった。
しかし、士の肉体はその様な事で動けなくなる程、脆弱ではない。奴の大剣は強靭な筋繊維によって弾き返され、傷付けたのは表皮と皮下脂肪だけであった。その傷もすぐに治癒していく。
「石森さん?!」
「大丈夫! 掠り傷です!」
士が沢渡と短い言葉の遣り取りをしておる間にも、奴は動く。相方を倒し、己の一撃を躱した士を警戒したのか、佩いておったもう片方の剣を抜き払い、構えた。
「チッ! 二刀流か……」
(正確には、二“刀”流ではなく、“剣”だがな)
(人が真剣に闘ってる時に要らんチャチャ入れんな!)
先程抜いた剣は、最初から持っておった大剣よりもやや小振り。その分、剣速も鋭い。更に、大剣とのコンビネーションとも相俟って、今の此奴では完全には避け切れぬ。士の体には、徐々に傷が増えていく。
「くぅっ……!」
だが、片端から治って行く為、何の問題もない。それに防弾ベストを着ておる為、胴体へのダメージは現時点で無い。
(チッ! このままじゃジリ貧だ! おい、どうすりゃ良い?!)
(ふむ。そうだな……一か八か特攻を仕掛けてみるのはどうだ? 貴様なら攻撃を受けても怪我はし難いし、してもすぐ治るしな)
(いや、そりゃそうだけど……)
(躊躇っとっても事態は変わらんぞ! ほれほれ!)
(くっ……! 何か楽しんでないか? お前? ……まぁ良いや)
決意を固めたのか、士はスパルトイの双剣コンボを避けるのを止めた。
「痛っ!」
利き腕ではない左腕で態と剣を受け止めたのだ。士の狙い通り、剣は皮膚と皮下脂肪は傷付けたものの筋肉で止められ、容易には動かせん様になった。というか、弾かれた。
スパルトイも感情はない筈なのであるが、先程の理由とは別に、士のあまりにも突飛な行動に対して戸惑っておるのか、一瞬動きが止まった。
「フンッ!」
士はその隙を見逃さず、動きを止めた脚にローキックをカマす。すると、両脚はボギボギと音を立てて圧し折れる。いや、士の脚力があまりにも強過ぎた為か、左右共に切断されてしまった。
相方と似た様な事態に陥ったスパルトイは、その場に俯せに倒れ込み、崩れた。
「うらあぁっ!」
両脚という不可欠の支えを失い、地べたに倒れ込んだスパルトイ。奴にトドメを刺すべく、士は巨大メイスを振り下ろす。それも仕留め損ねん様に三回も。
その猛攻を受け、スパルトイは全身の骨をバッキバキに折られ、粉々に砕かれた。そして遂に、、今回の目的であるスケルトン百二十体と、突然現れたスパルトイ二体を全滅させた。
「はぁ~……もう終わったよな?」
自分と沢渡以外に、動くモノが居らぬ事を確認。士は、その場に尻を着いてヘタリ込んだ。
「石森さん、御疲れ様です。まさか、スパルトイまで現れるなんて予想外でした。やはり、貴方に頼んだのは正解でしたね」
「こ、これで十万ですか。割に合うんだか、合わないんだか……」
我の感覚では合わんな。全く以て合わん。こう考えるのは、我が貴族であったからであろうか。だがまあ、命を切り売りするのであるから、それ位は貰わんとな。ただ、売る命が頑丈過ぎて、彼方さんが割に合わんかも知れんが。
(今回の奴等は雑魚だ。だから大して苦戦もせんかったであろう?)
(いや、でもケガはしたぞ? すぐ治ったけど)
(あの様な雑魚相手に傷を付けられる貴様が未熟なのだ)
(あーあーそうかい、そうかい。素人がそんな効率良く戦えるワケねーだろ)
(ま、それは追々学んで行くのだな)
ふむ、漸くこれで一段落着けるな。と、その時、ガサッという草叢が動く音が聞こえた。
(む?! 今何か聞こえんかったか?)
(は? 悪い、聴いて無かったわ)
ふむ、確かに今、何かが走り去る様な音がしたのだが。気の所為か。
「それよりも、スパルトイはゴーレムの一種。という事は、誰かがあれを創造したという事なのですが……」
「え? じゃあまだ近くに……?!」
「いえ、流石にもう逃げたでしょう。スパルトイを創れる者が、それ程グズグズしているとは思えません」
「そうですか……」
もしや先程の物音の主か? 追い駆けるか? 士の脚ならば今からでも追い付けるかも知れんが。
(良かった~。まだ働けって言われんのかと思った)
無理か。本人にやる気がない上、やる気にさせる気力も我にはない。
「あ、帰ったら報告書を書いて貰いますので」
想定しておった仕事を終え、士は完全に気を抜いておった。其処に沢渡がその様な事を宣ってくれよった。
「ま、まだ働くんですか……!? っていうか俺、報告書なんて書いたこと無いですよ?!」
沢渡の言葉は、今の士にとって死刑宣告にも等しい。これは言い過ぎか。
「教えてあげますから頑張って書きましょうね?」
「は、はい……」
「これで私の仕事も楽になりそうですね。これからもたくさん書く事になりますので、早めに覚えて下さいね?」
「が、頑張ります……」
(はぁ、バイト先、ミスったかな……?)
これから長い間、彼女に扱き使われそうだ、と士は直感した。何、貴様なら大丈夫だ。根拠はないがな。




